第一章 1引きこもりは楽しかったです

 


「パーチェ連邦軍事育成部所属!ラッセル・ファースです エルダは今居られますか?」

「うちのエルダに何か!?……あ。そっか。もうそんな日ですのね……」

「じゃあ上がります!失礼ッ!」

「あ、ええ、どうぞ」


 ファースを家へ入れるのはエルダの母。

 靴を脱ぐ習慣がないので土足で踏み入れました。「エリスが強いからエルダも……」とエルダへの期待が高まっているファースです。

 母がファースを部屋まで案内します。その部屋は勿論エルダの部屋でした。


 その時少年は自分の部屋で本を読んでいました。持っている本のタイトルはシア字で『龍に潰されたブァルグ国』と書かれています。

 少年はシア字が読めませんので、中身はヒマ語翻訳版になっています。

 大体二千ページ程の分厚さがある本を閉じ、それを抱きしめてベッドからオフィスチェアへ移動しました。

 座って本を読もうとしましたが、勢い良く扉が開かれます。


「うぉぉおっっ!誰だ!?ってか入ってんくな!!」

「パーチェ連邦軍事育成部所属、ラッセル・ファースだ……何で来たか分かるわな」


 迷彩柄の軍服を着た肌が黒焦げに焼けているファースは部屋の中に入りました。

 母は部屋の外から少年を見守っています。


「俺の至福を邪魔すんな、貴様!」

「もう当日で時間も過ぎてるから早くしろ」

「何がって、お前か!姉さんに何かあったのか?」

「違う、今日は軍人試験だ。パーチェ連邦で満16歳になった男女が軍隊入隊に相応しいか見る貴重な日だぞ」

「……」

「ちっ。もういいから来い!」



 椅子の肘掛を握りしめ、動く気配がない少年はファースに担ぎ上げられて外に連れ出されます。



「母上ぇぇえええ!!」


 少年は叫びます。しかし、母は今日の日を覚悟していたので止めません。これは全国民の親がそうです。


 店の前に止められていた『テミルーズ』中型竜の竜車に少年を乗せます。

 紫色の胴体、しかし所々に白い模様があるテミルーズを少年は懐かしく思いました。

 約八年ぶりに外に出たので、久々に目にしたものは他にもありました。向かいの酒屋の看板が変わらずボロい木の看板だったり、店前にあったポストは相変わらず落書きがあります。


 そのまま竜車は少年とファースを乗せて走り出しました。操縦は鉄の鎧を着ている兵士の方がしています。

 少年は姉さんの事を考えながら窓の外を眺めました。


「レルシアンの街も随分変わったんだな……」


 レルシアン王都の街並みを見て、やはり八年前とは変わった景色も広がります。

 特に目に浮かんだのは、八百屋が多かったこの通りが武器屋、鍛冶屋の通りになっていた事です。


「……やっぱり時代だな」

「16が時代を語るなよって言いたいが、ここ5年で政策が変わっちまったかんな」

「政策って、フリーダムとの武具交易平和同盟が原因か?」

「それもあるが、ギル・スフィアとの農業武器貿易によって武器生産が追いついてねえんだ」

「その農業武器貿易のお陰で俺ん家は店続けれているんだけどな」

「そりゃそうだろ。だが、武器を渡す代わりに対価が食料じゃ割に合わねえんだよな」

「しかし、この国では農作物が収穫出来ない」

「ちっ。お前詳しすぎんだろ、しかしあれだ。ヒューマンが生きるにはヒューマンらしく生きねえといけねえんだわ」



 ファースとそのまま竜車に乗り続け、少年はある事を思い出しました。

『約束』ーー少年は守れそうにはない。

 確かに8歳の当時では同学年に勝る剣技を持っていた少年ですが、それは8年前の話。

 周りは当然8年分強くなっており、少年は8年ニートをしていたから当然弱くなっています。


 ーー暫くすると竜車が止まりました。

 窓から外を見るとそこは、軍の演習場でした。



「おい、降りろ4399番!」

「おいおい、番号で呼ぶなよ 冷たすぎんだろ」


 少年とファースは竜車を降りると、ファースが急ぎ足で歩き始めます。革靴の底が鉄製の針で出来ているので足音がします。

 少年はこの軍事演習場を眺めていました。


「ーーやっと来たんだな 昔の俺なら喜んだだろうになぁ……姉さんここに居るのかな」


 姉と二人で目指した場所に少年は踏み入れますが罪悪感で一杯になります。


「帰りてえ!実践テストとかあんだろ?俺に出来るとでも!?あぁぁ、だりぃ」


 それは、姉との約束を果たせそうにない自分が、ここに来るべきでは無いと考えたからです。


「おい、エルダ 大人しく行ってこい」

「ん。ヒューマンらしくやるか」


 少年はファースの圧力に負け、細い体、細い腕で受付を目指します。見渡す限り一番痩せている少年は決して飢えている訳ではありませんが筋肉が無さすぎて最弱さの塊です。

 着ている服は着古した元々真っ黒だったジャージ。今は灰色になっています。


 少年はファースに見送られながら受付に向かいました。猫背でストレートネックになっている少年に覇気を感じません。

 受付の前には薙刀を構えた軍人が立っていて、数分の間少年を待っていました。


「お前か?次の者は。着いてこい!!」

「うぃーす」


 その軍人が少年を誘導します。軍人は銀色の鎧をしていましたが、それを外し迷彩の軍服に着替え始めます。

 訓練しているのでしょう、数秒で着替え終わりました。

 面接室に案内されたので、入ると誰も居ない一室でした。

 この男性が面接官らしく、急に面接が始まります。それと同時に軍人はサングラスを室内で着用しました。


「名前と家柄を言え」

「ん、フィーネ・エルダ 王都でそこそこ有名な八百屋の息子で……」

「……おっと、これは失敬ってええええ!?エリス様の!?え?弟……あ!はいはいはい!エルダか!エリスが毎日の様に話してるわ」

「姉さん!?おい、お前姉さん知ってんのか!?」


「あんたならいける!よし、決まりだ!」

「は?そんな事より姉さんと面識あんのか?てめえ!何か変な事してたら許さねえぞ!!あぁぁ!?」


 噛み合ってない会話をしている面接官と少年です。すると、面接官は少し息を吸い問いかけました。


「良く分からないが、他国との交友関係とパーチェ連邦での交友関係を伝えよ」


「ん、昔はそこそこ友達居たが今は一人も居ねえ、いや寧ろ俺には姉さんさえいれば何も要らないから」

「さ、採用だ……やっと来たか……」


 面接室の入口から約20名ぐらいの迷彩軍服を着用しサングラスをかけている軍人が無言で素早く入ってきました。全員男性の様で、パイプ椅子とパイプ机を一人一つずつ手にしています。無駄のない動きでその椅子と机を設置し始めました。


「え、何これ。ってかこいつら何がしたいんだ?」

「ま、エルダ座れ」


 面接官に言われるがまま、少年はとりあえず軍人が置いたパイプ椅子に座ってみました。

 他の軍人も椅子に座り始めます。会議の様な状況に一瞬でなり、その中にはラッセル・ファースの姿もありました。


「エルダ!国家機密組織『RRP』通称『アール』の秘密情報員に任命し、更に中尉の称号を与える!」


 中尉とは、大佐よりも高い階級でした。

 少年は八年間ありとあらゆる本を読み続けていたので、アールの存在を知っています。

 少年に中尉の証である勲章を受け取りました。少し重みがあり姉がしている物よりも大きくて星が多いです。

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