第13話 貪り食う者
「それにはまずこいつの事を説明しなきゃなりません」
「お!ついにその剣について教えてくれるんだね!」
机の上に置いた俺の剣に、スミューさんは気になってたんだよ~と目を輝かせた。
初めて会った時からチラチラ見ていましたもんね。
「この剣は祖父から受け継いだ物です。先祖代々伝わってきた物なんですが、特に銘や名とかがあるわけじゃありません」
「無銘?信じられないな……」
「あったのかもしれませんが祖父も知らないと言っていたので名無しって事になっています」
「何の金属で作られているんだい?」
「それも不明です。見た目は鉄っぽいですが錆びないし鈍りもしません」
特殊な手入れは必要だが、剣としての手入れはほぼ必要ない。 精々汚れを落とすくらいだな。
「お手入れ要らずってわけだ。まるで勇者の剣みたいだね」
「アレとは似ても似つきませんよ。むしろ真逆です」
「真逆?」
「スミューさんがこの剣を気になった理由ですね」
俺はスミューさんに剣を差し出した。
「どうぞ。さわっただけでは何も起こりませんよ」
「それじゃあお言葉に甘えて……軽いな。なるほど鉄ではないのは確かだね。それになんと言えば良いのか……こう、アンバランスだね」
流石は特級間近の魔術師。持っただけで気づきましたか。
「スミューさん、流石ですね。その通り。こいつはとんでもなくアンバランスなんですよ」
返してもらった剣を抜いて魔力を通してみせる。
「これは……なんという……想像以上だ」
剣身からは渦巻くほどの闇属性を、
「どうです?」
「こんな剣が存在したんだってのが素直な感想だよ。最初に見た時から漏れでる闇属性と光属性を感じていたから、てっきり剣が呪物で鞘がそれを抑える封印具だと思っていたのに」
漏れでると言ってもよっぽどの実力者じゃないと感知出来ないほどの微量なので、気づける人の方が凄いと思う。
「鞘が封印具ってのも間違ってないんですけどね。ただ属性封印ではなく魔力封印ですが」
属性封印は剣に付与された魔力属性が暴走したり漏れだしたりしないよう反属性で消しあったり押さえ込んだりする封印だ。
それに対して魔力封印は魔力そのものを吸収したり拡散させる封印で、属性封印と比べ強力ではあるが封印付与作業の難解さなどから不人気だったりする。
「これだけ凄まじい闇と光だと鞘に属性封印を施すのは難しいか」
「だと思います。魔力封印ならまあなんとかなるかな、と」
「魔力封印は一度試した事があるけど、小壺に入った薬草の魔力を封印するだけなのに属性封印の何倍も時間がかかったよ。この鞘に魔力封印を施した人はよっぽどの天才かよっぽどの気が長い人か、あるいは両方か、だね」
「そうでしょうねぇ」
作ったのが人族でない可能性もあるよとねーちゃんも言ってたしな。
「で、この……魔剣?聖剣?にはどんな能力があるんだい?」
「こいつは悪食なんですよ。一番の好物は人の負の感情ですけど、制御しないと魔力だろうと魂だろうと何でも食っちまうんです」
スミューさんは目を大きく見開いて、何か言おうと何度か口を開きかけ、結局大きなタメ息をついた。
「……なるほど。だから君の二つ名は
二つ名の由来はこのせいだったんだねと両腕を組む。
スタイルが良いから胸の前でなく胸の上に腕を置く感じになってる。眼福。
「剣の能力で俺自身は固有スキルの一つもないですけどね」
「この剣を扱える事が特別なスキルだと思うけどね。それで、その剣はどうやってそれらを奪うんだい?」
「ぶっ刺します」
「あ、そこは普通なんだね」
「いえ、こいつは食事の時は刺しても相手を傷つけません」
「は?」
「殺したらすぐに食えなくなるじゃないですか」
「はあぁ?!」
今日何度目かわからないスミューさんの驚き顔。美人はどんな表情も美人だなぁ。
「流石にそうなんですかとあっさりうなずくのは無理な話だなぁ……」
「じゃあ試してみます?魔力だけ吸い取る事も可能なんで人体に影響はないですよ」
「え?あー、う~ん……うん、やってみるか。その前に『インビジブル』」
念のためさ、とスミューさんは不可視化の魔法で席の周囲を覆った。
「それじゃあ魔力を喰う状態でちょとだけ手のひらを刺します。すぐに引っこ抜きますが、こいつは大食いなんでそれでも三割は持ってかれるかもしれませんので、心構えをしといて下さい」
「分かったよ!」
最初のためらいはどこへやら、興味津々とばかりに目を輝かせるスミューさんにこの人もやっぱりローデリック教授の教え子なんだなと再認識。
「いきます」
剣に魔力を込め、スッとスミューさんの手のひらを刺す。
「おおッ?!」
手のひらからは血が出る事もなく、剣身にスミューさんの白く輝く魔力が吸い上げられてくる。
白魔法が得意な家系らしく綺麗な白色魔力だな。
「こんな感じですね」
パッと剣を引き抜くと、剣身に残っていた魔力がサアッと空中に消えていった。
「いやこれは……凄いね」
グーパーと動かしながら自分の手のひらを確認したスミューさんは、傷一つない事に驚きの声をあげた。
「魔力も君の言う通り三割ほど抜かれたな。あの短時間でそこまで抜けるとは、ドレイン系の魔法よりよほど強力だ」
「ドレインは体外から無理矢理魔力を引きずり出そうとするので、肉体の抵抗にあってあまり引き出せませんからね」
こいつは体内から直接抜き取るので抵抗がないから空になるまで引き抜ける。
ドレイン系を操る魔物や妖精、亜人種等も色々工夫して体内から引き抜こうとするからな。
植物系なら蔦で絡め取った後トゲ等を打ち込んでそこから引きずり出したり、サキュバス等の吸精亜人系はキスやセッ◯スで体を繋げて吸収したり。
「なるほどな~。ねえ、もしかしてこの剣って魔法も無効化できたりなんかするのかい?」
「しますね。ただ全ての魔法ってわけじゃないです。設置系の魔法、罠や結界ですとかウォール系は完全に無効化出来ます。ですが放出系は剣が届く範囲しか消失出来ません」
設置系魔法は魔力をその場に固定するから範囲内に剣を刺せばそのまま全部吸収出来るが、放出系は広範囲に魔力が拡散するので剣が接触した一部しか吸収出来ない。
「いや、充分じゃないかな……。だってそれだと君は単体魔法に対してはほぼ無敵じゃないか。広範囲魔法だって君の周囲が無効化出来るのなら実質無意味だし」
「言うほどでもないですよ。魔法から魔力を吸収するにしても魔法そのものを剣身に当てなければいけないですから」
どの範囲魔法でも剣を滅茶苦茶に振り回さないと魔力が吸収出来ないから凄く疲れるんだよな……。
特に水系魔法は流体相手だから厄介だ。
「沢山の水に沈められると流石にもちませんし」
「魔力以前の問題か」
「それに俺は基本姉ちゃんと一緒に探索するんで魔法そのものを姉ちゃんに対応してもらいますし、召喚した仲間にも対応してもらったりしますしね」
「うーん、君は基本ソロだと聞いていたけど、なるほど。それなら他の冒険者と組む必要性がないね」
ちなみに姉ちゃんは冒険者登録はしていない。
俺と一緒の時以外は活動しないからいらない、との事。
そもそも妖精女王が冒険者登録していいのかってのもあるが。
「それで本題に戻るんですけど」
「何故私に明かしてくれたかだね」
「この剣はさっきスミューさんの魔力を食いましたけど、食った魔力をこの柄のとこに嵌まってる大魔石に貯める事が出来ます」
「君……いや、とりあえず話を続けてくれないかな」
「はい。それでですね、先ほど魔石の残り二割は持ち主の記録だと説明しましたけど、記録ってのはかなりおおざっぱな括りでして」
「そこは私も気になっていたんだ。何故記憶ではなく記録と表現したのかなって」
「記憶だけじゃダンジョンが魔石で魔物を造り出すのは無理があると思いませんか?」
「……確かに。記憶とは持ち主の完全なる主観的視界。魔物が自身の身体の隅々まで正確に把握しているわけがない。外見スペックも完全に把握していないとその種を再現するのは無理があるね」
ちょっと考えただけでこちらの言いたい事を全部理解してくれる。
頭が良くて回転が早い人は説明要らずで助かるなぁ。
俺が考える記録ってのは身体の外見にサイズや魔力量やスキルなどの身体的記録と、記憶を含む持ち主の思考や頭脳を持った心的記録、この双方だと思っている。
心と身体が別々だった場合、例えばゴブリンの身体をホーンボアの頭脳が動かそうとしても、四つ足歩行の魔物がいきなり二足歩行の魔物の身体を操れるとは思えないし。
「なるほど……いや、ちょっと待った。その考えが正しいとすると空の魔石の中には魔力以外のモノも込められるんじゃ?それに君は先ほど魔力以外に感情や魂も喰らうと…」
いやー本当に話が早いわこの人。
ニッコリ笑ってポケットから大魔石を取り出した。
魔石の中には黒く濁ったものが八割ほど入っており、ゆらゆらと揺らめいている。
「これは?」
「人の負の感情です」
「……手にとって見ても?」
「どうぞ。魔石を割らない限り漏れ出す事はありません」
スミューさんは恐る恐る手に取ると、魔石を揺らしてみたり照明にかざして覗き込んだりとあれこれ観察し始めた。
「これ、割れて中身が流出したらどうなるんだい?」
「そのまま空気中に消えてなくなります」
「人体への影響は?」
「身体的な害はありませんが、浴びたり吸い込んだりすると凄い気持ち悪いです。理由のない不快感が腹の底から湧き出てくるような感じになります」
「なるほど。これは今回の犯人達のモノなのかな?」
「そうです」
どうやらスミューさんは今回の犯人達の取り調べにも参加したらい。
捕縛した際も一切抵抗せず、さらに全員があっさり犯行を認めて自供したため、何らかの薬物で操られてスケープゴートにされたのではと疑われたようだ。
その可能性は考えてなかったな。反省。
「彼らのあの状態にやっと納得がいったよ。負の感情がなければ人はああなるのか」
潔すぎてちょっと不気味だったと苦笑いしながら魔石をこちらに戻し、空いた手でジョッキを掴むとそのまま中身を飲み干した。
「君はまったく底が知れないな。そういう所がローデリック教授にウケたんだろうね。それで、君の本題はその魔石で良いのかい?」
「はい。俺はこいつで人の負の感情を集めています」
「何で?と聞いて良いのかな?」
「論文を書くための実験に必要だから、ですね」
「ふむ」
それだけじゃないだろ?といった視線を笑顔でやり過ごす。
「ですが誰彼構わず感情を抜き取るわけではありません。例え負の感情だろうとそれは本来人にとって必要なモノです。今回のように根こそぎ抜き取れば対象の人格を変遷させてしまいます。少量であろうとも影響は出るでしょう」
「その通りだろうね」
「なので基本は重罪人相手に行っているんですが、この街は元々治安が良かったのと、近辺の野盗や山賊を狩りまくったら対象が全然いなくなってしまったんですよね」
「ここ数年の治安向上は君の暗躍があったからか…」
最近めっきり犯罪が減ったとスランドル教授から聞いていたらしい。
主要因が分からないと貴族の会議でも話題に上っていたが、悪くなるならともかく良くなっているならまあいいかって結論で落ち着いたようだ。
「遠征すればいいんでしょうが、授業もありますし姉ちゃんの仕事もありますからそこまで離れるわけにもいかず」
それに遠方で野盗や山賊を討伐するなら現地での情報収集の時間も必要だ。
土地勘がないと逃げ道を見落として主犯格をみすみす逃してしまう可能性があるからな。
「なるほど。つまり君が欲しいのは情報なわけだ」
「そうです。俺はしょせん一学生に過ぎません。情報収集には限界があります」
「冒険者ギルドは?」
「冒険者ギルドは依頼が来ない限りその手の情報は集めませんから」
「お姉さんは?」
「妖精と人との契約に反する可能性があるのでお願いしていません」
姉ちゃんはその辺りも凄く手伝いたそうなんだけど、流石にそれはと俺と姉ちゃんの部下でストップをかけている。
「私もそこまで情報を得る立場ではないよ?」
「今は、ですよね」
学園が大きな権力を持つこの都市では、
少なくとも学園では教授達に次ぐレベルだ。
「噂程度の話でも構いませんから」
「それならまぁ、いいかな」
「ありがとうございます」
「ただ、私の研究にも協力して欲しいな」
「俺が出来る事であればもちろん」
素材集めとかなら得意だしな。
そういえばスミューさんの研究テーマを聞いてなかったな。
「今さらだけど私は…」
その後はスミューさんの研究についての熱い講義で盛り上がり、気づいたら閉店時間だったのでスミューさんを自宅に送ってからほろ酔い気分で帰宅したのだった。
まるで脈動している血管のようにドクドクと魔力を送り込んでいる巨大な管。
それらが繋がれた先の台座に鎮座した、血のように赤い巨大な魔石。
その中で水中に漂っているかのように佇む少女。
「久しぶりだな、ミスクリオーセ」
少女はゆっくりと瞼を開いた。
フォークロア! ~奇妙な依頼と魔石の少女~ 秋野信 @akino
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