ぼくのいるところ

漆目人鳥

ぼくのいるところ

ぼくのいるところ


人の心とは目に見えぬものです。

ですが、確かに存在します。


どこに?


身体の内側でしょうか?

私もそう思いますが、果たして本当にそうでしょうか?

じつは、外側に存在しているものを、感じ取っているだけなのではないでしょうか?

ほんとのところは誰にもわからないのです。

なにせ、目に見えないものなのですから。

この話は、私の友人C子さんと、友人だったD男さんの物語です。



C子さんとD男さんは、長い間同棲しておりました。


D男さんは二人の住むマンションとは別に小さな事務所を持ち、仕事も順調で、何不自由すること無く、仲むつまじく暮らしていたそうです。


そんな二人だったのですが、あるとき魔が差したようにお互いの気持ちがすれ違ってしまい。

C子さんは二人の住んでいたマンションを出て行ってしまったのです。


そして。

冷却期間と言うには少々長すぎた時間が過ぎ去ろうとしていたある日。

唐突に、C子さんの携帯にD男さんからのメールが届きます。


内容は。


『お前のことを今でも愛し続けている』


と言ったものだったそうです。


そして、その同じ日。

D男さんは、自分の事務所で自らの命を絶ちました。

首吊り自殺だったそうです。


5月某日の事でした。


遺書らしいものは無く、一体どのような理由により自殺してしまったのかは、いまだにはっきりしていません。


さて、C子さんは『身内』と言うことで、D男さんが事務所として使っていたマンションを引き払う手続きをしなくてはならなくなりました。

まずはD男さんの遺品をかたづけなくてはなりません。

とはいえ、気持ちの整理が付かないために、すぐに全てを処分する気にはなれず、とはいえ、C子さんも自分の生活を始めて時間がたっていたために、すっかり生活用品が揃ってしまっており、マンションに溢れる数々の用品の一時的な保管場所が必要になってしまいました。


あくまで余談ですが。


この保管場所として私の家が打診され、わたしは快く協力させていただくことになりました。


保管場所も決定し、作業を明日に控えたその日の夜。いや、或いは当日の朝方。

C子さんは夢を見たそうです。


夢にはD男さんが出てきました。

C子さんは、夢の中ではD男さんが死んだと言う認識が無く、別居中の時間の延長と言う感覚だったと言います。

道で偶然に別居中のD男さんと出くわす。そんなシチュエーション。


D男 「よう、元気にしてるか」

C子 「何とぼけたこと言ってんのよ。あんたこそ元気してるの?」

D男 「ああ、オレか?うん。オレは元気なんだけど」

C子 「?何よ?」

D男 「ああ、オレのいるところは、サクラが咲いてるんだ」


D男さんがそう言った時、目が覚めたのだそうです。

C子さんは切なくなってしばらくそのまま床にうずくまり泣いたそうです。


季節は5月。

C子さんの住む関東ではとっくに桜は散っていました。

あくまで夢。滑稽な、無責任な、馬鹿げた夢の話です。

C子さんは誰に夢の話をすることなく、片付けの手伝いを申し出てくれた四人の友人とマンションへと向かったのでした。


事務所にしていたマンションへ行き、片づけを始めて中盤に差し掛かった頃、奥の部屋に入って、あたりを見回したC子さんは思わず叫んでしまったと言います。

部屋の壁にかけられたカレンダーの絵柄。


それは、満開のサクラの写真だったのです。


カレンダーは何故か4月のものでした。今は5月。

剥がし忘れたのでしょうか?


いいえ。


その4月のカレンダーは、一度剥がされた物がわざわざセロテープで丁寧に貼りなおされていたと言うことです。

しかも、めくってみると5月のカレンダーには、毎日の予定がびっしりと書き込まれていたのです。


夢の話は誰にも話していません。誰も悪戯で細工することなど思いつくはずがないのです。


「D男はここにいるんだ。ここで私が来るのを待ってたんだ……」


C子さんはそう思ったそうです。


人の心とはどこにあるのでしょう?

生前人を愛した心は死後どうなってしまうのでしょう?

人の心があるのは身体の内側?外側?

固定されているのでしょうか?それとも。


漂っているのでしょうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくのいるところ 漆目人鳥 @naname

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ