第5話 お喋りカラス
「ほう!どうやって?」
俺の返答にスミューさんは興味深そうに目を細めた。
いや、そんな期待されても困るんですが。
「スミューさん。貴女は根っからの魔術師ですけど俺は違います。だからやる事は単純ですよ。張り込みして、瘴気を発生させている原因かその原因をこの店に持ち込んでいる奴を見つけだす、それだけです。過程は魔術においては重要ですが、冒険者の依頼は結果を出せれば過程はそれほど問題ありません」
俺は空中に魔力で丸を描く。その中に黒色の菱形が浮かび上がるのを確認して魔力を込めた。
「さて……来てくれるかな」
空中に描いた魔法陣が光ったと同時に、一羽のカラスが魔方陣から現れて俺の右腕にとまった。
スミューさんはお!というちょっと感心した表情に、ミルチルさんはえぇッ!て感じの驚愕の表情になった。
ミルチルさん、リアクションでかいけど召喚見たの初めてなのか?
「お久しぶりです、若旦那。今日は姉御はいらっしゃらないんですかい?」
「今の時期は仕事が忙しくてな。知ってるだろ?」
カラスは人そっくりの動作でクックックと喉を鳴らした。
「存じてますとも。ウチの群からも何羽かお呼ばれしましたからねぇ」
カーカーと初めて普通の鳴き声をあげるカラスをスミューさんはアゴに手を当てて興味深そうに見ていた。
「ここまで流暢に喋る使い魔は久しぶりに見るね。君は中々高位の召喚師なんだな」
「使い魔?クックック、どうやらそこのお嬢さんは若旦那の事をよく知らないらしいなぁ。いいかいお嬢さん、俺は使いまブッ!」
「余計な事を喋ろうとするなよお喋りカラス」
「つ、掴んでるぅ!嘘ぉ!」
俺がお喋りカラスのクチバシを掴んで黙らせたら、固まっていたミルチルさんが驚きの声をあげた。
「何を言ってるんだミルチル。使い魔なんだから掴むくらいしても問題ないだろ。明らかにウルフ君が上位の召喚なんだから」
「違いますスミューさん。その御方は使い魔なんかじゃないです……」
「は?」
「あ、しまった!ミルチルさんちょっと待っ」
俺がある事に気づいてミルチルさんの発言を止めようとする前に、ミルチルさんは大きな声を出しながら俺にクチバシを掴まれて不満げなお喋りカラスを指差した。
「迷い人の森の夜の主!鳥の姿をした黒き大妖精!月隠しのコルヴス様!!!」
「な、なんだってぇ?!」
ミルチルさんの発言に今度はスミューさんが驚きの声をあげた。
「あっちゃ~」
ミスったなぁと思わず左手で顔を覆う。
迷い人の森の出身のエルフなら例え普通のカラスの姿をしていてもこのお喋りカラスの正体が分かってしまうのは知っていたけど、まさかミルチルさんがそうだとは。
あそこの集落は外に出る人がほとんどいないから、まったくその可能性を気にしていなかったよ……。
クチバシが自由になったお喋りカラスはカーカーと笑いながらミルチルさんの発言を肯定してしまうし。
「クックック、そこの迷い人の森の民の子の言う通り。俺ぁ妖精コルヴス。迷い人の森の夜の支配者さ。使い魔なんてちんけな存在と一緒にされちゃあたまんねぇな」
またもや人そっくりにクックックと喉を鳴らし、バサリと羽を広げる。
「コルヴス様!いつも故郷の村を守っていただきありがとうございます!」
唐突に見事な90度のお辞儀をコルヴスに披露するミルチルさん。
コルヴスは俺の右腕にとまっているためはたから見るとミルチルさんは俺に頭を下げているように見える。
事情を知らない誰かに見られてないかと思わず周囲を見回してしまった。
「なぁに気にするな。あの村の民は俺や眷族にも礼節を尽くしているし、供え物も欠かさない。その分の庇護は当たり前よ」
コルヴスは満足げにそう返すと、カーカーと鳴いて広げていた羽を元に戻した。
「ウルフ君。君、まさか、コルヴスと契約を結んでいるのか?」
スミューさんは信じられないといった表情で俺とコルヴスを交互に見ている。
「いや、これにはワケが」
「おいおいお嬢さん。俺が召喚されたの見てただろ?」
俺の返答に被せるようにスミューさんに片羽を指すコルヴス。
「あ、ああ。見ていたが、俄には信じられなくて」
「見たものだけ信じればいいんだよブッ!」
俺は再びコルヴスのお喋りなクチバシを掴んで黙らせる。
「ま、また掴んでるぅ!」
今度はミルチルさんから信じられないといった表情をされるが、面倒なのでほおっておく。
「あのねスミューさん。俺はコルヴス単体と契約した訳じゃないんですよ。迷いの森の闇属性の妖精と契約したんですよ」
「それは普通の契約の話だろ?」
「普通に契約したんですよ」
「普通に契約して大妖精が召喚されるわけないじゃないか!」
「だから、それは思い込みなんですよ。コルヴスは確かに大妖精ですけど、種族としては迷い人の森の闇属性の妖精なんです。俺は妖精の大小ではなく種族単位で契約しているのでコルヴスもそこに含まれるんです」
「理屈は分かるし間違っていないけど、それでも契約した相手に対価として渡す魔力の量が君じゃあ全然足りていないじゃないか」
「それも思い込みです。召喚契約は相手の望むモノを渡す事が対価です。一番手っ取り早いのが魔力ってだけで他のモノでも代用可能です。種族によっては魔力では契約できない相手もいますし」
「大妖精が望むモノを揃えるのがまず無理じゃないか。少なくとも私は大妖精が物につられて召喚されたって聞いたことないけど?」
「いや、だけど現にコルヴスは召喚されてますし」
「いったいコルヴスは何を対価に召喚されたんだい?」
「これですね」
俺はカバンの中から小さな巾着袋を取り出して、その中の物を一粒コルヴスに差し出した。
「クックック、ありがとうございます。こいつを待ってたんでさぁ」
コルヴスが開いたクチバシの中にそのまま放り込んでやる。
「今のは……?」
「豆ですね」
「「豆ぇーー?!」」
「うちのねーちゃんが自宅菜園で作った豆を使用して作ってくれた炒り豆です」
「「お姉さん謹製?!」」
俺も一粒取り出して口に入れる。
うん、塩味が効いてて美味い。
「お姉さんが作った炒り豆が対価だって?」
「うちの村、かなりレアな食材をお供えしてるのに」
二人は嘘でしょって顔で棒立ち状態だ。
何か美女二人の中で俺は常識ブレイカー的な立ち位置になってしまった気がする。
そもそもこの豆はその辺にある豆じゃないんだけど、勘違いしていてもらった方がこっちも都合が良いので放置しておこう。
「クックック、この豆の良さが分からないとは可哀想なお嬢さん達だ」
「おい、対価を受け取ったんだから無駄口たたかず仕事しろ」
「へいへい。それで、何をすればよろしいんで?」
停止中の二人を見下ろしながら哀れむコルヴスに、今までの事をざっと説明する。
「ふぅむ。つまり、また起こるであろうその瘴気の発生源か発生源を持ち込んでくる奴を監視すれば良いってことですかねぇ?」
「そうだ。だから眷族を何羽か貸してほしい」
「承知しましたぜ。ほら」
コルヴスが俺の言葉にうなずいて自分の羽をバサバサと羽ばたかせると、両羽からそれぞれ三羽ずつ、合計六羽のカラスの姿をした闇妖精が現れた。
「こいつらをこの建物の上から前後左右に配置して監視させます。若旦那が望むもんが見つかれば、一羽が若旦那にご報告にあがりますんで」
「助かる」
「お前ら、行ってこい」
六羽の闇妖精は壁をすり抜けて外へと飛び立って行った。
「それじゃあ俺はいったんこれで失礼させていただきやすぜ、若旦那」
「ああ。事が済んだらまた連絡するから」
「クックック、わかりやした。それではまた」
コルヴスは魔力の粒子を残して帰っていった。
「さて、それではお二人にお願いがあるんですけど……」
いまだ茫然自失状態ままの二人に対し、俺はニッコリと微笑んだ。
§
「さてさて、今晩は現れてくれるかな?」
暗くなる前に腹ごしらえを済ませた俺は、泊まりがけで対応するからと貸してもらった応接室の椅子に座りながらお茶を飲んでいた。
外はすでに陽が落ちてから一時間ほど経過している。
現在この店舗内には十人ほどの店員が残って仕事をしている。
その中にはエスト支店長やミルチルさん、スミューさんも含まれている。
人手が足りないのでどうしても残業で対応しないと最低限の業務さえ終わらないらしく、最近は毎日遅くまで残っているんですとミルチルさんは肩を落としていた。
スミューさんは正社員ではなく外部契約の魔術師なのだが、論文を書き終えて時間があるからと主に魔道具関係を手伝っているとの事。
エスト支店長に至ってはいつ寝ているのかと心配されるくらいずっと仕事をしているらしい。
「学院の事もあるし、何とか早めに解決したいけど」
今は待つしかない。
犯人に関する情報が思った以上に掴めなかったからなぁ。
今のところはスミューさんの『属性も質も不明の魔力の残滓』証言のみだ。
何にも絞りこめない。
そうなると襲ってくる犯人を待ちかまえるしかこちらに手はない。
あまり時間がない俺としては焦れてしまうが、この流れなら犯人は必ずもう一度襲撃してくるはずだ。
何せ、リバーケープは現状人手が足りないだけで営業自体は普通に行っている。
リバーケープそのものか、この支店の誰かをピンポイントか、どちらが標的にしろ今のままで襲撃を終わらせるメリットが皆無だからな。
コンコン、コンコン。
「どなたー?」
「カーカー」
ノックされてドアを開くと、足元に闇妖精が立っていた。
「来たか!どこだ?」
「カー!」
こっちですと飛び立つ闇妖精を追いかけると、廊下の先にある窓の近くへと誘導された。
すぐさま窓を開くと、暗くて分かりづらいが黒づくめの奴が裏通りの向こうから手に持ったかごのような物から何かを取り出したのが見えた。
「!!!」
しかし窓の開閉音が大きくて同時にむこうにも気づかれてしまった。
取り出した物をその場に放置して黒づくめの奴は踵を返して逃げ出してしまう。
(あいつを尾行してくれ)
(カー)
とっさに俺を呼びに来てくれた闇妖精に犯人らしき奴の尾行を頼む。
俺は奴がかごから取り出したものを確認しなきゃな。
「何があったんですか?!」
廊下でのどたばたが聞こえたのだろうエスト支店長が部屋から飛び出してきた。
「犯人らしき怪しい奴が裏で何かをしようとしていたのを発見したのですが、逃走しました。そいつはその場に何かを落としていったのでそれを今から確認しに行きます」
廊下を走りながらついてくるエスト支店長に説明し、そのまま一緒に階段を駆け降りる。
「裏口は?」
「こっちです」
裏口のドアをエスト支店長に開けてもらい、そのまま黒づくめの奴が立っていた場所に駆け寄る。
「何も見当たらないな」
「暗がりにあるかもしれません。誰か明かりを持ってきてくれ」
エスト支店長が中に声をかけると、店内からミルチルさんがランプを持ってきてくれた。
「これを使って下さい」
「助かります」
ミルチルさんからランプを受け取り辺りを探してみるが、これといって怪しいものは見当たらない。
「どうしたんだい?」
「スミューさん。実は犯人らしき奴を発見したんですが逃げられてしまって。一応闇妖精に尾行するよう頼んでありますが。で、そいつが逃げる直前にこの辺りに何かを置いていったんですが見当たらないんですよ」
騒ぎを聞き付けてやってきたスミューさんに事の次第を説明する。
「サイズは?」
「あまり大きくありません。手のひらに収まるくらいだと思います」
「例の魔力は?」
「俺は感じませんでした」
「ふむ、瘴気が発生したわけではないからかな。皆、ちょっと動かないでくれよ」
スミューさんが地面に何かしらの魔法陣を書いて発動させ、地面に手のひらをついた。
「今のは?」
「物探しの魔術さ。属性魔力を帯びたものに反応する、風と土の魔力を使ったものだよ」
スミューさんはしばらく手をついていたが、スッと離して頭を横に振った。
「それらしきものはなさそうだ」
「しょうがない。闇妖精が戻ってくるまで中で待ちましょう」
探すのを諦めてミルチルさんにお礼を言ってランプを返す。
「尾行をつけていたのですな。安心しました」
「言ってませんでしたっけ?」
「はい」
「気づかれてはいないと思います。ですが追跡が長時間にわたると陽が昇って闇妖精の能力が半減してしまうのでそれまでに居場所を特定出来ればいいんですけど」
「ハプギャーッ!!!」
聞いた事のある叫び声がして慌てて振り向くと、ミルチルさんが瘴気に覆われていた。
「ミルチル?!」
「スミューさん!」
「分かってる」
エスト支店長を手で制して、俺とスミューさんはミルチルさんを前後で挟み、様子をうかがう。
「ふぐ~………」
徐々に晴れていく瘴気の中から鼻と口を手で覆った涙目のミルチルさんが出てきた。
「これは……」
かすかに漂う魔力の残滓。
スミューさんの言う通り、属性も質も感じられなかった。
「ウルフ君も感じたかい?」
「はい。確かに属性も質も感じられませんでした」
「だろう。一体何の魔力なんだか」
「分かりません。スミューさんは他には何か?」
「何も。そっちは?」
「ダメでした」
完全にお手上げだった。
正直、目の前で確認出来れば瘴気の正体か、何らかのヒントくらいは得られると思っていたのに。
「うう~、私、遅くても明日の朝には副支店長達と同じように謎の病気にかかっちゃうんだ……」
泣きながら症状が出ないうちに美味しいものをお腹いっぱい食べなきゃと拳を握るミルチルさんに、俺とスミューさんは何も言えなかった。
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