第11話 その二つ名嫌いなんだよね

 コンコンコン。


 とりあえずドアをノックするが、残念ながら返答はなかった。


「こんにちわー」


 大きな声で呼び掛けるも反応なし。


「もう面倒くさいから扉を蹴り飛ばすか斬り飛ばすかしたらどうですかい?」


 いきなり脳筋発言をしてくる大妖精。


 うちの同僚ども東支部の冒険者みたいな発言はやめて頂きたい。


「一応むこうさんにも選択肢は与えておいてやらなきゃだめだろ」


 痛い目を見た後吸われるか、痛い目にあわずに吸われるかの違いだけど。


「いやいや、あそこに転がってる連中の事を見ていたなら抵抗するに決まってるでしょうよ」


 玄関横に設置されたフクロウの置物を羽根指しながらクックックと笑うコルヴスに、だから一応だって言ってるだろうと返す。


 このフクロウ、単なる陶器の置物に見えるが監視用の魔道具だ。


 その両眼にはめられている魔石とリンクしている水晶越しに外の景色が見られるというもので、上顧客向けに金貨五十枚でリバーケープで販売中。


「返事ねーな」


「どうしますかい?」


「しゃーない。強硬突入しますか」


 剣を抜き、剣先でドアノブをチョンと触る。


 途端、バシュウゥゥゥー!と大きな破裂音を出しながらドアノブから魔力があふれてきた。


「やっぱり何か細工してあったか」


 ドアをノックした時に、何か嫌な魔力を感じたのでそうじゃないかとは思っていたけども。


「そんじゃ、失礼しますよー」


 そのまま普通の鍵がかかった状態のドアノブ周辺をくりぬくように斬り取ってから蹴り飛ばす。


「やっぱり最後は蹴り飛ばすんじゃあないですか」

 

「俺は最後の手段を最初に出すタイプじゃないんだよ」


 コルヴスの軽口に答えながら屋内に入る。


 うん、宿舎というより宿屋みたいな感じだな。


 吹き抜けの玄関正面にはカウンター。


 おそらく二階が個室で一階に食堂やトイレに風呂なんかがあるんだろう。


「ふぅむ、奴さん方はカウンターの裏にある広い部屋に集まってるみたいですねぇ」


 コルヴスは魔力視サーチの魔法で建物内を確認したらしい。


 俺はその手の魔法が苦手だからありがたい。


「そりゃ丁度いい。一人一人探す手間が省ける」


 そのままカウンターの横を通って大きめのドアの前に立つ。


「ほいっと」


 こちらも細工がされてる可能性があったが、もう面倒なのでそのままドアを斬り飛ばした。


「お邪魔しますよー」


 中は暖炉がある広い部屋で、中々高級そうな机やソファーがいくつか設置してあった。


 そのソファーや机の陰に隠れた十人くらいの男達が頭だけ出してこちらを見ている。


「だ、誰なんだお前はぁ?!」


「どこの差しがねなのかね!」


「こんな事してただで済むと思っているのか!」


 ワイワイと物陰から飛び出てくる言葉に思わず脱力してしまいそうになる。


「クックック、予想以上の小物感ですねぇ」


「ほんそれ」


 まとまりなくワーワー騒ぐ男達。これじゃ埒があかないな。

 

「おい、ここの責任者は誰だ?」


 とたん、シンと静まり返る。


「おいおい。さっきまでの威勢はどうした?」


 こちらが視線を動かすと、目を合わせるのを避けるように頭を隠してしまう。


「じゃあリバーケープの副支店長は誰だ?」


 物陰から手だけ出して、一人を除いた全員が暖炉脇のソファーを指差した。


「おい、そこの暖炉の近くのソファーに隠れてる奴、立て」


 ガタガタッとソファーが揺れたかと思うと、この中では比較的若い三十前後の男がゆっくりと立ち上がった。


「あんたが副支店長か」


 憮然とした表情の男はゆっくりとうなずいた。


「お初にお目にかかるよ副支店長さん。俺はリバーケープの依頼を受けて今回の事件を担当した冒険者だ」


「知ってるよ」


 副支店長は吐き捨てるようにそうつぶやくと、どかりとソファーに腰を下ろした。


「あんた、西支部の冒険者か?」


「いや、東支部だ」


「は!まさか脳筋バカの東支部にこの作戦を見破れる奴がいたとはな」


「バカどもにこんな依頼は無理だからと無理矢理押し付けられたんだよ。とんだ迷惑だと思ったね」


「そうか。お互いついてなかったな」


「最初は俺もそう思ったが、今はちょっとついてるなって思ってるよ」


 ピクリと眉を動かした副支店長は、首を振ってからニヤリと悪人スマイルを浮かべた。


「なああんた、冒険者なんかやってるんだから手っ取り早く金が欲しいんだろう?なら俺達に雇われないか?ここの施設を見れば分かるだろ。俺達はけっこう羽振りが良いのさ。アンタを一月金貨五十枚で雇っても良い」


「あの山賊どもも金貨五十枚で雇ったのか?」


「まさか。奴らは全員で金貨三十枚さ」


「てことは一人平均だと月五枚か」


「……やっぱり上の二人も殺ってたのか」


 六人換算の数字を聞いて、副支店長は苦い顔をした。


「弓持ちから潰すのは常識だからな」


 殺ってはないけどね。


 どうやら時間を稼いで上の二人が助けに来る可能性も少しは考えていたらしい。


「あんたみたいなやり手を雇われた時点でバレるのは時間の問題だったか。警告のためにこっちに来ずにさっさと遠くの街に逃げとけばよかったぜ」


「おいおい、あんたら虐げられた行商人の集まりなんだろ。お互いを助け合うってお題目であれこれやってきたんじゃなかったのか。ずいぶん冷めた物言いじゃないか」


 副支店長はソファーの肘おきを叩きながらハッハッハ!と笑い声をあげた。


「助け合う?お互いメリットがあったから手を組んでいるだけさ。行商人を好き好んでやってる奴ってのは一人の方が都合が良いからそうしているだけだ。メリットがデメリットを下回れば手を切るのは当たり前だろ?」


「なるほどね。しかしあんたは行商人より普通の商人の方が向いていたんじゃないか?まがりなりにもリバーケープで副支店長にまでなったんだから」


「リバーケープってのは副支店長にはわりと早くなれるんだがな、支店長となるとそうもいかない。だからあのコガネムシを使ってアイツを引きずり下ろしてやろうと思ったんだ。なのにあんたに邪魔されて隠れ家まで発見されちまった」


 散々だよと手をヒラヒラしながらタメ息をつく。


「なるほどねぇ」


 俺はうなずきながら右真横に隠れていた奴にむかってナイフを投げた。


 ナイフはそいつの顔のギリギリ横を通り抜けて壁に刺さる。


 遅れてヒィッ!と悲鳴が上がった。


「その物騒な魔道具から手を放せ。じゃないと次は当てるからな」


 そいつが手にしていたのは使い捨ての魔法杖で、おそらく中級クラスの攻撃魔法が付与されているはずだ。


「チッ、あんた視野が広すぎだろ」


「俺の目は二つだけじゃないんでね」


 コルヴスを指差すと、クックックと笑った。


 実際には窓の外から中を監視しているコルヴスの眷族の目を借りてるんですけどね。


「それで、頑張って時間稼ぎをしてたようだけど、これでネタ切れか?」


「……やっぱり気づいていたか。でもまあいい。その余裕が命取りだ。用意できたな?」


 物陰からバッチリだと返答があり、副支店長はゆっくりと立ち上がると、ズボンのポケットから紫色の大魔石を取り出して地面に置いた。


「あんたはかなりの腕利きなんだろうが、ソロでこいつに勝てるかな!」 


 副支店長の足元にでかい魔法陣が現れると、大魔石から流れ出た紫色の魔力が魔法陣にほとばしる。

 

「あ~、ありゃ」


「悪霊の召喚陣ですねぇ」


 魔力が収まると、魔法陣から大きな壺がニュッと飛び出してきた。


 壺はそのまま空中に浮かび上がり、その中から紫色の肌に巻き角が生えた異形の上半身が姿を現す。


「ハハハハハハッ!成功だ!まさか本当に大悪霊を喚び出せるなんてな!あの魔術師に高い金を払っただけの事はあったぜ!」


「魔術師だと?」


「大悪霊相手じゃアンタもタダではすまないぞ。俺達はその間に逃げさせてもらうけどな!」


 こちらの話を聞かずやたらハイテンションな副支店長に、大悪霊はこちらに背を向けながら支店長に問いかけた。


「この俺を喚んだのは貴様か?」


「そうだ!」


「そうか。ならば俺と契約を」


「おい、そいつと契約をする前にこっちを見た方が良いぞ」


 会話をぶったぎって忠告すると、壺をぐるりと回転させてこちらに向いた。


「ああん?誰だ、俺の契約を邪魔しようとする阿呆、は……?」


「よっす。久しぶり」


「………お、お久しぶりです」


 大悪霊ジャワバラは、声を詰まらせながら丁寧に頭を下げたのだった。


「わ、若君は何故ここにいらっしゃるので?」


「お前を喚び出した阿呆どもは俺の獲物なんだよ」


「そうだったのですか。若君に狙われるとは不幸な者共ですな」


「身体、だいぶ元に戻ったみたいだな」


 前と違って背中が透けてないのでそれなりに力を取り戻したようだ。


「何とか以前の七割くらいまでは回復しまして。今日はあのジジイと姉君と一緒ではないので?」


「ジジイはあの時はたまたまだよ。ねーちゃんは仕事が忙しくてな。こいつが代理だ」


「クックック、お初にお目にかかる。壺の国の主殿」


「貴様……迷いの森の」


 お互い自己紹介はいらないっぽいね。


「で、どうする?」


 殺るかい?と聞くと、ジャワバラは笑って否定した。


「ハッハッハ。まさかまさかごめん被ります。いや本当に冗談抜きで」


「な、ちょっと待て!大悪霊ジャワバラよ、喚び出したのは俺だぞ!召喚者の命令にしたがピッ!」 


「フィアーブレス」


 副支店長の発言に被せるようにジャワバラは魔法を使って副支店長を黙らせた。


 紫色したブレスを浴びると恐怖状態になる闇属性魔法だな。 


 副支店長は顔を青くしてピーン!と背筋を伸ばしたまま微動だにしなくなった。


 冷や汗ダラダラ流してんなー。


「貴様が行ったのは従属召喚ではなく契約召喚だ。貴様が俺を納得させるだけの何かを差し出さない限り契約する理由はない。もっともこの状況では何を提示されても納得など出来ないがな」


 そう言って副支店長に凄んだ後、こっちを向いて頭を下げてきた。


「そういう訳ですので若君、俺はお暇させていただきます。ここにいる身の程知らずどもは煮るなり焼くなり好きにして下さい」


「そのつもりだ。あ、帰る前にここにいる奴ら全員そいつみたいに恐怖状態にして動けなくしてもらっていい?」


「お安いご用です。フィアーブレス」


 ジャワバラが部屋全体にブレスを吐くとあちこちから短い呻き声が上がった。


 俺はこの手の魔法は効かないので問題ないけどちょっと煙い。 


 コルヴスも同様らしく羽をパタパタやってブレスをうっとうしがっている。


「それでは失礼させてもらいます」


「ああ。助かったよ。それじゃあな」


 ジャワバラが爪で魔法陣を軽く削ると、身体がスッと消えた。


 契約をせずに魔法陣を無効化したから召喚魔法の効力が切れたのだろう。


「若旦那。ジャワバラの奴と一体何があったんで?」


 大悪霊が人種に接する対応じゃなかったですぜと呆れるコルヴス。


「生きて壺から出すために徐々に土下座して謝ってきた」


「……何で出そうと思ったんで?」


「ローデリック教授が壺に入ってみたくなったって言い出したから」


「あの御仁は…。しかし大悪霊のを吸ったところで若旦那の役に立つんで?」


「立たない。生者の感情じゃないとダメなんだ。吸い損で吸われ損だったよ。しかもこっちに土下座したせいでジャワバラの存在が希薄になるまで追い詰めちゃって。教授はその横で壺に入って浮かんだり回転したりしてご機嫌だったよ」


「大悪霊を土下座させるとか若旦那もたいがいですが、あのセンセイも酷いですねぇ」


「流石に理不尽過ぎて存在を祓うのは止めてあげたら、感謝されて壺の国で貴重な魔術書をいくつか貰った。教授は壺に入れて満足したから壺の国はどうでもいいやって一人お昼寝してたけど」


「大悪霊に同情したのは長い時を生きてきた中でも今日が初めてですぜ……」

 

 闇の大妖精たるコルヴスですら困惑させる教授の奇行よ。


「さて、運が悪かったな」


 いまだに直立不動で滝汗を流してる副支店長に剣を抜いて近づくと、カタカタ歯を鳴らしながら声をあげた。


「あ、あん、た……何、者、だ……?」


「単なる冒険者兼学生だよ」


「が、学、生…?まさか、あんた、『ディバウアー貪り食う者』か…?」


「その二つ名嫌いなんだよね」


 恐怖状態のまま一歩も動けない副支店長の腹に剣を突き刺した。


「おぉ~めっちゃ溜めてるじゃん」


 あっという間に刀身が黒く染まり、大魔石がいっぱいになっていく。


 副支店長は涙を流しながらそれを見ていたが、絞り出すようにポツリと言った。


「俺が、消える…」


 次の瞬間、身体から力が抜けたらしくその場に倒れこんだ。


 一人で大魔石七割も溜め込むとはよっぽど鬱屈した人生送ってきたんだな。


 俺は剣から大魔石を取り外して新しいものに取り替えてから声をかけた。


「気分はどうだ?」


 寝転がったまま目をパチクリしていた副支店長は、上半身を起こして腹をさすった。


「ずっともやもやしていた腹の奥が軽くなってスッキリした」


「そうか。聞きたい事がある。あんたに悪霊の召喚魔法陣を売った奴は誰だ?」


「誰かは知らない。闇マーケットで噂が流れてきて、購買契約を結んだ時に出会った相手は高度な認識阻害魔術を使っていて魔術師としか分からなかった。ただ……」


「ただ、何だ?」


「多分女だ」


「そうか」


 それだけ分かれば十分だ。


 副支店長にそこでじっとしてろと言って、残りの奴らも吸い取りにかかった。


「まさかここまで溜まるとは思わなかったな」


 十個以上も溜まるのは予想外だった。


「だから言ったでしょうや。弱い奴ほど腹の中に溜め込むもんだと」


「本当だなぁ。いやー今回は助かったよ。アジトの事教えてもらわなかったら滅茶苦茶に損する所だった」


 コルヴスに追加報酬の炒り豆を渡す。


「ング。ありがとうございます。おや?どうやらここに武装した一団が近づいて来たようですぜ」


「商業ギルドとリバーケープの雇った傭兵かな。こいつらを捕縛しに来たんだろう」


 かち合うのも面倒だからさっさと逃げよ。


「それでは俺は本当にこれで失礼させていただきやすぜ、若旦那」


「ああ。また何かあったら頼むよ」


 コルヴスの姿が消えたのを確認して、俺はウッドホースを召喚して森の入り口とは逆方向へと走らせたのだった。



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