第5話 箱入り王女の変貌
足ぐらいの大きさの棍棒が振り上げられる。
ブゥーーーーン
重そうな風切り音を立てて振り下ろされる棍棒を、啓悟は一歩後ろに引いて紙一重で躱す。
豚の頭を持つ人型をした大柄な生き物が、自身の会心の一撃を躱した男、啓悟を荒い鼻息を吐きながら睨み付ける。この豚の頭をした生き物は、イーリスの説明によるとオークと呼ばれているそうだ。
そのオークはもう一撃繰り出すべく棍棒を再び振り上げると、啓悟の頭を砕くべく振り下ろした。
また啓悟は棍棒の軌道を瞬時で予測すると、今度は体を低くして前に踏み込んでオークの腕を掻い潜る。そうして真横に立つと、手にしていた40口径拳銃の銃口をオークの頭に突き付けて引き金を引く。
パァーン
拳銃が乾いた音を響かせて火を噴くと、至近距離から放たれた銃弾はオークの頭蓋骨を砕いて貫通し、オークの体を啓悟の反対側に倒した。
もう一体のオークが、それを見て啓悟に突進して来た。啓悟は慌てることなく銃口のみを、そのオークの足に向け直すと同時に二発発砲した。
パァーン パァーン
銃弾は左右それぞれの足を撃ち抜いて、啓悟に頭を突き出す形でオークを跪かせると、彼はその無防備に突き出された頭に銃口を突き付けて引き金を引く。
パァーン
再び乾いた音を響かせて、放たれた銃弾がオークの息の根を止める。
周りに居たオークをすべて倒した啓悟は、一度深呼吸して辺りを見回す。
「ケイゴ殿! 無事か?」
アルマがそう叫んで、傍に居たイーリスと共に駆けつける。
啓悟は軽く右手を上げて問題の無い事を示し、彼女たちの戦闘の後に目をやる。
膝まで地面に埋まった数体のオークが、数本の氷の槍に串刺しにされて凍り付いている。どうやらアルマが土系の派生魔術で相手の動きを封じ、イーリスが〈氷槍〉の魔術を使って止めを刺したようだ。この開けた場所に点在するそれらの骸は、まるでこの場を彩るオブジェの様だった。
またイーリスを庇って負傷したのだろうか、アルマが腕を押さえながら近付いて来たので、啓悟は心配そうに声を掛ける。
「大丈夫かアルマ。怪我でもしたのか?」
尋ねられたアルマは、押さえていた手にあるものを啓悟に見せて答える。
「大丈夫です。ケイゴ殿に分けて貰ったこれのお陰で、もうすっかり治っています」
彼女の手の平には、啓悟が予め分けて置いた例の木の葉が乗っていた。ただ、その木の葉は渡した時と異なり、少し色褪せて萎れていた。啓悟はそれを見て彼女の腕に目を移し、衣装の切れ目から見える傷口が直りかけているのを確認して一安心する。
「そうか……なら一安心だな。それじゃあ二人共、さっさとこの場を離れるぞ! 仲間が寄ってくると厄介だからな」
これ以上の戦闘は御免とばかりに啓悟は二人に声を掛けて、一刻も早くここから離れる為に足を速める。
そうして三人はしばらくの間黙々と歩き続けていたが、啓悟が辺りを見回せる大木を見つけると、現在地と周囲の確認のためにその木に登った。
その間イーリスとアルマは、大木の張り出した根の上に腰を掛けて一休みする。
やがて、啓悟が登っていた木から降りて来ると、イーリスが声を掛けて来た。
「ケイゴにお願いがある」
「ん? どんなお願いだ?」
「ケイゴが使用している『ケンジュウ』と言う武器を私に貸して欲しい」
「どうしてだい?」
「その武器なら非力な私にも、有効なダメージを与える事が出来る」
「得意の魔術じゃダメなのか?」
「魔術は術式起動に少なからず時間が掛かる。接近戦に持ち込まれると魔術の起動が間に合わないし、非力な私が剣を振るった所で仕留める事も出来ない。でも、それなら突き付けて指でレバーを引くだけで、大きなダメージを与える事が出来る」
「成程ね、でもこれを扱いたいなら、最低限の訓練を受けて貰うよ? そうでないと暴発などで、自身や味方を傷つけるからね。あと、出来るなら体術の訓練も、合わせて受けて貰うけど良いかい?」
「うん、両方とも受ける」
イーリスが嬉しそうに頷くのを見て啓悟が続けた。
「それじゃ、今日の野営の時から早速始めよう。何日かやってみて、直ぐにでも物になりそうなら、実戦にも挑戦して貰うよ」
イーリスが無言で頷くのを見て、啓悟は再び歩き始めた。
***
啓悟が施すイーリスの為の訓練は初日から厳しかったが、銃の原理や扱い方は、頭の回転の速さと応用力の高さを誇る彼女の事だから直ぐに理解できた。
射撃の腕前については、初めて扱うだけあって、中々的には当たらなかったが、筋は良かったので直ぐに上達するだろう。ただ、まだ十四で体つきも小柄なために、扱える銃が限られるのが難点だった。
体術については、型の動作を繰り返させて、型を体に覚え込ませる鍛錬を毎日欠かさずにさせた。一番の課題は体力だったが、これについては日々の踏破距離を伸ばして耐久力を鍛える事で解決する事にした。
そして、訓練を始めてから三日目の朝。
朝日を浴びながらイーリスは、啓悟に教えられたとおりに、体術の型に沿った動きを繰り返していた。手の動きと足の動きを連動させて、動作こそ緩慢ではあったが彼が最初に見せた通りの動きをトレースしていた。
イーリスは手足の動きを止めずに鍛錬を続けながら、横に立っていた啓悟に対して疑問をぶつけた。
「……ケイゴ………この鍛錬……本当に……………効果あるの?」
「あるぞ、毎日続けていたらな」
イーリスの疑問に啓悟が端的に答えると、そこへ見学していたアルマが口を挟む。
「本当ですか? 私には踊っているようにしか見えませんが………」
「………私も……そう………………思う………」
イーリスもアルマに同調したが、それでも動きは止めずに続けながら口にした。
しかし啓悟は、彼女達が疑問を投げかけるのに、怒りも呆れもせずに答えた。
「舞踊も武術も似たようなもんだぞ。――――ただ、より華麗で美しい動きを追求した物が舞踊で、より合理的で無駄の無い動きを追求した物が武術だよ。最終的な到達点が違うだけで、身体の動きを追い求めると言う本質は同じだぞ。武術の型や動作を連続させれば踊っているようにも見えるさ」
「確かに………、言われてみればそうですね。――――しかし、こう何度も繰り返し同じ事を続ける事に、何か意味でもあるのですか? イーリスは既に貴方が教えた型を完全に記憶していますよ。それが証拠に寸分たがわず体を動かせています」
アルマがそう言って啓悟に反論しているのに同調する様に、イーリスは体を動かしながら首を何度も縦に振ったが、その動作を入れた事で手足の動作が乱れてしまった。
それを見た啓悟は「まだまだだな………」と呟いて、アルマの疑問に答える。
「頭で覚えているだけじゃダメなんだよ」
「どういう意味ですか?」
アルマは怪訝な顔をして問い返すと、啓悟は少し考える仕草をして彼女に質問した。
「んー、そうだな………アルマは物凄く熱い物が手に触れた時どうする?」
彼女は啓悟の不意な質問に、戸惑いながらも答える。
「えっ? ああ、勿論、その熱い物から手を引っ込めます」
「その時に、熱いから引っ込めようと考えてから手を動かすかい?」
「いえ………、考えることなく、勝手に手が動きます」
アルマは少し考えて答えると、啓悟は確認する様に尋ねる。
「そう言う体の反応を、脊髄反射と言うのは知っているだろ?」
「ええ、頭で考えて反応しないで、脊髄で反応する為に通常よりも反応が早いんでしたね」
「その通りだ。――――頭で考えずに体が動く、それは体がその動作を覚えているからこそ出来る反応なんだ。だから、その脊髄反射に迫る反応を得る為にも、型を体で覚えるまで動きを繰り返させているんだよ。今のイーリスは、まだ頭で反応している様だからね」
彼女達は啓悟の考えを聞いて納得したのか、イーリスは黙々と鍛錬を続け、アルマもそれ以上は何も言わずにイーリスを見守った。
イーリスは啓悟が課した鍛錬のメニューを全てこなして地面にへたり込むと、啓悟は座り込んでいる彼女に頭からタオルを掛けて話し掛けた。
「お疲れさん。この先の泉で汗を流してきな。アルマも彼女についてやってくれ」
イーリスに労いの言葉を掛けて沐浴を勧めると、啓悟はアルマに顔を向けて、彼女の護衛を依頼した。
イーリスは啓悟に顔を向けて、最早お約束とも言える言葉を口にした。
「……ケイゴ………………覗いたらダメ………」
「大丈夫、大丈夫。十四のガキ相手に欲情するほど落ちぶれちゃいないよ」
啓悟は彼女達に背を向けて手を振りながら返事した。しかし突然、目に星が出るような衝撃が走り、頭が激痛に襲われてふらつくが、啓悟は倒れずに踏み止まって「いてて………」と言いながら、後頭部を押さえて後ろを振り向く。すると、後ろでイーリスが何か投げたようなポーズで啓悟を睨み、アルマもまた腕を組んで啓悟を睨んでいた。
「ケイゴ………女にデリカシーの無い言葉を吐く男は……いつか死ぬ……………」
「ケイゴ殿! 次にイーリスに無礼な言葉を吐いたら、また吊るしますよ」
イーリスとアルマは少しドスの利いた声でそれぞれ別の警告を啓悟にすると、二人とも踵を返して泉目指して歩き出した。
取り残された啓悟は、頭をさすりながら彼女達を見送って足元に視線を移すと、足元には、拳大の石が転がっていた。
啓悟はその石を見ながら呟く。
「うん、言葉には気を付けるようにしよう。さもないと次は殺されそうだし………」
啓悟は改めてそう決意すると、踵を返して野営していた場所に戻った。
***
それから数日が過ぎて、街道まであと一日という地点までやって来る頃には、イーリスの体術と拳銃を使った接近戦は様になって来た。使用させる銃も、9ミリ弾を使用した《シグザウエルP239》を持たせる事にした。
この拳銃はコンパクトで手の小さい女性でも扱える拳銃だが、9ミリ弾を使用出来る為、威力も申し分ない。因みに啓悟が使用しているのは、40口径の《スプリングフィールドXD》だ。
アルマについては、飛び道具は使わずに剣の方の腕前を上げていくそうだ。啓悟も混戦になると銃の使用は手控える事にしていた。
ゴブリンの攻撃を躱しながらイーリスの方を見ていると、接近戦を挑んでくるゴブリンの攻撃を巧みに掻い潜り、急所に銃弾を叩き込んでは仕留める。その合間に起動詠唱を完成させた複数の〈氷槍〉を飛ばして、同数のゴブリンを串刺しにするといったルーチンワークを淡々とこなして、せっせとゴブリンの死体の山を築いている。
啓悟は彼女の見事なゴブリンスレイヤーぶりを目の当たりにして、そっと溜息を吐いて呟く。
「ゲオルク陛下への言い訳、どうしようか………」
彼女の父ゲオルクは彼女の事を溺愛していた。その箱入り娘の変貌を目の当たりにした彼が、どんな反応をするのか正直考えたくも無かった。
そこへ啓悟に対し隙ありとでも思ったのか、正面からゴブリンが迫ってきて剣を振り下ろす。啓悟は一歩引いて躱すが、右側から更に別のゴブリンが切り付けて来た。
右側のゴブリンの縦に振られた剣を、左脇を滑るように移動しながら躱しつつ、手にしている刀を下から上に振り抜く。一拍空いてのちに袈裟にスッパリ切れたゴブリンの上半身は、切り口から血を溢れさせ重力に負けてズレ落ちて行った。
先に剣を振るってきたゴブリンは、その様子を見て怯み、動きを止めていた。啓悟はその隙を逃さずに大きく踏み込んで、今度は縦に刀を振り抜き、綺麗に真っ二つにした。
自分の周辺の殺気が消えうせたので、刀を血振りして納刀しアルマの方を伺うと、向こうも最後の一匹を仕留めた所だった。
アルマの無事を確認してイーリスの方に向き直ると、イーリスは得意満面の表情で啓悟に歩み寄る。啓悟は彼女の表情と、背後にあるゴブリンの死体の山を交互に見比べて、額を指で押さえながら呟いた。
「どうしてこうなった?」
啓悟のその仕草を見たイーリスは、心配そうに彼の顔を覗き込んで尋ねる。
「大丈夫? どこか怪我でもした?」
「大丈夫、大丈夫、体は傷ついて無い。何でも無いよ」
啓悟はそう応えたが、実際心の中では彼女の両親へ『スミマセン』を百回は唱えていた。もし自分が彼女の親なら、箱入り娘をバトルジャンキーに育てた男を、八つ裂きにしてしまうかも知れないからだ。
だが、そんな事など思いもしない彼女は、啓悟の新たな装備に興味を奪われた。
「ケイゴの世界も剣はあるの?」
啓悟はここ迄の戦いで、接近戦を強いられる事が多かったので、武装に刀を追加していた。剣術についても、妖怪の様な祖父から鬼の様な特訓を受けていたので、凡人よりは使えると自負している。イーリスは啓悟が刀を使っている事が意外だったらしく、彼女が剣についての疑問をぶつけてきたので啓悟はそれに答えた。
「勿論さ、どんな歴史を辿ろうと、剣より先に銃が発達する歴史なんて想像が付かないな」
「そういう意味じゃなくて、剣は廃れてしまってもう存在していないと思ってた」
「そんな事無いぞ、竹を使った模擬刀の竹刀を使って打ち合いをする剣道や、レイピア由来の模擬剣を使ったフェンシング等、スポーツに特化した物も多いが、ナイフを使った実戦的な格闘術もある。何故そんな事聞くんだ?」
「飛び道具の発達した世界から来ているのに、使っている剣も剣術も本格的だったっから少し意外に思っただけ。それに教えて貰った体術の足運びとも似てたのも少し気になった」
「まあ、あの体術は家に代々伝わる剣術からの派生だったからね」
「そう、啓悟の家に代々伝わる物だったんだ。でも大丈夫なの? 家に伝わるものを簡単に他人に教えて」
「問題ないさ。ここは異世界だ、そういうのが他に伝わっても誰も困らんだろ。オークやゴブリンは困っているかもしれないが」
そう言って、イーリスが築いたゴブリンの死体の山を一瞥し視線を戻すと、初めてアルマが戻っていることに気付いた。どうやらアルマは話の途中から聞いていたみたいで、啓悟の剣術に強い興味を持ち始めていた。
「ケイゴ殿、私にその剣術を教えてください」
アルマは啓悟の正面に回り込み、どこか必死の形相をして両手で啓悟の両肩を掴むと、彼を揺さぶるようにせがんだ。
啓悟は頭を激しく揺さぶられる形になって、目を回す。しばらく片手で頭を抱えてふらふらしていたが、やがて収まって来たのか彼女に返事をした。
「お、教えてもいいけど………、イーリスに教えた基礎の部分だけなら兎も角、使用する武器の性質も使い方も異なる剣術だ。下手に身に着けても、アルマが今迄鍛錬を積んで来た剣術まで台無しにしかねないと思うぞ」
そう啓悟に言われた彼女は、それではせめてと彼にお願いする。
「それじゃイーリスに教えた体術だけでもいいので教えて下さい! お願いします!」
「ああ、それなら大丈夫だよ、イーリスも使いこなしているようだし、基礎部分を持ち前の剣術や魔術に組み込めば、新たな武術系統が出来るかも知れない」
啓悟が気軽に承諾すると、アルマが彼に頭を下げて、「有難うございます。そして、宜しくお願いします」と目一杯の謝辞を述べた。
「じゃあ次に野営する時から早速始めようか、イーリスと一緒にね」
その一言にアルマが頷くのを確認して、一行は、再び街道に向って歩みを進めた。
あと一日で、この深い森からお別れする事が出来るが、これからは帝国の都市や村を結ぶ街道を行くことになる。イーリス、アルマにとっては正に敵地となるため。行動についても細心の注意を図らなければならない。
これからの事について考えると頭の痛くなる啓悟だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます