第6話 彷徨う勇者たち

 この森に入って何日過ぎただろうか?

 僕たちは現在、この不思議な世界に僕たちを召喚した帝国に逆らって逃亡中だ。

 今僕達には六人の仲間がいる。生まれ育った場所も通っている学校も違うけど、みんな同じ高校生だ。


 剣崎洋平けんざきようへい、クラスは剣士。彼は剣道部の主将で全国大会でも優勝の経験があるそうだ。彼が現在、僕たちのリーダーを務めている。彼にとっては甚だ迷惑かも知れないけど、僕たちにとっては頼もしいリーダーだ。


 三条さんじょうあおい、クラスはアーチャー。彼女は弓道部のエースで弓の名手だ。狙った的は外さない百発百中の腕前とは言い過ぎかも知れないけど、彼女もまた頼れる仲間の一人だ。


 鈴木すずきしのぶ、クラスは拳闘士。彼女は拳骨姫と呼ばれて、近隣の高校の不良に恐れられているんだ。以前、僕は彼女に助けて貰った事があるんだけど、この世界で再会した時にその時のお礼を言っても、何故か彼女は覚えてないと誤魔化していた。


 榎本蒼太えのもとそうた、クラスはレンジャー。帰宅部でゲーマーの彼は、ゲームに通じる部分の多いこの世界での知恵袋的存在だ。弩とショートソードを駆使した彼の攻撃力は、剣崎君にも引けを取らない。


 多嶋史文たじましもん、クラスは重戦士。榎本君のネット上のゲーム仲間、彼もまた帰宅部で毎日ゲーム三昧の日々を過ごしていた。僕たちのパーティーでは剣崎君と並ぶ盾役だ。


 奈村舞依なむらまい、クラスは法術師。榎本君曰く、彼女は攻撃系の法術師らしい。得意法術も火系と土系の攻撃法術ばかりで、普段無口で大人しい彼女からは想像できない。そして彼女もまた帰宅部でゲーマーだ。


 そして最後に僕こと石津皆人いしづみなと、クラスは法術師。僕は奈村さんと違い、榎本君の言葉を借りればヒーラーかエンチャンターだそうだ。得意な法術も治癒とか能力上昇と言った補助系のものばかりだ。僕は一応部活をしているけれど、体育系では無く文科系の天文部なので運動はあまり得意では無い。


 アシュテナの国王から、ガイドに付けて貰ったレンジャーのエレオノーラさんと別れて、もう何日も過ぎている。 

 森の深い所はエレオノーラさんの案内で進んできた訳だけど、彼女のペースはあの剣崎君でさえ音を上げそうになるほどのハイペースだった。

 彼女が言うには、これでもかなりゆっくりと進んでいると言っていた。実際に彼女たちエルト族は、この二倍以上の速さで森を抜けるそうだ。

 三日間の案内で深い森を超えると、ガイド役のエレオノーラさんは帝国の侵攻に備える為に王都に戻った。彼女は別れ際に、あと一週間もあれば森を抜けられると言っていた。しかし一週間なんてとうの昔に過ぎたと言うのに、未だ森の終わりが見えない。しかも野営上等のエルト族の人達は、宿場町と言う物も作らないようで、街や村らしい所にも一向に行き当たらなかった。

 

 僕たちもこの世界に来るに当たり、女神さまからチート能力を授かっているけど、その能力はクラスに応じた部分だけで、必ずしも全ての部分がチートされている訳では無い。榎本君もレンジャーと言うからには森歩きに特化しているのかと思ったら、弩の腕前や罠の作成など狩猟に特化していて、敏捷性こそ高いけど持久力を要求される山や森歩きは、ゲーム三昧が祟って僕以上に苦手の様だ。


 遠くから榎本君の声が聞こえてくる。


「おーい! この先に古い鉱山跡があるぞ!」


 鈴木さんと共に偵察に出ていた榎本君が、偵察から戻ってきた様だ。

 僕たちはそろって二人を出迎える為に駆け寄ると、みんなを代表して三条さんが二人に労いの言葉掛けた。


「二人ともお疲れ様! 大変だったでしょう?」


「大した事無いよ、三条さん。それよりも、エレオノーラさんの言ってた鉱山跡を見つけたよ」


「そうか、それじゃあの山を越えたらエルト族の集落があって、その先にエルダード連合との国境か………あと一息だな」


 剣崎君が榎本君の話を聞いて呟くと、榎本君が続ける。


「その鉱山跡なんだけど、坑道を少し偵察してみたんだけど何とか通れそうだよ」


 エレオノーラさんが言うには、その坑道の先はエルト族の集落の近くまで続いているそうだ。しかし彼女は、その坑道の通り抜けをお勧めしないとも言っていた。

 何でもその坑道は随分と昔に掘られたもので、今では落盤の恐れがあって放置されているとの事だった。


「榎本! あんた何見てたの? よく調べたら岩盤が脆くなってる所が多数あったし、崩れていた場所だってなんか所もあったわよ」


 鈴木さんは、いい加減な事を言った榎本君を注意して、エレオノーラさんが言っていた事を裏付ける報告をする。

 しかし、剣崎君はその報告を受けると一同の顔を見渡して、渋い表情をして考え込んだ。

 僕は剣崎君の今の気持ちを考えると、申し訳ない気持ちが湧いてきた。僕も含めて体育系部活の経験の無い者は、一様に疲労の度合いが濃かった。彼は今にも僕たちが精神的に折れそうなのを、表情から読み取ってしまったのだろう。

 僕は思わず口走る。


「危険な事は止めよう、落盤で押しつぶされたら僕の治癒法術も役には立たない。僕なら何とか耐えるから」


 僕の発言を意外に思ったのか、三条さんや鈴木さんは少し驚いた表情をしていた。だが、剣崎君は僕の発言で我に返ると、もう一度一同の顔を見回して重い口を開く。


「いや! もうこれ以上君らに無理強い出来ない。これ以上無理すれば君らが壊れる、それに鈴木や三条だってかなり参っている。ここは危険承知でも近道以外の選択肢は選べない」


 僕はどこかでホッとしていたが、剣崎君の表情は苦渋に満ちていた。彼は僕らの運命を左右する決断をし、今もまだ後悔しているからだろう。

 

「みんな準備はいいか? そろそろ出発しようか」


 剣崎君は後悔や心配を振り払うように頭を振ると、みんなに声を掛けた。

 みんなは彼の声に従い、剣崎君を先頭に隊列を組んで、鉱山跡の坑道を目指した。



  ***



 坑道に入ると中はとても暗く狭かった。僕と奈村さんはライティングの法術で照明を作って辺りを照らす、奈村さんが先頭で僕が後方を担当する。

 隊列は剣崎君と多嶋君が奈村さんを守る様に前に立ち、榎本君が中段を固める。そしてその後ろを僕が行き、殿しんがりを三条さんと鈴木さんが固めた。

 

 しばらく坑道を進むと開けた場所に出た。そこは複数の坑道に繋がっていて、その場所は掘り出した鉱物を一時的に集積する場所の様だった。

 ただどうしても現在は、その役目を果たせている様には見えなかった。そこには見るのも気持ち悪い、大きめサイズのムカデや蜘蛛がたくさん蠢いていた。


「キ………」


 僕は慌てて、声を上げそうになった鈴木さんの口を塞いだ。

 しばらくして彼女が落ち着くと、肘を軽く僕の脇腹に当てるので、僕は塞いだ手を放して彼女を開放する。


「今度やるときはもう少し優しくして!」


「ゴ……ゴメン!」


 彼女が小声で抗議してきたので僕も思わず小声で謝ると、彼女は微笑んで僕に言葉を返した。


「よろしい!」


 そう言って彼女は、悲鳴を上げるほど嫌いな虫に再び視線を送って表情を歪める。

 そこまで苦手なら見なければ良いのに。っと心の中だけで思う事にした。

 虫の大軍を眺めていた剣崎君は、榎本君の方を向いて意見を求める。


「参ったな………。榎本、力づくで通り抜けられると思うか?」


「やってやれない事は無いけど、多嶋のタウント(挑発)と石津のバフ(能力強化)の使用が前提だよ。多嶋がタウントを使って敵のヘイト(憎悪)を一手に引き受け、石津が全員に休み無しにバフを掛け続る。バフを受けた者は一撃ないし二撃までで確実に仕留めて、敵の攻撃を受ける前に数を減らす」


「しかし、石津に仕事が集中すると、彼が集中攻撃を受ける事にならないか?」


「勿論、石津の治癒法術は封印して置かないと、石津にヘイトが集まって集中攻撃を受ける事になる。その為にも戦闘が終わるまで治癒を期待してはいけないよ」


「成程、息を止めたまま泳ぎ続けるようなものか………。時間を掛け過ぎると、何れどこかで破綻する」


「そう言う事。ぶっちゃけこいつは賭けみたいなもんだ。多嶋か石津がダウンするとそこで終了だからね。幸い敵のモブの中にネームド(上級)は居ない様だけど、モブが多過ぎるとそれだけで脅威になるから」


 流石に剣崎君の適応力は凄いな。ゲーム用語だらけの榎本君の話を理解した上で、作戦の欠点まで指摘してるよ。ゲームなんてした事無いって言ってたのにね。

 僕なんて彼らの一連の会話で、僕が一番の貧乏くじを引かされる事ぐらいしか理解出来なかったよ。


「じゃあどうすればいい?」


「少しずつプル(引き込む)して、地道に倒すしかないんじゃないかな。時間は掛かるけど、賭けをするよりはマシなんじゃない?」


 榎本君が両腕を広げながら、大げさに肩を竦めるジェスチャーをして剣崎君に答えを返すと。剣崎君は残念そうに呟く。

 

「それしかないか………」


「幸いゲームと違いポップ(再配置)される心配がないのが救いだから、時間さえ掛ければこの先に進むのはそれほど難しくないはず」


「そうだな。それじゃ、それぞれの役割を決めて早速始めようか」


 僕たちはその後、クラスに応じた役割を決めて早速大型昆虫の駆除を始めた。

 ちなみに僕の役割は、みんなの武器への火系属性の付与と負傷者の治癒だ。

 みんなはそれぞれの役割を果たして、次々と虫を倒す。

 三条さんが得意の弓で虫を引き付けて、近寄った虫に対し多嶋君と剣崎君が能力を使って自分に攻撃を向けさせる。そして榎本君と鈴木さんが虫の体力を削り、奈村さんが止めに小範囲高威力の火系法術を叩きこむ。そして僕は属性魔術の付与をしながらパーティー全体を見回して、大きな傷を負った人に治癒法術を施した。


「しまった! 一匹抜けた。誰か石津をガードしてくれ!」


 多嶋君が危機を知らせて、僕のガードを要請した。

 

「ギュォーーーーーッ」


 身の毛もよだつ様な奇声を上げて迫る蜘蛛は、僕の体よりも遥かに大きかった。


「あれ? そう言えば蜘蛛って、鳴いたり奇声を上げたりするもんだったっけ?」


「馬鹿な事言ってないで早く構ろ!」


 僕は場違いにも下らない疑問を口走っていたが、鈴木さんに怒鳴りつけられると僕は我に返り、慌てて武器を構える。

 いつの間にか目の前まで迫って来た蜘蛛が前足を振り上げると、僕目掛けて振り下ろす。僕はメイスを使ってその攻撃を受け流し、更に繰り出してきた反対側の前足の攻撃をバックラーで止める。

 しかし中足の攻撃を防ぎきれずに、脇腹に足を突き立てられて声にならない激痛が走る。僕は思わず呻きながらも不平を鳴らした。


「そ、それ……狡い…よ」


 僕はよろめいて後ずさりながらも、治癒法術を自分自身に掛ける。


「貴様あーーーーーっ!」


 突然、鈴木さんの怒声が響き渡った。

 するといつの間にか目の前に居た蜘蛛が姿を消し、鈴木さんと入れ替わっている。

 どうやら彼女が蜘蛛に飛び蹴りを決めて、吹き飛ばしたみたいだ。


「大丈夫か! 石津!」


 蜘蛛と入れ替わった鈴木さんが、肩を掴んで揺すりながら僕の安否を確認する。


「だ、大丈夫だから、肩を…肩を揺すらないで。き、傷に……響く」


「あっ! すまない」


 鈴木さんが僕の肩をパッと放して謝った。

 その刹那、鈴木さんが蹴り飛ばした蜘蛛が失神から覚めたのか動き出したので、二人してそちらに顔を向けると、再び蜘蛛が耳障りな奇声を上げる。


「ギュォーーーーーッ」


 僕も鈴木さんも攻撃に備えて同時に構えたけど、赤い光が目の前を通り抜けて蜘蛛の頭を貫くと、蜘蛛が音も立てずに崩れ落ちた。


「大丈夫? 二人とも」


 涼やかでどこか気品を感じさせる三条さんの声が聞こえてきた。

 あの射線の取りにくい位置から、正確に蜘蛛の頭を射抜くなんて神業を見せられた僕は、彼女への評価を変えた。百発百中なんて表現は生ぬるい、まさしく彼女の射矢は外れる事のない神の矢、サジタリウスの矢だった。


「助かったわ、あおい。ありがとう」


「うん、三条さん。僕からもありがとう」


 僕はそう言って視線を前衛に向けると、多嶋君が傷だらけだったので治癒魔法を掛けて、ついでに能力強化も掛け直した。


「忘れてた、早く剣崎や多嶋を援護しないと」


「そうね」


 鈴木さんと三条さんは最前線で奮闘している二人を援護するために駆け出す。


「鈴木さん!」


 僕は声を掛けて彼女を呼び止めると、彼女はこっちを振り向いてくれたので、目一杯の謝意を込めて声を掛けた。


「ありがとう……」


 それを聞いた彼女は少し微笑んで僕に手を振ると、三条さんを追って前の援護に走った。普段彼女はあまり笑わないけど、笑うと魅力的なのに勿体無いな。

 しばらくすると彼女達の加勢もあって、ようやく戦闘の決着がついた。


「ふう。何とかなったな」


 剣崎君は深い溜息を吐きながら納刀して辺りを見回す。

 多嶋君はスタミナを使い切ったのか、辺り構わず地面に座り込んでる。

 榎本君は使える弩の矢を虫から回収しようとしているが、火系の能力付与のせいでどれも焦げていて使い物になるのは少しだけだったようだ。

 奈村さんは虫の死骸から素材を回収している様だ。でも虫の体液を集めるのを勘弁して欲しいと思うのは僕だけじゃないはずだ。ホント、人は見掛けに依らない。

 鈴木さんと三条さんは戦闘で乱れた髪をお互い整えあっていた。この二人はホントに仲がいい、お淑やかな三条さんに少しワイルドな鈴木さん、お互いが無い物を持ち合わせているからかもしれない。


 しばらくは戦闘による疲れもあったので、その場で各々が体を休めていたけど、みんなここに長居したくないのか、誰言うと無くそれぞれが出発の為に荷物の点検を始めた。勿論僕も長居したくないのは同じなので、この中の誰よりも早く荷物の点検を済ませ、放置されていた木箱に腰を掛けてみんなが終えるのを待っていた。

 僕の次に終えた剣崎君が、目の前の木箱の腰を掛けて僕に話し掛ける。


「石津。腹に受けた傷は大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。かすり傷みたいなもんだし、すぐに治癒法術もかけたから」


「なら良いんだが、遠目に見てもかなりの深手に見えたから」


 そう言いながらも彼は疑念の眼差しを僕に送る。

 どうやら彼の目は誤魔化せないらしい、あれだけ離れていても僕の怪我の具合を把握している。実際、腎臓を片方持って行かれそうな深手の上に、ご丁寧に毒までおまけしてくれていたので、もう少し施術が遅れていたら腎臓どころか命も無かった。

 しばらく彼は僕を見つめていた。僕も一応ノーマルだから、男に見つめられても居心地が悪いだけなんだけど、剣崎君は僕の思考までも見透かして、表情を緩めて微笑みを浮かべると僕に言った。


「心配するな。俺にもそんな趣味はない。――――ただ、心配を掛けたく無いのは分かるが、無理して我慢するのは止めてくれ。無理させてお前を死なせたら、俺は明日から眠れなくなるからな」


「うん、分かった。気を付ける事にするよ」


 僕の返事に剣崎君が頷くと、辺りを見回して全員準備を終えているのを確認し、立ち上がってみんなに声を掛ける。

 

「そろそろ出発しようか、こんな辛気臭い所に長居したくないからな」


 彼がそう言うとみんなはその言葉に反応して、武具を身に着けて荷物を背負った。

その様子を確認した彼と僕は立ち上がり、再び隊列を組んで坑道の出口を目指した。

  

 


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