フォークロア! ~奇妙な依頼と魔石の少女~

秋野信

第1章 学生で冒険者でサモナーで

第1話 教授、たまにはボケずに進めてくれよ


 俺は少しイライラしていた。


 歴史を感じさせる飴色の机や白く重厚な柱が静謐さを演出する、厳かな空気漂う大講堂。


 その中心とも言える教壇の脇に立たされてからずいぶん経つが、一向に進む気配のない今の状況に対して、だ。


 講堂内は何百はあろうかという席のほぼ全てが埋まっている。


 そこに座っている新入生達は皆『どうしたんだろう?』という軽い困惑顔を浮かべていた。


 まだ入学ホヤホヤだから顔見知りが少ないというのもあるのだろう。時折ヒソヒソと小さな声が聞こえるくらいで全体的には静かなもんだ。


 これが二年生以上だとワイワイガヤガヤとしゃべりながら待っているんだけど。



 そう、“待たされている”んだ、俺達は。



 ここはエルラント大陸の東に位置する魔法大国イースラント王国。


 その首都ローレンスの中央街区に建っている、大陸にただ一つ存在する魔法使いのための学舎、【イースラント王立魔法学院】。


 年に一度の入学式、そのまっただ中だったりする。


「え~、皆さん。間もなく、間もなく説明をしていただける先生がいらっしゃいますのでそのまま静かに待っていてください」


 俺と同じように教壇の脇に控えていた教務課の課長さんが、冷や汗を垂らしながら何度目かわからない同じ内容のアナウンスをするとそのままこちらに近づいてきた。


「ウルフ君。教授はまだ来ないのか!」


 小声で怒鳴るという器用な事をしながらこちらを睨む課長さん。


 そう言われても俺は教授の秘書でも付き人でもないので答えようがない。


 そもそも新入生でもなけりゃ職員でもない単なる一学生に過ぎない俺がこの場にいるのだって本来ならおかしな話なんだけどなぁ…。

 

「そんなの俺だってわかりませんよ。休日だってのに朝っぱらから有無を言わさず早馬で拉致られたんですから。聞くなら俺じゃなくイズーあたりに聞いてください」


「いや、イズールト様は公務で急遽王宮に向かわれたから…」


 あいつめ、逃げやがったな。


 きっと大勢の前に立つのが緊張するとか恥ずかしいだとかそんな理由だろうポンコツ聖女め。


 教会ではなく王宮に向かったのもミレシア王女に甘えてってとこだろう。

 

 なんとなく俺が呼び出されたのはそんな理由だろうと思っていたから、イズーに対して別にそこまで怒りや落胆がある訳じゃないがこの借りは後日きっちり返してもらおう。


 俺だって今日は別に暇だった訳じゃないんだ。


 眠い目をこすりながら早朝から起き出してねーちゃんに寝癖をからかわれながら生活費や魔石費用を稼ぐべく条件の良い依頼を受けられるよう冒険者ギルドに早めに行こうと、窓ガラスの外からイズーの使い魔とおぼしき小鳥がピーチクパーチク鳴いているのをガン無視して張り切って用意をしていたのに家から一歩出た瞬間いきなり早馬が目の前に到着し着の身着のまま学院に連れてこられた挙げ句に何故か正装に着替えさせられあれよあれよと入学式に迎える側として参加させられて今に至る。


 だから何の説明もなく連れてこられた上に、知りもしない事で責められる筋合いはないというニュアンスを添えた返答をした。


 課長さんはモゴモゴとつぶやきつつ目をそらして、それでもなんとかしてくれと泣きついてきた。


「と、とにかく頼むよ。今すぐ教授を連れてきてくれ。じゃないとこの後のスケジュールに影響が…」


 バッターン!


 唐突に、課長さんのつぶやき声をさえぎるかのように講堂全体に響き渡るほど大きな音をたてながら勢いよくドアが開かれた。


 大きく左右に開かれたそこには、きらびやかな銀色のマントを身にまとい、シンプルだが質の良い深緑の魔法服と先の折れた黒いトンガリ帽子をかぶった老齢の男性が立っていた。


 老人らしく幾重に刻まれたシワが目立つ顔だが、しかし目だけはキラキラとまるで小さな子供のように輝いており、長い白髭からのぞく口はニコニコと柔らかい笑みを浮かべている。


 ただ立っているだけなのにその身から溢れる膨大な魔力によって、入り口近くに座っていた新入生や護衛達は気圧されてしまっているらしく身をのけぞっている。


「チッ」


 俺は老人を視界に収めた瞬間、舌打ちをしながら正装には不釣り合いな腰に下げていた剣を抜いてそちらに向かい走り出していた。


 そのまま老人の脇をすり抜けて彼の後方の空間に二度斬撃を叩き込むと即座に剣を納め、そのまま後ろに付き従う。


 老人はそれを気にする事なく教壇に向かいまっすぐに歩いていく。


 途中俺は元いた教壇の脇へ、そして老人はそのまま教壇の上に立って皆の視線を一身に集めた。



「それで、僕はなにをすればいいんだっけ?」



 そしていきなり周りすべての人々のアゴを外しやがりましたとさ。

 


 教授、たまにはボケずに進めてくれよ……。





 大魔法使い銀緑のローデリック。


 イースラント国の誇る最高の魔法使いにして、エルラント大陸でも3人しかいない大魔法使いの称号を持ち、その筆頭にしてかつて狂乱の魔王を打ち倒した勇者のパーティーだ。


 現在はイースラント王立魔法学院の名誉学長にして教授を勤めている世界的な重鎮中の重鎮、なんだけどなぁ…。


 僕何すればいいの?なんて今ここで聞くことかよつーかこっちが知りたいわ!的な第一声を新入生にしながらまわりの職員を慌てさせている様子は単なるボケ老人にしか見えない。


 先ほど冷や汗を垂らしていた課長さんは元々青かった顔をさらに真っ青しながら教授に説明している。


 でもあの顔の感じだとあまり理解できてないっぽいな。


「ウルフ君、僕どうすればいいの?」


 教授は内容のわりにさして困ってもいない顔をして、課長さんでなくこちらに質問を飛ばしてきた。


 やめてくれ。


 こんな衆人環視の中でこっちに話振るのはやめてくれ。


 目立ってしょうがねーじゃねーか。


 しかもあんた拡声具のスイッチついたままじゃん会話だだもれじゃん新入生めっちゃこっち見てるじゃん!!


 とりあえず目でこっちにふるなとうったえてみたが、案の定教授にはまったく通じない。


 イズーにだったら即伝わるんだけど。


 ああもうしょうがねーな…。


 俺はこちらから視線を離してくれない教授をちょいちょいっと手を振ってこちらに呼び寄せた。


「昨年の春の中月の10日に何したかは覚えてます?」


「うん。君とジャワバラの壺の実験をした」


 それもしたっつーか強制参加させられたけどそれじゃねーよ。


 ちなみにジャワバラの壺とは大悪霊ジャワバラが己の住み処としている大きな壺で、ジャワバラ本体を倒さない限り決して壊れることはないが本体を倒すと同時に粉々に砕け散るといった特徴がある。


 さらにその壺の中にはジャワバラの宮殿があり、ジャワバラが集めた金銀財宝、レアな武具防具、稀書珍書が山盛りである、といった言い伝えもあったりする。


 そんなジャワバラに対しある日教授が唐突に『中身はどうでもいいが壺の中にどうしても入ってみたくなった』とか言い出した。


 何故か一緒にジャワバラを捕まえに行こうと拉致られて、半殺しにして魔法で拘束したボロボロのジャワバラに対し生かした状態で壺の中に侵入できないかとあれこれ試すのに付き合わされた。


 最終的にはジャワバラが土下座して自ら壺の中を案内するから勘弁してくださいとお願いされるにいたったのたが。


 悪霊が生者に土下座してお願いするというのは存在理由的な意味でアウトらしく、力が急激に衰えてしまったと体が半透明になるほど存在が希薄になってしまい半泣きなジャワバラを尻目に、壺から頭を出しながらプカプカ浮かんでいた教授は物凄く満足そうだった。


 ちなみに俺は宮殿の中まで案内してもらい何冊かの魔術書を土産にいただいた。



「実験の前に何かしたでしょ。時間とられるからあーゆーのヤダーって愚痴ってましたよね?」


「うん。挨拶とか説明とか好きじゃないんだよね」


 教育者にあるまじき発言だなジジイ。


「今教授がやらなければならないのはその好きじゃない挨拶と説明です。彼ら新入生に対しての」


「ああ、あの子達は新入生だったんだ。通りで顔に見覚えがない子達ばかりだと思ったよ」


「そうです新入生なんです。まだ右も左もわからないんですからあの子達にさっさと挨拶と説明をして安心させてあげて下さいはよ」


「わかったよ」


 ローデリック教授は素直にうなずくと、再び教壇に立って先ほどとはうってかわりスラスラと話し始めた。


 なんだかんだと頭脳も人類最高クラスなうえ教師生活が長いだけあって実にわかりやすい内容でペラペラとしゃべっている。


 できるんなら最初からやれよと思わなくもないが、あの人は天才故のというかなんというか、まわりと違う時間軸で生きているため話が通じない事が多々ある。


 ぶっちゃけマイペース過ぎる。


 今日の遅刻もどーせ趣味の呪具集めのせいに決まってる。


 きっと新しいブツが手に入ったのだろう、調子に乗って今日が入学式だってのも忘れてあれこれ調べていたに違いない。


 呪具に封じられていた怨霊にとり憑かれていた事にも気づかずに。


 教授本人は高い魔力と精霊の加護によって魔王クラスの呪いじゃないと効かないが、まわりはそうもいかない。


 教授が遅刻したのも、


 教授を呼びに行った職員が教授の執務室に入ろうとして呪いにやられる→別の職員が様子を見にきて倒れてる職員を発見し近寄る→そいつもやられる→別の職員がまたやられる→呪いが強すぎるためイズールトを呼びに行く→イズーは話を聞いて逃亡→俺を呼び出す→今に至る


 って感じなんだろう。


 俺が教授を執務室に直接呼びにいかずにいきなり入学式に出席させられたのは、おそらくすれ違いで怨霊がひっついた状態の教授が大講堂に入って入学式が壊滅するのを防ぐためだ。


 教務課の課長さんがそのあたりの事情を知らないのは、俺を呼び出したのが学生課の課長さんだったからだ。


 教務課と学生課は仲悪いからなぁ…。

 

 紆余曲折があったにしろ無事に挨拶を始めた教授はとりあえず問題なさそうだなと、ひとまず教授から視線を外して新入生達を観察してみる。


 種族、身分ともに多種多様。


 イースラント魔法学院は来るもの拒まず。


 試験さえ通ればどんな存在だろうと入学できるし、むしろ優秀そうな奴は率先して勧誘しているらしい。


 その証拠に俺の目の前には人族だけでなく、獣人、魚人、鬼人、ドワーフ、エルフ、小人、その他にもハーフやら希少種族やら高位魔族やらがチラホラいるし、庶民から王候貴族にいたるまで全ての身分が机をともに並べている。

 

 あの紅いドレスを着た小柄な魔族の子かわいいなー。


 おお、あの人魚の子、中々発育の良い胸をお持ちですねー。


 あのゴージャスな三つ目の種族の子、どっかの王族かな。すげー美人だな…。


 あそこでコックリコックリやってる猫の獣人の子、いい耳してますなー撫でまわしたいわー。


 今年の新入生のレベルは高そうですなぁ素晴らしいね。


 しかし、女の子のレベルが高いのは嬉しいが、今年はどうにも貴族が多いように思える。


 講堂の後ろに控えている護衛や付き人を連れているであろう貴族連中は着ている服や装飾品が凄く豪華で、それらの中にわざわざ目立つところに家紋や紋章がデザインされているのでわかりやすい。


 逆に家紋や紋章が入ってないお高そうな服を着た奴は大商人の子どもって事でほぼ間違いない。


 入学式の席順は学院側が適当に指定しているので貴賤入り乱れではあるが、ここからでもどいつが貴族なのかは一目瞭然。


 例年なら貴族は全体の4割にも満たないが、今年は6割はいってそうだ。


 一応この学院は身分なんか関係ないよ、学生は皆平等だよーって基本理念らしいが、だからといって貴賤の煩わしさがまったくないかといったらそんなことないし。


 面倒事に巻き込まれなきゃいいけどなー。


 そんなことを考えながらボケーっと新入生達を観察していた俺は、何人かが教授ではなくこちらを見ていることに気がついた。


 まぁ、さっきの行動のせいだろうが…。


 しかしそれなりの速さで移動したから大半の新入生は俺がいつ教授の後ろに移動し、何をしたかは見えなかったはずだ。


 講堂の後ろに控えていた護衛の人達の中には何人か見えていたみたいだが、俺が何故剣をふるったかまでは理解している人はいないだろう。


 怨霊は教授のオーラに隠れて見えたり感知できたりはしなかったろうし。


 と、思ったのだがどうやら違ったかもしれない。


 新入生の一人。俺から見て右上の端に座っている、おそらく高位魔族であろう豪華な衣装の銀髪のイケメン男子がじっと俺を、というか俺の剣を見ている。


 護衛達のほうにもミスリルの大層値の張りそうな鎧と何か凄そうなロングソードを身につけた気の強そうな金髪の女騎士が鋭い目付きで剣を睨んでいる。

 

 さらに艶やかな緑を基調としたエルフ族の正装に身を包み、腰に恐らく強い妖精の加護を付与されたショートソードを帯刀する、女騎士よりやや薄い色の金髪の穏やかそうな感じのエルフのお姉さんがやはり俺の剣を首をかしげつつじっと観察している。


 野郎の新入生はどうでもいいが、どちらも美人な女騎士とエルフのお姉さんに注視されるのは悪い気分じゃない。


 が、彼女達が興味あるのは俺じゃなくて俺の剣だろうしなぁー。



「以上で僕からの話は終わりです。では新入生諸君、この学院での君たちのこれから始まる素晴らしい時間に祝福を」


 話を終えたらしい教授が人差し指で空中に小さな円をえがきだした。


 すると、円の中にシンプルな緑色の菱形魔方陣が浮かび上がる。


 とたん、魔方陣から召喚された小鳥姿の風の妖精達が講堂内を飛び回り、生徒一人一人にペンを配っていく。


 このペンは一見単なる普通のペンに見えるが、これは【ローデリックの加護】と呼ばれるアイテムで所持していると少しだけ運が良くなるらしい。


 新入生が感嘆の声を上げる中、俺は目立たぬよう静かに講堂から退出した。


「さっさと逃げよ」


 俺は今回呼び出された理由、『ローデリック教授による入学式壊滅の阻止』を無事やり終え、これ以上何かに巻き込まれる前にさっさと着替えて学院を後にした。

 

 そもそも無給で午前中を潰されたのだから途中退場したところで文句を言われる筋合いはない。


 貧乏学生の俺には休日こそ稼ぎ時なのだから逆に文句をいいたいくらいだしな。


「午後からでも受けられる良さげな依頼、ないかな…」


 校門を抜けて1人愚痴る。


 ワリの良い依頼は午前でなくなっちまってるに違いない。


 こうなったら安いけどあまり手間はかからない依頼か、ちょっと面倒だけどそこそこの額の依頼があればいいな、なんて都合のいい事を考えながら俺は冒険者ギルドへ足を向けた。


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