第二部隊隊長 御村是音
妙な名前だが、いわば偽名だ。
本名はゼラード。ゼラード・ロプティウスという。
この世界ではなにかと差別される魔人族の一人である。もっとも、ヤマトでは差別されているわけではない。ヤマトで差別されない理由は、今ここで話すことではない。
ともかくこの人物は、団長に比肩しうる、かつ第三部隊隊長以上の実力を持つと言われる。身長は団内で一番大きく、また体格も一番大きいと思われる。ただデブということではなく、筋肉質でありながら、顔は筋肉でなく、また頭も筋肉ではない。
彼は魔人族の流れ者であり、元スパイであり、元教師であり、竜狩りの肩書を持つ偉大な戦士であった。
意味が分からないだろうが、彼はすでに年齢にして100歳近い。しかし、見た目は未だに40代前後である。
その強さ故に謎多き人物であり、多くの出来事を見て来た大きな先輩である。
そして、御村エリスの養父であった。
*****
天剣組の夏休み休暇は最長で二ヶ月である。なおあまり申請はされない。
というのも一年目の団員は働き盛りであり、帰省もそこそこに戻ってきてしまうのだ。ほとんどの団員が戦闘集団として訓練を受けているので、本国の雰囲気にゆっくりできないのがほとんどの理由であった。
そのため、是音が一ヶ月の休暇を終えて、本部基地に戻ってきた時には団員たちが自主トレで屋外のあちこちにいた。
寮の自室に荷物を置き、土産の包みを両手で持って、事務棟の隊長室という体のたまり場に出向く。一応は事務仕事用のオフィスだが、机の上は小奇麗なものだ。成実一樹の机のみ領収書の束や積まれたファイルが置かれ、事務仕事のスペースはなくなっている。
さてそんな事務室には、第三部隊隊長のフェリオと、その隊員の成実夕那がいた。
「あ、おじさま、いいところに!」
夕那は肌にぴったりフィットしているトレーニング用であろうノースリーブスーツとタイツの上下に身を包んでいた。
「ふむ?」
彼女が是音と気安いのは、家の関係だ。
天剣組に入る前は、長らくヴェルジェ財団の会長、
「エリスが無茶な訓練してて、止めて欲しいんです」
「ほう」
夕那の言葉は焦りではない。緊急性が高いわけではないようだ。どちらかといえば、心配だろう。
エリスは休暇申請せず、基地に残った。どういった心境の変化か、サロンの仕事を請け負うことにしたようだ。娘が身体を痛めつけるような訓練をし始めたのは、その関連で何かあったと考えるべきである。
彼女に言われ、やってきた屋内訓練場には水着のようなチューブトップのタイトな上のスーツとタイトハーフパンツだけの軽装な格好の娘がいた。本来は煽情的であろうが、表情は怒りに近い鬼気迫るもので、いかがわしさは一切無い。訓練場内の隅には、彼女の訓練相手だろう男たちが荒い息をしてへたりこんで死屍累々という感じである。
今も、年上の剣士を竹刀で打って、一本を取っている。だがそれで満足していないようだ。彼女自身も荒い息で、竹刀で床を叩いてイライラとしている。
「ほら、もうやめなよ、エリス!」
夕那の制止の声を、エリスは聞いていないようだった。振り返ろうともせず、見回して動ける者を探している。
「エリス」
是音は聞こえるように重苦しく声をかけた。ようやく振り向いた彼女の表情は攻撃的極まりない、養父でも殺しかねない表情だった。
「義父上」
「相手をしてやろう」
一歩、二歩と是音は前に進み出て、エリスの剣の間合いの少しだけ外に立つ。
彼女は是音に反応するも、いつもの冷徹さには戻らない。彼女の冷徹さ、静かさは、彼女特有の雰囲気だ。それが今微塵もない。激情に駆られ、何も掴めず、虚ろに目の前のものを倒している。
どのような形でこの状態に至ったかは分からないが、少し冷静さを取り戻させなければいけないようだ。
「剣を」
彼女は竹刀を構えるように促すが、是音は応じない。
「いらぬ。今のお前はのぼせ上っているだけなのでな。」
その言葉が余計にイライラを及ぼしたか、彼女は無言で踏み込んできた。
同年代が見えていても反応しきれない横薙ぎ。だがこれは実戦ではない。是音は竹刀を手で受け止め、力任せに引っ張り込んだ。
力では是音にかないようがない。汗で滑った竹刀を失い、その場で膝を着く。肩で息をする彼女に是音は言う。
「何があったのかはあえて聞かないが、お前の憂鬱は、お前自身で解決するものだ。他人を巻き込んではいけない。」
背を向け退室する是音。それとは逆に駆け寄る夕那。
(理不尽なことだが、言葉では通じぬ)
御村是音、いやゼラードとしての人生で、剣の腕だけでどうにかできたことは数えるほどだ。力あるものの憂鬱は誰もが抱く。それが一度なのか二度なのか。
何度もあるから悪いわけでも、少なければいいということではない。
*****
『あたしは、やれるだけのことやるしかないと思ってる』
彼にとってこびりついて離れない女性の声。随分前に亡くなった。休暇中に墓参りに行ってきたところだ。
『どんなことになろうと、僕は世界を見守る義務があります。誰に言われたわけではない、僕のすべきことです。』
今も生きる元教え子成実総一の声。休暇中に会ってきた。一樹が帰らないので、天剣組の武勇伝を語れるタイミングはこういう時しかない。
『貴様は勝手に生きることだ。縛るものなどないのだろう?』
交わした言葉は少ないものの、確かに面識が存在した元同僚の亡くなったウィーガル皇帝の言葉。おいそれと墓参りには行けないが、彼の息子夫婦とも面識があるので墓参りはできるのだろうか。
『お前には教師を続けてもらいたかったが、俺がその人生を縛るわけにはいかない。奴に渡すのが一番癪だが、やりたいことをやりに行けばいい。』
当初は情報収集のために潜入した学園の校長の言葉。しばらく会ってはいない。壮健であれば良いのだが。
『義兄さんは自分の人生を生きて欲しい。義兄さんにはそれが許されていると思います。』
故郷の義弟の言葉。すでに故人であるが、息子夫婦はヤマト国内外を影で守っているはずだ。
『強さは先生に憧れました。だからこそ、俺は俺らしい強さを貫きたい。』
フェリオの言葉。彼も出会った時はほんのヒヨッコだった。何の因果か英雄と呼ばれ、この荒野で隊長職を務める羽目になった。
『俺たちには人斬りしかない。それ故に先生の存在がいる。たったそれだけのことだ。』
団長と仰ぐことになった獅堂来人の言葉。幼少から見て来たからこそ、彼の変わりようは頼もしくもあり、恐ろしくもあった。
レブラスア大陸。ヤマトよりもはるか南方に位置する未開の大陸だ。
先住民がいなかったわけではない。長らくその存在は秘匿されており、当時の世界地図に大陸の存在はなかった。
大陸が発見されたのは、成実総一の功績とされている。当時は竜文明を解明するだけの貴重な史跡が数多く存在していた。彼の提唱した竜文明の限界や竜の大戦争の説が証明されることになった。
ただ、当時の大陸の先住民は竜種の生き残りと人類種が争う状態であり、不躾にもそれに介入してしまったことから混乱の火種となってしまった。
この大陸の人類種は海の向こうを知らなかったこと、突然の異文化流入、戦争末期、というタイミングの悪さが重なり、大陸に栄えていた王国は内乱で無くなってしまった。
内乱が起こる前に脱出し、落ち着いた後に、是音は成実総一の護衛兵として大陸に来ていた。竜文明のとある調査のために拠点にしたのは、獅堂来人の両親が住む村であった。
是音はこの時に幼い獅堂来人に出会っていた。年齢は十代前半だった。
彼はこの頃、片側だけ光の翼が生えているというヘンテコなことになっていたため、周囲から迫害を受けていた。
精霊信仰が深かった大陸は、内乱後、その信仰を急速に弱めた。村は光の精霊である来人の母親は一応敬いはしていたものの、半端な来人には差別の目を向けていた。その時の是音の印象は、泣き虫の来人でしかなかったのだ。
『強くなれば、泣かないで済みますか』
幼い彼がそう言った時、是音は過去を一瞬だけ振り返った。
『いや、いつかどこかで泣く。剣を振れなくなった時、仲間が先に逝った時、いつか家族が亡くなった時、俺はきっと泣くだろう。』
彼は答える。もっとも、彼の直接的な血の繋がりのある家族は全員いない。
ゼラードとしての家族は、彼がアルグランドの王になることをよく思わなかった部族たちの焼き討ちに遭い、全滅した。独り生き残ったゼラードは流浪の末、シュレディング機関という世界単位の情報捜査組織に拾われた。
復讐心がなかったわけではなかったが、ゼラード自身、優れた魔人種族であるため、復讐したところで何も戻ることはない、と分かってしまっていたのだ。
だからシュレディング機関で【御村是音】という身分を手に入れ、ヤマトの学校に潜入することは特に構うことではなかったのである。
『剣を振れなくなるほど強い相手がいるのかな』
『いいや。剣を振る事すら叶わないほどの平和になれば、
俺は生きてはいけぬよ。』
来人ほどの年頃なら、強さとは単純なことだろうと思う。是音は故郷を追われた日から、強さが単純でないことを知っていた。強ければ周りは安心しない。逆に危険視する。平和とは、危険を及ぼさない安心安堵がなければならない。
当時の世界中の
『坊主にもいずれ分かる。単純な強さは、本当に大切な時、役に立たない。』
泣き虫にはかわいそうなことだが、それは事実であった。この時からしばらくして、獅堂親子と共にヤマトへ帰国した際、来人はその実践をすることになった。
獅堂来人は、ヤマトにいた他の精霊に出会い、それからどのように生きたのかは、又聞きでしか分からない。
ただ、改めて再会した時には、総一の孫である一樹に剣を教えるほどの人斬りに成長していた。
子供の身体のまま大人のような態度を取る彼を悲しいと思ったことはない。
彼の立ち振る舞いは剣士として十分な強さを伴うほどに完成していた。師と友に恵まれたらしい。それは喜ぶことであり、寂しさを感じた。
御村是音は教師のつもりだったのだと思い知らされた。今後生きていくための仕方のない身分であると受け入れていたのだが、その教師生活が染み付いてしまっていた。
『先生には、これから集まる人でなしたちの先生でいてもらいたい。』
『俺の剣は人間を斬るには不得手だがな』
『俺たちには人斬りしかない。それ故に先生の存在がいる。たったそれだけのことだ。』
西京市周辺で傭兵団や野盗を相手にするようになって、仕事を共にするようになった。来人や一樹、是音、フェリオらはそれらの相手は何とかできていたが、西京市の治安維持も兼ねるとなると、人手が足りなかった。
新都市部開発が始まっていた当時、治安維持組織として拡充するために、ヤマト国内から戦士を募った。国策で剣術を奨励するものの、それを活かす場はほとんどない。剣術は精神修養の競争要素だけに成り果てていた。
天剣組の発祥とは、剣を実戦で振りたいという人でなしの居場所を作るためであったのだ。
御村是音という偉大な竜狩りの戦士は、文字通り戦士の先生として生きているのである。
*****
『有り難い』
『いいえ。団長には何か考えがあるようなので、隊長に相談できて良かったと思います。』
エリスの訓練所のトラブルを解消した夜、是音はサロンに常駐しているアークと連絡を取っていた。養女が身体を労らないほどのショックのある敗北。その詳細を知る者で、是音が聞けるべき相手は、隊長か副隊長クラスか団長になる。
フェリオは事件当時不在であったため、直近で相談できるアークに聞いたのだ。
そして、ウィーガル側への大陸鉄道開通式典での乗っ取り事件の詳細を知った。
エクスとエリスが乗り込んだ列車内で、エルレーンらと戦闘状態になったこと、団長が援護に入って列車を最終的に停止させたことを聞いた。
エリスが敗北したのは、エルレーンの護衛であり、西京市を賑わす暗殺者であった。アークが話すには毒手の使い手であるそうだが、それを一切使わず、一対一の状況に固められて突破することができなかったようだ。
悪いことに、無理に突破しようとして、愛刀を弾かれたらしい。なるほど、圧倒的な敗北だ。同年代の中で強さのあった養女としてはどうしようもないことが分かる。
是音は過去に教師をし、剣術部の指導をした。始めて二年目で、全国準優勝まで導き、その次の年から優勝へと導いた。是音自身が指導者として優れていると思ったことはない。優れた状況が重なっていた。三連覇を成し遂げた後は、全国常連にはなったものの、入賞が関の山だった。
敗北から得るものは大きい。しかし、立ち直る強さは尋常ではない。是音は、いやゼラードは決して負けない強さを手に入れたが、それ故に敗北についての指導が下手だった。指導の仕方が理論的であったのが大きい。
(どう言ったものかな)
是音は悩む。
ゼラード・ロプティウスはパワー系の剣士である。身長ほどの大きさの大剣で全てを薙散らす使い手である。
『いや無理っしょ。先生の首取るの。本当に殺す気で行かないと。』
来人ならそう答える。
『二度と戦いたくない』
強さを求めた英雄フェリオは述懐する。
『戦車砲弾を手で受け止める人と戦えと?』
成実一樹は冗談めかして言う。
『来人が無理なら一対一は無理。力が違いすぎ。普段から竜化してる人が戦闘時には、伝説級の竜になるってことよ。』
アナスタシアは話にならないと断じる。
『先生は一撃必殺の使い手。僕の境界で封じることは可能だろうけど、決め手ではない。敵対したくはないね。』
是音の指導を受けたことのある元剣術部の成実総一は言う。
以上のことから、是音の戦いの経験談は参考にならない。戦い方が希有すぎることもさることながら、個人では常勝無敗と言っていい。何しろ、知っている者達から嫌がられている。
(そういえば、エクスがどうしているか聞くべきだったな)
天剣組の特殊な新人のエクス・アルバータ。決まった部隊の所属ではなく、団長直属という形だ。現在はアークと共に治安維持及び市街雑務の任に就いている。
先日の市長事件の時に、事件究明や逮捕協力で活躍した。西京市に潜むエルレーンに面会できた数少ない人物でもある。
ただ今回はそのエルレーンにしてやられたようだ。是音も一度だけ、彼には会ったことがある。あれは怪異そのものだ。一度目の面会で精神をやられてもおかしくはない。エクスは非常に幸運であろうと思う。
さて、是音は天剣組で数少ない女性のいる女子寮に向かおうとしていた。養父として、戦士として、助言はせねばと。だが、それを予測していたかのように、寮の玄関前には来人と一樹がいた。寮から出てきたところだったようだ。一樹は是音に気付き、すぐに声を掛けてくる。
「おや、先生。エリスさんなら不在ですよ。」
「この時間でか?」
深夜というわけではないが、街灯がなければ暗闇という時間だ。外出するには不向きである。
「夕方には市内へ向かっていた。申請も通っている。」
形式的な話をして、来人は是音の横を通り過ぎて行く。
「そんな時間に、サロン、か?」
「ええ」
是音の問いに、一樹が頷く。
エリスが市内に行くとして向かう場所はいくつも考えられない。行くとしたらサロンしかない。
サロンと言いつつ、旧市街に向かうことも考えられるが、彼女はエルレーン一派が旧市街のどこにいるか知らない。おそらくはありえないと読んでいる。
「ならば、仕方あるまいか」
助言できたとして、それが最適か自信はなかった。だから彼女が何の目的にしろ、サロンに向かったのは是音にとって良かったと言えた。
「お前たちは何の用だったのだ?」
「私達もエリスさんに。出てこなければ夕那から伝えてもらおうと。」
「多少卑怯な話だがな」
説明する一樹に、来人が付け足す。
その話に眉をひそめる是音を気付いてか、あるいは当然気にすると思ってか来人は続ける。
「エリスの事情は知っている。であれば、エクスの事情を知らせてみることも解決に繋がるかと思った。必要はなかったようだ。」
エリスの事情。彼らが知っているのは当たり前だ。彼女を養女にしたのは、天剣組が設立される少し前になる。彼女を見つけたのは、元を正せば一樹のおかげだった。
その事情を踏まえてしまうと、エクスの事情という新情報が見えてきてしまう。
「彼も似たようなことなのか?」
「どちらかといえば先生に近いな。何しろ純粋種だ。」
是音の問いに来人は答える。団長として、団員の身辺で妙なことがあるなら把握していて当然だ。エクスが特殊な事情を持つ故に、直属にしているなら納得だ。
ただ彼の話の通りなら、是音も聞かなかったことにすべき厄ネタになってしまう。
「エクスはバルズォーク夫妻の孤児院出身だ。奴自身は忘れさせられているがな。」
天剣組にとって夫妻の名はあまり関係ない。ただ、是音の世代でバルズォークは有名だった。
シエロット・バルズォーク。最強の名を欲しいままにした傭兵であり、革命の英雄である。彼は、アークの故郷でもある魔大陸で孤児を集め生活し、後にヴェルジェ財団を頼って妻や孤児らとヤマトに渡ってきた。現在は夫妻で、是音の古巣の学園で教鞭を取っている。
「都合のいい話が過ぎるな」
この世界で都合のいい話はよくある。
特に是音は顕著だ。剣術部指導をして、連覇を成し遂げた中心人物らは、それぞれ要職や大成を果たしている。傭兵として後輩指導したフェリオは西欧で英雄になっているのだから。
最強の傭兵の集めた子供の一人が就職してくるのと同時に、大陸で拾った養女が天剣組に入るのはタイミングが良すぎるのだ。
「調査しなければ知りようがないさ。俺が個人的にシエロット・バルズォークを知らなければ、本当に知りようがなかった。」
来人の個人的な知り合い。というのも彼の持つ赤黒い双刀は元々一振りの剣であった。その剣の持ち主がシエロットであったのだ。
「何にしろ、俺たちで持っていればいい秘密だ。表面化しなければ何ら問題ないことだ。先生だってよく知っているだろう。」
エリスの問題解決に持ち出そうとしたエクスの秘密は暴かれなくてよかったとは、是音も思った。問題にしなければ、問題にならないことだ。それが重要な意味を持つ。
「エクスの魔人化の想定は?」
「直接アバドンを注入されなければ問題になるまいよ」
来人は軽口風に言っている。
アバドンは表向き麻薬指定された危険薬物だ。国際法により単純所持が禁止されている。その一方で、暴力組織の一部で使用が確認されている。使用された際の魔人化が危険であり、単純な戦力強化になるため、禁止され、また使用する者達がいるのだ。
つまりアバドンを注入されることは、何においても最悪の想定だ。何が起こるか、どう変化するか、まったく考えられないという意味でもある。
「それにしても、エリスの問題解決に乗り出すとは」
大事にしなければ問題にもならない話題を続けても仕方ない。是音は話題を切り替える。
隊員が問題を起こした場合、倫理的に問題が有る場合を除いて、そのほとんどは隊内で収集させてしまう。来人や一樹が出張ってくることはほぼない。
「総督府から任務要請があった。先日のこともあるから、総督に近しい人間に任に着いてもらおうとな。」
総督府からの要請。是音には興味がないことだ。王魔皇族なら是音を知ることもあろうが、彼は皇族に興味はない。せいぜい総督が自由人であることぐらいである。
そもそも皇位継承者になりえる王魔男子が大陸総督になっている時点で皇族の名を持つ飾りものの意味合いが強い。ヤマト国内にいれば火種になるという政治的配慮からであることは容易に理解出来る。
「そういう依頼であれば疑問を差し挟む余地はない。エリスも彼も、問題ないというなら。」
是音から見れば誰も彼も年下だ。彼が隊長で、来人の下にいるのは年上だからこそ補佐する立場でありたいからだ。彼が下にいて、来人が気後れしないことも大きい。
天剣組の発足自体が、王魔皇族が総督として派遣されるに当たり、ヤマト国内の軍を動かさないで設置できる戦力を欲したからである。すでに大陸で動いていた来人や是音達の誰でもよかった。リーダーとして来人にしたというのが是音たちの言い分なのである。
「君は負けたことがあるか」
唐突に是音は来人に聞く。是音は勝ってこなければ死んでいたことの方が多い。来人との付き合いは大陸での約二十年ほどだが、それより前のこと、つまり彼がヤマトに移り住み、大陸で再会するまで空白の期間がある。
「勝てる方が少ない。本来は偉そうなことは言えないよ。」
自嘲するように言う。来人が小柄な少年の姿をしているのは、大人の姿でいる意味が薄かったからだという。彼が美神焔とコンビを組み、竜人の探偵の元で様々な事件に直面したことは聞いたことはある。しかし彼にとって、それらは誇れる武勇伝などではないのだろう。
「俺にとって勝つも負けるもさほど意味がない。斬れるか、斬れないか、だ。」
彼はそう言って、自室のある事務棟へと歩き始めた。
血なまぐさい話だが、彼の考え方そのものである。
「僕と師匠は元々そうですからね」
ため息を吐きながら、一樹も遅れて歩き始めた。
一樹は今でこそ備品管理などの後方のことを主にやっているものの、元々は来人を師と仰ぐ剣士である。人斬りを嬉々としてできる武断派だ。
結婚をし、夕那という娘がいて、後方でおとなしくしている。歳を重ねた故に我慢できるようになったとも言える。
「俺達の死ぬ日が、戦いの終焉だろうよ」
「違いない」
師匠と弟子が冗談めかしく言っているが、概ね本気であろう。
「俺も平和は好かなかったが、お前たちには勝てんよ」
是音は本音を吐露する。
天剣組に在籍する以上、血なまぐさいことは避けられない。だが彼らはそれを好き好んでやっている。平和に馴染めないという一点だけだ。ただそれでも、普段でも血気盛んな彼らに対し、是音は自分を棚上げして呆れて見せた。
その後間もなくして、エクス、エリス、夕那の三人に王魔刀馬の護衛任務が下された。総督の北方路線の視察を兼ねた、国際会議出席が主な目的である。
その小さな旅が、若者たちの運命を大きく変えることになってしまったが、今は語るべきことではない。
『いつだって大事なことに間に合わない。そんな諦めのいい生き方はしていないわ。後悔しないために、できることを必死にやっているだけよ。』
永く生きて後悔ばかりが増えていく。それでも戦いに生きていたゼラード。今は若者たちが後悔しないための教えを広めている。
天剣の導光アレとかコレとか 赤王五条 @gojo_sekiou
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