第9話 神威了の選択

 ――東京郊外を経た先にある、神嶋市の山中。そこには市内有数の植物園があり……名物であるアネモネの花畑は、今も絶景のスポットとして知られている。


 その花園に囲まれた遊歩道の真ん中に――黒スーツに袖を通した端正な青年が、青空を仰ぎ佇んでいた。

 架よりやや背の高い、その青年の隣には……黒いワンピーススカートを身につけた少女が寄り添っている。


 やがて、風に黒髪を靡かせる青年の耳に、けたたましいエンジン音が響いてきた。その音の方へと視線を向けた先には――真紅のオープンカーが映されている。


「……来たか」


 青年がそう呟くと。彼の前で停車したオープンカー……エイドロンから、真紅のパワードスーツを纏う「医師」が颯爽と飛び降りてきた。


「あなたは……」

「この姿でお目に掛かるのは初めてになりますね。ヴィラン対策室所属の特別捜査官――神威了かむいりょうと申します。こちらは、私の助手のココアです」

「……」


 キュアセイダー2号の鎧を纏う架に対し、青年は己の名を告げる。その隣に立つ少女は、無言のままじっと架を見つめていた。


「その声……まさかあなたが!?」

「察しのいい方ですね。さすがキュアセイダー2号……いや、橋野架先生です」


 一方。青年の「声」と「名前」からその正体を悟り、架は剣呑な声色で彼に問い掛ける。


「なぜあなたがここに……まさか、先生を!?」

「そうですね……あなたがここに来なければ、そのつもりでしたよ。……良かったですね? 無事にここを見つけられて」

「……先生の地下室にあった探知機は、まだ動いていたからな。神嶋市内唯一の『アネモネの花畑』に居着いたまま、動かない反応なんて……先生以外には考えられない」

「……そうですか。アネモネの花はそれだけ、彼にとっては大きな存在だったのですね。未来を繋ぐ、『希望』の花……ですか」


 ニュータントを絶対悪とし、断罪の対象としている「神装刑事ジャスティス」。そんな彼が、アネモネ・ニュータントと化した勇介を放っておくはずがないと――架は、警戒を露わにしていた。


「藍若先生のニュートラル分離論。昨夜まで、私はそれを机上の空論だと思っていました。ニュータントの救済などあり得ない、堕ちた怪人は死を以て終わらせるより他はない――と」

「……」

「しかし、彼が開発した白血弾とキュアセイダーにより、その主張がデタラメではないと証明された。……あなたという、実績を以て」


 だが、そんな架の様子とは裏腹に。青年――了は実に落ち着いた様子で、キュアセイダー2号の白血砲を見つめていた。希望の花と称される、アネモネの花びらを撫でながら。


「だがそれでも、キュアセイダー2号の力で藍若先生――いや、あのニュータントを救える確証はありません。あの力は、並大抵のヴィランとは桁が違う」

「だけど……それでも、オレは!」

「……誰よりも生き延び、人を救わねばならない医師が、何よりも危険な戦地に立つ、か。師が師なら、弟子も弟子。悪いところばかり似る」


 白血砲が齎すリスクを、改めて言及する了に対し。架は覚悟の上だと、一歩も引かない姿勢を示す。

 そんな彼に了は、「敗北」を認められなかった過去の自分を重ね、ため息を漏らすと――ココアの手を引き、道を譲るように端へ寄った。


「10分だけ、時間を差し上げましょう。それまでにあのニュータントから、ニュートラル・ウイルスを摘出して頂きたい」

「神威さん……!?」

「それまでに処置が完了しなかった場合。あなたの手には余る案件と判断し……ジャスティスの力を以て、あのニュータントを『処分』させて頂きます」

「……!」


 そして――白血砲を持つ架の力に、この一件の裁量を委ねるのだった。恩師の生死を分ける「手術室」への入り口を前に……架は仮面の下で息を飲む。


「さぁ……どうぞ。あなたは、あなたの務めを果たしてください。私も、長くは待てませんので」

「……」

「――あの怪人の運命は、あなたに懸かっているのですから」


 だが、恐れはない。引くこともない。架は鋼鉄の拳を握り締めると、踵を返してエイドロンの方へと向かう。


「違う、怪人じゃない」


 ――そして、一度だけ振り返り。


「この先で待っているのは――オレの『患者』だ」


 改めて。


 「ヒーロー」でも「ヴィラン」でもない――「医師」としての選択を、白き処刑人に告げるのだった。

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