第10話 漬け込み足りなかったみたいですねぇ
「あ~、あの変なコガネムシですかい」
帰宅後に闇妖精達を帰すべくコルヴスを召喚して事の顛末を話したら、オブスキュアビートルの存在自体は知っていたらしくあいつでしたか~とちょっと驚いていた。
「あのコガネムシもなんであんな生き方選んだんだって感じですよねぇ」
「だよなぁ~」
幼虫だって大人しく土食ってたほうがよっぽど楽だったんじゃないですかねぇと最もな意見に思わず同意する。
「寄生するにしてもあんなワケわからん魔法を作り出すとか進化する方向を間違っているとしか思えないよなぁ」
「あの魔法自体は凄いと思いますがね、それに目をつけた小悪党どももまあ随分忍耐があるというか、やり口がまどろっこしいというか」
コルヴスの呆れ顔に、鳥でも表情って作れるんだとちょっと驚いた。
「迷い人の森を縄張りにしてるお前さん的に、小悪党どもはどうなのさ?」
「別に森の中で何かしたわけじゃないですからね、どうもこうもないですねぇ。若旦那こそどうなんですかい?」
「依頼は達成したし、後は依頼人と商業ギルドの仕事だからなぁ」
「そうですかい。奴らわりと近いとこに居やがりますし、若旦那が好きそうなモノを色々溜め込んでそうですからもしかしたらって思ったんですけどねぇ」
「え?アジト分かってるのか?」
羽で器用に腕?組みをするコルヴスに思わず聞き返す。
「クックック、昨日お貸ししたうちの眷族の一羽に犯人の一味を監視するよう指示されたでしょうや。若旦那が依頼人の所に行っている間にそいつらが移動したようでしてね、アジトらしい場所を見つけたと報告が来たんですよ」
「マジか」
オブスキュアビートルをああも頻繁にけしかけてきたから、わりと近い距離にいるかもなぁと思いはしたが本当にローレンスのすぐそばだったんだな。
「それで、どうされますかい?」
「俺の好きそうなモノって言ったよな」
間違いないのか?という視線にコルヴスはそりゃあもうといった感じでうなずいた。
「大魔石の三つや四つは溜まるでしょうねぇ」
「それは美味しいなぁ」
そういう事なら話は別だ。
リバーケープや商業ギルドには悪いが、先にいただいちゃいますかね。
「場所を案内してくれ」
「クックック、わかりやした」
羽を大きく広げて飛び立ったコルヴスの後を追い、町の外へと向かう。
移動のために召喚した妖精木馬でトップスピードのままで街中を抜け、郊外の森の近くまでやってきた。
「こんな所にいるのか?」
ここ、新人冒険者が最初に受ける薬草採取の依頼で来る所だぞ。
「クックック。若旦那、足元こそ見えづらいのはよくある事でしょうや」
コルヴスが羽を一振りすると放たれた魔力が森の奥まで飛んでいき、その先で何かに跳ね返されたかのように霧散した。
「結界の魔道具か。隠蔽機能付きかな」
「人避けもついてるみたいですぜ」
大して力を込めていないとはいえ、大妖精の魔力を跳ね返す程度には性能が高い物を使っているらしい。
「新人なら気づかない。中、上級者は用がないからまず来ない。なるほど、盲点だったな」
この森にはさほど危険のない野生動物か、せいぜいスライムくらいの魔物しかいない。
新人が生死に関わるような怪我もせず帰ってきているのだから、誰かが何かを疑う事もない。
「うちのが尾行していた奴はここに入ったまま出てきていないそうですぜ」
「自分が疑われている事に気づいたか」
思った以上に用心深い奴だったって事か。
「で、外を監視していた奴はどうしたんだ?」
これだけ色々やっている奴らが、監視の目を置かないはずがない。
「そいつなら、ほらここですぜ」
コルヴスが羽で示した方向にあった大きめの木の影の中から、コルヴスの黒い魔力でがんじがらめにされた中年が上半身だけ引きずり出された。
「行商人役か」
昨晩に商業ギルドで闇妖精で顔実験した男だった。
涙で顔をぐちゃぐちゃにしているが、コルヴスの魔力によって口をおおわれているため話す事が出来ないようになっている。
「何時間くらい影の中にいたんだ?」
「尾行していた奴が中に入ってすぐですんで、せいぜい一時間くらいじゃないですかねぇ」
「なんだ、たったの一時間か。もう半日くらい漬け込んだ方がいいんじゃないか?」
「……!……!」
俺の発言に行商人役の男は拘束された体をよじりながらむー!むー!と唸りだした。
「お、まだまだ元気じゃないか」
「漬け込み足りなかったみたいですねぇ」
そう言って一人と一羽でクックックと笑いながら見下ろすと、行商人役は涙をボロボロ流しながら首を振った。
「そんなに影の中は嫌か?」
コクコクと痙攣しているかのようにうなずく行商人役に、俺はにっこり笑いかけた。
「なら影から出してやる代わりにお前らの悪事を全部吐いてもらおうか。あのコガネムシを使ってリバーケープに妨害行為を仕掛けた事はもちろん、組織の人数や構成とか洗いざらいな」
行商人役の男が震えながらゲロった話によると、こいつらの組織は元々行商人仲間で作った寄合みたいなもんだったらしい。
行商人は店持ちの商人より下に見られがちで、実際商人の半分は行商人として下積みを経験したのち自分の店を持つ事が多いそのため、行商人は半人前だとの風潮が根強い。
だが中には好んで行商人をしている人達もいて、こいつらはそんな行商人が互いを助け合うために作った集まりだったようだ。
その中の一人が迷い人の森のエルフの集落に行商をしていて、偶然にもオプスキュアビートルの習性とエルフのお茶の効能を知った。
そいつは迷い人の森の外周にある村にも行商をしていたのだが、とある村の村長がかなり横暴なタイプでよく無理難題を押しつけてきた。
しまいには利益が出ないほどの価格で商品を販売しろと迫ってきて、嫌なら取引を止めてやるとまで脅された。
その村で作られている蜂蜜は特別製で、都市部まで持っていけばかなりの高額で取引されるその行商人にとって絶対に外せない商品だった。
元々現村長の父親である前村長と契約して始めた取引だったのだが、前村長が急死してしまいその後を引き継いだのが横暴な奴だと村内でも噂だった長男の現村長。
前村長は真面目で大人しい次男に村長を継がせようと思っていたらしいが、急死したために正規の遺言などもなくなし崩し的に長男が後を継いでしまった。
前村長との契約を見直すと言われて卸値を倍にされ、さらにこれ以上値上げされたくなかったらと街で仕入れた商品を格安で売るよう脅迫までされてしまい、だけど取引は止められないと悩んだそいつは村長をどうにかしてしまえば良いと考えるようになったらしい。
とはいえ単なる行商人に暗殺者を雇うような金も度胸もなかった。
そこで森で捕獲した産卵期のオブスキュアビートルを二十匹ほど村長宅周辺に放った結果、何匹かが村長に寄生する事に成功した。
いやがらせ目的での犯行だったのだが、これが効果覿面。
複数寄生させた影響で徐々に痩せ細り薬も魔法も効かない症状に周囲がお手上げの中、エルフ特製の薬茶だと迷い人の森のエルフのお茶を飲ませて治してやったところ、村長は別人のように心を入れ換えた。
今までの横暴を謝罪し、取引も購入するものは適正な価格で蜂蜜の卸値は最初の契約より安くすると約束した。
こうして行商人は自分が思ったよりもずっと良い
仲間達にこの話をして協力を求め、何年もかけて研究、実験を繰り返した結果あの大きなオブスキュアビートルを生み出す事に成功したらしい。
そして自分達を下にみる商会や貴族に嫌がらせをしたり、商売敵を行動不能にして自分達のシマを広げたりと色々手を染めていった。
さらには大きな商会の内部に自分達の身内を潜入させて自分達の都合の良いように操ろうと目論んだらしい。
その結果が今回のリバーケープって訳だ。
「こう言っちゃなんだけど思ったよりもしょぼい奴らだな」
「そりゃ若旦那からすりゃあ骨のない相手でしょうけどね。弱い奴らほど腹ん中に色々溜め込んでいるもんでさぁ。若旦那にゃそっちの方が都合がよろしいでしょう?」
腰の剣を羽指しながらクックックと笑うコルヴスに、違いないと笑い返した。
「そんじゃ、まずはこのおっさんからいただくか」
俺は腰から抜いた剣に魔力を込めてからおっさんの腹に突き刺した。
「!!!」
声にならない声を上げて剣が刺さった自分の腹を見ていたおっさんだが、血もでないし痛みもない事に気づいて困惑した表情を浮かべた。
「お?結構溜め込んでるじゃないか」
銀色の刀身がおっさんに刺さった部分から徐々に黒く濁っていく。
おっさんから吸い上げられた黒いモノは、刀身からさらに
「おー、半分近く溜まった。予想以上だな」
魔石の中でタプタプと揺らめくそれを、おっさんは不思議そうな顔で眺めていた。
「これ、何だか気になる?」
呆けた顔でうなずくおっさん。
「これはな、おっさんが今まで溜め込んだ負の感情さ」
おっさんはしっくりこないのか呆けた顔のまま魔石の中を眺めている。
「なあおっさん。おっさんはなんでリバーケープに狙いを定めたんだ?」
おっさんは口を開きかけ、しかし何も言わずに不思議そうに首をかしげた。
「リバーケープに狙いを定めた記憶はあるのに何故そんな事をしたのか理解できないって思ってるだろ」
そう、それそれ!とばかりに高速でうなずくおっさん。
「その時のおっさんは負の感情を元に行動してたって事さ。でもさっき俺が吸い上げちまったからおっさんはもう以前の自分に戻るのは難しいだろうよ。ま、何言ってるか理解出来ないと思うけどさ」
おっさんは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。予想通りの反応だな。
「さて、おっさんは自分がやった事が犯罪だって理解はしてるだろ?」
ゆっくりうなずくおっさん。
「じゃあ街に戻って自首してきなよ。ああ、俺の事は秘密にしといてね」
分かりましたと言って、コルヴスの魔法から解放されたおっさんは森の外へと歩いていった。
「クックック、相変わらず恐ろしい剣ですねぇ。人を作り変えちまうなんざ神ですら容易に行えないってのに」
楽しそうにそう言うコルヴスに、何も言わずに肩をすくめるにとどめた。
「奴らのねぐらの入り口はおそらくあそこですぜ」
羽が示した先は、大きな木が門のように両側に生えている場所だった。
「ノックもしたし、さっきのおっさんとのやり取りも見ていただろうから何らかのお出迎えはされるだろうなー」
「若旦那には大した障害でもないでしょうや」
俺は再び肩を竦めて入り口の前に立った。
「物理結界も発動したみたいだな」
剣の先で結界にちょんとさわると、魔力で出来た壁がジジジと音を上げた。
「ま、無駄だけど」
そのまま剣を結界に突き刺すと、結界は音もなく消失した。
「お、これは中々凄いな」
結界の先に見えた光景は、いくつかの大きな倉庫と宿舎っぽい建物だった。
よくもまあこれだけの敷地を結界で隠していたもんだ。かなりお値段が張ったろうなぁ。
完全に壊しちゃったけど。御愁傷様。
「おやおや、お出迎えがいるみたいですぜ」
宿舎や倉の陰から人相の悪い輩が四人ほど姿をあらわした。
傭兵か、傭兵崩れの山賊かなぁ。
「おいおいあんた、やっちまったなぁ」
その中で一番装備の良いリーダーらしき男が、はぁやれやれって表情で前に出てきた。
「ここはな、関係者以外お断りなんだよ。それをあんた、招かれてもいねぇのに結界の魔道具をぶっ壊してまで入ってくるたぁずいぶんじゃねーの」
「ちゃんとノックもしたのに応答してくれないそちらが悪い」
「あれがノックかよ。ノックにしちゃあずいぶん派手だったぜ」
ニヤニヤ笑ってはいるが目はマジなリーダーは、腕を使って大げさなリアクションをとりつつペラペラとおしゃべりを続けている。
こうやって自分に視線を向けさせといて、伏兵で俺を狙うって古典的な戦法なんだろう。
何せ俺の右目は屋根の上に二人ほど弓を持って寝そべっている狙撃手がいるのを確認しているからな。
「カーカー」
建物の奥に立ってる大きな木にとまっている闇妖精が、嘲笑うように鳴き声をあげる。
行商人役のおっさんを尾行していたコルヴスの眷族は、元に戻らずにずっと近くで待機させていた。
この闇妖精とはちゃんと召還契約済みなので視界や魔力の共用が可能な状態だ。
あまり距離があると魔力消費が激しいから無理なんだけど、この距離なら大丈夫だ。
だから右目だけ視界を借りてこの場所全体を上から監視しているわけだ。
傭兵どもを囮にして、裏から逃げられたら困るからな。
『狙撃手に麻痺針撃っといて』
『カー!』
闇妖精が羽を一振して、自分の羽を麻痺の魔法が込められた羽根矢にして狙撃手の首筋を撃つ。
死角からの攻撃にあっさりやられた狙撃手は声を出す事も出来ずにその場に崩れ落ちた。
目の前にいるリーダーは相変わらず大きなリアクションと煽り文句を口にしているが、狙撃手の動きがないのを気にして一瞬そちらに意識をやった。
「アホだなぁ」
こっちに隙を見せるなんてね。
俺は一息でリーダーの手前まで移動し、いきなりの動きに遅ればせながらも剣を抜こうとした相手に「狙撃手は黙らせたぞ」と口にする。
俺の言葉に一瞬動揺したリーダーの鳩尾に剣の柄を叩き込み、えづいたところで意識を刈る。
リーダーがやられた事に動揺している三人も、一人に意識が飛んだリーダーをぶん投げてやり、それを目で追ってしまって無防備になった他の二人は峰打ちで昏倒させる。
リーダーの下敷きになっていた奴もそのまま首筋に剣を当てて、まだやるか?と聞いたら両手を挙げて降参した。
そいつにそのまま他の奴らを縄でふん縛らせた後、そいつも気絶させて同様に縄で縛ってやった。
「クックック、見事なお手前でしたぜ」
いつの間にか肩からいなくなっていたコルヴスが笑いながら戻ってきた。
「そんじゃこいつらもいただいちまうか」
順に剣を刺して負の感情を抜き取っていく。
やはり山賊だったのだろう、傭兵にしてはかなり負の感情を持っていて、最初のおっさんも含めて大魔石が二つ半も溜まった。
「フッフッフ、大量大量~」
いや~笑いが止まらん。
最近はここまで溜められるような依頼がなかったからなー。
「これなら五、六個は溜まりそうですねぇ」
「そうだな、ありがたいこった。さて、本命を刈りに行こうか」
未だ何の反応も見せない、宿舎の中に隠れているであろう今回の事件の真犯人に会いに行きますかね。
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