第12話 魔石の少女


「それじゃ、かんぱーい」


「かんぱ~い」


 冷えたラガーが溢れるほどに注がれたジョッキをキンッ!と合わせてゴクゴクと飲む。


「プハァ~。やっぱり冷えたラガーは美味いな」


「モツ焼きにはこれだね。黄金コンビさ」


 俺と同じようにゴクゴクと豪快に一杯目を飲み干したスミューさんは、焼けたモツをさっそく口に放り込んでいた。


「確かに美味いですね」


「私のとっておきだからね」


 リバーケープの依頼をこなしてから数日後、スミューさんに連れられてやってきたこのモツ屋は飲み屋街からはやや外れた位置にあり今まで来たことがない店だった。


「この辺りはあまり来たことがなかったかのでこんなとこに飲み屋があるなんてってちょっとビックリしましたよ」


「穴場なのさ。客層も店構えのわりに大人しめの人が多いし、全席個室だからトラブルも滅多におこらない」


「良い店ですね」


「そうともさ」


 スミューさんは自分のお気に入りが褒められたのが嬉しかったらしく、上機嫌でモツと二杯目のラガーを交互に口にしていく。


 俺も負けてられないとばかりにあれこれ口に入れていく。


「このホルモン、中々の上物ですね」


「この店の名物だよ。牛の魔物の上位種のものらしい」


 それからはしばらくお互いモツの好きな部位だとか好みの酒だとかを楽しく語り合った。


「さて、注文したものは一通り来たかな?」


「そうですね」


「ならお腹を一休みしようか。それに酔いが深くなる前に話したい事もあるしね」


 ニヤッと笑ったスミューさんは、脇の椅子に立て掛けてある俺の剣に視線を向けた。


「父に君の事を知っているか聞いてみたよ」


「はぁ。スランドル教授はなんと?」


「ローデリック教授が連れまわすのも理解出来る、と褒めてたよ」


「それは褒め言葉じゃないですよ……」


 思わず頭を抱えてしまった。


 講師連中にも俺はローデリック教授とセット扱いなのかよ。


「謙遜しなくてもいいよ。私や歴代のお世話係は皆都市部限定だった。それはローデリック教授が教師だからだね」


 一応にアクセントをつけるスミューさん。


 その気持ちわかりみしかないな、と共感しながら話の先を促した。


「といいますと?」


「あの人はあれで元勇者パーティーで世界一の魔法使いだ。ローデリック教授的には何も危険がないような外出も、凡人にとっては死地に前情報なく部屋着で飛び込むようなものだったりするからね」


「まあ、そうですね」


 あのじじい難易度S級の難関ダンジョンをトカゲばっかの洞穴呼びしてやがったからな。


「だから教え子を危ない目にあわせちゃいけないなとカケラしかないギリギリ存在している理性が、都市外のダンジョンや危険なフィールドへ教え子を連れていかないようにしているんじゃないかなと思ってたんだけどね。ところが…」


「俺は違う、と言いたいわけですね」


「実際そうだろう?君」


「そこまで調べましたか」


「ふふふ」


 思わずうへ~となった顔をしてしまうと、面白いねとばかりに笑われてしまった。


「嫌っそ~な顔をしているね。やっぱり二つ名を呼ばれるのは嫌いなのかい?」


 そんなとこまで聞いているんすか。


 まぁ俺が二つ名呼びを嫌っているのは東支部ならそこそこ有名だし、隠してるわけでもないんだけどね。


「考えた奴をスライム沼に沈ませてやりたいですね」


「そんなに嫌なんだ……」


 一流の冒険者の証明じゃないの?と不思議そうに首を傾けるスミューさんに肩をすくめて返す。


「二つ名なんて欲しがる奴の気が知れないです。それに俺は自分を一流だと思ってないですし、なりたいとも思ってません」


「でも君のランクは…」


「ランクは仕事をこなしていく内に勝手に上がったものです。冒険者は生活費と魔石費を稼ぐために始めただけで、学院を卒業したら辞めようかとも考えています」


「もったいなくないかな?」


「スミューさんは冒険者ランクトップの人って知ってます?」


「ああ。三代目勇者の『白氷姫ディアナ』だよね」


「彼女、ここ数年休みがまったくないそうですよ」


「えぇ……」


 スミューさんの表情が引きつく。


 やっぱその反応になりますよね。


「指名依頼がひっきりなしに入るそうです」


「それは…同情するね。断る事は出来ないのかい?」


「なまじ勇者を襲名しているだけに断る事も出来ないそうでして。断ったところでギルマスからの強制指名依頼に変わるだけなので結局断る意味がないらしく」


 俺が冒険者を専業にしたくない最たる理由が強制指名依頼だ。


 冒険者は本来なら自由に依頼を選べるはずなのに、高ランクになればなるほど勝手に仕事を振られる頻度が増える。


 しょうがないだろうと無理矢理指名され、断ったらペナルティ、最悪ランクダウンさせられる。


 俺としてはやりたくない仕事を強制してやらされるくらいなら後腐れなく冒険者を辞めようと決めている。


 今の東支部のギルマスは話が分かる人なので続けられているけど、将来的には分からないからなぁ。


「勇者を辞める事は出来ないのかな?」


「後継者が現れるか結婚するかじゃないと無理だそうです」


 勇者は職業ではなく称号だ。


 それも各国から正式に認められた世界的規模のものだ。


 様々な恩恵を与えられており、認めた国からは王族並みの特別待遇を受けられる立場となっている。


 もちろん勇者としての活動を前提としたものなので、自国内では手に余る魔物や犯罪者を討伐してもらう国際的な依頼が常に舞い込んでくる。


 報酬は莫大だが危険度もそれに見合ったものだ。


「思った以上に大変なんだね」


「彼女だけでなくトップランカーのほとんどは指名依頼に忙殺されているそうです。俺は今は学生って事で指名依頼は全部お断りしてますけど、そんな将来はゴメンなので」


 自分のペースで仕事がしたいし、そもそも冒険者の仕事をメインでしたいわけでもないし。  


 金を手っ取り早く稼ぐ手段でしかないんだよね。

 

「なるほどね。じゃあ卒業後は別の進路に?」


「学院に残って研究を続けるかもしれません。その場合は冒険者も続けますが、やはり指名依頼はお断りですね」


「研究は魔力応用学の方かな?」


「そうです。俺は魔石の魔力の研究をしてまして」


「魔石の?内包魔力かい?」


「注入魔力もです。詳しく説明させていただきますと…」


 魔石は主に魔物から採れる魔力の結晶体の事を指す。


 これは魔物にとってエネルギー源であり、第二の心臓とも言える。


 魔物はその身体の構成に魔力を多く使用しているため、魔石を抜かれると身体機能を維持できなくなって死に至る。


 で、この魔石なのだが、内包された魔力はエネルギーとしてそのまま活用可能だ。世に出ている魔道具のほとんどはこの魔石の内包魔力を動力源としている。


 内包魔力を使いきるとただの石に戻るのだけど、この空の魔石を再利用して外部から魔力を注入すると内包魔力の八割くらいの魔力を保存する事が出来る。


 八割までってのはこれ以上注入すると魔石が割れてしまうからだ。


 さらに複数回注入すると表面が劣化してひび割れ始め、最後にはやはり割れてしまう。


 割れてしまう原因としては魔石は内包魔力と同じ魔力で作られているため、注入された別の魔力では八割以上注入したり何度も注入したりすると拒絶反応が起こってしまうからと言われている。

 

 ただ証明はされていない。


 ちなみに水属性の魔物から採れた魔石に相性の悪いはずの火属性の魔力を注入しても同様に八割まで注入可能だ。属性が原因の拒絶反応ではない。

 

 俺はこの注入魔力の研究をしていて、残り二割について調べている。


 現在はその二割がなんであるかはある程度判明しているのだけど、それを魔法学会で証明出来るにはまだ至っていない。


 今のところはその二割に関しての証明をする手立てを模索中。


「なるほど。中々興味深い内容じゃないか」


「そんな無駄な事をして何になるなんて意見も結構もらいますけどね」


「そんな事ないさ。残りの二割がなんであるかを誰も分からなかったのに君は解明したんだろう?それは偉大な発見だよ。だってその話の内容から察するに、魔石を人工的に作る事が出来るかもしれないんだから」


「おっとぉ……」

 

 スミューさん、鋭い。


 流石その若さで特級間近なスランドル家の才媛だ。


「まだ理論の段階ですよ」


「だが、確信はしてる」


 そうでしょ?と知的な青い目に覗き込まれ、俺は白旗を上げた。


「確信というか、現物を見た事があるんですよ」


「なんだって?!」


「実はですね……」


「ちょっと待ってくれ。『静音サイレント』よし、続けて」


 俺達の周囲に会話が漏れないよう音を遮る魔術を張ったスミューさんに礼を言って続きを話す。


「俺が見た人工魔石ってのはダンジョンコアなんです」


「ダンジョンコアだって?あれは自然に発生するものだろう?」


 驚きの声を上げるスミューさん。


 無理もない、ダンジョンは天災だと誰も疑う事のない常識だからな。


「俺も昔はそう思ってました。ですけどとあるダンジョンで見たダンジョンコアは人工的でなければ説明がつかない状態だったんです」


「ど、どんな状態だったんだい?」


「まず、かなり巨大でした。幌馬車くらいはあります」


「ほ、幌馬車くらい?それは一体……」


「もしこのサイズの魔石を所持する魔物が存在したとしたら……そうですね、神代の時代に大陸をも飲み込んだと伝説に残る巨獣ヴォーグラーくらいでしょう」


 あの島と間違われるほどにでかいリヴァイアサンですら魔石のサイズは俺達の席にある机くらいだ。


 そのリヴァイアサンの魔石の何倍もでかい魔石の持ち主となると、もう想像出来ないサイズと言える。


「次に、そのダンジョンコアには台座があり、その台座に繋がっている管から大量の魔力がダンジョン内へと送られていたんです」


「魔力を供給している、のか……」


「そしてこれが一番の理由なんですが」


「ま、まだあるのかい?」


「コアの中に少女が入っていました」


「…………は?少女?」


「はい。十代前半~半ばくらいの。パーティーを組んでいる姉が言うにはその少女こそが残り二割なんだそうです」


「はぁッ?!」


「俺の立てた仮説は内包魔力の残り二割は魔石の持ち主の記録であるって内容です」


 この仮説で一番説明しやすいのはダンジョン内の魔物に関してだ。


 ダンジョンに出没する魔物は倒すと魔石とたまにドロップアイテムを残して消失する。


 これは魔石の内包魔力の記録を元にダンジョン内の魔力を使用して身体を再現したからだと考えている。


 身体のダメージが激しく死亡した場合に、ダンジョン由来の魔力はそのままダンジョンに還元され魔石だけその場に残るから肉体が消失したように見える。


 無機物(ゴブリンの腰布とかスケルトンの錆び剣とか)でも消失するのになぜドロップアイテムは消失しないのか?と疑問に思った事がある人もいると思うけど、ドロップアイテムはダンジョン外で生成された物なのでダンジョン魔力に還元されないため消失せずにその場に残る。


「うーん……少女の存在を置いておけば仮説としては矛盾がないと言うか、今まで説明出来なかった色々が説明出来てしまうね。それに君のお姉さんと言うと世界樹ユグドラシルエリアのトップだよね?ますます信憑性が上がる話だ」


 やっぱりねーちゃんの事も知っていましたか。


 隠しているわけでもないから知っている人は知っているけど、その数は少ない。


 俺と一緒の時はピクシーサイズだから学院でも冒険者ギルドでも大抵の人にはピクシーだと思われてるし、本人も否定しないからなぁ。


「実は俺が学院に入学した理由が魔石の少女の正体を知る事だったんです」


「……確かにそれはとても気になるね」


 なるほど、とうなずくスミューさんにそうなんですよとうなずき返す。


「ダンジョンを維持出来る程に膨大な魔力を生成し続ける魔石の少女か。お姉さんは何か知らないのかい?」


「ねーちゃんも職場の記録とかをあたってくれたんですが何も見つかりませんでした。冒険者ギルドでそのダンジョンに関する一番古い記録と照らし合わせて、妖精ギルドが発足する以前から存在したと仮定すると千年以上前にはすでに魔石の中にいた事になります」


「神話の時代の遺物か…。まず間違いなく神様関係だね」


「その通りです」


 というかあれだけの遺物を人が作れるハズがない。ローデリック教授だって不可能だろう。


「その人工?神工?コアのダンジョンなんだけど、有名なところなのかい?」


「知ってる人は知ってる、くらいですね。あまり人気がある所じゃないので冒険者ですら滅多に入りません」


「難易度は?」


「俺のランク以下の冒険者は入らない方が良いでしょうね」


「超難関じゃないか…。君はそんなダンジョンを踏破したのか。しかもお姉さんと二人だけで」


「二人で攻略出来たのは俺が召喚師だってのと、ねーちゃんの存在がとにかくでかいですね」


 前衛役を複数体召喚して文字通りの壁役とし、俺が遊撃で攻撃をしかけ、全体回復&広範囲攻撃魔法でねーちゃんが全体フォロー。


 これが俺のダンジョン攻略の基本スタイルだ。


「なるほど。人員不足を質と量双方で補ったわけだ」


「ちなみにそのダンジョンを踏破したのは冒険者になる前なんですが、実はこのことはギルドに報告してないので秘密でお願いします」


「分かったよ、約束する。スランドル家の名にかけて口外しないと誓うよ」


「ありがとうございます」


「でも、何で私にその話をしてくれたのか理由を聞きたいな」


 爽やかにそう返すスミューさんに、俺は立てかけてあった剣を手に取った。

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