二章

離宮


 白斎家の当主命令により、澄寧ちょうねいの宮仕えが決定した日から、半月が過ぎころ。

 澄寧は、立派な瓦屋根のついた門の前に、一人で立っていた。


「ここが、そう皇帝家こうていけの離宮か…………」


 見上げたその門は、我知らずため息が出そうなくらい、美しい装飾に覆われて――――いなかった。いっそ気味が悪いほどに。


 まず、目についたのは、塀や門扉(らしきもの)を覆うつたであった。

 なぜか離宮――があろう場所――は、森のように鬱蒼うっそうとしていた。

 先述したように、壁という壁はこれでもかっ、と思うほどの量の蔦で覆われ、もはやここに建物があることさえ忘れそうである。

 それによく見ると、緑色だと思った瓦には、コケがこれまた元気よく生えていた。

 おそらく門の向こう側は、草ボウボウであろう。


(……………………。なんだろう、コレは)


 澄寧は、思わず自分の目を疑った。

 …………ここは、廃墟かなんかの間違いではないのか? と。

 そう思った澄寧が踵を返そうとした、ちょうどそのとき。


「…………寧殿、白澄寧殿は、いらっしゃいますか?」


 ふと、上の方から、自分の名を呼ぶ声がした。空耳か、と思って振り向いて――――驚いた。なんと、塀の上から顔を出す一人の女人がいたのだ。


「は、はい。私が、白澄寧ですが」


 澄寧は、慌てて一礼した。

 顔を上げてよく見ると、彼女は家事に従事する女性がよく着ているような動きやすい衣を纏っている。おそらく、女官の誰かだろう。

 彼女は澄寧を一瞥した後、頷いてからこう言った。


「そうですか。貴殿あなたが白澄寧殿ですね。わかりました。…………では、頑張ってください」


「…………はい?」


 塀の上に登っている女人は、おもむろに何かをこちらに投げてきた。

 それは――――縄⁉︎

 ほぼ反射的に受け取ってしまった澄寧は、ともすれば簡単に止まってしまう思考回路をなんとか動かした。

 高いところから、縄を投げてきた…………ということは、つまり。


「自力で登ってこい……ってことかよ…………」


 それに気付いた澄寧はガックリと肩を落とし、さっさと登ろうと思ったのであった。


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