いきなりの無理難題《4》


「ちょっと殿下ぁ‼ これはいったいどういうことですかっ」


 数十拍の時を置いて先ほどの爆弾発言の衝撃から立ち直った澄寧ちょうねいは、開口一番、執務机の椅子に優雅に座る、玉安ぎょくあんに詰め寄った。

 一方、澄寧に詰め寄られた玉安は悪びれることもなく、あっさりとこう言い放つ。


「どうもこうもない。少々こちらに事情があって、ここがわたし以外の男は入ってはいけない、ということになっておるだけだ」


「だからってこんな無茶、通るわけないでしょう。私は正真正銘の男なんですよ‼」


 澄寧はまた叫んだ。

 ダメだこの人、変人って噂を聞いていたけれど、噂以上におかしい。


「仕方ないではないか。これは父である皇帝陛下の命でもあるし。しかしな、ここには古参女官しかおらぬゆえ、男手が欲しかったのだ」


「それで……、私、ですか…………」


「その通り」


 澄寧は。だからか、と。

 この時ほど澄寧は自分の中性的な美貌と、いつまで経っても童子体形のままである身体を恨んだことはなかった。


 元々、白狐びゃっこの一族――特に白斎家の人々――は柔和な顔つきと、蒼皇帝家の血筋の証である、徒人とは違う瞳と髪の色をしているせいか、どこか浮世離れしているように見えるらしい。

 特に澄寧は、昔から女子おなごに間違われることが多かったため、自分の容姿に劣等感を抱いていたのである。


 まあ、それは置いといて。

 澄寧の姿を上から下までじっくりと眺めた玉安は、相手のはらわたの煮えくり加減など一切気にせずに、


「しかし、そのお仕事着せもよう似合うておる。そなたの綺麗な白銀の髪と金色の瞳に似合うかと思うて、わたし自ら選んだのだ。良かった良かった、わたしの見立てに間違いはなかった」


と、嬉しそうに笑う。

 澄寧は綺麗だと言われた白銀の髪を、苛立ち気にかきむしった。

 対する玉安は、そのまま上機嫌に続ける。


「まあ、そう言うことだから心配するな。大丈夫、にバレたりしない」


「だからこっちは嫌って言っているでしょう! それにちょっと待ってください。私はこんな格好、本当にしたくはないんです。今すぐ私を実家に返してくださいっ」


 澄寧は、何とか抗議の声を上げた。

 危ない、危ない……。このままでは、私の女装宮仕え生活が始まってしまう…………と。

 しかし。

 今まで宮廷に巣くっている狐狸妖怪こりようかいたちに、揉まれに揉まれてきた皇太子殿下の方が、二枚も三枚も上手うわてであった。


「それは出来ぬ相談だな、寧々ねいねい。そなたの祖父上と、白本家の当主にはしっかり了承を得ておるし」


 ほら、ここに書状があるぞ。

 そう言って口元に笑みを浮かべたまま、澄寧に二通の書状を手渡す玉安。


「………………」


 澄寧は、受け取った書状を取りこぼした。

 それに。


「……………………は? 寧々っていったい誰の……」


「そなたの名だ。今、ここで考えた。そなたの名は、はく寧々ねいねい。これからは、そう名乗るとよい」


「……………………………………………………………………へ」


 人間っていう生き物は、あまりにも衝撃的な出来事が立て続けに起こると、現実を受け付けなくなるらしい。

 玉安は、今度こそ思考回路が停止した澄寧を、


「まあ、そう言うことだ。ほら、もう今日は遅い。室に戻って早く寝なさい」


と言って、扉まで誘導する。そして、廊下に向かって澄寧の背を押した。


「おやすみ、寧々。明日から、よろしく」


 扉からひょっこりと顔を出してそう言うと、皇太子殿下はどこまでも鮮やかな笑みを残して、扉を閉めた。



 ほぼ強制的に玉安の室を追い出され、しばらく茫然としていた澄寧は、今までのことをなんとか振り返る。

 次にこみあげてきたのは、怒りであった。

 その証拠に、彼のこめかみに青筋が浮かび、ぶるぶると握る拳は震えていた。

 そして。


「ふざけんなよ、あの横暴皇太子め――――――――っっっっっっ!!!!」


 澄寧の怒号は、夜の離宮に大きく響き渡ったのであった。



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