第7話 発現アネモネ・ニュータント
キュアセイダー1号――という殻を突き破り、架達の前に顕れた異形の怪人。そんな恩師の変わり果てた姿を前に、架は仮面の下で唇を震わせていた。
かつて藍若勇介だったアネモネ・ニュータントは、力を制御しきれていないのか、しきりに全身の触手をしならせている。
「勇介先生がニュータントに……!? どうして……!」
「彼は、キュアセイダーの白血弾を完成させる為に――自分の身体で実験を繰り返していたのです。……いつニュートラルに感染しても、不思議ではありませんでした」
「そんな……先生が……」
だが、自分が白血弾を持つキュアセイダーであり――目の前に「
架はそう思い立ち、白血砲を勇介に向けながら一歩前へと進み出る。
「グゥ、オォ……!」
「……先生、ジッとしていてください! オレの白血砲なら、先生からニュートラルを切除出来るはず!」
「ダメ、だ……! 架君、私から……離れてくれ……!」
「心配は要りません! 先生が造ったこの白血砲は、本物です! 実際にニュータントの『手術』にも成功した……実績もあるんです!」
だが、勇介は残された理性を振り絞り、手を振って「手術」を拒む。その理由が見出せず、架は拳を震わせていた。
「それが、ダメ……なの、だ……」
「ダメ……!? ダメとは、どういうことなんですか!?」
「医師がどれほど、優れた技術を持っていようと……患者自身に、その手術に耐え得るだけの体力がなければ、悪戯に死なせるだけ。君も、知っているだろう」
「……!」
「白血砲の66mm弾は、確かに強力だ。1号の9mm弾とは、比にならん。だが、それほどまでに多量のワクチンを含有した弾を、老いさらばえた私が浴びれば――ニュートラルごと、感染者の私が砲弾の質量に押し殺される可能性の方が高い」
「……!」
だが。勇介の口から、その理由を聞かされてしまい――架は思わず、白血砲の狙いを逸らしてしまう。
――そもそも。世間で「怪人」もしくは「ヴィラン」と呼称されている、ニュータントの変身態とは。
ニュートラル感染者の体外にウイルスが放出され、「第二の皮膚」として全身に付着している状態のことを指している。
ウイルスが固形化することにより形成される「第二の皮膚」の強度は、個体によって大きく異なる。鎧のように分厚く強固なものもあれば、生身と大差ない、薄皮一枚の「皮膚」もある。
そんなニュータントの変身態に白血弾を撃ち込んだ場合、「第二の皮膚」に直撃した砲弾の衝撃が、内部の生身にまで及ぶ可能性があるのだ。白血砲の66mm弾を浴びたブルーハ・ニュータントが、
そうした「皮膚」の厚み次第で、生身への影響力も大きく変化するのだ。
強力な白血弾を使えば、確かに「第二の皮膚」を破壊し、ニュートラルを排除できる確率は高まる。しかしそれと並行して、「皮膚」の下にいる生身の体まで傷付けてしまう確率も増えてしまうのだ。
強過ぎる心臓マッサージが、患者の肋骨を折ってしまうように。
勇介の体を侵しているニュートラルは、非常に高い硬度を持っているが――勇介自身は、初老を迎えた体だ。
2号の白血砲を受けた場合、その衝撃が「第二の皮膚」を破壊するのみに止まれば、彼は助かる。だが、「第二の皮膚」よりさらに先へ、白血弾の衝撃が貫通してしまった場合。
勇介の老体は果たして、そのショックに耐えられるだろうか。
――だが、勇介自身が危惧しているのは、そこではない。
「それに……そのスーツはまだ完成したばかりだ。政府から医療器具としての認可も下りていないし、正式なヒーローとして登録されてもいない。そんなものを使って、万一……人を死なせるようなことになれば。君は、医師免許を剥奪されてしまうだろう」
「先生……」
「……いいんだ。誰も傷つけず、キュアセイダーを完成させるためには、私自身を実験台にするしかなかった。そして、自らの身体で実験を繰り返す以上――いつかは、こうなることも覚悟していた」
「……ッ!」
全ては、架が医師免許を失うリスクを排除するため。開発の過程で、架がニュータント化してしまう事態を避けるため。
――今日に至るまで、キュアセイダーのことを隠されていた真の理由を悟り、若き医師は唇を噛み締めた。
勇介は……最初から、自分の生存を諦めていたのだ。だから、ニュータントを絶対悪と定義する、ジャスティスの刃に掛かることを選んでいた。
その真相に辿り着いた架は、憂いを帯びた眼差しを仮面に隠したまま、悲痛に訴える。
「私の体内にあるこのウイルスは……かつてないほどに、強力なものだ。遠くないうちに、私は自我を破壊され……ただの化け物になるだろう。その前に、手を打つ必要がある」
「ニュータントは……『患者』です! 化け物なんかじゃない、先生だってそう仰ったじゃないですか!」
「そうだな……君の言う通りだ。身勝手な話だとは、承知しているよ。――だから。私に恩義を感じている君には、ここで全ての借りを返してもらうとにしよう。この矛盾に目を瞑り、私を『見殺し』にして貰うことで」
「そんなこと……納得できるわけないでしょうッ!」
「患者にも、死に方を選ぶ権利はあるさ。『尊厳死』……という奴だよ」
だが、勇介は架の呼びかけに応じないまま――触手を使い、摩天楼の高みへと登り始めていく。
このままでは、見失ってしまう。そう危惧した架は、先手を打つべく白血砲を彼に向けるが――撃つことは、出来なかった。
撃たねば、恩師は助からない。撃ったとしても、助かるかはわからない。その「矛盾」に苛まれ、最後の引き金を引けずにいる彼を見下ろし――勇介は、優しげな声色でジャスティスに語り掛ける。
「……神威君。
「お任せください」
それに応じるように、白き処刑人が深く頷くと。アネモネ・ニュータントは触手をしならせ、いずこかへと立ち去ってしまうのだった。
彼がいなくなる直前に、ようやく我に帰った架は――自分の無力さを呪いながら、悲痛な声を上げる。
「先生……先生ッ!」
「架君、今までありがとう。……楓のことは、よろしく頼む。手の掛かる娘だが……これからも、力になってあげてくれ。後生の、頼みだ」
そうして完全に見えなくなる瞬間。勇介が残した言葉だけが、彼の耳に残されていた。
打ち拉がれた架は、膝をつき拳を震わせる。そんな彼の背を、ジャスティスは神妙に見下ろしていた。
「先、生ッ……」
「――あなたがその力で、人を救い続ける限り。彼の研究と献身は、無駄にはならない。たった一つの命のために、全てを投げ捨てるか。より多くの命のために、彼を殺すか。答えを出すのは、あなたですよ――キュアセイダー2号」
「くっ、うッ……!」
――これでは、何のために勇介を問い詰めたのかわからない。楓の笑顔と、彼ら家族の幸せを取り戻すため……だった、はずなのに。
「……先生……! 藍若さんっ……!」
矛盾に満ちた顛末。それに直面した架の慟哭が夜空を衝いたのは、その直後であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます