姉の為に。
プロローグ
「エルダ、いい子だから何があっても姉ちゃんから離れるんじゃないよ。」
「う、うん……姉さんに守ってもらうんだもん!」
「そ、そんな所触って……一体どこで教わったの。他の女の子にもしちゃダメだからね」
「だって、俺ね、姉さんの事好きだから」
「お姉ちゃん嬉しいな。だけどね、大きくなったら他に好きな女の子が出来ると思うよ?」
「で、できないよ!姉さんしか知らないもん!」
「悪い子ね、うふふっ。今日はこの辺で騎士団ごっこ終わりにしようね」
「やだ!まだ姉さんに抱き着くんだもん!」
「晩ご飯の時間だからね。また明日やろう」
「うん!また明日やる!約束だから!」
「いい子ね。約束……。じゃ戻ろう」
ある大国に二人の姉弟が居ました。
その二人は仲のいい姉弟で、近所でも有名でした。
姉ーーフィーネ・エリス。10歳で剣術学校主席、それも飛び級で卒業しました。
一般生徒であれば16歳で卒業する学校を早く卒業出来た彼女は強く、国家の中でも一目を置かれていました。
今日も姉弟仲良く手を繋ぎ、家へ帰宅します。何気無い日常で、幸せな一日の終わり。
「おかえり、エリス。エルダ。」
そう声をかけるのは先ほど営業時間が終わり農作物の在庫確認をしている母でした。
エプロンをして、サンダルを履いていて、いつも優しく二人を迎えてくれるので、そんな母が二人は大好きでした。
決して裕福な家庭では無いですが、何の不自由無く生活していました。
「ただいま!お母様!」
姉が先に帰宅して、体力が尽きかけている弟が姉の後を歩きます。
「ただいま、母上」
姉弟で親の呼び方が違うのは国の文化のせいです。女の子は『母様、お母様』男の子は『母上、母さん』で国により統一されています。
ですが、義務では無い為家庭によって変動はあります。
そんな二人は今日の晩ご飯を楽しみにしていました。何故なら……
「今日だよね?!母上!今日なんだよね!」
「エルダ落ち着いて。」
「だ、だって、姉さん!母上のシチューなんだよ!落ち着いて居れるわけ無いよ!」
「いい子は先に手洗うんだよ」
「うん!姉さんも一緒に行こ!」
姉も内心嬉しさを隠しきれていない母の『シチュー』は二人の大好物。
週に一度、父が仕入れてくれる鶏肉や玉ねぎ、ジャガイモ、人参を母が調理するシチューは世界一だと二人は思っています。
「ちゃんとタオルで手拭くのよ?」
「「はーい!」」
元気の良い二人の返事は王都を響かせる程でした。楽しみで仕方なくて、それを家族四人で食べれる喜びが二人にありました。
二人は手を洗い、姉の隣に弟がくっ付いていてリビングに座ります。
「姉さん、好き!ぎゅってして!」
「ダメだよ。私達は姉弟なんだからね」
「うぐっ……ひっ、ぐっ……」
「大丈夫だからね、大丈夫。」
いつも優しく抱きしめる姉は今日も弟を優しく抱きます。
「姉さんっっ!」
「お母様に見られたらエリスが怒られちゃうんだから。後ちょっとだけだよ」
「俺のお嫁さんだから良いもん!姉さんと結婚するんだからね!」
「うんうん、エルダと約束したからね」
「絶対守るよ!約束!」
この姉弟が昔交わした約束は何も結婚しようとか大人になっても一緒に暮らそうなどではありません。
二人で国家の中心騎士になる事でした。
10歳で軍入隊レベルを上回っている姉と8歳にしてはそこそこ腕のある弟の大きな夢。
こんなリビングでハグしながら話す内容ではありませんが、子供の二人にとっては何処で何をしようと関係ありません。
「エリス大変よ!今すぐ玄関に来て!」
「なぁに?お母様」
姉は弟から手を離し母の元へ向かいます。当然弟も姉について行きましたーー。
「えー、国家軍事育成部ラッセル・ファースです。本日にてフィーネ・エリス改め、フィーネ・エリス大佐には国家序列に介入した為、軍が引き取ります!」
「困ります。エルダもまだ小さいですし、お引き取り願えませんか?」
「軍事命令だ!従えないのであれば処刑する!構えろ!」
母の頭には銃が向けられます。
その光景に弟は勿論ですが、姉はもっと落ち着きが無くなります。
王が実質的な権力を保有していないこの国では軍の命令が絶対遵守されるのです。
「それでも渡せません。うちのエリスとエルダは大切な宝物ですから」
「まって!!行きます。行きますのでエルダとお母様、お父様そして店には手を出さないでください!!」
「エリス……?」
弟は何も発せず、ただ姉が大柄な軍人に立ち向かった勇敢な姿を見て唖然としています。
弟と母の目の前で、エリスは軍に身を拘束されました。
「エルダ、大丈夫だよ」
姉のいつも見せる笑顔。それを見て弟は声を荒らげて泣き叫ぶ。今の二人には国家を相手する事は出来ず、無力でした。
「では、エリス大佐、龍の加護を持った力で軍に貢献して下さい。行きますよ」
「少しだけ時間を下さい」
「10歳なのにしっかりしてますな。良いですぜ。少しぐらいならね」
「ありがとうございます。」
エリスは母では無く、自分の部屋にある思い出の品でもなく、父の帰りを待つ訳でも無く、シチューを食べようとする訳でも無く、弟の元へ真っ先に向かいました。
「エルダ、私が居なくても頑張りなさい!そんなんだったらいつまでも周りより強くなれないよ!私たちの夢は国家の中心騎士でしょ。しっかりしなさい!」
姉は弟の頬を思いっきりビンタするわけでは無く、ぶん殴りました。
弟は数メートル飛ばされます。姉が涙目を堪えながら、右手の痺れを感じていますが、弟にその表情は見せません。
最後に母に目礼した少女は家族に一度も見せなかった涙をこぼしました。
「姉さん……」
起き上がる弟を置き去りに軍とともに去っていく姉。それを追いかける事すら出来ず、ただ単に見つめるしかありませんでした。
ーーそれから。
少年は約8年間ニートをして過ごしました。
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