第2話 カフェの制服。なるべく小さいサイズ。
冒険者ギルドローレンス東支部は昼時という事もあって閑散としていた。
午前中なら人でごったがえしているであろう依頼掲示板の前も、今は俺以外誰もいない。
選び放題だぜ!と己を鼓舞して依頼を板の端から端まで読んでみる。
・犬の散歩をお願いします。街の外周を回ってきてください。報酬は銀貨1枚です。
貴族街区パルミゼラ男爵家
・酒の配達をお願いしたい。中央通りの飲食店街から西の職人街にあるマースの工房までだ。報酬は銀貨3枚と赤銅貨3枚だ。
ホワイトウッドの酒場
・西の森で伐採した木の運搬補助。簡単な仕事だが力仕事なので腕っぷしに自信のある奴やなんらかのスキル持ちに頼みたい。報酬は銀貨8枚。
木地師マース
・私の実験の手伝いをしていただける方を大募集!誰でも出来る簡単なお仕事です!な、なんと!今回の報酬は大奮発して大銀貨3枚!詳しくは現地にて(*^ー゚)
イースラント魔法学院研究棟アルシェラ
・至急、ダークアコウの背鰭を10枚用意して欲しい。報酬は金貨1枚だ。
イースラント魔法学院ヴァンスール
「ろくな依頼がねえな…」
パルミゼラ男爵んとこの犬っつったら体力がありあまり過ぎてるから外周を何周させられるかわかったもんじゃない。
しかも銀貨1枚とか少なすぎだろ!
酒場の依頼はそれ自体は楽なものだし報酬も妥当だけど配達先が…。
これ、多分酒場とマースのじいさんが共謀して依頼出してる。
今マースの工房に配達に行こうものならそのままマースのじいさんに無理矢理木の運搬依頼の仕事させられそうだし。
あれはマジきついから遠慮したい。
アルシェラは論外だ。
そろそろあのマッド女がギルドに依頼出すの禁止にしてもらえねーかな。
ヴァンスール先生の依頼は報酬は魅力的だが、海魚のダークアコウが多く生息するヒッタリア海は今の時期だとブラッディラッコが沿岸に流れてくるからあいつらを避けてだとブラックアコウの捕獲だけでも1日仕事じゃ終わらない。
さらにここからだと沿岸部に行くまで片道1日はかかる。
移動に2日、採取に2日、明後日から学校が始まる俺にはスケジュール的にちと厳しい。
「ろくな依頼がねえな…」
「わざわざ二度も言うな」
いつの間にか俺の背後に立っていた小柄な女性が、腰に手をあてながらこちらを睨んでいた。
「ろくな依頼がねえな…」
「喧嘩売ってる?なあ喧嘩売ってるんだよな?」
「大切なことだから2回と言わず3回いってみたんだ」
「よし、ちょっと裏こいやコラ」
「冗談ですミルザさん」
メリケンサックを装備しだしたミルザにとりあえず謝っとく。
ミルザは平原族特有の小柄な体型に見あった可愛らしい童顔に反して、荒い口調に血の気の多い性格をした冒険者ギルドの受付嬢だ。
黙って座っていれば可愛いものだが、その外見に騙されてちょっかいをかけようものなら即ギルドの外まで殴り飛ばされる。
ミルザの席は入り口の正面なのだが、これは別の席に座らせたら何度も壁をぶち抜いてしまったため入り口正面なら最悪ドアだけで被害がすむからとギルドマスターが配慮した結果らしい。
それでもやはりドアだけでも修理代が馬鹿にならないからと雨の日以外は開け放しにしてあったりする。
いや、そもそもこいつに受付業務をやらせているのが間違いなのでは?と思わなくもない。
「でも今日はヴァンスール先生の依頼以外マジでわりにあわない依頼が多いと思わないか?」
「そりゃお前がこんな時間に来るのが悪い」
「デスヨネー」
「今は学院休みなんだろ。珍しく寝坊でもしたのか?おねーちゃんも忙しい時期だもんな」
「違う。教授関係」
「ああ…」
ミルザは彼女にしては珍しい同情的な視線で曖昧にうなずき、こちらに向かってちょいちょいっとしゃがむように指示を出してきた。
んっ?と思いながら従うと、額にペタッと紙を貼られた。
「何だよ…」
・緊急です。どうやら不逞の輩が我が商会に妨害行為を仕掛けてきたようです。支店内で連日謎の瘴気が発生し、吸い込んだ従業員達が謎の病にかかり寝込んでしまっています。
このままでは店が開けなくなり取引に支障を来すのは必至。至急解決をお願いいたします。報酬は金貨10枚。場合によってはさらに追加します。
リバーケープ商会ローレンス支店長エストレヤ
「リバーケープとはまた大店だな」
「それさ、あんたが来る少し前に依頼しにきたんだ。急ぎだって言うわりには昼に依頼しにくるとかどんだけだって思ったし内容的にも解決できそうな冒険者を選びまくりだし。だけど相手がリバーケープ商会となると冒険者ギルドとしても即座に対応せざるを得ないからさ」
正直困ってたんだよね、とミルザは席に着きながら手続きを始める。
「待て。俺はまだ受けるとは言ってないぞ」
「何いってんだ。ろくな依頼がないとかブツブツ言ってたお前のためにこんな高額依頼を紹介してやったというのに」
「いやいやこれどうみても高難易度で滅茶苦茶めんどうそうな内容じゃん。しかも相手がリバーケープ商会って」
「リバーケープ商会だからこそのこの金額だろ。中々無いぞ、こんな高額の依頼」
「たとえ高額でもこんな大店に名前覚えられたら後々面倒に巻き込まれそうだからイヤだ」
そもそも大陸五指に入ると言われるリバーケープ商会ともなれば多少の問題はお抱えの上級魔術師や手練れの傭兵を使ってなんとかできるはずだ。
にもかかわらずわざわざ冒険者ギルドに依頼をしてきたってことは、酷く面倒な事態になってる可能性大ってことだ。
「お前なあ、他の冒険者ならすぐにでも飛びつきそうな額だってーのに」
「ならその飛びつきそうな奴らにやらせておけよ」
「いや、脳筋どもにはこんな面倒そうな依頼無理だろ」
「脳筋筆頭にそう言われちゃあいつらも世話ねーな」
「よーし表でろや小僧」
「冗談ですミルザさん」
机の下からトゲ付き金棒を取り出したミルザに超速で謝った。
そういうすぐに拳言語に切り替えるとこが筆頭なんだよこの脳筋ロリめ。
顔は可愛いから余計にたちが悪い。
「とにかく、この依頼はただ瘴気を解決すればいいってもんじゃない。リバーケープ側はできれば犯人を生け捕りにするか犯人に繋がる手がかりが欲しいっていってる」
「ええー面倒」
「………」
「無言でトゲ付きグローブはめんなよ」
「マジで頼む。お前以外に解決できそうなタイプの冒険者がうちの支部にいないのはお前だってわかってるだろ。ここでお前に断られたらギルマスからの指名依頼にして強制的に頼むだけだから潔く受けろ」
「頼むと言いつつ結局脅しはいってんじゃねーか」
せめてトゲ付きグローブ外してから言って欲しい。
だが、確かにここ、冒険者ギルドローレンス東支部はこの手の依頼に向いていない冒険者が多い。
とゆーかいない。
むしろ脳筋しかいない。
なぜなら、ここは魔法使いの国の首都。
しかも街の東側は魔法学院を中心とした魔術研究都市街。
この辺りの住民は中級以上の魔術師がそこらにゴロゴロしてるから、大抵の事なら自分達でどうにかできる事ばかりなので他の支部のようなちょっとした困り事のような内容を冒険者ギルドに依頼しない。
一見そのような内容に見えてもそれは表向きで、裏には中、上級魔術師ですら手に余る何かしらの罠が潜んでいる。
そのいい例がパルミゼラ男爵のとこの犬の散歩だ。
俺も過去に一度だけ受けたがひどい目にあった。
パルミゼラ男爵家の飼い犬は大人二人分くらいはある図体をしたケルベロスで、地獄の番犬の名に相応しいパワーとスタミナをもて余し気味な毎日を送っているため常に欲求不満だったりする。
そんな奴を満足するまで散歩させようとなると朝から晩まで走り通しだ。
しかもこのケルベロス、人の代わりに魔術師が造ったゴーレムだとかドールだとかを使って散歩させようとするとすこぶる機嫌が悪くなる。
最悪ゴーレムを破壊してしまうらしく、魔術師との相性は最悪だったりする。
街の西に位置する貴族街に住むパルミゼラ男爵が西支部ではなくわざわざ東支部に依頼してきたのも、こちらにはケルベロスに負けない体力と戦闘力を持つ脳筋がわんさかいるからに他ならない。
ただ、いくら脳筋でも一日中拘束されるのに銀貨1枚は流石に安すぎるのでスルーされている。
おそらく銀貨5枚くらいなら誰かが暇潰しに受けるだろうが。
まあとにかく、例外はあるとして基本ここに依頼されてくるのは街の外に薬や実験の材料採取に行く際の護衛がほとんどだ。
迷い人の森やガラバドス山脈、アッサムキア大洞窟にヒッタリア海沿岸、そんなデンジャーゾーンでいつどこから襲いかかってくるかわからない賊や魔物に対し魔術師が詠唱を終えるまで守りぬく、まさに筋肉の壁。
つまり、依頼者のほとんどが魔術師なので彼らが求める前衛壁タイプの脳筋ばかり集まるようになった、という感じだ。
脳筋以外に依頼をしたい場合は街の西側、貴族街と商店街の境にある西支部に依頼をするのがこの街の常識だったりする。
リバーケープも西支部に依頼したほうが良かったんじゃね?
ちなみに俺がこの脳筋だらけの支部にいるのは単に立地が良いからだ。
なんたって学院の目の前だし。
家からも近い。
断じて俺が脳筋というわけではないぞ。断じて違う。
「でもよ、俺明後日から学院始まるからそんなに時間とれねーんだけど。緊急ならそれこそギルマスと適当な誰かが組んで受けた方がよくないか?」
「今日明日で解決してこい」
「いや、それが無理そうな感じがするから言ってるんだけど」
「お前ならやれる」
「だから無理だって。こんなフワッとした情報だけじゃなんの予測もたてられねーのに1日半しかないとか」
「お前なら問題ない。つーかもう担当お前で受付ちまった」
ほらな、とミルザが突きつけてきた依頼書には、受付済と書かれた魔術印が浮かび上がっていた。
「お前っ…はぁ、もういいや。受けるだけは受けるが条件があるぞ」
「聞こう」
「さっきも言ったが俺は明後日から学院が始まるから今日明日しか時間が取れない。急ぎと言われても1日手が空くのは次の週末だ。だからもし先方がそれじゃ困るなんて言って交替を要求されてもペナルティは勘弁してくれ」
冒険者にとって一番のペナルティは依頼失敗による次回の依頼の制限だ。
1回失敗すると次回はより報酬の安く難易度の低い依頼を一度受け成功させなければならず、3回失敗で次の依頼からは1ランク下の依頼しか受けられなくなる。
しかもそれを3回連続で達成しないと元のランクの依頼を受けられなくなる。
さらにそれすら3回失敗するとランクそのものが1つ落とされてしまう。
俺自身は今まで全ての依頼を達成してきたので1回くらい大丈夫なのだけど、せっかくだからこのまま100パーセントを維持したいくらいには思っている。
「わかった」
「それにもしかしたら助っ人を頼むかもしれないけど、助っ人に対する報酬も別途用意してもらえるようリバーケープに手紙書いてくれ」
「増額しろってことか?」
「いや、金よりもなんらかの現物か実験の材料、ではなく実験の被験者になると思う」
「さらりと言い換えた部分は聞かなかったことにするが、わかった」
「最後に、リバーケープがやってる西地区にあるカフェ、ジョムナンって店。あそこの女性用の制服を1着欲しい。なるべく小さいサイズの」
「わかっ……なんだと?」
「だから、カフェの制服。なるべく小さいサイズ」
「お前、そんなもんどうする気だ?」
「どうって、あの制服スゲー可愛いじゃん。だから着せてみようかなって」
「着せる?!」
「ああ、似合いそうだしな」
「に、似合う、だと…」
「とにかく報酬欄に付け足してくれ」
「わ、わかった」
何故か頬を赤くしながら依頼書に書き込んでいるミルザを眺めながら、難易度的に一度帰宅して装備を整え直さなければならない今回の依頼がつくづく面倒になってきてしまうのだった。
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