開かれた匣 -4-

「こっちの処理は任されてやるから、とりあえず行って来い」

そう山城に促され、蓮太郎は聞き馴染みのない曲調の鼻歌を奏でる二千花の後ろを渋々と歩いていた。


「あれの後によく陽気に鼻歌なんかできるな」

「あれ?」

「がっつり襲われただろ」

「襲われたら鼻歌ダメなの?」

「いや、そんな事はないけど……普通は衝撃受けねぇか?」

「そう?鼻歌出せるくらいの衝撃じゃない?」

「……さいですか」


二千花の性質に少し慣れ始めている自分に不本意さを感じながらも、蓮太郎は自分の中の蟠りを次の言葉にする。


「結局、丸手は一体どうしてあんな事してきたんだ?しかもあんなきちがいな力で」

「それはもちろんパンドラ・ギフテッドのせいだよ」

「あんたらの話は半信半疑で聞いてたけど、そのパンドラってのはそんなヤバイものなのかよ?」

「ヤバイっちゃあヤバイねー。あ。でもあの人はパンドラ持ってないよ?」

「は?今パンドラのせいだって言わなかったか?」

「せいだよ。ただあの人はその被害を受けただけだね」

「被害?いや、あんだけ暴れてたのに?」

「それが今回の相手のパンドラなんだろうね」

「……全く話が見えない。どういうことだよ?」

「端的に言うと、操られていたんだと思うよ」

「操られていた?」

「今回の相手がそういうギフテッドだと仮定すると、ここの2つの事件も辻褄が合うんだよねーこれが」


含みを持たせた軽い口調で二千花が話す。


「いや、やっぱり話が見えねーよ」

「レンくんは最初の事故の事って知ってる?」

「まぁ一応。人が窓に突っ込んで転落なんてのはそこそこ衝撃的なニュースだったしな。しかも同じ学生で」

「争った形跡とかも無くて自殺の線も濃厚だったらしいけど裏付けるものが何も出てこなくて、そんな衝撃的ニュースなのに事故で処理されたんだよねー」

「事故の原因がハッキリしないせいで周りでも色んな噂が飛び交っていたな」

「警察の本意気の見分でも手掛かりが掴めなかったみたいだし、実際にわたしもその現場を直接見たけど周辺に変な細工とかしたような跡はなかったね」

「見たって、あの時廊下でやってたのはそれか」

「つまり。現状のまま整理しちゃうと、自殺の意思はなくその学生は自ら窓に突っ込んで転落したってことになるわけ」

「……自殺じゃないのに自分から突っ込んだって、矛盾してないかそれ?」

「そうそう。明らかな矛盾だよね。でも、その行動が学生自らの意思で行われてないって仮定すると、その矛盾は埋めれると思わない?」

「だから操られてたってか?俺にはいまいち真実味がない話なんだが」

「モチのロン。実証されないならそれは真実とは言えないからね。そこは匣を開けてしまったお調子者を引きずり出して証明いたしましょう」


何か企んでいるかのように不敵に笑う二千花。気付けば二人は階段を昇り、講義室やゼミ部屋が並ぶ東棟3階に来ていた。


「引きずり出すって、まさかここにいるって言うのか?」

「そのまさかだよレンくん。犯人はこの中にいる!あ、じゃないや。犯人はこの階にいる!か」

「いや、指定範囲広すぎだろそれ」

「細かい事は気にしない気にしない。実際いるんだし」

「いや待て。ホントにいるのかそんなヤツ。こんな白昼堂々と?」

「だからだよ。なんたってアリバイが出来るしね」

「それでも、さっきみたいなあんな目立つこと普通するか?操ったにしてもあれだけ暴れさせたら大事過ぎるだろ」

「ノンノン。パンドラを普通で測っちゃいけないよ。開いてしまった時点で常識なんて枠はとっくに外れてるし、そもそも理性なんて皆無だしね」

「どういうことだよ?」

「パンドラはその人の強く夥しい欲に反応して開くのが特徴でね。理性を吹き飛ばしてその欲が全面に溢れ出るの。そういう意味では今回のはその欲に忠実だと思うよ」

「欲に忠実って……こんなはた迷惑な事がか?」

「そ。分かり易いくらいの『自己顕示欲』だね」


一連の話を聞いても蓮太郎はいまいち消化しきれていなかった。

本当にそんな人間がいるのだろうか、と疑心暗鬼になるそんな蓮太郎をチラッと見て二千花が言葉を続ける。


「ま。百聞は一見に如かず。犯人の目星は付いてるし、実際に会った方が話は早いよね」

「あ?ちょ、ちょっと待て」


そう言うと、脇目も振らず二千花がどこかへ向かって歩き出す。蓮太郎が慌ててその後をついていくと、講義真っ只中の講話室の前で二千花がその足を止めた。

瞬間、蓮太郎は自分の判断が数コンマ遅れた事を酷く後悔する。二千花は一切の躊躇も遠慮もせずに講義中の部屋のそのドアを勢いよく開けた。


「どもー」

「おいぃ!!どもー、じゃねぇ!何勝手に入ってんだよあんた!?」


二千花に慣れたなどと思った自分を心の中で激しく叱責しながら、蓮太郎は二千花に向けて声を荒げる。

ただ、一切合切それは気にも留めず、何故か少しニヒルに笑いながら二千花はどんどんと部屋を進撃していく。


「なんだ君は一体!?」


驚嘆する声が部屋に響き渡る。そこには蓮太郎も見知った顔が黒板の前に立っていた。


「あはは。白々しいねーそれ」

「何言ってるんだ?それに羽柴も。これは一体どういうことだ?」


二千花と蓮太郎を交互に男が睨む。まともな言い訳も思いつかず、バツが悪いまま蓮太郎は口を開く。


「いや、俺も知らない内に花園先生に用事があったみたいで……」

「は?言ってる意味が分からんのだが」

「意味は分かってるくせに~。というか、わたし達が来るの知ってたくせに~」

「だから言ってることの意味が分からんと言ってるだろ」

「えー。ここから食い入るようにこっち見てたのにー?」

「……なんだと?」


嵩増すように重くなる空気。それと同時に肌にひり付く感覚も蓮太郎は感じていた。


「体育館にいた時、わたしと目が合ったじゃない」

「何を馬鹿な。そんな訳ないだろう」

「やっぱり開きたてだと力に自信がないのかな?ちゃんと操れてるかどうか確認したいから、ここで食い入るように見てたんでしょ?」

「話が通じないな。さっきから何を言ってるのか分からんと言ってるだろう」

「えー。体育館の上窓から中を覗き込めるのって位置的にここしかないから絶対確信犯でしょー?」

「はぁ……話にならないな。今は講義中なんだ。とにかくもう出てってくれ」


怒気のこもった目で睨みつける花園。それに蓮太郎も居心地が一層悪くなる。


「おい!出るぞ!」

「あー。でも私たちに話してくれなくても別にいいよ?あとからもう一人こっちに来ると思うし、その人に話してもらえれば」

「だから!君らにも警察にも話すことなんて何もない!出てってくれ!」

「へー。なんでもう一人が警察の人って分かったの?」

「え?」

「確かに山ちゃんは何回もここに来てるから顔は知ってても不思議じゃないけど、なんで私たちと一緒にいたのが警察山ちゃんって知ってるの?それこそ私たち3人がそろった場面でも見てない限りねぇ?」

「っ……」

「詰めが甘いね♪」


悪戯が成功したかのように笑う二千花。相対する花園は見て明らかに顔から表情が消える。


「ってことで、2つの事故もさっきの襲撃も引き起こしたお調子者はあなたでしょ?」

「……慎重に事を運んでいたつもりなんだがな」

「ははっ。あれで慎重?笑っちゃうよー。わたしには力を誇示しているようにしか見えなかったけど」

「誇示?それは違うな。これは私という選ばれた人間の正当な権利の行使だ」

「人が死んでるのにそれが正当なの?」

「当たり前だろ。そうなるのに値する奴らだ」


淀み切った目で淡々と語る花園。日頃から学生ともフレンドリーで、講義でもゼミでも丁寧で馴染みやすい教えが人気の先生であった人が、そこからかけ離れた態度と姿になっていることに蓮太郎は気持ちが悪いほどの違和感を感じざるを得なかった。


「……なんだ羽柴?その目は?」

「は?」

「お前も私の邪魔をしようっていうのか?」

「いや、何言ってんだ先生」

「お前も、お前も、私の邪魔をするんだろ!?それは許されない。許されるはずがない!許す必要もない!!」


花園が指を軽く鳴らす。それと同時に部屋で受講していたはずの学生全員が一斉に立ち上がる。その異様な雰囲気に蓮太郎が気圧されていると、前触れも無くドアが勢いよく閉まり二人を閉じ込めた。


「は?なんだ?ドア開かねぇぞ!?」

「詰めが甘いと言ったな?それはお前らの方だ」

「それがあなたのパンドラ・ギフテッド?」

「パンドラ?呼び名など知らないがこれが私の選ばれた力だ。私が触れたものに命令を下せるんだ。すでにこいつ等もこの部屋も掌握済みだ」

「触れたものってこのドアもかよ?特殊能力かこれ!?」

「特殊っちゃ特殊かもしれないけどれっきとしたパンドラだよ。たぶん自分の電気信号を外部に送り込めるんだろうね。そうだなー。さしずめ<ハッカー【侵入者】>ってところかな。人以外にもいけるっぽいから鉄柱が勝手に倒れた件もこれで解決だね」

「いや何呑気にそんなこと言ってんだ?これ絶対マズイ状況だろ!?」

「呑気じゃないよー。こうなるって予測はしてたし」

「マジか。ってことは何か対策があるんだな?」

「え?ないよ?」

「は?なんでだよ!?」

「レンくんいるしどうにかなるかなーって思って」

「呑気じゃねぇか!!!なるかなーって、ならねぇよ絶対!!!」


一様に物音が鳴り出す。その方へ蓮太郎が振り向くと、表情が平板としている学生達がボールペンやハサミといった手元にある文房具を手に構えていた。


「おい……いよいよやべぇーぞ」

「そうだねー」


後ずさる二人。敵意しかないその部屋で明らかな窮地を迎える。


「レンくん。取りあえずここは思い切っていこう」

「いや何をだよ?」

「3、2、1……」

「いやだから何をだよ!?」

「ドア、キック、ゴー!」

「あぁ!?~~~~~このっ!!!」


にじり寄る学生たちを見て、一瞬の戸惑いを振り払い蓮太郎は渾身の回し蹴りを背後のドアへ放つ。

鈍い音と共に拉げた金具が四方に飛び散ってドアが蹴り破られたと同時に、二千花はそこから飛び出しなんの躊躇もなく廊下を駆けていく。それを見て蓮太郎も二千花を慌てて追いかける。


「おい!!!何ひとりで、って速いな!?」


女性とは思えぬスピードでどんどんと距離を開いていく二千花。意地でも追い付こうとギアを上げようとした刹那、蓮太郎は肩を掴まれ勢いを殺された。見るとそこに、見て明らかに体育会系の体つきをした男子学生が肩を掴んだまま片手のハサミを蓮太郎に突きたてようとしていた。


「っ!!!」


すかさず蓮太郎は相手の掴んでいる手の中指を折りあげる。痛みで一瞬動きの止まった相手を見逃さず、反転してハサミを持つ方の手首を捻ると同時に足払いを入れ、流れるままに投げ倒した。

蓮太郎が息を吐いて顔を上げると、もうそこにはすでに数人近付いて来ているのが視界に入る。再び体を反転させると蓮太郎は全速力でその場から離脱をする。


「くそっ……!」


歯を食いしばりながら行き当たりを曲がると、部屋から顔と片手だけ出して蓮太郎に合図を送る二千花の姿が目に入った。

不服を感じながらも呼び込まれたその部屋に蓮太郎は飛び込む。


「いやーハラハラドキドキだね」

「てめぇ……俺を囮にしたろ?」

「レンくん。戦略的撤退だよ」

「戦略も何もあんたは無対策だったじゃねぇか!」

「レンくんシーっ。すぐバレちゃうよ?」

「納得いかねぇ……」

「まーそれは置いといて。たぶんあの子達も同様にリミッター外されているんだろうから、レンくんが開放状態だとは言っても一筋縄ではいかないかなー」

「おい。あんたが言ってるその"開放状態"ってのは俺の潜在能力だかが上がってるやつだろ?一筋縄とかじゃなく、あの異常な力があの人数で来られたら無理だって」

「んー。ここはレンくんのギフテッドが頼りかな」

「は?俺のギフテッド?」

「うん。レンくんのギフテッド」

「どういうことだ?」

「そもそもその潜在能力はギフテッドが開くと同時についてくるオマケでね。レンくんにはわたしのギフテッド<オープンセサミ【開けゴマ】>でランダムに一つギフテッドが開放されています♪」

「はぁ!?」


つい蓮太郎が大きめに驚嘆の声を上げてしまう。その瞬間、それに反応したかのように鍵のかかったドアを無理矢理開けようとする音が聞こえる。


「レンくんシーって言ったのに」

「出来るか今ので!」

「うーん。どうしよっか?」

「……問い詰めたい事は山積みだが今は四の五の言ってらんねぇ。その俺にあるギフテッドはこの状況を打破出来そうなのか!?」

「わたしの<オープンセサミ【開けゴマ】>は人の中にあるギフテッドを強制的に開くことができるものだけど、開くのは基本ランダムだからねぇ。今どんなの開いてるか見るね」


そう言うと、人差し指を蓮太郎の胸に当てて二千花が目を瞑る。


「うん。なるほど。分かった」

「どんなのだ?」

「開いたのは"眼球を自由自在に動かせる"力だね」

「は?なんだって?」

「"眼球を自由自在に動かせる"力」

「……」

「……」

「さぁレンくん!思う存分力を振るおうー!」

「振るえるか!!!なんだその力!?眼球を自由自在に動かして何のメリットがあんだ!?」

「そこはレンくんが考えてほしいな」

「勝手にやっておいて丸投げすんじゃねぇよ!考えようもねぇよ!」


蓮太郎の怒りが部屋に木霊した直後、鍵が壊れる音と共に操られた学生たちがドアを破壊し侵入をしてきた。


「すでに5人……袋の鼠じゃねぇか」

「まだ他にも10人近くいたもんね。これだとすぐ来ちゃうかな?」

「あんたもギフテッド持ちだからその身体能力なんだな?なら少しはこの状況に責任持って加勢をしろ」

「あ。レンくん。思い付いたよ」

「あ?なにがだよ?」

「作戦Aでいこう」

「あぁ?」


怪訝なリアクションをする蓮太郎を横目に、二千花が平然と窓を開ける。

一度蓮太郎の方を向いてウインクをすると、二千花は縁に手をかけたまま体を外へ投げ出した。

唐突過ぎる行動に目を見開く蓮太郎だったが、時間差でガラスが割れる音が下方から聞こえハッとする。


「レーンくーんー!作戦成功させてねー」

「作戦……」


遠ざかる下方の声。にじり寄る足音。眼前の窮地。

蓮太郎は上を向いて考える。


「…………囮じゃねぇか!!!!!!!」


渾身のツッコミがその場の空気を震わせた。

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