けものフレンズ第∞話「らいぶ」

 ビーバー湖はすでに満員御礼となっていた。

 ここは元々文化的なフレンズのコロニーだ。代々のビーバーが先代が作った建造物を真似ては増築し、いつしか湖を中心とする都市空間になった。もっとも島が閉鎖される以前に栄えたヒトの文明には遠く及ばないのだが。

 湖の中央には木製の船が浮かんでいる。その上で新世代のペンギンアイドルユニットPPPが踊って歌う。時には水中での泳ぎも見せながら。朝一番の公演を無事終えた彼女達は、湖畔最古の家――通称プレーリーハウス――にて休憩中だった。


「用が済んだので返すのですよオオカミ」

「まぁまぁ、付添いもオーケーなんでしょ? だったら一緒に行こうじゃない」

「こんなところに連れてきて、何する気ですかじょしゅ」


 休憩室の真下から喧騒が聞こえてきた。「お客さんかしら」とロイヤルペンギンは仲間のアデリーペンギンに見てくるよう頼む。すぐにアデリーが戻ってくれば、その後に続いて狼と二対のオウルが登ってきて、ぎゅうぎゅう詰めになってしまう。


「だからオオカミは帰れと言ったのです」

「まぁまぁ『はかせ』、歓迎するわ。いつもお世話になってるし。それで、こちらの方は?」


 ミミは梟らしからず首を横に振ると、傍らの『はかせ』が自己紹介を始めた。


「どうも、アフリカオオコノハズクの『はかせ』です」

「えっ?」

「私は今日からワシミミズクの『じょしゅ』です。ということで、ステージを借りて皆に知らしめたいのですが」


 ミミと付き合いの浅い他のメンバーは状況がわからずポカンとしたが、ロイヤルだけは少し驚くもすぐに理解し、構わないと答えた。むしろ困惑するのはコノハ博士である。


「ちょ、ちょっと待つのですじょしゅ。我々ライブに出るのですか? 駄目駄目、私は騒がしいのも、あとやたら目立つのも苦手なのです!」

「我々は苦手ですね」

「じゃあやめとくのですよ」

「いいえやるです」

「ええ! やらないです」


 断固として拒否を示す。そんなコノハの臆病心をからかってか勇気づけようとしてか、なおミミはぐいぐい押す。


「皆が集まっている今がチャンスじゃないですか。後で一々説明するのは面倒でしょう、はかせ。それともオオカミの新聞でも使うのですか? あいつは信用できないのです」

「聞こえてるよ。手厳しいね」

「そうは言ってもじょしゅ……」

「大丈夫、はかせがドジっても私がフォローするですよ。その為のじょしゅですから」

「な、ドジなんかしないのですよ! かしこいので」

「そう信じていますよ。我々はかしこいので」

「どう? 話はまとまったかしら」


 その場の流れに飲まれ、コノハは渋々首を縦に振った。それを見たロイヤルは『プリンセス』のあだ名に相応しい気品漂う笑みを向ける。


「良かったわね、『じょしゅ』。貴方は出会えたのね。私はコウテイ達とは出会えなかったけど、キングにアデリンにヒゲッペ、新しい仲間とPPPを復活できた。それも貴方が道を教えてくれたおかげ。本当に感謝してる。だから、この最高の舞台は、貴方達のためのものでもあるのよ。改めて歓迎するわ」


 差し出される手は言葉以上に語っていた。気をよくしたミミは自分の手も重ね、隣に目配せする。意を汲んで、コノハも素直に受け入れた。




「最初は皆アイドルなんて無理無理、だったですね」

「私なんかさ、いきなりあなたリーダーやりなさい、だよ。コウテイペンギンに似てるからって。いやー参っちゃうね」

「でも、断ってもプリンセスがあんまり熱心だから、ちょっとだけならやってもね」

「とか言ってヒゲッペは最後までキレてたわね」

「キレてねーよコラ!」


 歓声がどっと沸く。少々打ち合わせした後、新PPPはステージに戻ってトークを始めていた。待合室には体型の異なる梟が二匹、出番を待っている。


「緊張すると細くなるんですね、はかせ」

「き、気のせいなのですよ、じょしゅ」

「そういう時は掌にヒトという字を書くと落ち着く、って本に書いてあったですよ」

「どういう字なのですか?」

「確か……こうです」


 ミミの人差し指がコノハの掌にそっと触れる。捕まえられる。小さな猛禽類もうきんるいの意趣返しに。


「この方が落ち着くはずです」


 大型猛禽類は思わずドキッと心臓を高鳴らせる。だが相手を受け入れ、パーで覆われたグーをパーにして、指を嵌めた。重ね合う手の温もりはお互いに伝わる。


「じょしゅは細くならなくてずるいのです」

「ずるいのははかせの方ですよ」

「そうですか?」


 とぼけてみせるコノハ。しかしミミは真剣に言う。


「やっぱりまだ、怒ってますか? その、はかせを食べてしまったことを」

「当然です。しかもこんなところに連れ出して。ずっとお前に『はかせ』をやらせておけば良かったですね」

「それは困るのです。すごく困るですよ」


 露骨に顔を曇らせる相方に、博士は軽く息を吹きかけた。不安を吹き飛ばそうとするかのように。


「冗談なのですよ、じょしゅ。そういう顔をされると、こちらも困るのです。かしこいフレンズとしては、他のフレンズを助けてやるのが道理ですよ。じょしゅ、お前もなのです」

「はい、私ははかせを」

「……私達がここまで来れたのも、博士が色々手伝ってくれたおかげでもあるのよね。そんな博士を今日はスペシャルゲストとして呼んでいるわ! なんでもお披露目したいことがあるんだって! じゃあ皆で呼んでみようか、せーの」


 会場からの大きなコールに会話が遮られる。喧騒にやれやれと溜息をつくミミだが、コノハの前では微笑んで、


「では行きましょうか、はかせ」


 手を繋いだまま、翼を広げた。




 湖とは打って変わって閑散とした森林。やかましい鳥の鳴き声も、今は聞こえない。無口なロボットさえ姿を消している。

 ところがガサゴソと、異質な物音がした。誰もいないはずの図書館で。誰かを探すように。


「……うーん、はかせ、どこ行っちゃったんだろ」


 少女は大きな黄色い耳をそばだてるも、周囲に生き物の気配を感じ取れない。傍らのもう一人を除いて。


「はかせはすごいの。私がサーバルキャットのサーバルだってすぐ教えてくれたんだ。だからキミが何のフレンズか、きっとわかると思うんだけど……これがどうしたの?」


 ベリーショートの髪をした正体不明のフレンズは一枚の紙を指し示す。オオカミが遺した新聞だ。サーバルは目を凝らして意味を読み取ろうとする。


「何々……PPPが湖に来てる、でいいのかな。はかせもPPP見に行っちゃった? うーん今から行くと日が暮れちゃうなぁ、ここで帰ってくるのを待つ、でいい?」

「私はいいけどサーバルさんは……サバンナってとこには帰らなくていいの?」

「いいのいいの。ちょっと休憩してから」


 言うより早く図書館中央の大木に飛びついて、猫らしく枝の上でくつろぐ。おいでよとサーバルは手招きするが、相手は木ではなく本に視線を奪われた。

 一冊手に取り、見開く。そして目を丸くする。そこに描かれていたのは、大きな耳のネコ科と自分と同じ物を背負った少女の似顔絵。下にサーバルの名と、そのサーバルに名付けられた同じ名前が記されているのが、彼女には読み取れた。


「どうしたの、『かばん』ちゃん」


 かすかな呼吸の変化もサーバルの耳は聞き逃さなかった。瞬時に飛び下りて、『かばん』と名付けた友達に寄り添う。流れる涙を心配そうに覗いて。


「どうしてだろう……ここに私のことが書いてあるの、でも私じゃないみたいで……わからないよ、目が疲れちゃったのかな」

「わからないなら後ではかせに教えてもらおう。それで、何て書いてあるのかな。かばんちゃんには読めるの?」

「うん。ええと……」


 そうして二人は読み耽っていく。めくるめく、前世のえにしを――





                けものフレンズ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はかせらいぶ 宇佐つき @usajou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ