第8話 ねーちゃんは心配性


「もしもし、聞こえますかエスト支店長」


 心も体も火が点いて体が燃え尽きそうになったヴァグ教授を、ポーションを大量にぶっかけてなんとか半裸で気絶状態まで回復させて、マーゴットさんに後を託して学院の外から遠話の魔道具でエスト支店長に連絡をとった。


 ヴァグ教授は残念な事になったが聞きたい事は聞けた。これで犯人が絞り込めるだろう。


『はいウルフさん。聞こえます』


 エスト支店長はすぐに返答があった。起きて仕事をしていたんだろうなぁ。


「実は確認していただきたい事があるのですが」


『なんでしょうか?』


「従業員の住所と出身地です。特にエルフの方の」


『少々お待ち下さい……。お待たせしました。副支店長から順にいきます。エルフ族はその都度申し上げていきますので』


「お手数おかけします」


『まず副支店長は……』


 俺は全員の出身地をメモ帳に書き写した。


「ありがとうございます。スミューさん達にも確認したい事があるのでまた翌朝かけ直します」


 エスト支店長とスミューさんに渡したスクロールは、使いきりタイプではなく五回まで使えるお得なタイプの紙を使用しているのでこういう時に重宝する。


 お値段もそれなりなのが欠点だけどな!


『分かりました。お待ちしております』


 エスト支店長との遠話を切り、今度はスミューさんにかける。


『もしもし、ウルフ君?』


「スミューさん、ミルチルさんの様子はどうですか?」


『これといって何も変わらないよ』


「ミルチルさん家に今晩泊まりですよね?」


『そうだよ』


「明日の朝ミルチルさんに症状が出なかったらそちらにお伺いしたいと伝えていただけますか?」


『出なかったら?君、何か掴んだのかい?』


「まだハッキリとは言えませんが、ミルチルさんは症状が出ない可能性があります」


『分かった。ミルチルの家は商店街と平民街の境目から一本裏に入った所にあるアパートメントだ。事前に連絡をくれれば私がアパートメントの前で待ってるよ』


「ありがとうございます。では、また明日。おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


 スミューさんとの遠話を切り、今度は肩にとまっている闇妖精に連絡を取ってもらう。


「尾行を頼んだ子と連絡とれる?」


「カァー」


「大丈夫だな。それじゃその子がまだ追跡中か聞いて、もし犯人の居場所を突き止めてたらそこまでの道案内は頼めるかな?」


「カァッ!」


 了解です!と一声鳴くと、闇妖精は目をつぶって連絡を取り出した。


「カアーカアー」


「取れたか。居場所を突き止めたの?」


「カァ~」


「じゃあそこまでの道案内を頼むよ」


「カァッ!」


 闇妖精の羽に先導されて歩いていくと、とある建物の前まで案内された。


「カァ~」


「カァカァ」


 尾行していた闇妖精が待ってましたと建物の屋根から空いてる肩に飛び降りてきた。


「商業ギルドに逃げ込んだのか?」


 闇妖精の案内先は商業ギルドだった。首都のギルド支部らしくかなり大きい建物だ。


「カァ」


「カァ?」


「カァカァ」


「カァ~」


「手に持っていた鳥かごみたいのは途中で捨てた、と。で、人目につかない所でマントを脱いでからここに入っていった。顔は分かる?」


「カァッ!」


「よし、中に入るか。君は悪いけどちょっと外で見張りを頼むよ」


「カァ」


 今まで一緒にいた方の闇妖精に屋根の上で待機してもらうようお願いし、尾行していた子にはマントのフードに隠れてもらって中にいる人物の顔確認をお願いする。


 中に入ると夜中ってのもあって商人らしき人物はカフェスペースに二人、受付近くの机で書類を書いているのが一人の合計三人しかいなかった。


「カァ~」


「全員違うか」


「こんばんは。商業ギルドにようこそって、あれ?ウルフ君」


「あ、リウ先輩こんばんは。夜勤ですか?」


 声をかけてきた職員に振り返ると、偶然にも学院の先輩だった。


 商業ギルドの夜間受付でバイト中らしい。梟の獣人だから夜には強いのだろう。


「ええ。夜勤の方が時給が良いからね。それで、今日はどうしたの?」


「冒険者ギルドの依頼で調査中なんですよ。商業ギルドって冒険者ギルドみたいに宿屋併設されてますよね?」


「されてるよ。夜間に到着する人もいるし」


「実はその宿泊者の中にリバーケープに妨害行為を働いている犯人がいるようでして」


「ええ~リバーケープに?命知らずな…」


「今晩は何人の方が宿泊してます?宿帳を見せてもらう事って出来ますか?」


「えぇ~っと、ちょっと待ってね。バイトじゃ判断しきれないから偉い人呼んでくる」


 リウ先輩は奥に行ってしまった。


「夜間でも職員はそれなりに働いているんだなぁ」


 受付の奥にある机にはまだ何人かの職員が書類仕事をしているし、となりの部屋では商品を仕分けしたりしている職員が何人かいるのも見えた。


「時間は金で買えないって事だな」


「カァ~」


 闇妖精はちょっと呆れ気味だ。夜も昼も関係なく働く人族が理解出来ないらしい。


「お待たせウルフ君。この人にお話して」


 リウ先輩が三十代くらいの細身の男性をともなって戻ってきた。


「こんばんは。商業ギルド夜間主任のモリッツです」


 ずいぶん顔が色白い。多分この人ヴァンパイアかハーフだな。


「どうもこんばんは。お忙しい所にすみません、ウルフと申します。早速ですが今から三時間ほど前に商業ギルドへとやってきた男はリバーケープで妨害行為を行っている犯罪者の可能性があります。ですので確認のため宿帳を見せてもらう事は出来ませんか?」


「念のため依頼票をお見せいただけませんか?」


「こちらです」


「……はい、確かに。東支部所属のウルフさんですね。お噂はかねがね」


「その噂は沢山の尾ひれがついているんであまり信じないで下さい……」


「とりあえず宿帳を直接見せる事は出来ませんがその時間帯にチェックインした会員の所属商会とその住所くらいならお聞かせ出来ますかと」


「ひとまずそれで大丈夫です。お聞かせいただいた上でこちらが犯人とおぼしき相手を特定しますので、その後に顔確認のご協力をいただけないでしょうか」


「ふむ、分かりました。リバーケープ関係とあらばこちらも協力は惜しみません」


 モリッツさんが場所を移動しましょうと奥の応接室へと案内してくれる。


「今晩の宿泊者の中で該当の者は三名います」


 モリッツさんが教えてくれた三人の内、一人怪しい人物がいたのでその人の顔確認をお願いする事になった。


「この人は行商人の会員ですね。かなりのベテランで当支店にも何度も取引に来た事があるのですが」


 モリッツさん的には予想していた犯人像とは大分違っていたらしい。


「もちろん間違っている可能性もあります。そのための顔確認ですので」


「そうでしたね。それでは参りましょうか。ウルフさんが確認出来るようこちらまで連れてこればいいですか?」


「そこまでには及びません。顔確認はこの子にお願いしますので」


 俺はフードから闇妖精に出てきてもらった。


「カラスの使い魔ですか?」


「いえ、契約中の闇妖精です。尾行をしたのもこの子でして」


「そうですか。しかし鳥形ならちょうどよい場所がありますよ」


 モリッツさんはイタズラを思い付いた子供のような笑顔を浮かべた。




「夜分すみません。夜間主任のモリッツです。確認したい事がありますので出てきていただけませんか?」


 モリッツさんに該当の部屋をノックして被疑者を誘い出してもらう。


 呼び出す内容も取引した商品に関して疑われない程度の適当な事を聞いてもらうだけだ。


 案の定、何の疑いもなくドアが開いた。


 俺の場所からはよく見えないが、闇妖精からはその顔がバッチリ確認出来ることだろう。


「夜分にすいませんでしたね。それでは、よい夢を」


 やり取りが終わり部屋のドアが閉まるとモリッツさんがその場を後にする。


 念のためしばらく観察したがドアが開く気配がなかったため闇妖精に戻るようジェスチャーし、再び応接室へと戻った。


「ご協力、ありがとうございました」


「カァ~」


 俺と闇妖精が頭を下げるとモリッツさんはニヤリと笑った。


「どうです?気づかれなかったでしょう?」


 イタズラが成功した子供のような無邪気な笑顔のモリッツさん。


「あれは気づけた方がすごいですよ」


「カァ~」


 モリッツさんが闇妖精に指定した待機場所は、廊下の剥製の止まり木だった。


 鷹や鷲などの猛禽類や珍しい小鳥などが飾られていたのだが、その内の一つにしれっととまらせておいたのだ。


「それで、彼はクロだったんですか?」


「カァッ!」


「クロだそうです」


「そうですか…。捕らえますか?」


「ん~、まだ背後がありそうなんで泳がせます。ただ犯人の所在は把握しておきたいですね」


 おそらくリバーケープが確保したがりますからと言うと、モリッツさんは確かに、とうなずいた。


「リバーケープは普段はこういった問題を内々で処理する事を好みますからね。いいでしょう。そちらはこっちで請け負いましょう」


「良いんですか?」


「リバーケープに貸しを作れるなら安いものですよ」


「なるほど」


 モリッツさんに後の事をお願いし、受付の先輩にお礼を言って商業ギルドを後にした。


「カァー」


 終わったー?って感じに外で見張りをしてもらっていた闇妖精が屋根から降りてきて右肩にとまった。


「見張りご苦労様。リバーケープの支店にいる他の闇妖精に異常がないか念のため確認してもらえないか?」


「カァッ」


 おそらく何もないだろうけど、念のためだ。


「カァー」


「何もなし、ね。ありがと。それじゃもうちょっとだけ手伝ってもらおうか」


「「カァー」」


 俺はエスト支店長から教えてもらった住所を見ながらとある人物の家に向かって歩きだした。


「あそこ、かな」


 夜だから分かりづらいが、多分大丈夫だろう。


 数軒離れた場所から見える単身者用のアパートメントにあたりをつける。


「よし、じゃあ犯人を尾行してくれた子、ここの住人に犯人が訪ねてくるかもしれないから朝まで見張りを頼むよ」


「カァッ!」


 左肩の闇妖精がはいっ!と返事をする。


「もし犯人が訪ねてきたらすぐに報せてくれ。その後犯人が出てきたらそのまま尾行をお願いな」


「カァー」


 了解ですと返事をしてアパートメントの屋根に向かって飛んで行った。


「さて、とりあえず一度家に戻るか」


「カァ~?」


「ねーちゃんに?大丈夫、別に何もされないよ。逆に感謝されるかもね」


「カァー!」


「ははは。そんな大層なもんじゃないよ」


 俺は闇妖精とおしゃべりしながら自宅へと戻ってきた。


「ただいまー」


「カ、カァ~」


 お邪魔しま~すと控えめに鳴く闇妖精。


「ああー!やっと帰ってきた~。お帰りウル君、ずいぶん遅かったね。心配しちゃったよ~」


 家の奥からねーちゃんが顔に抱きついてくる。


「ねーちゃん、お客さんいるから離れて離れて」  


 頬にべったりとはりついているため視界めいっぱいにうつっているねーちゃんは、お客さん?と首をかしげた。


「ああ。この子だよ。コルヴスんとこの眷族」


「カァ~」


 ねーちゃんが飛んで来たのを見て俺の肩から降りて後ろに隠れた闇妖精は、どうも~って感じでねーちゃんに挨拶をした。


「あららー。気づかなくってごめんなさい。はしたない所を見せちゃって」


「カ、カァ~」


 と、とんでもないですと首を降る闇妖精。ビビってんな~。


「あなたは会うのは初めての子ね。初めまして、迷い人の森の闇の子よ。私はエリザ。ティターニアが一人よ」


「カカァ~」


 存じております女王様、と闇妖精は頭を下げた。


 そう、家のねーちゃんは妖精女王様なのだ。


 このエルラント大陸の全ての妖精の頂点に立つ存在で、この世界に四人しかいない妖精女王の一人。


 凄い偉い妖精なんだけど、ねーちゃん自身は別になりたくてなったわけじゃないんだけどな~とたまに愚痴っている。


 俺の両親は俺が三歳の頃に亡くなってしまい、血の繋がった家族は祖父だけだったけど、祖父は忙しい人で家に帰らない日も多かった。


 そんな祖父に俺の面倒をみてくれるよう頼まれたのがエリザねーちゃんってわけだ。


 ねーちゃんは過去に両親に助けられた事があり、その恩返しとして祖父の頼みを引き受けたのだけど、俺を見て『ビビッときた』らしく恩とか関係なしに愛情豊かに俺を育ててくれた。


 ただちょっと過保護な所があり、大人になった今でもこうやって遅くなると心配して抱きついてくる。


 ちなみに俺が小さい頃は普通の妖精ピクシーだったんだけど、数年前に前女王様に後継者に指名されてしまいティターニアの一人となった。


 仕事の時は人と変わらないサイズなのだが、俺と一緒だとピクシーの頃のサイズに戻って俺の肩に座ったり顔に抱きついてきたりとスキンシップが激しい。


「それで、どうしてこの子がこの街にいるの?」


「今日引き受けた依頼の手伝いをしてもらってるんだ」


「そうなんだ。ありがとうね~」


「カァ~」


 とんでもございません女王様と頭を下げる闇妖精。


「それでウル君、ご飯は食べた?」


「食べたけど動いたからちょっとお腹空いたかな」


「じゃあお夜食食べない?もしかしてって思ってサンドイッチ作ってあるんだ~」


 キッチンの机でねーちゃん特性生ハムサンドを食べながら、今日あった出来事をねーちゃんに全部話す。


 何だかんだとねーちゃんは妖精女王なので色々知り得る立場だからなぁ。


「おねーちゃんもジョムナンの制服着てみたかったなぁ」


 あ、そこですか。似合うとは思うけど女王様が着て良い服じゃないと思うんだ。


「それはそうと、無属性の魔力かぁ。珍しいね」


「知ってたの?」


 まさか無属性妖精が存在した?


「妖精は全種族で一番属性が重要な種族だから無属性の子はいないの。無属性はね、完全に『無』ってわけじゃなくて何らかの力で限りなく無に近いほど属性を薄くしている子を無属性って呼んでるんだよ」


「属性を薄くってそんな事出来る種族っているの?」


 属性はその種族の根幹を成すものだ。


 自然との親和性が高いエルフなら風や水。


 鉱物が好きで鍛冶を得意とするドワーフなら土や火。


 それを薄くするという事は自身をエルフではなくしたりドワーフを辞めたりとなるんだけどそれは無理じゃね?


「自己が薄い種族なら出来るみたいなの。ウル君が言った虫とか、あと魚とかね」


「ああ、広義の意味の種族ね」


 街を歩いている種族の中にいるのかと思った。


「意思ある種族だと難しいと思うの。でもね、その中でも一番可能性がある種族は分かるよ」


「へえ。どの種族?」


「只人だよ」

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