番外編 ヒーロー2人はノーサンキュー 後編

 ――薄暗い倉庫の中に並べられた棺。自分の身体を弄ぶ老人。突如響き渡った爆音。

 その全てに恐怖を煽られ、やがて気を失った荻久保瞳が、神嶋記念病院で目を覚ましたのは――事件が終息した翌日のことだった。


 あの後、首謀者である玄馬宗清はマイティ・ロウにより逮捕され、その身柄はヴィラン対策室に預けられることになった。

 白き法の守護神はこの一件でさらに名声を高め、世間では彼を讃える声がより一層強まっている。彼に救われた女性達も皆、純白のヒーローを崇拝するようになっていた。


 ――ただ1人を除いては。


『優しい人でしたね。あなたの容体が安定するまで、ずっと側で看病していたんですよ。その人』


「……」


 病室で1人、物思いに耽る瞳は――傍らの椅子に掛けられていた、ダークグリーンのレザージャケットを抱き締めていた。ほのかに「彼」の匂いを残しているそれは、どうやら本人がここに忘れていったものらしい。


 彼女が眠っている間、側で看病していた青年のことを教えてくれたナースは、青年が瞳の彼氏だと思っていたようだが――瞳自身は彼の連絡先はおろか、名前すら知らないのだ。


 このジャケットを返す術など、ない。なら、いつかもう一度会える日が来るまで、自分が預かっておくしかない。そんな言い訳を並べて、瞳はあの日、自分の心を乱した男に想いを馳せ――残り香を宿したジャケットに、顔を埋める。

 ナースが言い残した「優しい」という言葉は、その豊かな胸の内に甘い痺れを齎していた。


「優しい……なぁ」


 ◇


 ――その夜。黒のタンクトップ姿で、行きつけのバーに訪れた狗殿兵汰は、見覚えのある「口元」を目にしてため息をつく。

 そして「素顔」を突き合わせるのは初めてだというのに、馴れ馴れしく隣のカウンター席に腰掛けるのだった。


「……よぉ、お疲れさん。こんなとこであんたに会うとはなぁ」

「……貴様か。随分と冷える格好で来たものだな」

「ちょっと寄るところがあってよ、そこで上着忘れて来たんだわ。……取りに帰るのもめんどいし、まずは酒だ酒」

「……始末書30枚、随分と手こずったようだな。学がないからそのような目に遭うのだぞ。――マスター、この男に私と同じものを」

「へいへい、法の守護神様は言うこと違うねぇ。――お、あんがとよ」


 彼に声を掛けられた男も、兵汰の「声」で正体を察し――2人のヒーローは、「素顔」では初対面であるにも拘らず、瞬時に互いの素性を悟るのだった。


「……やはり玄馬宗清が言っていた通り、『吸血夜会』の動きが活発化しつつあるようだ。連中、裏切り者の貴様を亡き者にせんと躍起になっているらしい」

「だろうな。……ま、俺の……俺達のやることは変わらねぇよ。死ぬまで奴らをブチのめす。それだけさ」


 そして、隣に座る男の鋭い視線を浴びながら――兵汰は、グラスに注がれたワインを味わう。


「……しかしアレだ。思った通り、あんたと飲む酒は……美味くねぇな」


 やがて、口の中に広がる味に苦言を呈した彼は。覆面を脱いだ法の守護神に、苦笑いを向けるのだった。
















-Koisuru Akuno Sentouin-


-1st Anniversary-







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