はかせらいぶ

宇佐つき

けものフレンズ第O話「はかせ」

「あなたが……はかせ?」


 蝉の声に掻き消されそうな声を、大きな耳は確かに捉えた。正確には耳ではなく、羽だ。はためかせれば、小柄な少女の体躯を浮かせる。声の主も負けじと耳を広げるが、音を少しも拾えない。さながらオウルの飛ぶが如く。

 『はかせ』と呼ばれたフレンズ――ヒト化した獣――は客の前に降り立ち、値踏みするように睨む。瞳に映るは外の緑から浮いた、黄色を基調とするフレンズ。一方相手は奥の見慣れぬ景色に目を奪われていた。

 中央の巨大な木を囲うように並べられた無数の本棚。決して自然にはない光景は非文明的少女には新鮮すぎた。例え寂れた文明の跡であろうと。


「何用ですか」


 急かすように『はかせ』は言う。客は慌てて視線を合わせた。


「あ、あのー私、自分が何のフレンズかわからなくて、サバンナとかジャングルの子にいたんだけど、わかんないから図書館で訊けって」

「……サーバルのくせに妙に大人しいですね」

「みゃ? 今なんて」

「お前はサーバルキャットのフレンズなのです。中型の肉食獣、ジャンプして狩りをする、などが特長に挙げられますが、何よりネコ科の中でも一際大きいその耳が証拠ですよ。わかったですか?」

「わかんない、です」

「……普通は教えられたら納得するのです。フレンズになる前のことは覚えてないのですか? こっちの動物図鑑と比べてよく確かめるのですよ」


 それでもピンと来ないと正直に告げるサーバルを前に、『はかせ』は溜息をつく。決して自分のように賢い者ばかりではないと幾度となくわからされてきたが、なおもどかしさには慣れずにいた。


「確かに、前の世代のサーバルとは姿形が少し違いますね。だからサバンナの連中も気づかなかったのでしょうが……全く、ポンコツばかりで困るです」

「ご、ごめんね。うん、私はサーバル、なんだよね。あれ……? はかせは私じゃないサーバルを知っているの?」

「ここはジャパリ図書館。過去の出来事を本という形にして未来に残す場所なので、どんなフレンズがいたかの記録もあるのですよ。それに、私はかしこいので」


 図書館のおさは得意げに咳払いをする。サーバルは素直に感心した。


「へぇ~なんだかすごいことはわかった。ありがとうはかせ」

「用が済んだらさっさとなわばりに戻るですよ」

「じゃあサーバルってどこにあるの」

「は?」

「だってジャングルキャットちゃんはジャングルに」

「違う違う! サーバルはちほーの名前なんかじゃないのです! お前のなわばりはサバンナ! それにジャングルキャットのなわばりはジャングルではないのですよおばか……」

「そうなの? 本当に物知りなフレンズなんだねはかせ。ジャングルちゃんにも教えてあげた方がいいよね」

「当然です! 合わないちほーでの暮らしは寿命を縮めるのですから。全く、こうもポンコツだらけだと私だけでは手に負えないのです。猫の手も借りたいくらいですよ」


 言われてサーバルは手を差し出す。そういう意味ではないと『はかせ』は払いのけ、自分のなわばりからも追い払った。またねと屈託なく手を振られ、またも溜息をつく。いくらなんでも愛想のない対応ではなかったかと反省して。


「全く、自分に合わない役割も寿命を縮めそうですね、『はかせ』」


 ついこぼしながら、少女は一冊の本を棚から引き出した。表紙には『日誌』のつたない二文字。ページをめくれば歴代の『はかせ』が書き残したとりとめのない内容が踊る。主に料理のレシピ、だとか。現代の『はかせ』には料理を再現するどころか新たに記すことさえできないのだが。


「あったのです」


 パラパラめくり続け、目当ての頁を探し当てる。荒廃しきった文明を一旦立て直すことに成功した世代の項だ。それに貢献したヒトのフレンズと当時のサーバル達の絵が描かれている。そこにはかつての『はかせ』もいた。

 今代の『はかせ』と全く同じ模様を持つ少女の隣に。

 茶褐色のワシミミズクの彼女とよく似ているが違う、真っ白なアフリカオオコノハズク。そのフレンズこそが歴代の、本来の、『はかせ』だった。

 ふとミミ『はかせ』は図書館中央の巨木を見上げる。そこにいるべきコノハの姿は見えない。ただ木の葉が揺らめくのみ。

 長い歴史において常にコノハとミミの二人が博士・助手として知識を伝えてきたことが分厚い本にも記されている。たとえ再び文明が衰退し記録が少なくなっていっても、絶えずそこにある木は覚えているのかもしれない。

 しかしミミは不安げに木を眺める。山から降り注ぐサンドスターが何度もフレンズを生み出し、自然環境を一定の状態に保つとしても、永遠を実現するものではないと識っている。幹は確実に老いを見せているし、何よりも今回フレンズ化したのはミミだけだったのだから。

 ミミは今日三度目の溜息をついた。最も深く、心底気を落として。


「お前の罪だ、と――」


 その時、ピョコピョコと忍び寄る独特の音がして、ミミは言いかけた独白を飲み込んだ。反射的に日誌も仕舞い、額に手を当てる。それからぞんざいに振り向いて、来訪者を下に見た。


「ラッキービースト。またですか」


 相手は答えない。いや、答えられないことをミミはわかっている。無口な給仕ロボットは頭に載せたバケットを見せつけた。昼飯時だ。彼の名前すら知らないフレンズ達もその行為によって時間を知り、我々の『ボス』と呼ぶ。

 今の『はかせ』にとっては、少々気に食わない相手だった。


「そのじゃぱりまんは食べ飽きたのです。いらないと前にも言ったじゃないですか。せめて違う色の、違う味のをよこすのです」

「……」

「……やっぱり石頭ですね」


 拒絶されても頑なにバケットを差し出す『ボス』。各個体向けに調整されたじゃぱりまんを食べてもらうようプログラムされているのだから。いくら『はかせ』と言えど我儘わがままを言える立場ではないのはミミにも解っている。昔と比べ彼らの稼働数も減り、食料の生産も追いつかなくなってきている昨今では。

 いつも通り諦めてミミが一つ手に取ると、ラッキービーストはそそくさとその場を去っていく。環境保全の仕事は多忙を極める。いずれはフレンズ達で彼らの肩代わりをしていかなくてはなくなるだろう。

 ――じゃぱりまんの配給が足らない地域では、木の実や果物などを採集して食べているという。ヒト化した以上、動物だった頃のように生肉や雑草は受け付けない。その代わりこそがじゃぱりまんの存在意義だ。

 それさえも口に出来ないほど、ミミの存在意義は揺らいでいる。

 新鮮な餌をいつも通り放置して、かじりかけのりんごの実をまた齧った。


「フレンズになんて、ならなければよかった……『はかせ』になんて」

「ボス、二つもらうのだ。ここが図書館なのか? 誰もいないのかー?」


 四度目の溜息をつく暇もなく次のポンコツがやってくる。聡明すぎるミミはこれからのことくらい読めていた。この前のサンドスターの噴火で右も左もわからないフレンズが増えているのだ。

 すぐさま回答することは容易だが知識の差から説明は困難を極めるだろう。そのせいでつい辛辣に当たるも今のパークに賢者はただ一人、何度も何度も頼られ、嫌だと言っても逃げることも出来ない。やはり図書館の『はかせ』足りえるのは自分ではない、コノハしかいないと思えど。


「どうも、ワシミミズクの『はかせ』です。さっさと用件を言うですよ」

「あれ、ここにもはかせがいるのだ」


 何かの歯車がズレる音が、聞こえた。




 赤く燃え上がる空も、次第に闇色に塗り潰されていく。

 噴火するみたいに緋色の鳥が散らばり、身を隠せる木々へと吸い込まれていった。

 夜目の効くワシミミズクにとって本を読むのに支障はないが、邪魔をするフレンズは後を絶たない。むしろ多くは元夜行性で、動物だった頃の習性を引きずる者も少なくなかった。

 ただでさえ、妙にそわそわして頁をめくれないでいるのに――


「こんばんはミミちゃん博士はかせ

「その呼び方はやめろですオオカミ。『はかせ』は忙しいので用がない相手に割く時間はないですよ」

「まぁまぁ、じゃあミミちゃんに個人的なお知らせだよ。はい」


 読書のふりをやめてむすっとした表情を向けられようと、タイリクオオカミのフレンズは物怖じもせず一枚の紙切れを掲げてみせる。


「何なのです?」

「新聞、というのを書いてみたんだよ。図書館にも貼っていいかな?」

「……どこが新聞なのですか。太陽が七つにペンギン? が四匹。で、この木で囲った真ん丸なのは?」

「湖」

「の絵ですか」

「違う違う、文字だよ。一週間後にPPP復活ライブをビーバー湖でやるって新聞記事なんだ」

「ただの漫画じゃないですか」


 わかってないなとオオカミは肩をすくめた。


「何かを伝えるには十分な文字だよ。博士の言う文字はヒトが使っていた文字、それも遥か昔の、じゃないか。それじゃあ皆には伝わらない」

「それはお前達が頭を使っていないだけです! ちゃんと食べてるのですか?」

「そっちこそ。頭を使ったら十分栄養を取らないと。痩せた?」

「枝に擬態しているだけですが」

「すごーい」


 無邪気に拍手してみせるオオカミ。そんな彼女の一挙一動は大概大袈裟で、ミミぐらいさかしいと胡散臭く感じた。


「で、そんなことをわざわざ伝えに来たわけですか。知っているのですよ。私はかしこいので」

「設営を手伝ったんだって? PPPの追っかけにも取材して聞いたよ。ロイヤル以外新メンバーなもんで、博士から色々教わってたって」

「騒がしいのは得意ではないので、資料を貸してやっただけです。このPPPプラチナチケットだけでは少々割りに合いませんでしたが」

「まぁ、他のフレンズが泣いて欲しがるようなものじゃないか。私も欲しい」

「ヒトの文字を読めないお前にはやらないのです」

「じゃあ、博士ですら知らないような話とだったら、交換できるかな?」


 ピクッ、とミミの翼が動いた。オオカミはしめたと鼻を鳴らす。


「これはまだ新聞にしていないネタなんだけど……一昨日の昼頃からな、お茶の山の上の小屋で『はかせ』を見たって聞いたんだけど」


 目の前に『はかせ』がいるのにもかかわらずかたる。しかもミミにとって初耳ではないとも知らず。


「はん、残念ですがその話は二度目です。アライグマにも言ってやりましたが、何かの間違いでしょう。だって私はその時それこそ」

「PPPの手伝いで湖畔こはんにいた、とも聞いたさ。でもまぁ、私の情報筋は鳥系の子達なんだけど、二つに増えて真実味が増したね。ちょっと面白い話だろう?」


 面白くもない聞き間違いか見間違いかとミミは断じようとした。そうでなくては落ち着いて本も読めない。しかしオオカミは続けて煽る。


「ああ、この話はどうかな。実は昔、ドッペルゲンガーと言ってフレンズと全く同じ姿をしたセルリアンがいてね。そのセルリアンは元になったフレンズに擬態して、仲間だと思って近づいたフレンズをこう、がぶりと」

「そそそそんなこと、過去の記録にはなかったのです!」

「あれ、やっぱりこれ以上は細くならないね。こちらが本物の『はかせ』で合ってるのかな?」


 暗闇の中餓狼の目が二つ、鋭く光った。貪欲に見定めようとしてくる視線をかわし、ミミは考える。


「何が正しくて間違っているかは、島の長の私が判断するです。いいですかオオカミ。文字よりも口の方が伝えやすいですが、不純物が混じりやすいのが噂なのですよ」

「そうかな。新聞でも嘘はつけるし。それなら伝わりやすい方がいいね。新聞屋さんより、吟遊詩人ってのになろうかなぁ。どう?」

貝を吹くのですか?」


 なんだそれと冗談が通じているのかいないのか煮え切らない態度を示すオオカミ。露骨に不機嫌なミミをよそに笑うのは毎度のことだ。そして忙しいからと追い出されるのを繰り返す。絵文字新聞を残し、その代わりの何かって。


「まぁともかく、チケットはいただいていいよね。これでPPPに直接話が聞ける」

「あ、待てです! 取引成立してないです嘘つきどろぼー」

「私は正直者だよ」


 オオカミはあっという間に夜にまぎれ、姿を消した。追ったところで無駄足になることはわかっているミミなので、チケットのことは諦めた。そんな紙切れ一枚、彼女にとってはどうでもいいことだ。それより――


「私じゃない『はかせ』? いるのですか……」


 本当にそうなら、自分が今知りたいこの疑問だって訊けるのに――ミミは図書館の大木をじっと睨む。やはりそこに本物の『はかせ』は宿っておらず、歯痒くて歯痒くて仕方なかった。

 いてもたってもいられず、飛び上がる。そして木のてっぺんの枝に括った物があるかを確認した。僅かな期待に反して、やはりそのままだった。

 ――アフリカオオコノハズク、だったものの一部は。


「『はかせ』はもう、いないのです。じゃあ誰が『はかせ』に擬態を?」


 自分以外に。ミミはもう一つの『はかせ』の幻影を、強く強く睨むのだった。




 だんだん白くなりゆく山際、されどまだ濃紺の空を背に、茶色に焦がれた鳥がく。

 目指すはいつしかお茶の山と呼ばれるようになった高山。その由来はかつてこの山にある『かふぇ』という小屋でお茶が振る舞われたことにある。広く知られるようになったのはヒトのフレンズが目印を付けてから、と図書館にも記録されている。

 もっとも今では目印も消え、『かふぇ』もただの荒れ果てた小屋に過ぎない。ミミは地図と睨めっこしながら虱潰しにその場所を探した。

 今夜が明ければPPPライブが始まる。島に残された数少ない娯楽だ、フレンズ達はこぞって会場に集まり、図書館を訪ねることもない。つまりは『はかせ』の自由時間。結局チケットなど必要なかったのである。


「ふん、見つけたのです。やはり私はかしこい」


 眼下にくすんだ小屋の姿を認めると、ミミは急降下した。近づくと速度を緩めて風音立てず、優雅に降り立つ。動物時代の狩りのように。

 振り返ればロープウェイというやはり今は使われていない遺物がある。地図の通りで間違いないと確信を得た。図書館の『はかせ』は意気揚々と噂の『はかせ』の居城に乗り込む。


「う、何なのですかこのニオイは! くさいのです!」


 扉を開けた途端、異様な香りに出迎えられてミミはどよめいた。閉まる扉をもう一度開けるが手を離せばまた閉まる。仕方なく鼻を押さえながら、扉の間に挟めそうなものを探すことにした。

 もっとも先ににおいの元が見つかる。お茶を注ぐ容器、のはずのポット。恐る恐る中を覗いてみれば、いかにも派手で毒々しい花が煮詰められていた。さしずめ『かふぇ』を再現しようとするも無知故に台無しにした、といったところ。誰が? 当然件の『はかせ』の仕業と見るのが自然だった。


「全く、これで『はかせ』を名乗ろうなどと、ばかにしてやがりますね。ばか」


 ミミは悪態をつきながらとりあえずポットに蓋をし、換気しようと窓際に移動した。しかし窓一つ開けるのにも手間取る。ヒト化したといえどヒトの手の器用さまで獲得するには時間がかかる、ということだ。

 肝心の偽『はかせ』はどこに行ったのか。そもそもそんなもの最初からいなくてオオカミの周到な嫌がらせなのか。時間をかけるほど悪臭に思考を乱され、ますます作業が遅れる悪循環。ともかくこの状況から逃れたい、で頭が一杯で、扉から一旦出ることも忘れてしまった。


「やった開いたです! よし!」


 窓をガバッと開くと外から新鮮な空気が流れ込んでくる。その心地良さにミミは囚われてしまった。

 だから、強烈な臭みで隠されていた息遣いに、気がついた時には終わっていた。


「かかったのです!」


 ミミの上半身が窓の外へと飛び出す。彼女の意思に反して。なすすべなく土に叩きつけられる直前、ひるがえって見た。頭を打ち付けて揺らぐ、おぼろげなシルエット。圧し掛かられた痛みで目を覚ませば、ようやく幻影がハッキリする。

 頭に生えた羽はミミそっくり。ちょうど日の出の光が差し込んで、全体像を眩ませるもののシルエットも同じ。そして光が収束してなお、色は白いままだった。


「……コノハ……?」

「よくも私を食べやがったですね! ワシミミズク!」


 アフリカオオコノハズクは朝焼け色の瞳をたぎらせ、『はかせ』を名乗る不届き者の首根っこを掴んだ。かつてとは真逆に。

 ――ミミはあの日を幻視する。サンドスターに当たってヒト化する直前のこと、もう何日もまともな獲物に有り付けず、腹を空かした大型猛禽類もうきんるいの瞳に小型の同族が映った。図書館の老木に寝止まるコノハズク。そんな上等な餌をグルメなミミズクが見逃すはずなかった。

 だが智慧ちえの実さえ食らったならば、己が暴食さが飲み干してしまった命の重さに耐えられなくもなる。他の何にも代えられない大切な相方を、こともあろうに消してしまった。それから自身に『はかせ』の枷を嵌め、償おうとしても償いきれない己の力不足さに突き当たる度、打ち震えてきた。そんな日々も、今終わってしまった。

 けれどもミミには信じ難い。何故、コノハがヒト化している。前の噴火であの墓標にサンドスターが降り注いでいたなら、遺物は消えているはずだ。


「開いた口が塞がらないですか。けものプラズムで羽毛一枚偽装することなど、朝飯前なのですよ。ここまで誘い込むのだって。力ではお前に敵いませんが、技じゃ一枚上手です。私の方がかしこいので」


 そんな困惑もコノハは見透かしていた。マウントを取って勝ち誇る。


「今や体格差もないので、逃げられると思わないことです。ずっとこの時を待っていたです……」


 そう言ってギリギリと首を絞めるコノハ。ミミは苦悶の表情でうめく。


「苦しいですか! 怖いですか! 私もそうだったのです! 復讐なのですよ!」


 ミミは相手から少しも目を逸らさず、ぽろり、ぽろりと大粒の涙を溢した。それはやがて川になる。つられてコノハの手が、少し緩む。


「な、泣いても駄目なのですよ……」

「ご、め……さ……ごめ、ん、なさい」

「謝っても……」

「ごめんなさいです。やっと言えたです。ずっとずっと、あなたに謝りたかったのです……ううっ」


 川は濁流と化す。ぼろぼろと大泣きするミミを、コノハは直視できない。


「かなしい、ですか? そんなに泣かれると、困るですよ……」

「うれしい、んです。あなたが生き返って。謝れて。許してくれなくていい、ただあなたが、フレンズになってくれて、もう一人ぼっちじゃなくて、その方が怖くって苦しくって、うわあぁぁぁん」

「やめるです、泣くのやめるのですよ、そんなこと言われたら、私、ふくしゅーなんてできなくなるじゃあないですかぁ!」


 コノハの小さな手はミミの首から離れ、彼女の涙を拭おうと躍起になる。けれども川の流れはせき止められない。そのうち雨もポツ、ポツと降る。


「……許してやってもいいのです。島の長の座をよこすというなら」

「勿論ですよ、『はかせ』に相応しいのはあなたしかいないのです」

「じゃ、じゃあ、お前は『じょしゅ』として『はかせ』を助けるのです。一生」

「一生そのつもりです、はかせ」

「ふ、これで穏便に解決です。我々はかしこいので。ね、じょしゅ」


 ――夜が明ける。眩い朝日はあっという間に四つの瞳を乾かした。

 空いた手をコノハ博士が差し出せば、ミミ助手も強く握り返す。倒れた相方を引っ張り上げ、ようやく両者並び立った。

 『かふぇ』の向こうに一段と大きな山がそびえ立つ。そのいただきを覆うサンドスターの結晶がきらめく。どこまでも青く澄んでいく空をバックに、限りなく美しく輝いていた。

 二人はフレンズになれた奇跡に感謝した。

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