天剣の導光アレとかコレとか

赤王五条

馬鹿馬鹿言われる英雄の人

 美神みかみフェリオ。それが第三部隊の隊長の名だ。彼は西方、セレスティア連邦における重大事件で国難を救った英雄である。二つ名である双撃そうげきを知らしめ、連邦国王を救ったとか。現在のヤマトの教科書に載る大人物だ。

 だというのに、ここ天剣組での隊長同士のあだ名は『馬鹿隊長』、あるいは『馬鹿』である。例外的に成実副長からは敬称で呼ばれているが、ほぼ『馬鹿』で通じるようになっている。なぜそこまで馬鹿の代名詞に成り果てているのか。

 それは彼がいわゆる、頭が良くないとか、無能であるとか、コーヒーに入れる砂糖と塩を間違えるとかの馬鹿ではない。ただしある種で、頭で考えずに突っ走った馬鹿であるせいだというのを後に知った。それこそが彼の持ち味であり、誰にも真似できない彼の英雄たらしめる要素であるように思う。



 フェリオの生まれはヤマト本土。美神という家は、そもそも初代天剣組の副長を務めた女性剣士、美神龍から連なる血筋だ。フェリオの祖母にあたる人物はヤマトの諜報機関の基礎を作り、当時の皇から信頼が厚かったとか。また、その祖母は名高き美人四姉妹の長女であり、下三人の妹たちもそれぞれ後に有名人を輩出している。

 美神という家系、それ自体が何らかの天才要素を脈々と受け継いでいるようだ。

 フェリオはその美神本家が経営する温泉旅館の長男として生まれ、その才は十年以上開花することはなく、高校を卒業し、傭兵の道を歩み始める。

 彼が頭角を現したのはそれからしばらく後のこと。その時に彼は国際的問題として浮上していた希少動物密漁問題と戦っていた。また先述の通り、西方のセレスティア連邦王国で起こった未曽有の重大事件、新型疫病蔓延事件パンデミックに巻き込まれてからのことである。

 彼は当時連邦建国祭に参加し、連邦の英雄であるエクロアの黒騎士と謳われたリューケン・エクロアに所縁あるとして、国王への謁見を許されていた。しかし、その謁見中に事件は発生した。

 この時、発生原因は諸説あり、未だ不確定の謎となっている。ともかくその時、新型疫病により国民が連鎖的に【魔人化】し、首都は未曽有の大混乱に陥った。

 フェリオは近場の所属輸送機を国王のいるルベロニア城に集め、逃げ場を失った首都にいる国民を首都近郊まで誘導するという緊急手段を実行した。この混乱により連邦国軍の指揮系統が麻痺したため、フェリオは個人でできる限りの救出を行い、城まで誘導し、輸送機による交代脱出を行わせた。

 この緊急作戦により、首都に住む国民の三割が無事脱出し、また国王ら王族の救出にも成功した。これらの忠功により国王は臣下も同然の扱いとして彼を迎え入れ、この事件に立ち向かうことを世界的に喧伝した。

 疫病に対する抑止薬の開発の難航もあり、事件の収束には一年を要することとなった。その間、フェリオは自らの傭兵団を率いて事件の対処に奮戦。抑止薬の開発の成功と共に事件の収束に尽力した。

 しかし、彼を重用した国王はまもなく崩御。すぐに後継者が即位するも、後継にフェリオの意志が介在したとして旧臣たちが即位に反対。後継者争いへと発展してしまう。彼はこれを嫌って宮廷からの招聘を断り、ヤマトへ帰国する。後継者争いは早期に解決され、すぐにフェリオは臣下として招待されるも、断ったという。現国王はしつこく勧誘することはせず、黒騎士に続く救国の英雄として彼を祭り上げた。

 二刀流の槍の戦士、双撃の英雄、と。



「っていうのが、一般的に伝わっているフェリオさんの勇名ですよ。なんで馬鹿馬鹿言われてるんですか。」

 未だ市長の企みが発覚しておらず、共に巡回する夏の日、僕は問いかけた。多少なり顔を合わせるものの、あまり面と向かって話すことのない人との、しかも生ける英雄に、疑問をぶつけた。

 美神フェリオ。かなり長身で、御村是音隊長と同じくらいの身長だ。是音の体躯が見た目通り大きいのに対し、彼は細身ながら筋肉質だ。顔は美形だし、表情や態度のそれは爽やかだ。誰が見ても彼は気持ちのいい人物、という第一印象を持つだろう。ただ年齢は不詳。一応、団長、獅堂来人の一つ年上らしい。

「んー、まぁ」

 よく聞かれることではないのか、あるいは単に話したくないのか、彼は曖昧な相槌をする。鼻の頭を掻き、一考の後に答える。

「俺はそもそもたった一人の女の子に褒められる戦士になりたかったんだ」

 彼が吐露した事実は、僕の思いもよらぬことだった。

「その子は小さなころから戦場を渡り歩いて、武器や戦いに近かった。だから一つ下の年頃で、身体だって小さいのに、眩くて強い子だった。俺はその子を振り向かせたいばかりに色んなことに手を出したが、どうにも器用貧乏になるだけでな。諦め状態だったところに交通事故に巻き込まれてな。飛び出したガキを救うために身を挺してだ。」

 言って、彼は左手で右肩を持つ。そしてぐっと力を入れると、彼の右腕が身体からはずれてしまった。僕は声も出ず吃驚して、目を見開いてしまった。

「だが、その事故で右腕を切断する事態になっちまってな。財団の知り合いの根回しで当時最新生化技術の義手をまわしてもらったんだ。」

 と言って、右腕を付け直す。付け直した瞬間、彼が両目を瞑って痛みに耐えていた。

「こいつがかなり金のかかるシロモノでな。維持費もかさむんで、じゃあ働いて返しますということにした。当時は御村先生が竜狩りやめて護衛兵になってた時期だから、外回りの傭兵は人手不足だったんだ。それがまず傭兵になった経緯だ。そして馬鹿呼ばわりされる経緯の一つでもある。」

「割といい話なんですが」

 苦笑する彼に、僕は怪訝な顔をしてしまう。起こったことは不幸だが、それを自分のできることで恩返ししていくのは悪いことではないし、褒められることであろう。

「俺には弟がいるんだが、そいつからも、憧れだった女の子からも言われたよ。」

 彼の苦笑が自嘲に変わる。それは愕然ときた出来事であったあろう。

「弟も彼女も、俺が知らず知らずにしていることを見抜いていた。その上で、馬鹿と言ったんだ。俺はいわゆる恰好つけでな。あの子にいい顔するためにやってたことが、いつのまにか自分自身の行動の選択にまで影響していた。弟も彼女も同じことを言ったよ。『格好良さとかいい話にするために犠牲にしなくてもいい右腕を犠牲にした。可能な選択を自分の見栄のために捨てただろう。』ってな。」

 それは絶望の話かと思ったが、そうではなく身内の慧眼であった。英雄と呼ばれる彼の真実を垣間見た気がした。

「働いて義腕の代金を返す、と言ったが、実のところ、二人に対して居たたまれないところもあったんだ。遠い場所で傭兵の仕事をして維持費を稼ぎながら、生きていようってな。ちなみにここが先生にもたまに馬鹿と言われる由縁だ。」

「えぇ」

 是音先生はだいたい名前呼びをしている。聖人君子みたいなあの人が罵ることは考えられないが、そうする理由があるのだろう。

「奉仕行為では良い評価を得ることはできない、ってな。仮に得られたとしても、それはお前自身を認めることではない、とな。」

 是音先生は元教師であるが、なんとも教師らしい含蓄のある言葉であろうか。直感的には分かりにくいが、少し考えると納得できた。

 手伝いや無償奉仕で得られる評価は、必ずしもその人自身の良いところではない、ということである。偉いね、とか、頑張ったね、とか、そういう評価は一人のみを指しているわけではない。その人の正当な評価はもっと単一的なものだ。それが本来の長所であり、短所は評価に値しないものと言える。

「先生は、傭兵として先輩でもあり、当時は遥か高みにいた戦士だ。俺はその時、自分の格好つけっぷりはまだ捨てられてないんだなって思ったよ。」

 今度は苦笑か自嘲か分からない顔をしている。笑っていられるからには、彼にとっていい思い出なのだろう。

「だからパンデミックでの国王や国民の救出劇は先のことをあまり考えない咄嗟の出来事でな。事件の犠牲者数を考えると数は問題じゃないし、もっと救えたんじゃないかという悔恨しかない。弟にはこの件でかなり罵られたもんだ。悔しい思いをするなら初めから救うな、発生したこの世の地獄で一番辛いのは生者のほうだ、とかな。」

 割と偉そうな言葉だが、実際偉い人なのかもしれない。弟さんのことを後で聞く必要はある。

「前陛下が全ての仕事を全うされて、俺は本当の臣下でもないのに、息子を差し置いて遺言を聞いてな。それがセレスティア連邦の国政から離れた理由だ。それに、英雄ともてはやされる自分がどうしても好きになれなくて、逃げたんだ。」

 それは僕の思う英雄らしくない言葉の数々だった。彼にとって英雄と呼ばれるのはかなりの不本意で、この人にとって西方に行くことは辛いことになってしまったことが理解できた。おそらくは語り尽くせない嫌な事もあったのだろう。英雄の憂鬱とでも言うのだろうか。

「傭兵団もあの事件をきっかけに解散しちまってな。かといってこの先どうしようかとヤマトに帰国し、祖母ちゃんの墓参りしてたら、やっぱり弟に会っちまってなぁ。あいつ、俺のやること為すこと全部先読みできるようになっちまってて辛かったぜ。」

 そう言う顔は嫌な顔をしているし、ため息をついている。

「弟さんと仲が悪いんですか?」

「いや、俺は別にどうってことはないんだが、弟が、ほむらの奴が俺のことを嫌ってるんだ。あいつは俺のせいで辛い目に遭ってな。負い目でもある。」

 ようやく弟の名前が出てきた。聞きに行く必要はなくなったものの、言葉の感情は辛そうだ。

「俺が学生時代に他人にいい顔をし、恰好つけてたばっかりに、普通の下級生には人気があってな。だから俺を目当てに弟へ近づいた奴が出てきてしまった。」

「それって」

 僕はなんとなく察した。それはとても辛い、最悪と言ってもいいことだろうと思ったのだ。

「当時、気弱で人見知りだった焔は、俺のダシに使われていることを理解できずに女生徒と付き合い始めて、そして手酷く裏切られた。俺を恨むには十分な理由だろう?」

 聞くだけに、やり場のない辛さがこみ上がってくる。その女生徒の外道な所業のせいとはいえ、兄弟仲を引き裂かれてるなんて、他人のこととはいえやり切れない気持ちになった。僕には兄弟がいないが、自分の立場であっても許せる所業ではない。

「兄であるフェリオさんの行動理念を見抜いているからこそ、墓参りするのを待ち伏せていた、とか?」

「まぁ、そんなところだ。あいつがどう思おうと、あいつは天才だよ。掛け値なしのな。」

 僕の食い入る勢いに対して、彼はその時ようやく笑顔になった。


               *****


 ある山のふもとに美神旅館があり、その山奥にある山寺に、美神家の代々の墓がある。祖母の名はうみ。フェリオが物心ついた頃に亡くなった。

 彼女はヤマトの国そのものに対して貢献をし、皇からの深い信頼を得ていた。彼女の葬式を国葬としながらも、皇が一個人として彼女を送るなど王魔皇族の歴史上で初めてのこととなった。

 そんな凄い女性だったからこそ、フェリオは毎年の墓参りを欠かさなかった。というか美神家の人間は各々思い思いに墓参りに来ているので、献花がいつもたくさんですごかった。御村是音と名乗る人物にとっても、彼女は大きな存在であったというのだから、影響と関係性は多岐に渡る。

 その墓にやってきてフェリオは祈りを捧げる。内容はとくに無い。ただなんとなく、とても慕われる存在として、思いを馳せたかったからに過ぎない。

「そこにあんたの求める答えはないよ」

 そう辛辣な言葉をかけてきた声の主は弟、焔。長身のフェリオに対して、焔は小柄だった。いやむしろ、焔は学生の頃から身長は変わっていない。焔は特別な考えがあって、その身長を維持している。焔が最も信頼する相棒と同じように。

 後ろから花を携えてやってきた彼は、献花をして短い祈りを捧げた。

「あんた、傭兵団もやめたってな」

 焔は情報を仕入れるのが早い。彼はすでに名高いネットワークウィザードの一人。ここから遠い西方の地で起こったことの把握も速いだろう。

 焔がどう思っているかは知らないが、少なくともフェリオは焔を天才だと思っている。出来が根本的に違うとも思っている。

「相変わらず」

 彼は言葉を一旦切り、深く吸って、ためる。

「あんたはバカだな!!」

 周囲に誰もいないからこそ、焔の大声は響く。彼の顔は、怒りよりも呆れが混じっていた。

「あんたがいるから皆身を引いたってのに、当のあんたは何も分かっちゃいない。一端の英雄面してそれで満足なのかよ、あんたは!?」

 彼のすぐには理解できない怒気はフェリオの思考を停止させる。皆、とは誰のことだ。

「アナを好きだったのはあんただけじゃなかった。俺だってそうだ。だが、あんたなら似合ってるから、任せたんだ。それなのにあんた、まだ分からねぇつもりか!?」

 アナ。アナスタシア・キーツワイナー。自分よりも英雄的で、身近に戦いがあった少女。フェリオは幼少のころに彼女と出会い、一目惚れした。ずっと想い続けて、男を磨いた。それでも、彼女に言うべき言葉を出せなかったのだ。フェリオは、彼女から好きになってくれるような英雄を目指してしまったのである。

 その結果、フェリオは英雄であることを後悔してしまった。だから彼は怒っているのだ。なるべきものになったんだから、受け身じゃなく、やるべきことをしろ、と。

 後に知ることだが、焔や彼の相棒、そしてフェリオの親友も、それぞれアナに惚れており、それぞれがそれぞれの事情でフェリオに譲っていたのだ。焔からすればお似合いだから譲ったのに、何今更気弱になってぐだぐだしてんだ、といったところだろう。

「もう、取り返しつかないだろうさ」

 フェリオはため息をついて、自嘲気味に笑う。その時点では、会わせる顔がない、と本気で思っていた。それが焔の怒りを呼んだ。

 焔は学生の時の不幸の後、放火犯罪に手を染め復讐し、補導された。その後、保護観察という名の鍛え直しにより、ヤマトでは主流ではない格闘技を習得した。いわゆる、古武術や骨法、合気道を混ぜ返した実戦格闘術だ。

 この格闘術により、焔の小柄な体ながらも相手の力や体格を利用した摩訶不思議な近接格闘が実現する。

 そういうわけで、フェリオは瞬きしたら距離を詰められ、焔の掌底ひとつで石畳に押し倒されていた。

「だっ!?」

 束の間、何が起こったのか分からなかったが、石に後頭部をぶつけて、状況は察する。機関銃ぐらいなら槍で打ち払えるし、それぐらい見えると自負するフェリオだが、今回は何をされたのか分からなかった。見上げると、焔の顔が見える。

「その腑抜けぶりがあんたの弱さそのものだ。やらずに諦めるなって言ったのはてめぇだかんな!!」

 焔の怒気が唾交じりに飛んでくるが、気にしない。気にすることができなかった。やらずに諦めること、そちらのほうが心に響いた。先のことは考えずに、人を救いに行くことはできても、考えたことは実行できずにいた。

 フェリオは、告白できずにいた。相応しいとか相応しくないとか、つまらない考えに陥っていた。焔の表情は逆光でよく見えない。

「行きな。アナなら、まだウィーガルだ。もしかすると吸血鬼が出るかもしれねぇ。助けに行ってやれよ。」

 焔は大げさに鼻で息をして、その場を離れた。後頭部をさすりながら起き上がると、焔の姿は墓地の外にあった。


                   *****


 俺はずいぶん昔のことになるが、鮮明に思い出せる出来事を思い返した。思い出し笑いが止まらないので、隣の後輩は怪訝な顔をしている。

「それで、その子とはその後どうなったんです?」

 この年下の後輩はまだ知らないことがたくさんある。もしかするとこれから知ることになるかもしれないし、知らなくていいことかもしれない。だから聞かれたことにしか答えないようにしなければ。おそらく俺なら、聞かれていないことを話してしまう。もうすでに手遅れかもしれないが。

「今でもよろしくやってるよ。二人で会う時間こそ少ないが。」

「あれ? 失恋したとかじゃないんですか?」

「式は盛大に上げたよ。身内だけだったが、来人や焔、友達や近親者はたくさんいたからな。そこで、あいつらがあまりにも馬鹿馬鹿言うものだから、妙に広まってなぁ。」

 笑みもこぼれるというものだ。直接会って、言ってしまえばいい話だった。もっとも、昔の自分が言ったところで、同じ結果になったかは怪しいところだ。

「俺も一緒に英雄をやらせてくれ、とか言ったような気がする」

 思えば素っ頓狂な告白の仕方だ。アナがすでに自分の中で英雄だったから、俺もそうありたいという意味で言ったのか、英雄として愛し合いたい意味で言ったのか、今思い出すと気恥ずかしい。

「結婚できたのなら、落ち着かなかったんですか?」

 それはよく聞かれる質問だ。まず第一に、子供がいない。来人に子供がいないことと同じ理由だ。第二に、俺は元々財団専属の傭兵であったこと。財団の先代会長が一線を退き、その息子が世襲したことで、彼の護衛兵になっていた。嫁、アナスタシアと。

「弱き人々を助け、盾となり、光となることが使命と二人で考えていたからな。それに世界を飛び回るのは好きだった。」

 俺自身が、パンデミックの混乱の中で、国王直属で正義を為したと思ってはいない。時には、セレスティア連邦としてあるべき行動を取るために、無辜の民の意志を無視したこともある。だから一概に正義の味方になるつもりはない。弱き人々の希望としての英雄になりたいのだ。

「飛び回ってるうちに、大陸開拓護衛の仕事があれよあれよと天剣組になっていた」

 ヤマトで探偵をしていた来人が、大陸にやってきていたのは驚きだったが、なんだかんだと乗せられてしまった。それに、先祖の美神龍が名乗っていた天剣組の隊長の一人というのも、俺には悪くない話だった。

「つまり、不名誉なあだ名はまったく気にしてない、と?」

 要約した身の上話では理解が及ばないだろうが、新人君の言う通りだ。言われ慣れてしまった。

「そんなところだな」

 俺は、声に出して笑った。本当は大事なことを話していないのだが、そういうことにしておこう。

「ちなみに、奥さんの人って、僕会ってますか?」

 彼には何か腑に落ちないところがあるようだ。頭の回転が速いとは聞いていたが、その質問に何の意図があるのやら。

「いや、第一部隊の隊長が俺の嫁さんだよ。だから入隊式典で見てるだろ?」

 俺に言われて、彼が何度も頷いている。おそらくは謎の若さに驚くだろうが、俺やアナや来人、焔はとある共通点がある。ただそれはこの世界の神秘性に関わることなので、おいそれと教えるわけにはいかない。油断するとぽろりと喋ってしまいそうだ。

「第一部隊が外回りなのは、単純に来人がアナに会いたくないのと、アナの希望が一致したからだ。で、俺に外回りをさせないのは、馬鹿を遊ばせておくと勝手に馬鹿をやる、ってことだからだそうだ。酷い話だろ?」

「いやぁ、考えなしに人を助けに行く隊長なら一理あるでしょう」

 同意する人間ではなかった。これが元身内、つまり元傭兵団員や連邦国民などの普通の人なら同意してくれるのだが、財団の人や知識人は同意をしてくれない。親父にも言われたが、どうも俺は同情されにくいらしい。風をまとって歩く奴は普段誰も気にしない、強風で雷を伴うなら話は別――とのことだ。

「俺にそう言うお前は大成するよ。経験則でな。」

 俺は言って、拳骨で彼の顔を軽く小突く。

 俺に対して、真っ向から否定してきた奴は数少ない。だが彼らは、すでに偉かったり、偉くなったり様々だ。代表的なのは来人や焔だ。とはいえ、身内贔屓なのもよく言われることだ。

 彼に関しては、一樹や先生から聞いている。来人が彼に関してどう考えているかは聞いたことはないが、目論見は一致していると思っている。天剣組は中途採用するにしても、明らかにヤバイ経歴を持つ者は雇用しない。本人がそういうつもりでなくても、この社会では追跡捜査すればどういう人生を歩んできたか分かってしまうのだ。

 それに獅堂来人という男は元探偵。おそらくはヤマトの裏社会で最も有名な探偵の元にいた。エクス・アルバーダという人物が一体どういう生まれの人物なのかは、すぐに分かったのだろう。

 ただ俺はそれを問題にする気はない。そういう奴もいるだろ、という認識だ。先生ならば違う見解を示すのであろうが、だからと言って俺自身の意見を変えることはないだろう。

「さぁて、そろそろ帰るとするか」

 誰かに見つかったらサボりと思われる状況だ。俺が言えばなんとでもなるだろうが、彼にとって結果的に不利になることは言うべきではない。彼は今難しい状況だ。天剣組にとって指揮官専門職はいなかった。誰もが戦えたから気にする必要はなかった。この先、誰もが戦えても、攻めと守りが連携できなければ元の子もない。

 そして何より、彼が大変なのはいるべき状況を作り出さねばならないことだろう。手っ取り早いのは成果だ。結果が伴わなければ、他の団員は彼を評価することはない。無論、それでも彼を妬む者はいるだろう。

「あ、そうだ。美神隊長は、団長をいつもどう思ってるんですか? 二言目には馬鹿呼ばわりじゃ、気が滅入る時もあるんじゃないですか?」

 彼は唐突に難しい話題を振る。一瞬、サロンへの帰りの足が止まり、俺は考えてしまう。だがすぐに歩き始めて、答える。

「俺はあいつのこだわりを知っている。それだけのことさ。あいつがなぜチビのままなのか、なんで大陸に来たのか、何と戦おうとしているのか、とかな」

 獅堂来人のこだわりは重い。あいつは自身の幸福を考えていない。自身への反応を考えていない。自身の未来をあるべきものとしか考えていない。それらは普通ありえないことだ。英雄になりたいという考えではない。それは正義の味方になりたいという考え方だ。

 その考え方で、焔と道を分かつことにもなった。ケンカしたわけではない。それぞれ同じ道だが、手分けして歩むことになったのだ。それがどうとんでもないことなのかは、パンデミック事件で正義の味方を否定し、張り倒した自分にはよく分かっていた。

 俺は来人たちを見送ることしかできない。彼らの道は、見えない敵を倒し続けることだ。貧困、奪われた未来、法で裁けない邪悪。それらを誰もが文句を言わない形で滅すること。

 獅堂来人の目線はあえて低い。あの小柄な見た目は、子供の目線でも悪と判別するためのものだ。大人がかがんで、ようやく見える煩わしさを嫌った。

 それは彼女にとってかっこいい大人でありたかった自分とは正反対だった。俺は見た目さえ良ければ、彼女が認めてくれると思っていた。結局、それが正しくないことは弟や彼女から思い知らされることになった。

「多分、すぐに分かるさ。あいつが何を目指そうとしているか、とかは。」

「はぁ」

 俺に言われて、彼は目を白黒させている。なぞなぞのつもりではない。事は、獅堂来人の人生に関わることだ。一朝一夕に理解できる話じゃない。

 それに、来人がアナに出会って一目惚れし、なんやかんやすれ違いがあったあげく、アナを一度刺殺したという話は俺の口から言うべきことではない。あまりにも衝撃的すぎる。アナの口から話すこともあろうが、彼女はすごくあっけらかんと言うのだろうと予想できる。彼女はそういう女性だ。

「あいつは自分の過去を語りたがらないからな。一樹は一部嬉しそうに話すだろうが、あいつの学生時代を知ってる奴で詳しい奴はヤマト本土だ。俺の弟なんだが。」

 聞きに行こうにも物理的な距離がある。彼の中で、獅堂来人の謎が深まるだろうが、仕方あるまい。状況が変われば、美神焔自身に会いに行くことができれば違うかもしれない。

 そんな未来は今は考えることができない。ここからエクスがどうなるかは、俺はよく知らない。ただ彼の道は単純に見えて、彼の取り巻くものが彼の道を複雑化させていくようには見えた。俺は、来人が行く道と同じく、それを見ていることしかできなかった。

 願わくば、彼が世界の敵にならないことを祈りたい。

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