第3話 漢は魔力漏れなんて気にしない
ローレンス大通り。
イースラント王国の首都であるローレンスの東西南北を走るメインストリートだ。
大通りを挟んでそれぞれ魔術師街、貴族街、平民街、商店街と大まかに区分けされている。
街中もそれぞれある程度の住みわけがされており、商店街の貴族街側は高級志向の店舗が軒を連ねている。
「うげ、まただよ」
王都有数の大店であるリバーケープの受付嬢のミルチルは、思わずほうきをはく手を止めた。
彼女の視線の先には十センチ弱くらいのコガネムシの死体が二匹転がっていた。
ここ最近毎日のように朝になると店の周辺でひっくり返って死んでいるそれらを、ミルチルはため息をつきながらちりとりに掃き入れた。
ミルチルは王都ではなく大きな森の中にある小さな村で生まれ育った。
なので可愛らしい見た目に反して虫なんか素手でも平気なタイプなのだが、流石にこうも毎日虫の死骸が転がっているのを見ると辟易してしまうようだ。
村でよく見たコガネムシに似ているな、と初めて見た時に彼女は思ったが、しかしこの街に住み始めてから十年以上経つが今まで全然見なかったのに何故ここ最近はよく見かけるのだろうかとミルチルは軽く疑問に思ったりしている。
そういえば子供の頃は昆虫好きだった弟にねだられて一緒に森の中を探し歩いたなぁと、ちょっと故郷を思い出してブルーになりながら、ミルチルは残りの死骸をちりとりに掃き入れるのだった。
§
家に戻った俺は昼にメッセージボードに書いた『冒険者ギルドに行ってくる』といった内容に、『遅くなるかもしれないから晩飯はいらない』と付けたした。
ねーちゃんも今日は仕事で遅くなりそうだって言ってたけど、どっちが早く帰宅するかわからないし、下手すりゃ俺は泊まりの可能性もあるし。
とりあえず何が必要かわからないのであれこれ詰め込んでいく。
我が家には空間魔法が付与された魔法カバンもあるが、持ち主がねーちゃんで登録されているため今は使えない。
俺が迷宮で拾ってきたものなのだが、魔法カバンは持ち主の魔力によって容量が変わるので俺よりはるかに魔力の多いねーちゃんに登録してもらったからねーちゃんがいないと使えない。
残念だがいつも使っているカバン以外に予備の肩掛けカバンに荷物をつめていくことにした。
「さて、行きますか」
リバーケープ商会ローランド支店は一等地である貴族街側の大通り沿いに位置する三階建ての黒い大きな建物だ。
大陸内にいくつも支店を持つ屈指の大店らしくその店舗は中々に立派な造りをしている。
過剰な派手さはなく、どこか無骨さがある質実剛健とした外観。
清潔で品のいい調度品が演出する落ち着いた室内。
高給で雇われた腕利きの護衛が常に目を光らせる厳重な警備態勢。
誰が見ても一目で大店とわかる、そんな店舗だ。
そして、今回の依頼人だ。
一般人としては普段入らないレベルのお店なので正直少し気後れする。
ひとまず店内に足を踏み入れると、受付カウンターは無人だった。
「すいませーん」
「は~~い。ようこそいらっしゃいましたぁ」
俺のかけ声に答えて奥から出てきた店員さんは、綺麗というよりかわいいタイプのエルフにしては珍しい顔立ちのおねえさんだ。
エルフと言えば美男美女。顔立ちが整った綺麗系ってのが常識だが、この人はもちろん美女だけどおっとりした可愛い系童顔タイプだ。
もしかするとハーフかもしれない。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あー、冒険者ギルドから依頼を受けてこちらに」
「え、依頼を受けていただいたんですか!」
童顔エルフさんは食いぎみな返答をしながら、こちらへどうぞ~と勢いよく奥へと案内をしてくれた。
「初めまして。今回依頼をさせていただいたリバーケープ商会ローレンス支店の支店長をしておりますエスト・レイヤと申します」
なんかダンディーさが半端ないカイゼル髭な支店長さんから丁寧な挨拶をされた。
珍しい。大店の偉いさんにしてはかなり腰が低いな。
「俺はウルフと言います。
「ウルフ殿ですな、改めて宜しくお願いします。私の事はエストと呼んでください」
エストさんは正しい発音で俺の名前を呼んで右手を差し出してきた。
「宜しくお願いします、エスト支店長」
握手を返して、お互いソファーに座る。
高級品らしく、フワッフワなのに腰があり不思議と身体にフィットする。
お高いんでしょうね。
「さて今回の依頼についてですが、ある程度は冒険者ギルドからお聞きになっていらっしゃるとは思いますがあらためてこちらからご説明いたしましょう」
「あ、その前にこちらを見てください」
俺はギルドで用意してもらった用紙をエスト支店長に渡した。
「拝見します……ふむ、なるほど。わかりました。条件と報酬の変更ですか」
「無理なようでしたらこちらから冒険者ギルドの方に担当の変更をしておきますので」
「いえ、かまいませんよ。あなた以上の適任がいないからこそこの条件でも東支部は指名したのでしょうし」
「ありがとうございます」
「ちなみにこの報酬のジョムナンの制服ですが、なるべく小さいものとありますがそれですと妖精族用のものとなりますがよろしいですか?」
「え、妖精族も働いているんですか?見たことなかったな」
「最近、雇用し始めまして。ジョムナンの新規店舗が
「ああ~。そう言えばそんな話を」
ねーちゃんから聞いたな。
「妖精族向けメニューも取り揃えておりますので、妖精族の友人知人がいらっしゃいましたら是非」
「ははは、近い内にお邪魔しますよ。しかし妖精族用かぁ。そっちもかなり欲しいですが、俺が欲しいのは平原族くらいのサイズですね」
「なるほど、わかりました。もう一つお聞きしたいのが、報酬欄の何らかの現物もしくは実験の被験者、なんですが」
「そちらは調査して万一助っ人が必要だった場合にそちらに対する報酬となります。物は何になるかはわかりませんが、非常識なほど高額な物にはならないかと。実験の被験者は、まあ、死にはしないですし逆に報酬も出ます」
「そうですか、ではそちらは必要になったら改めて話し合うということにしましょう」
「話を中断してしまい申し訳ありません。改めて、説明をお願いします」
「わかりました。では、最初の被害がでた先週の話から」
最初の犠牲者は副支店長。夜遅くまで残業していたところ、トイレに向かう途中で急に瘴気が発生し思わず吸い込んでしまった。
ただその場では特に何も症状がなかったので不思議に思いながらもそのまま残業を続け、日付が変わってから帰宅。
翌日起床時も特に何もなかったので出勤したらすぐに体調が悪化。
そこで初めて瘴気の話がエスト支店長に上がった。
すぐに人を呼んで瘴気が発生した場所を調べさせたが、特に痕跡なども見つからなかった。
また副支店長も体調が悪いとは言え酷い寒気と立っていられない倦怠感以外に症状がなく、血を吐くだとか高熱が出るなど命に別状はなかったので、医師の手配をしてひとまず自宅に帰宅させたとの事。
「その後、副支店長さんの容態は?」
「特に変わりありません。回復魔法をかけても治癒薬を飲んでも一時的に回復するだけです。ただ死ぬほど悪化もせずでして」
そしてそれから三日後、閉店後に倉庫にて在庫チェックをしていた店員が、やはり唐突に発生した瘴気に覆われてしまった。
咄嗟に口を覆ったが、少し吸い込んでしまったとすぐにエスト支店長に報告が入った。
やはりすぐさま人を呼んで調べさせたが、毒や呪術の反応もなく、被害者もすぐに医師と神官に診てもらったが、その時点では特に症状はなかった。
なのでお供をつけて家まで送らせたのだが、やはり次の日の朝には副支店長と同じ症状が出てしまった。
「時間帯は?」
「二人目は十九時くらい、でしょうか」
「なるほど」
三人目と四人目は警備担当の者だった。
副支店長が被害にあった時点で警備を強化していたのだが、二人目がかかってから二日後に店の外を巡回していた警備担当がやられた。
翌日の午前に症状が出たのだが、今回は瘴気対策として布で鼻と口を隠して、発生した瞬間息を止めていたのが、それでもかかってしまった。
「時間帯は二人目の方と同じくらいですか?」
「概ね変わりません。二人目よりさらにやや早いくらいかと。さらに二日後、一昨日の事なんですが、五人目と六人目、二名同時にやられました」
発生場所は更衣室。
夜中に瘴気が発生する可能性が高いと考えて、店を早じまいして二人が着替えていたところ瘴気が発生。
避けようもない状況でそのまま他の被害者と同じく、翌日の朝には症状が出てしまった。
「発生時間は前回よりやや早いくらいです」
「なるほど。怪しい人影を見ただとか、怪しい道具や魔方陣、呪符の類いを見ただとかは全くないのですか?」
「ありません。いずれの場合も唐突に瘴気が発生した、としか」
「そうですか。しかし何もない所からいきなり瘴気を発生させるのは不可能だと思います。恐らく何かを見落としているはず。それを突き止めねばならないでしょう。まずは発生した場所を全部見てみたいと思います」
「わかりました。それでは部下に案内させましょう。ミルチル、頼んだよ」
「はい。それではウルフ様、ご案内いたします」
童顔エルフさんことミルチルさんに案内されて、まずは一番最初の被害者である副支店長が瘴気に襲われた廊下へとやってきた。
「副支店長はそこのオフィスからトイレに行く途中のこの廊下で被害にあったそうです」
案内された廊下は三階の西側、これといって特に何かあるわけでもない普通の廊下だ。
西日が差し込んでいる窓はローレンス大通りの三分の一くらいの幅の裏路地に面していて、向かいの建物は二階建てなのでここからだと遮るものなく街が見渡せる。
「ここの窓は当日は開いてましたか?」
「いいえ、日没前には閉める事になってます」
「今閉めてみていいですか?」
「大丈夫ですよ」
ガラス戸を開いてから木製のそれなりに厚みのある外窓を内側に引くと、ギギギと音をたてながらバタンと閉まる。
音がなるのは建付けが悪いのではなく防犯上あえて音が出るようにしてあるタイプなのだろう。
閉まった窓も隙間は特になく、ここから入り込もうとしても難しいんじゃないかな。
「次の場所をお願いします」
「はい」
二人目は地下の倉庫だった。色んな商品がうず高く積まれているが、いくつか見覚えのある魔道具もあった。
「これ、使った事あります」
緑色の大きなドリルだ。
これはちょっと持ち歩くには大きいサイズだがとにかく簡単に穴が掘れる。
鉱石採取の依頼では必需品だ。
「わ、そうなんですか?これはうちの商会でも売れ筋の商品なんですよ!ドリルは漢のロマンだって皆さん買われていきます」
「そこは否定しないです。凄く能力の高い魔道具なんですけど、何故か微妙に魔力洩れするんですよねぇ」
「それは他のお客様からもよく聞くんですけど、会長は漢は魔力洩れなんか気にしないっておっしゃっているらしく……」
「魔力量がそこまで豊富ではない俺みたいな冒険者にとっては結構死活問題なんですけどね……」
だからこれを使う時はねーちゃんに手伝ってもらうことにしている。
ねーちゃんに魔力を補充してもらいながら使用すればなんとかなるからな。
「一応外部魔力バッテリーがオプションで販売されてますけど、サイズが大きいですので…」
あまりダンジョンなどには向かないですね、とミルチルさんは苦笑いをした。
ちなみに外部バッテリーの大きさは人族の五歳の子供くらいだ。とても持ち歩けない。
「そうなんですよね。建築現場ならともかく俺のような冒険者だとちょっと……」
「ですよねぇ~」
それから他の魔道具の説明をしてもらいながら倉庫を回ったが、これといって何も手がかりになるようなものはなかった。
「次、行きましょう」
「はい」
店の裏口から外へ出てすぐの場所へと案内された。
「ここで三人目と四人目の被害者の警備員が被害にあいました」
「警備員はいつも裏口から店舗周辺を警備していたんですか?」
「そのはずです。表口は営業終了と同時に鍵を閉めて対侵入者用の結界を起動させますので」
「裏口に結界は?」
「もちろんあります。表と違い識別機能付きですので当直の警備員は当日出勤時に魔力登録をして通過可能になります。逆に表の結界は識別機能がない代わりにドラゴンブレスでも破れない強固さだそうです」
「過剰な強固さですね」
「私が言うのもなんですが、うちの商会は力の入れ具合が偏っていますから」
「なんか納得。しかし屋外ですと何でもありなのであまり参考にならないですね。何か最近屋外で変わった事はありましたか?今まであまり見なかった人物ですとか、不審な物が道端に置いてあったりですとか」
「それは特に……あ」
「何か思い当たることが?」
俺の問いかけにミルチルさんはちょっと言い淀んだが、どんな些細な事でもかまわないと言うと頬に手を当てながら苦笑いをした。
「関係ないと思うんですけど最近店の周りでよくコガネムシが死んでるんですよね。朝の開店前の掃除の時によく転がってるんですよ」
「あー、それは、何とも。女性の方だと虫が苦手な方が多いですから大変でしょう?」
「あはは。私、実は森育ちでして虫は全然平気なんですよ。むしろ子供の頃は虫好きの弟に付き合って虫取りをしたりしてましたし。死んだコガネムシも森でよく見たものに似ていたから何か弟を思い出しちゃって」
「弟さんとは最近は?」
「ここ数年は手紙のやりとりだけです。この事件が解決して忙しさが一息ついたら久しぶりに故郷に帰って弟に会いたいですね」
「じゃあミルチルさんが早く弟さんに会えるように頑張りますか」
俺はねーちゃんの顔を思い浮かべながらミルチルさんと次の現場へと足を進めた。
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