第4話 白魔法はミントの香り
「次はここ、女性従業員用更衣室です」
「とりあえず今誰も使用してないか確認して下さい」
なんの躊躇もなくドアを明けようとしたミルチルさんに思わずストップをかける。
「大丈夫ですよー。今この時間にここを使う人なんて……あ、スミューさん。お疲れ様です。何でこの時間に?え?人手不足で薬草院の手伝いに汚れてもいい服で行ったから着替えてた?あ、そうですか。はい、すいません。はい」
ドアの隙間から頭だけ入れて中を確認したミルチルさんが、スッとドアを閉じてこちらに振り向いた。
「コホン、少々お待ち下さい」
「…………」
俺のジト目に愛想笑いをしながら冷や汗を流すミルチルさん。
「……あの、ラッキースケ」
「は?」
「何でもありません」
「そーゆーのは君の担当だろうが」
バサッ!
更衣室から出てきた魔術師の格好をした女性が唐突にミルチルさんのスカートをまくりあげた。
「うぎゃあぁぁぁー!」
まばゆい太ももと可愛いフリルのついた緑の下着が露になり、ミルチルさんは見た目に似合わない低音質な悲鳴をあげた。
「な、何するんですかスミューさん!」
「君が私をラッキースケベの的にしようとした報復」
ロングの黒髪にキリッとした眉をした青い瞳の美人さんは、これでおあいこだろ?とばかりにニヤリと笑った。
「未遂だったじゃないですかぁ!」
「そこの青年が止めたからだろうが」
いまだにミルチルさんのスカートの端を持ったままの女性にとりあえず離してあげるようお願いした。
「えーと、とりあえず堪能?させていただいたんでもう離してあげて下さい」
「堪能ってなんですかぁ!」
「青年がそう言うならしょうがない。許してやろう」
スカートから手を離した女性は、慌てて裾を直すミルチルさんをほったらかしてこちらに近づいてきた。
灰色の魔法服だから上級魔術師だな。
外見に似合わず姉御肌な感じの人っぽいけど。
「青年、冒険者だね」
「今回のこちらでの事件の解決を依頼されましたウルフと言います。貴女はリバーケープと契約している上級魔術師の方ですか?」
「正解だね。私はスミュー・スランドル。お察しの通り上級魔術師さ。よろしく」
差し出された手を握り返すと、スミューさんはほう、と目を見開いた。
「君、魔力量はあまりないけど扱いは上級クラスだね。それにその年齢の冒険者のわりに受け答えもしっかりしている」
君くらいの若手だとろくに敬語も使えないような輩も多いからな、と苦笑いするスミューさん。
この街の上級魔術師なら冒険者ギルドに依頼を出す事も多いから過去に色々あったのだろう。
「スミューさんこそ手を握っただけでそこまで分かるなんて、流石スランドル家の方ですね」
「家を知ってるのかい?」
「スランドル教授には一回生の時にお世話になりましたから」
「へぇ!君、学院生なのか。私の後輩じゃないか。今は何回生?専攻は?」
「二回生で専攻は魔力応用学と契約学です」
「二つ同時専攻とは珍しいな。しかも契約学となると君は
「万能と言うほどではないです。中距離にも応用がきく前衛くらいの感じですね」
「なるほどね。しかしまたなんで魔力応用学まで?」
「個人的な興味で調べているのがそちらの関連でして。契約学は身内にそちらに詳しい者がいて召喚師になったのもその関係なんです。専攻する気はなかったのですが目をつけられまして」
「ローデリック教授か」
「はい……」
「私も在学中に目をつけられたから苦労は分かる。君も大変だな……」
思わず遠くなった俺の目と同様の目をするスミューさん。
この人とは仲良くなれそうだ。
「あのー、意気投合するのは結構なんですが、今は案内の途中なんですけどー」
ミルチルさんの抗議の声に俺とスミューさんは我に返った。
「いかんいかん。仕事の邪魔をしてしまったね」
「いいえ、そんな事はありません。良いものも見れましたし」
「それは忘れて下さい!」
ミルチルさんの抗議の声はスルーしてスミューさんに質問する。
「それにスミューさんには聞きたい事もありますし。俺より前に現場を調べられたのでしょう?」
「よく分かったね?」
「リバーケープほどの大店がいきなり冒険者ギルドに依頼をしにくるはずがありません。まず契約している上級魔術師に調査を依頼するのが普通。それで手に負えなかったので望み薄だけどもしかしたらって感じで冒険者ギルドに依頼をしたのでしょう」
俺の推測にスミューさんは楽しそうな、ミルチルさんはひきつった笑顔になる。
「今回の被害者の状況から呪術をかけられたのだと店側は判断するはずです。怪しい瘴気なんてまんま呪術の十八番ですし。だから白魔法を得意とする魔術師のスミューさんがまず調査を依頼されたはずです。呪術の痕跡を調査するために」
「その通り!いやー思った以上にやり手だなウルフ君。さては君、若さに似合わずかなりのベテランだな。冒険者ランクも上の方なんだろ?」
面白い奴だなーとニコニコ笑いながら肩をポンポン叩きつつ顔を近づけてくるスミューさん。
薬草院で扱ったのかミントの良い匂いがするなー。
「さてどうでしょう。それよりスミューさんほどの魔術師をして痕跡を発見出来ない呪術ってあり得るんですか?」
ちょっとマジトーンで質問してみる。
スミューさんの実家のスランドル家は代々優秀な白魔法使いを世に送り出してきた歴史ある名家だ。
白魔法は主に医療魔法と、生活魔法と呼ばれる日常で多く使われる簡易魔法が中心だが、その中には結界魔法や浄化魔法などかなり広い分野が入っている。
それらは対呪術用として発展した魔法であり、今でこそ防犯対策として貴族の屋敷や大きな店舗でよく見る結界魔法や、衣類や屋内での汚れを取るのに使われる浄化魔法だが、もとは呪術を跳ね返したり浄めたりするものだ。
内容が攻撃魔法などと比べて地味なので巷での知名度は低いが、魔法を学ぶ者にとってはスランドル家は知らぬ者のない超一流の魔術師一族だ。
スミューさんはおそらく二十歳前後くらいだが、その若さでリバーケープと契約している時点でそうとうなやり手の白魔法使いのはず。
その彼女をして何の情報も得られない呪術なんて考えづらいんだけどな。
「ありかなしかと言えばあるよ。君が私をどれほどの実力だと思っているのか分からないが、そりゃあるさ。ただし、それをやるにしてはあまりにも被害が小さいけどね」
「やっぱりそうですよねぇー」
「え?被害が小さいって、もう何人も倒れたままなんですよ」
「そこだよミルチル。倒れたままなんだ。誰も死んだり回復したりしていないのはおかしいんだよ」
「え?え?」
「ミルチルさん。呪術っていうのはですね、本来は目的を果たすまでは途切らすことなくかけ続けるものなんですよ」
「え?だから皆倒れたままなのでは?」
「そう思われるのも無理はないですけど、呪術ってかける方にも結構な負担がかかるんです。何故ならかける対象に見つからないように遠くからかける事が前提だからです」
「ミルチルはエルフだから植物魔法が使えるだろ?でもオフィスから外の植木や机から離れた場所にある花瓶の花に活性魔術をかけようとすれば倍は疲れるんじゃないか?」
「確かに、その通りです」
「だからリバーケープのような大店を標的にする場合はバレるのを防ぐために目的はなるべく短期に達成できるものにするはずなんですよ。でも、倒れた従業員の方達は悪化もせず回復もしていません」
「でも、確か呪物ってありましたよね?持っているとずっと呪われるって」
「あれはですね、対象の物にあらかじめ術を施して魔力を注ぎ込んでおくものなんです。だから遠隔で発動も可能ですし、魔力が足りなくなれば送って貯められるような術式も組み込んでおけば長時間効力を発揮できます」
「その術を応用したのが魔力バッテリーだ。対象に魔力が貯められる術を色々削ぎ落として簡略化したものだな」
「あ!なるほど~」
「つまりどちらにしても呪術には魔力が必要で、それを対呪術に特化した白魔法使いのスミューさんの目を潜り抜けてかけ続けるというリスクが高い方法を取っているのに被害が軽すぎるんですよ」
「今回のケースなら私の目を掻い潜ろうとするなら呪物なら国宝級の隠蔽魔術がかかったものか、呪術師ならそれこそ特級クラスじゃないと無理だ。だけど特級呪術師となるとその少なさから億クラスの週給で雇うものだぞ。それなのに従業員を寝込ますだけってどう考えてもコストに合った被害じゃないだろ?」
「なるほど~。確かに大きい支店とはいってもうちはたかが一店舗ですから例え休業してもリバーケープ全体でみて売り上げが週に何億も下がるわけじゃないですもんね」
納得しましたとうなずくミルチルさんに、俺は苦笑いを返すしかなかった。
今の話が本当ならスミューさん上級どころか特級クラスじゃないか?
自分で話をふってなんだけど、スミューさんレベルの人が見つけ出せない呪術を俺が見つけるとか無理じゃね?
「にしても、ずいぶん呪術にも詳しいなウルフ君。よっぽど真面目に勉学に励んでいるのか、はたまた別の理由か」
スミューさんは瞳をスッと細めながら俺の剣に視線をやった。
あらら、さすがスランドル家。気づいたか。
「スミューさんこそまだ灰色なのがおかしいくらいやり手の人じゃないですか」
「実は今審査中の論文が通れば私も『
「やっぱり。つかそんな人が手がかりを掴めない事件をどうやって解決すりゃいいんだか」
俺のなげやりな台詞にスミューさんはチッチッチと人差し指を横に振った。
「フッフッフ。ウルフ君、私が呪術の痕跡は掴めていないのは確かだが、何の手がかりも掴んでいないとは言ってないぞ?」
「「え?何か見つけたんですか?!」」
思わず声が重なった俺とミルチルさんを手で制すと、スミューさんは俺の肩に手をおいてグッと顔を近づけてきた。
再びミントの香りが鼻をくすぐり、長い睫毛に彩られた青い瞳が俺を映す。
「君も魔術師なら情報に対価が必要と思わないかウルフ君。なーにそんな難しい事じゃない。今度お姉さんと二人きりでその腰の」
「報告義務違反で支店長に報告しますよ」
ミルチルさんが素早く牽制する。
スカートめくられた怒りはまだ収まってなかったんですね。
スミューさんはウグッ!と呻くと何事もなかったかのように俺から離れて手がかりについて話し始めた。
「私は初回と二回目は店舗にいなかったけどね、三回目と四回目はすぐにかけつけたんだ。その場では確かに呪術の痕跡は見つけられなかった。だけど魔力の残滓は感じたんだ」
「魔力の残滓、ですか。属性と質は?」
「それがね、まったくわからなかったんだ。無色と言っていい」
「……あり得るんですか?」
「あり得ない。だけど私はそれを二回も感じたんだ。偶然とは思えない」
「あのー、魔力の属性は分かるんですけど、質って何ですか?」
ミルチルさんの疑問にスミューさんが例を出して説明し始めた。
「属性は知っての通り火、水、土、風、光、闇の事だな。これは誰しも知っている事柄だ」
人差し指に小さな火を灯し、さらにその火を少量の水で消して、その上から土を被せて水を吸収させたら風で土を窓の外へと吹き飛ばす。
何気に多属性使いなんですねスミューさん。
その若さで特級間近なのもあらためて納得です。
「質とは属性魔力の質の事を指す。火と風の魔力が混じればこうなる」
右手の上に小さなつむじ風作ると、その横に灯された火をまとってファイヤーストームに変化する。
「水と土ならこう」
左の手のひらに一握りくらいの乾いた砂を作り出し、その上に水を降り注いで湿った土にして、それがアースウォールに変化する。
さらにアースウォールにファイヤーストームを衝突させてファイヤーストームを消し去った。
「質が保たれれば火は火のままだが風の魔力が混ざれば質が変わり火はファイヤーストームになったりする。アースウォールは土属性魔法だが水属性の魔力が混ざらないと発動出来ない。風の魔力と火の魔力が7対3なのでファイヤーストームは風属性。土の魔力と水の魔力が8対2だからアースウォールは土属性となる。つまり魔術は魔力の質を量る事によって属性を割り出す事が可能なんだ」
「なるほど~。初めて知りました」
「だからこそ、魔力には属性ありきで、質が存在するんだ。だけどあの日感じた魔力にはそれがなかった。魔力は感じられたのに、だ」
「あるけどない、ですか。それは確かにおかしいですね」
首をかしげながら手のひらにあるアースウォールをツンツンするミルチルさんにそのままアースウォールを手渡したスミューさんは、ニヤリと笑いながら質問した。
「そうだね。ではウルフ君。君はこれをどう見る?あり得ないものを感じたという私を信じたとしてもそれを実証して、さらに事件にどのように関わってくるかを立証しなければならない。これだけで論文が一つ書けてしまいそうだな」
さてどうする?と楽しそうなスミューさん。
話にあまりついてこれずにアースウォールを持ちながらオロオロするミルチルさん。
俺はそんな二人に肩をすくめた。
「どうするって、見つけるだけです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます