四章

寧々(澄寧)の宮仕え


 あれから約一月やくひとつき後。

 寧々ねいねいことはく澄寧ちょうねいは一人、料理に使う薪を割っていた。なんで私はこんなことをしているのだろうか。まあもう、仕方ないか…………という諦めと共に。




 澄寧がしばらく住んでみてわかったのだが、この離宮にはおかしな点がたくさんあった。


 まず、女官の少なさである。

 最初に縄を投げてくれた女官――げん香璘こうりんというらしい――と、料理と掃除担当の豊母子ほうおやこ、そして離宮の警備担当で、もと娘子軍じょうしぐん校尉こうい(娘子軍は女性だけの軍隊のこと)のてい惟惇いじゅんの計四人しかいないと言うことなのだ。

 何でも皇太子殿下は人嫌いで、外朝ならともかく、私的な空間である後宮(ここではこの離宮が当てはまる)でたくさんの人に囲まれたくはないというお考えらしい。

 そんな理由により、正式な皇太子宮が宮城にあるにも関わらず、この離宮に住むことにしたそうだ。

 このことを初めて知った時、正直澄寧は呆れてしまった。

 皇太子なら、人に囲まれてなんぼのもんだろうと。でもまあ、位の高すぎる人のことなんて、庶民同然の自分には良くわからないものか。


 次に目についたのは、この離宮の姿であった。

 初日はイロイロあってよく見ていなかったが、この離宮――というかボロ邸の惨状は、凄まじいものがあった。

 壁の漆喰は所々剥げ、室によっては床が腐って抜け落ちているところ(現在、廷さんが全力で復旧工事中!)もある。

 それに、少し豪華だと感じた謁見の間の室内装飾も、本かどこかで見たことがあるなーっと思ったら、なんと百五十年ほど前に流行った意匠だったことが判明した。

 さらに――これは長年神職の修行をやってきた者の勘で薄々気付いていたのだが――ここはなかなか取り壊すことが出来なかった、のものらしい。それを偶然、玉安が譲り受けたもよう。

 これには澄寧も絶句した。

 あり得ないだろ、普通っ! ていうか曰くつきって、絶対怨霊の類だろ、それ! 万が一憑りつかれたりしたら、どうしてくれんだ! 


 ………とまあ、今までにあった諸々モロモロを振り返った澄寧は、いつの間にか止まっていた手をもう一度動かし、薪割りを再開したのであった。


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