第4話 癒しと蘇生の現実
しばらく三人は、魔獣と鉢合わせする事も無く順調に歩みを進めた。
やがて、日が暮れかけ始めた頃に川に行き着く。
そしてその川を上流に遡ると、大きな滝に行き着いた。
啓悟は滝の裏に洞窟があるのを見つけると、中に先客が居ないのを確認して、この洞窟で野営する事に決める。
早速、食料を異能の力で出そうとしたが、例によってどうしても木の葉しか出ない。ようやく出す事が出来たのは、醤油やマヨネーズなどの調味料ばかりだった。
異能で食料調達が出来ないと判明すると、王城から脱出する時に持ち出した糧食を緊急時に備えてなるべく節約する為に、川で食料を調達することにした。
啓悟は河原に行くと、水面から頭を出している岩に大きな石を叩きつける昔懐かしい禁止漁方で川魚を取り、自分が出した調味料で料理をして彼女達に提供した。
イーリスは特に醤油がお気に入りで、啓悟の注意も聞かずに魚に掛け過ぎていたが、それでも平気な顔でそれを口にしていた。
食事も終わり、一息ついたところで啓悟はアルマに声を掛けた。
「アルマ、昼間に負った傷の様子を見せてくれるかい?」
アルマは啓悟に言われて包帯を解くと、驚いた顔を見せて彼に傷のあった所を見せた。
啓悟もそれを見て思わず口笛を吹いて呟く。
「ヒュゥ! こいつは凄いな………」
アルマの腕に負った傷は切れ味の悪い刃物で切られたせいか、傷口の損傷具合は完治しても跡が残る、とても酷い物だった。しかし今、その腕には傷痕一つ無かった。
啓悟は包帯を解いた時に下に落ちた木の葉に目を移す。だがその木の葉は、彼女の傷口に当てた時の様な青さも瑞々しさもすっかり失せて干からびていた。そして啓悟が拾い上げようと手を触れた瞬間、それは粉々に砕けて霧散してしまった。
「この葉っぱ………、凄い効果だな。まるで時間を巻き戻したみたいに綺麗に治っている。体組織に沿って切れていたなら兎も角、あんな傷でここまで治るなんて常識外れも良いとこだよ。」
啓悟はそう言いながら霧散した葉から手を引いて、アルマの腕に再び視線を戻して肩を竦める。
すると、啓悟に貰った木の葉を弄んでいたイーリスがボソリと呟く。
「………世界樹の葉………………」
「世界樹の………葉?」
啓悟はイーリスの呟きに鸚鵡返しに問い返すと、彼女は彼の問いかけに答えた。
「この葉に似た葉を古い文献で一度見た。世界樹の葉、あらゆるものを癒す力を持っていると言われて、その葉一枚で最高峰の魔導士と錬金術師の技術の粋を集めて精製されたエリクシールをも凌ぐと言われている。更に別の文献では、切断された手足を元通りに繋いだなんて逸話もあった」
イーリスはそこまで一気に話すと、一息ついて更に続けた。
「ただ世界樹の葉は、千年ほど前に起こった世界樹大戦で世界樹が失われた事により、葉を新たに入手する手段を失った。そのせいで現在までに残っている物は超希少品で、王侯貴族の至宝にも匹敵する価値を持つとも言われている」
イーリスの説明に耳を傾けていた啓悟は、ふと気づいた疑問を口にした。
「普通、木から落ちた木の葉って、枯れてカサカサにならないか? まして千年以上もの年月を経ているとなると、風化して形も残ってないんじゃないのか? 世界樹だって朽ちたから滅んだんだろ?」
「世界樹の木も葉も、その物の持つマナが尽きない限り、朽ちる事は無い」
イーリスは啓悟の疑問を一蹴したが、誤解の無い様に更に補足した。
「世界樹は朽ちないが、滅びない訳じゃ無い。古い文献によれば、戦略級法術の暴走によって消失したと言われている。しかしその時の暴走が桁違いで、大陸一つ丸ごと焦土になり、そのような事など到底人の身で起こせる筈もなく、大きな謎だけが残った。ある魔導研究者からは、『世界樹が自ら持つマナの全てを解放して自爆した』という説も上がったけど、本当かどうかは判らない」
「なるほどね。滅ぶには滅ぶが、ちょっとやそっとじゃ滅ばないって事か」
啓悟は彼女の説明に納得して、作り出した葉っぱを表裏返しながら眺めていると、隣でイーリスもまた同じ仕草で葉を眺めながら再び話し始めた。
「この葉は、その世界樹の葉にとてもよく似ている。勿論この葉が、世界樹の葉と同等かどうかなんて調べようも無いけど、この葉の絞汁を飲まされて目覚めた時、気絶していた時間が僅かだったにも拘わらず、十分な睡眠を取って魔力が充実している時のように心地良い目覚めだった」
「自慢ではないけど私の魔力容量は王国の中でも一番、その容量が完全に枯渇していたのに、それをたった数滴で元に戻したのだから、この葉には十分な効果がある」
啓悟は手に持つ葉っぱを弄びながら呟いた。
「この葉っぱは薬草と同じと言う訳か」
しかしイーリスは彼の呟きを耳にして、慌てて彼の誤解を訂正した。
「薬草と比べるなんてその葉に対して失礼。 薬草は体の調子を整えたり、傷の治りを早めたりする魔法薬を調合する材料程度のもの。これは雫数滴で枯渇した魔力を完全回復したし、傷も跡形も無く癒した。私の知る限り、これの効能に迫る薬も回復魔術も見た事が無い」
彼女が回復魔術と言うのを聞いて、一応ゲームを齧った事のある啓悟は、以前から気になっていた事を尋ねてみた。
「イーリスは回復魔術が使えるのか? あと、死人を蘇らせる魔術って存在するのか?」
「一応、上級の回復魔術まで使える。でも上級の魔術でも、大きく傷ついた体を元通りには戻せない。これは私達の持っている常識も、ケイゴの物と同じ。それと同じ理由で、本当の意味での蘇生の魔術も存在しないと言って良い」
どうやらこの世界は元の世界同様、ゲームの様な優しさの無い世界の様だ。
イーリスは一息つくと更に続けた。
「回復魔術は生命力と代謝能力を強化して、傷の治りを早送りしているだけ。だから生命力が尽きかけている人はどうしても治り方が鈍くなる、ましてや生命力が尽きた人にそれは全く効果が無い」
彼女の話はまだ続く。
「蘇生については、二種類の方法がある。人は心臓が止まって反応が無くなっても、暫くの間は体に生命力が残っている。その生命力が尽きる前に、大量の魔力を注ぎ込む事で生命を維持させて、その隙に致命的な損傷を修復し蘇らせる方法。これは、蘇生魔術と言うよりは、回復魔術の延長上にある上位魔術で、勿論魔力を大量に消費する。ただ老衰などの様に先に生命力が切れて死んだ場合や、死んでから時間が経ち過ぎると効果は無い」
彼女は一息入れて、もう一つの方法に触れる。
「もう一つは、反魂の術と言うものが存在する、死者の骸に魂を返して蘇らせる方法。こちらの方が、本当の意味での蘇生と言える。しかし、これについては理論上証明できても、成功した例を聞いたことが無い。それを実行するには膨大な魔力を要求される。魂を創造する訳だから、それこそ神に匹敵する桁違いの魔力が必要となる。この研究は多くの魔導士や法術師が挑戦し、場合によっては国家ぐるみで行われた事もあった。でも、そのお陰で研究も進み、魔力量が少なくて済む術式も考案された。だけど、それには相応の代償を支払う必要があった」
「代償って?」
「対象となる死者と同質の魂」
「要するに生贄って事か?」
「そう、魂を作る事が出来なければ、他から持って来るという発想。ただ、この方法も容易では無かった」
「どうして簡単じゃ無かったんだ?」
啓悟はそう言って更に促すと彼女は先を続けた。
「そもそも、同質の魂を持つ存在を探すのは殆ど不可能。私と容姿の似た者は探せば見つかるかもしれないけど、アシュテナ王国第三王女イーリス・フォン・クラウゼヴィッツと言う存在はこの世で私一人しか居ない。私と同質の魂を作ろうとするなら、私と同じ容姿性格のアシュテナ王国第三王女もう一人用意しなければならない」
啓悟は腕を組んで深く頷きながら、彼女の言わんとする事を理解して口を開く。
「なるほどね、魂なんて代物は唯一無二の存在だ。同質の魂なんて存在自体が矛盾してるからねぇ」
「そう言う事。仮に容姿も性格もそっくりな双子の姉妹が居たとしても、それぞれが姉と妹と言う立場からは逃れられない。同じ場所で育っても魂の質は自ずと異なってしまう」
イーリスはそこまで言って一息つくと、こう結論して話を締めた。
「本当の意味での蘇生は、理論上可能でも事実上は不可能………」
啓悟は彼女の話を聞き終わると彼女の持つ知識と見識に心から感心して称賛を送った。
「分かり易い解説だな、知識が豊富で見識もしっかりしている。俺の人生の半分も生きていないのに大したもんだよ」
啓悟の賛辞を聞いたアルマは、我が事の様に誇らしげにイーリスの事を語り始める。
「イーリス様は、私が教育係に就いた時には既に学士に迫る知識を身に付けていたんです。独学でそこまで辿り着くイーリス様を私は尊敬しています」
イーリスはアルマの尊敬の入った眼差しを受けて少し照れ臭そうにしているのを見ながら啓悟が話す。
「それは凄いな、こんな所で無駄な時間を過ごすのが勿体無いんじゃないの?」
「良い教師さえ居れば学ぶことは何処でも出来る。ここにはアルマもいるしケイゴもいる」
イーリスがそう請け合うと、アルマは首をひねりながら異議を唱えた。
「ケイゴ殿に教えられる事なんてあるのですか?」
「アルマ、何気にキツイ事言うね………」
アルマのその反応に、啓悟はショックを受けて呻くように呟く。イーリスはそれを見ると、彼女を窘めるように言った。
「アルマはケイゴを過小評価し過ぎ。彼を単純な軍人と思っているのなら考えを改めた方がいい、王城を脱出する時の手際の良さと言い、王国軍に指示した戦略と戦術を見れば、少なくとも高級将校クラスの実力持っている。ケイゴの冴えない見た目に騙されてはいけない、彼は計算づくでそう見せているから」
「でも、軍事分野に限った話でしょう? それ以外だったらイーリス様の足元にも及ばないじゃないですか。高級将校と言っても、軍から離れれば単なる冴えない男ですよ」
アルマがそう断じると、イーリスが彼女に尋ねる。
「アルマはケイゴが書いた作戦計画書の全てを熟読した?」
「ええ、熟読とは言えませんが、ざっとなら読みました。良く出来た計画書でしたよ」
「あれを熟読して、初めてケイゴの知性の高さが分かる。地政学、経済学、社会学、心理学そして自然科学の全てに通じていて初めて書ける代物。私やアルマでも、この世界の歴史や魔術に関する知識以外だと、足元にも及ばない。冴えない見た目だけど………」
「冴えない見た目で悪かったね。別に好き好んでそう見せてる訳じゃ無いんだけどな」
冴えない見た目。過去に幾度となく浴びせられた言葉を二人から連呼されて、啓悟は少しヘコんだが、彼女が誤解しているのを捨てては置けないので一応言い訳してみた。
「ケイゴ、好き好んでやっていないのならば、冴えない振りを止めればいい」
イーリスは全く取り合わず、冴えない振りを止めさせるのに拘る。
しかし啓悟は、元よりそんなつもりは無い。しかし彼女の誤解を解くために、彼の持つ特技の元になっている特性について触れる事にした。
「別に意識して冴えない男を演じている訳じゃ無いんだけど………。心当たりがあるとするなら、俺の特技に関わる特性が原因かも知れないな」
「あなたの特技っていったい何?」
特性とか特技とかいう単語に引っ掛かったのか、イーリスが喰い付いてきて啓悟に質問して来た。彼はこの先、彼女達と行動する時に支障をきたさないよう、説明しておくことにした。
「俺の特技〈認識阻害〉は、人の意識を自分以外の者に向けさせたり、自分自身をそこに居るのが当然の人と錯覚させたりと、人の意識に働きかけて存在を周りに意識させない事で自身の存在をその場から消す事が出来るのさ」
「特性ってどんなの?」
「人から認識され難い特性、特に集団の中においては存在感が無くなる様なんだ。冴えない姿に見えるのも、恐らくはその特性の一環なのだろうね」
「よく集団で行動していると『あんな奴居たか?』とか、『お前居たのかよ!』とかよく言われたもんさ。ある友人なんか俺の事を『幻か蜃気楼みたいな奴』と言ってたよ、こうしてちゃんと触れる事の出来る体があるのにね」
啓悟がそう言いながらイーリスに手を差しだすと、イーリスは差し出された手の手の平を取って、感触を確かめるように彼の手の平を撫でる。触れた手は男性の手らしく無骨ではあったがとても暖かく、そして何よも確かにそこに存在し、決して幻などでは無かった。
「ケイゴはここに居る、この手に触れたケイゴの手は幻なんかじゃ無い」
彼女は、彼からそっと手を離しながらそう答える。
啓悟は軽く微笑んで彼女に「有難う」と声を掛けて、自分の手の平をじっと見つめながら、亡くなった娘がこの手の平を良く触っていたのを思い出していた。
やがて三人の間を沈黙が支配すると、啓悟は「よっこいしょ!」とおっさん臭い掛け声を掛けて立ち上がり二人に声を掛ける。
「さあ、二人とも今日は疲れたろう? ゆっくり休んでくれ。俺は外の見張に立ってくる」
そう言いながら啓悟は、すっかり夜の帳が下りた外へと姿を消した。
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