護衛なのに守ってない人
才賀家。先祖は王魔皇族の祖、王魔若丸公の弟である。弟君は、ヤマトの天下を握った兄に反旗を翻し、鎮圧されて島流しにされた。処刑せずに流刑にしたことは現在でも諸説ある。ただ記録には、正式に本人の沙汰により流刑とされたことが残っている。ともかく、賊敵とされた以後の弟君は、王魔の姓を名乗ることを許されず、以後才賀姓となった。流刑地は様々に変わったが、賊敵という格好の見せしめのため、才賀家がヤマト本土を踏みしめるのは、ヤマトの歴史上最初にして最後の侵略戦争である継承戦争の後のこと。時間にして約六百年後のことになる。
継承戦争の後、法律そのものが見直され、大名のみならず侍がいなくなった。王魔将軍家は王魔皇族家に変わったものの、才賀家は皇族分家として認められず、また国政に関与することも認められなかった。
才賀家が細々と暮らさなければならなかったのは変わらず、また他の貴族に比べ、扱いも低かった。
しかし、立場は流転する。ヤマトは大陸難民の流入を解決するため、魔人に占拠された大陸開放を決意。この大陸派兵政策がセレスティア連邦の拡張政策と衝突を招く。
崑崙紛争は二ヶ月で終結。当然、才賀家は開拓指揮のために残ることとなる。それはほとんど後ろ盾がない開拓であり、遅々として進むことはなかった。
そして約四十年後の一九九八年二月のこと。才賀家は当主次男の才賀勇太を残して全滅。その二ヶ月後の四月、皇室分家として認められ、才賀家の名誉は取り戻されたのであった。才賀勇太は明くる月に生まれた王馬刀馬の守り人となっていた。
才賀勇太は才賀家当主、
焔は勇太の事情を知り、才賀家を操る黒幕を察した上で、彼に協力した。そして最終的に、勇太を残して、才賀家は全滅することになってしまった。焔たちがやりすぎたのでは、決してなく、才賀家は禁忌の術に手を出してしまったが故に滅んでしまったのだ。
またこの時、成り行きとはいえ来人は重蔵を殺害していた。
*****
一九九八年、二月。
才賀重蔵本人による襲撃。もっとも半分は本人の意思ではなかった。日陰者だった復讐心か、片隅にあった欲望が顔を出してしまったか、彼は化け物の王となっていた。才賀の一族は皆化け物に支配されてしまった。勇太は彼らから逃げるようにヤマト本土にやってきたが、見つかり、来人や焔を巻き込む形で成り行きで戦うことになってしまった。
重蔵の襲撃は当然勇太を狙ったものであり、彼を完全な力の化け物とするためだ。抵抗するなら殺すことも厭わない、家族を家族と思わない所業であることは変わらなかった。そして何より重蔵は父であり勇太の拳法の師匠でもある。勇太が焔の手ほどきを受けていたにしても、それは付け焼刃にしかならなかった。
勇太はこの時二十歳。重蔵は四十路近く、全盛期は過ぎていたのにも関わらず、圧倒的であった。暴走し、化け物か魔物になった才賀家に対抗できる勇太の力は、まったく敵わなかった。
だが、そんな勇太を助けようと重蔵に立ちふさがったのは来人だった。
「お前はそこで寝ていたほうがいい」
「獅堂、さん」
「子が父を殺すとか、父が子を殺すとか、現代にそんなことあってはならない。そうさせないためにも俺たちがいる。」
中学生ほどの小柄さなのに、声は力強く、背中には強靭ささえ感じる。
獅堂来人。勇太の今の師匠、美神焔の相棒だ。二刀流の剣士だが、今の来人はまったくの空手。
「もしも俺が、お前の父親を殺すことになったら、俺を恨めばいいさ」
その時、勇太は来人がどんな表情でこの言葉を吐いたかは知らない。来人は不敵に笑っていた。才賀重蔵が武道において強く、決して理性をなくして暴力を行使しているわけではないと察していた。
来人はこの時強敵に飢えていた。強い誰かとの命を削る戦いをしたい、もう死んでしまいたいという戦いを求めていた。だから、重蔵と対峙した時、血沸き肉躍る戦いができるとしか考えていなかったのだ。
『子供、ではないな。お前は何者――』
重蔵が言い終わらぬ内に、来人はいつのまにか持っていた光の刃を両手に持ち、襲い掛かった。重蔵は奇襲に動じず、攻撃の応酬をすべて防ぎきる。
来人は奇襲に失敗し、大きく後ろに跳んで間合いを取る。手の中の光の刃は消え、同時に彼の背中に光の翼が伸びる。そう、来人の光の刃は、彼の翼でもある。
「踏み込む――」
来人は、上着の中から出したクナイ状の投げ刃を投げ込む。だが、そんなものを今更食らう重蔵ではない。左腕で払いのける。もちろんこれは来人の牽制である。
一瞬だけ投擲物に注意力を振り向けた重蔵は、来人の動きに気付けなかった。左腕で払おうが、右腕で払おうが、来人にとってはその一瞬だけ防御が手薄になるというだけのこと。
来人は光の翼で超加速し間合いを詰め、翼を消して、加速した勢いのまま、左から光の刃を叩き込む。光の刃だけでは重蔵らが手に入れた力には決め手にはならないが、それでも来人の連撃は重蔵の集中力と体力を削り取る。
切り札を叩き込むのはその後。連撃で防御が完全に開いた隙を狙い、来人の必殺剣が現れる。
それは魔王剣。赤黒く、来人よりも大きい剣故に、二刀流剣士である彼が両手持ちせねば扱いきれぬ剣である。とある傭兵から譲られたこの剣は、今まで数々の命を奪ってきた曰く付きの剣であり、来人がもっとも頼りにする武器であった。
その魔王剣を上段から突きの形で構えながら、光の翼の超加速で突き刺しに行く。普通の人間であれば加速に体が持たないであろうに、来人はほぼ物理法則を無視していた。
来人の大剣による真っ向刺しは重蔵の胸部装甲を刺し穿つ。勢いのまま、そこらの大樹まで突き押し込む。
『ぐ、ぬ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
重蔵の渾身の猛りと共に、両手の平で刀身を白刃取りするように取り、胸から引き抜こうとする。単純な力比べでは重蔵に勝つことは不可能だ。とはいえ彼は、人間であれば致死の傷を、なんとか重傷に押し止めているだけだ。引き抜けば、致命傷になりうることも明白である。
だが彼は異様な執念と気迫で、刀身を引き抜き、右の拳で魔王剣を半ばから折ってしまった。
「バカな!?」
さしもの来人は声を上げる。ここまで、人間相手のみならず、吸血鬼や竜と戦っても折れなかった愛剣の突然の最期に驚きを隠せなかった。
だが同時に思いもよらぬ強敵に出会えたことで来人の闘志は熱く燃え上がる。必殺の剣術が決め手とならなかったが、そこはそれ。そんなことで諦めや絶望をする来人ではなかった。
対する重蔵は、未だ諦めぬ眼の来人に全力を出すことに決めた。才賀家が、重蔵も身に纏う力によって、断絶の危機に立たされようと、今この時だけは一人の男として目の前の強敵に戦おうと決意した。何より、こんな強敵を巡り合わせた勇太が生き残れば、才賀家は滅びぬとまで思っていた。
だから、戦意を奮わせたと同時に動いていた。先ほど折った魔王剣の刀身を掴み、投げた。折れた刀身は重心が安定しておらず、軌道が逸れ、来人の右肩を切り裂いただけに留まった。折れた刀身は来人の背後の地面に突き刺さって止まる。
「がっ!」
先手を取られ、右手の折れた魔王剣を取り落とす来人。その隙を見逃さぬ重蔵。切り裂いた肩口に向かって拳を振り下ろした。
「ああああぁぁ!!」
単純な肉弾戦では来人には勝ち目がないし、ひとたまりもない。格闘戦をしたくないから不意打ちに徹したのに、真っ当な一騎打ちになったら勝ち目はない。単純に力負けしてしまう。肩を壊された来人は、久方ぶりに感じた苦痛に悲鳴を上げた。
『滅っせよ』
間髪入れずに重蔵の右の剛拳が繰り出されるが、来人は飛び退いて躱す。そして彼は後ろで刺さっていた刀身を左手で引き抜く。
『片腕では!!』
「俺は初めから左利きだ!!」
重蔵の大振りな右を身体を捻って躱し、来人は折れた刀身を胸の傷に再び突き刺した。
*****
二〇一八年、二月。エクスが天剣組にやってくる、ちょうど二ヶ月前になる。
来人と重蔵の死闘の後、来人は重傷を負い、重蔵は真実を語って死んだ。その後にちょっと才賀家長男との問題があったものの、大筋で才賀家の野望は潰えた。
遺体は事情によりほとんど残らず、屍無き才賀家の墓が西京市外れの墓地にある。今年は二十年目の節目。刀馬のたっての願いにより、勇太は共に献花に訪れていた。
西京市における才賀家の縁者は少ない。故に、墓に花を手向ける者は自ずと絞られる。勇太と刀馬が墓に訪れた際、手向けられた献花は三つだった。
「獅堂さん、また来られたんですね」
「ん、まぁな」
普段は昼行灯とも言われる二人、獅堂来人と才賀勇太。そんな彼らがサロンで出会うことは少ない。勇太はほとんど総督府でぐうたらしてるし、来人はこう見えて寒がりなので冬に外出することはあまりない。
ただこの日の夕方、サロンに来れば来人に会えるのではないかと勇太が珍しく足を運んだまでのことだ。普段引きこもりの勇太が一人でサロンに顔を出すのは異例である。この日珍しくサロンにいて、溜まっていた小さな仕事を全て片付けた来人には、勇太が何をしに来たかは察していた。
「俺のはついでだ」
来人にとってみれば、花を手向けること自体筋違いであった。主義主張も、憎み合うこともなく、ただ強い相手だったから立ち向かったまでのこと。彼が抱く才賀家の思いとは、命を削り合った相手でしかない。
ついで、と言うのは、勇太の師匠の美神焔の代行で花を手向けることである。もっとも、そのついで、で毎年花を手向けているわけだが。
「師匠は来ませんでしたね」
「来る理由がない」
勇太にとっての師匠の焔は、火を操る術士であり実戦格闘の使い手である。
来人にとって焔は親友で相棒である。恩師の元で二人組で探偵見習をやっていた。現在はその恩師から探偵業を引き継ぎ、所長として第一線を動いている。
だから弟子の家族の墓参りだけで大陸に来たりしない。もしも何かあるとすれば、また別の用事だろうが、長い付き合いの来人だから、来ないとはっきり分かる。
「一度だけ、聞きたかったことがあります」
勇太は改まって来人に質問した。
「貴方が開拓地に来たのは、才賀家のせいではなかったのでしょうか」
「自意識過剰だな」
来人は簡潔に質問を一刀両断した。
「それはずいぶん前に一樹にも聞かれた」
成実一樹は勇太と同い年だ。彼もまた来人の弟子であることから、弟子繋がりで交流がある。現在は、一樹のほうが忙しくしているため飲みに繰り出すこともできない。
「俺が大陸に来たのは、戦う相手が欲しいからじゃない。やろうと思えば、アトラスの総帥ぐらいぶった斬って見せらぁ。」
と、彼は冗談めかして言ってくるが、冗談には聞こえない。
彼の持っていた魔王剣は折れてしまったが、彼自身が刀身を直し、二振りの刀にしてしまった。いわば魔王双剣というべきものだ。これがとんでもない。
噂に聞くことによると、一振りで戦車を両断し、二振りで機械化歩兵が蜘蛛の子を散らすという。天剣組は最強剣士集団なので、そういう怪しい噂には事欠かない。
とはいえ、勇太は事実として、できるかもしれないとしみじみ思う。
「心奮わせる強敵はいないかもしれない、という思いは確かに才賀家との戦いの前に抱いてたがな」
勇太にとっては初めて聞いた話だった。才賀家と戦う直前、来人と焔らは最強と言われる吸血鬼と戦い、三度敗北して、一回の勝利で吸血鬼を討滅したという。
「強いのを倒して満足する戦狂いの人生なんて歩んできちゃいねーよ」
彼はやれやれと手振り。
「きっかけは一樹の今後、渡りに船だったのは財団の要請だ」
財団の要請は勇太も知っている。いわゆる大陸開拓支援に財団の手が入る。そのため、無法地帯である大陸での用心棒が欲しい、ということである。
「一樹は虫も殺せないような顔だが、その実、敵であればなんでも斬りに行ける」
勇太は知っている。成実一樹は彼の言うように人斬りが服を着ている存在だ。彼が来人の弟子になったのは、来人の人斬りぶりに惚れたからだ。
「ただあいつはやっぱり財団の血を引く者として、下々と連携するのが上手い。つまり、あいつは人並みに仕事させてればいいんだと気付いてな。」
「ひでぇや」
勇太は苦笑する。
成実一樹はヤマトを席巻する資産家、ヴェルジェ財団の者。本来ならば何不自由もない。
ただ財団を起こした初代当主は、昔の天剣組に所属していた。天才剣士、美神龍に比肩しうる剣術の腕を持っており、王魔の最後の将軍と共に肩を並べて戦ったという。
一樹はそういう先祖に憧れてしまった。運営能力に長ける父に似ず、剣の才もあった彼は、美神フェリオへの弟子入りを断られ、獅堂来人の元に流れた。
そして現在、彼は成長し、天剣組の運営に頭を回している。結局、財団の者として落ち着くべきところに落ち着いているのが皮肉だ。
「ヤマト国内は難民問題を片付けて、安定期に入ったことで人口爆発の傾向がある。そうさせないための別大陸への移民政策だが、国主導でやるには規模が小さすぎる。そして、民間に門戸を開くのだが、民間もそれに足踏みしていたのが当時だ。」
ヤマトという国は島国である。世界有数の先進国であろうが、拡充される需要に対して、株価が冷え込みに対する警戒心で成長が伸びていない。つまり、表向き安定はしているものの、新規開拓に対しては慎重という良くない方向へのバランスが保たれているのだ。
この状況において儲かっているのは、ヴェルジェ財団の傘下であったり、関係のある資産家だ。そのため、財団は批判を避けるために積極的に海外市場開拓に資金を振っている。それが南大陸開拓であり、西京市の始まりともなる大陸開拓支援である。
ヴェルジェ財団が私兵を持っていることも幸いし、来人や一樹が送られ、時がたつとともに天剣組が結成され、構成員が拡大した。
「本来であれば開拓都市の生活圏が確保される最低限の人数、つまり俺や馬鹿、先生、アークたちだけで良かった。だが、俺は一樹のような戦いでしか生きられない破綻者が現れるのではないか?と危惧した。それが天剣組の本当の始まりだよ。」
勇太は天剣組の成り立ちを聞かされ、素直に呆けた。そして深く頷く。初めて聞かされた真意である。それと同時に、獅堂来人らしい発想に感心する。
彼自身は非常に否定的で人間を信用しない考え方だ。だが一度弱い人間、虐げられる人間がいれば、それらを最終的に人間らしくさせてやる。その時に、彼自身がどれだけ汚れようと構わない高潔さを持っている。
勇太はそれが眩しくもあり、うらやましくもあった。血まみれの光、薄汚れた救世主というべきか。その意味では勇太の師匠も似ているところがある。
だから、勇太は来人に対して父の仇だとか恨む相手だとかではなかった。彼は、自分に対して、手っ取り早く恨む相手を演じていると分かっていた。
その拙い演技を受け、なおそれでも尊敬していた。恨む気持ちなど無い。
「俺としては、そういう大義があって羨ましいです」
「む」
うつむき気味に言った勇太に、来人は訝しんだ。
「俺は才賀家の最後の一人になり、嫁ももらい、娘もできましたが、正直あまり実感していません」
勇太の言うところは、才賀家として不名誉な家系ではなくなり、しっかりとした皇族の分家を名乗れることになったところにある。家系として当然の箔と名を手に入れた。このまま血脈が続くなら、ほぼ安泰を約束されたと言っていい。
だが突如として手に入れた安寧に満足ができなかった。むしろ不安であった。後に続く才賀家の子孫が、また王魔本家のせいで没落や取り潰しの運命に転がるのではないか、と。
故に、取り潰されるなら一代限りと、刀馬の守り役を引き受け、てきぱき仕事をするのではなく昼行灯になった。そうこうしてる内に元公安局員の妻を迎え、娘もできた。娘は今年高校卒業を迎え、コネで公務員だ。
「俺の知らないところで、家がなくなることを考えると胸が苦しいのです」
それが勇太の本音だ。そしてその理由は、勇太自身にある。
才賀勇太は才賀重蔵の次男となっているが、血のつながった実子ではなく、旧市街出身のどことも知れぬ孤児なのである。勇太はどこで生まれて、どこで拾われたかは物心付く前故覚えていない。
つまり本来であれば、勇太と才賀は何も関連性がないのである。
このことは妻には明かしてあるが、飲み込んでおけばバレないなどと言われている。
そして、勇太の出自を知るのは来人や焔だけになる。
「家系ねぇ」
獅堂家はといえば、確かに獅堂は先代天剣組に所属していた。しかし、記録上でのことで、講談や演劇などでは端役もいいところだ。
であるので家系としては名はあれど、実がなく、貧乏道場を経営して数十年。父は荒れたあげくに警察を殴り殺し前科者となってしまった。その後で数奇な運命を辿り、来人が生まれることになったのだが。
勇太の出自を考えると、彼の悩みは来人でも分からんでもないことであった。特に、後継や遺産相続問題でこじれる話はよく耳にし、自らも巻き込まれたことがある。他人事ではない身近な話だ。
「俺や焔が事務所入りする時に、とある女の子の身請けをするから指定時間内に金を作ってこいという試験をさせられ、めでたく賭場出禁になるまで稼いだ話はしたよな」
来人はその一件から賭けの類は誘われない限りやらないことにしている。無論、相手が泣いて謝るまで勝てるという自信の上に成り立つものだが。
「その女の子はいいところのお嬢さんでな。陰謀に巻き込まれて売られてしまった、という経緯だな。その子も言っていたな。私のような弱い人間がこの後商売の荒波で生きていけるのか、とな。」
「どうなりましたか」
「どうなりましたかも何も、天下の
来人はすぐにネタばらしする。徳家は、王魔将軍家を支えた大名家の一つ。将軍家が皇族になった後に没落したが、海外販路を開拓した豪商となった。
「数年は財団の保護下に置かれるも、立て直しが完了して独立。今の徳家があるのは当主である彼女が頑張った証だ。」
当事者であるから来人の説明は流暢だ。来人としても因縁深い一件だったが、それはまた別の話だ。
「家や血脈なんてのは、当人が維持しようと働けば維持されるんだ。お前みたいに半端にやってる家でも半端な感じに続くもんだ。おめーんとこの女は別に貴族らしいわけでもなかろうに。」
勇太の奥さんは当然来人や焔には顔見知りだ。むしろ、二人がいた探偵事務所は公安局に悪い意味で有名だった。弱い人間の味方である探偵事務所と、闇を監視する公安局では衝突するのは必至であったから仕方ない。
「おめーはぐーたらしたいならそのままでいればいい。才賀家の家格を高めたいなら本土に戻ればいい。結局はそんなとこだろ。」
かなり乱暴な結論だが、それが来人らしさだ。あえて極端に言っている。あくまで調整や頑張りは、本人の努力が寛容、ということを重視しているのである。
勇太は笑い、ひとまずは頷いた。何ら問題は片付けていないが、話してみて解決する問題でもない。
何より勇太に、才賀家としてあるべき理想が自身にまったく見えていなかったのだった。
来人にとっての焔は近しい質の男であり、焔にとってもまた来人は近しい質の男だった。ただ明確に違うのは、そういった話で気持ち悪さを理由に即否定するというところだろうか。
美神焔は一人前の探偵であり、知る人ぞ知る実戦格闘術の師範である。流派の名はなく、公式的に道場もない格闘術である。それは単純明快で、金的有り禁じ手無しの何でもありというもの。勝つというより何をしても生き残るための戦闘術である。
その手法から裏社会に浸透し、彼を師匠と呼び慕う極道の者は多い。
とはいえ、長らく直弟子は勇太一人だけだった。
「というわけで紹介しよう。君の弟弟子の
小柄な姿形ではない大人にしか見えない師から突然少年を紹介された。
羽室市長の事件が解決され、大陸鉄道開業式典が終了してまもなくの時だ。
特に理由もなく大陸には来ない師匠、美神焔が少年を連れて勇太に会いに来た。
待ち合わせ場所は建て直されたサロンだ。受付にいるアークが少年を見てニコニコしている。アークと少年は顔見知りであるらしい。
「師匠が、そのためだけに大陸くんだりまで来ないでしょう」
勇太は真意を探る言葉を吐く。たとえ同じくらいの背丈となり、見た目は頼れそうな顔のいい若い男としてやってきたとはいえ、彼は勇太の師匠に変わりはない。
自称でもなくても、師匠は天才であり、思いつく限り世界最強の一人である。だから、ただ紹介することが目的で来たわけではないと分かっていた。
「たいしたことじゃないんだが、秘密といえば秘密だ。悪いな。」
笑顔で話したかと思えば、この秘密主義である。らしいと言えばらしい。彼が素直に話すときは、公然と勇太を巻き込むということである。ただそれはそれで寂しい気もする。
「お前は俺の初めての弟子だが、同時に弟分でもある。そして、才賀家当主だ。」
来人と一樹の師弟関係と、焔と勇太の師弟関係は明確に違う。勇太にとっては、焔が兄貴分のようなものであったと自覚していたからだ。
だから、改めて言葉にされると、勇太にとっては隔絶を感じた。
もはや別々の立場になったようで、物寂しい気がしたのだ。
「だからもう親友という義兄弟でいいんじゃねぇの」
勇太の何とも言えない表情に、焔は単純な言葉を出した。複雑に思い悩む勇太自身が滑稽に思える笑顔が向けられる。師匠からすると、勇太へどこも敷かれた境界はなく、ただ一人、本当に繋がれる家族なのだと思うことができた。
勇太は目頭が熱くなって、慌てて視線をはずして我慢する。
「お前はいつまでたっても涙脆いなぁ?」
「うるせぇです」
焔は勇太の肩を叩いて煽り、勇太は文句と敬語が混じった珍妙な言葉で返す。
昔、勇太は焔の前で泣いた。叔父さんを、兄貴を手にかけ、大泣きした。
だがそれらとは違う感動がその時の勇太にはこみ上げていた。
「師匠、ついでなんで墓参りしてってくださいね」
「おうよ」
なんとか泣くのを我慢して、ずっと言いたかったことを勇太は言った。
焔は再び勇太の肩を叩いた。その手は今の大きな手ではなく、なぜか昔見た子供の手だったような気がした。
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