第6話 藍若勇介の正体
「ぐっ……はぁっ!」
「ハァッハハハ! なァんだ、結局威勢がいいのは最初だけか。もう膝が笑ってるぜ?」
「くっ……やはり、この老体には堪えるか……!」
一方、1号こと勇介は――クドラク・ニュータントの剛腕と爪を前に、苦戦を強いられていた。
ブルーハ・ニュータントと同様に、都心部に戦場を移されたことで平静を乱された彼は、すでに全身傷だらけとなっている。
しかも人通りの少ない路地裏でのインファイトとなれば、白血銃しか持っていない1号にとっては、さらに不利な状況だ。
(なんというタフネスだ……! もう何十発と、白血弾を浴びているはずなのに!)
警官隊の増援を避け、なおかつ勇介の焦りを誘う。その策略に嵌められ、路地裏に導かれてしまったキュアセイダー1号は、徐々に体力を削られていた。
「……はァッ!」
「ハハハ、効かねえ効かねえ! もうそのオモチャは通じねぇよォ!」
「なにッ――ごはァッ!」
それでも諦めず、勇介は爪の猛攻をかいくぐり白血銃を連射する。だが、クドラク・ニュータントはそれを難なく受け止め――腹への正拳で、彼を吹き飛ばしてしまった。
アスファルトの大地を転がり、壮年の医師は仮面の下でくぐもった呻きを漏らす。
――先ほどまでは効いていたはずの白血銃が、通じなくなった理由。彼はここまで追い詰められたところで――ようやく、それに気づくのだった。
(……そうか……! 白血弾自体の威力が浅いせいで、ワクチンが働く前に、奴の身体が薬品への耐性を得てしまったのか!)
9mm白血銃は66mm白血砲と比べて、威力が浅い。それはつまり、ワクチンの成分が少ないということであり――対象の体細胞が、それに対する抗体を精製する猶予を与えてしまうことになる。
クドラク・ニュータントの強固なニュートラル細胞を切除するには、9mm白血銃では火力不足だったのだ。
「このままではっ――うがァッ!」
「ハァンッ! テメェは楽には殺さねぇ。変な弾で俺をおちょくってくれた礼だ、ジワジワといたぶってやる」
細胞の強度でいうなら、ブルーハ・ニュータントの方がまだ薄い。本来なら、勇介が彼女を相手にするべきだったのだ。
初陣の架を慮り、なるべく弱い方と戦わせる、という勇介の気遣いが裏目に出てしまったのである。強力な66mm白血砲を持つ2号なら、クドラク・ニュータントが体内で抗体を精製する前に押し切れたはずなのだから。
今になってそれを悟り、勇介は腹を蹴られた痛みと自分の采配ミスに唇を噛む。呻き声を上げながら、横たわる漆黒の戦士を見下ろし――人狼のヴィランは、冷酷に嗤い爪を振り上げた。
「さぁ……今度こそネンブツ――!」
すると、その時。
「あ?」
人狼の腕が。
「う、腕」
ボトリ、と地に堕ちる。
持ち主の、身体から。
「――ぁあぁあぁあ、あぁああッ! 腕、腕、腕ぇえぇえッ! 俺の腕がぁあぁあぁ!」
「……!」
刹那。空を引き裂くような絶叫が、東京の街角に轟き――声の主がのたうちまわる。その腕は、まるで包丁で切られた肉のように、綺麗な断面になっていた。
一体、何が起きたというのか。その問いに答えるように――白い装甲服を纏う1人の「ヒーロー」が、建物の上から飛び降りてきた。
「……ふん、情けない叫びだ。欲に爛れたニュータントの怪人など、所詮こんなものか」
「て……んめェは……!」
鮮血に塗れた、一振りの剣。それを視界に捉えたクドラク・ニュータントは、忌々しげにその男を睨み上げる。
天使の羽を模したイミテーションを肩から伸ばし、純白の鎧に身を包む、「正義」という言葉を体現したかのような凛々しい姿。それを持つ彼は――
「……俺は太陽の使徒。すべてのヴィランを燃やしつくす、正義のヒーロー」
――赤十字の巨大な角を持つ、フルフェイスの仮面の下に……冷酷な視線を隠して。
「神装刑事――ジャスティス」
己の名を、静かに……そして、厳かに告げるのだった。
その名を耳にして、勇介とクドラク・ニュータントは同時に瞠目する。
「ジャスティス……!」
「て、てめぇがニュータント狩りの『白い処刑人』か!」
「……藍若先生。超人計画に携わっていたあなたが、ニュートラルを感染者から切除する研究をされていた……とは聞いていましたが。まさか自らスーツを着て、戦いの場に現れていたとは思いませんでしたよ」
キュアセイダー1号とジャスティスの視線が交わる。 白きヒーローは地を這う黒い医者を、どこか憂いを帯びた眼差しで見下ろしていた。
「ですが所詮は、有象無象の研究チームと同規格のパワードスーツ。
――政府主導の下、日々増加するニュータント犯罪に対抗すべく始動した「超人計画」。そのプロジェクトは幾つもの研究チームに分けられ、藍若勇介を含む大多数のチームは、戦闘用パワードスーツによる戦力拡張を目標としていた。
一方。ベルトに内蔵されたニュータントの力を介して変身する機構「
奇抜な発想と、それを実現しうる圧倒的科学力を以て、最強の処刑人を世に送り出したのだ。
――そして、霧島博士亡き今。ただ独りで「真装計画」を引き継いだこの男は、「神装刑事ジャスティス」となり。
憎悪のままにニュータントを狩る、「白い処刑人」となったのである。
「何をさっきからゴチャゴチャと――ひぎゃあ!」
「……黙れ、ヴィラン風情が」
右腕を失った人狼を、ジャスティスは淡々といたぶるように切り刻んでいく。その太刀筋には、一欠片の情けもない。
「あぁ、あひぃいッ!」
「……
「その名で呼ぶのは、やめて頂きたい」
やがて、神威と呼ばれたジャスティスは、躊躇うことなく。クドラク・ニュータントの喉笛に、刃を突き立てる。
「は、がっ――!」
「俺は――ジャスティスです」
その一閃は、一瞬にして人狼の命を刈り取り、彼の意識を永遠の闇に追放する。勇介はただ、それを見ていることしかできなかった。
口惜しげな表情を仮面に隠し、勇介はジャスティスを見上げる。
「君は……やはりニュータントを……」
「ニュートラルを切除し、感染者を人間に戻す『キュアセイダー』。ここは、そんな世迷言が通じる世界ではありません。ニュータントは絶対悪――斃すより他はないのです」
「……いや、それは違う! 確かにこの1号では役不足だったが、火力の高い2号なら――うッ!」
あくまでニュータントは殺すべき存在。そう断じるジャスティスに抗い、声を上げた瞬間――勇介は突如、胸を押さえて苦しみ始めた。
白い処刑人は、その様子をただ静観している。
「お、おぉ、ああァッ……!」
「――やはり。俺のニュータント探知機に、
ジャスティスは、暫し冷ややかに勇介を見下ろした後――彼の体を蹴り、仰向けにさせた。
「うぐッ!」
「……だが、まだ完全には覚醒していない。今のうちに『処分』させて頂きますよ――先生」
そして、先ほどクドラク・ニュータントにした時と同じように――「異変」が起き始めていた勇介に、引導を渡そうとする。
「楓、奏……勇一郎……」
迫る死の運命。それに抗う余力すらないまま、勇介は辞世の句のように家族の名を呟く。
――すると。路地裏ごと、彼ら2人を照らすような眩い光が差し込んで来た。
「先生ッ!」
それがエイドロンのヘッドライトだと、勇介が勘付くより速く。車上から飛び降りてきた架が、この場に駆けつけてきた。
1号のスーツが過度のダメージを受けたことで、自動的に2号へとSOSが発信されていたのだ。
「架、君……!」
「キュアセイダーが2人……。あれがあなたが今話していた『2号』ですか」
勇介はひび割れた仮面に苦々しい表情を隠し、しゃがれた声でその名を呟く。その傍らで、ジャスティスは赤いキュアセイダーを品定めするように見つめていた。
一方、架は噂のヒーローが恩師を斬ろうとしているこの状況に目を剥き――どうにか止めようと説得を試みる。
「なんでジャスティスが先生を……!? と、とにかく! 先生から離れてくださいッ!」
「そういう訳にも行かないのです。彼は今すぐ、この場で死なねばならない。彼自身の為にも」
「……何を訳のわからないことをッ!」
――だが、ジャスティスに取り付く島はない。そのまま目の前で剣を振るおうとする彼を前に、架は説得を諦め取り押さえようとする……のだが。
「……っ!? うあっ!」
「筋はいいが――まるで経験不足だな。実戦は初めてと見える」
「架君……逃げるんだ……!」
伸ばした腕を、逆に掴まれ。外見から判断するに、かなりの重量差があるにも拘らず――軽々と、投げ飛ばされてしまうのだった。
宙を舞い、地に堕ちる2号。苦悶の声を漏らす彼に、1号は沈痛な声を上げる。
「先生を置いてッ……逃げられる訳ないでしょう! せっかく、ニュータントの患者を救えたばかりなのにッ!」
「……なに……?」
すると。今度は架の言葉に、ジャスティスが硬直し――エイドロンの方を見遣る。
その後部座席では、かつてブルーハ・ニュータントだった1人の女性が眠り続けていた。
「あれは指名手配犯の……」
「架君……成功したんだな……!」
ニュートラルの力を私利私欲のために振るう、悪しきヴィランとして手配されているはずの彼女は――ジャスティスのニュータント探知機に反応していない。
それが意味するものを悟り、ジャスティスは態度を一変させる。信じられないものを見るような眼で2号を見下ろす彼は、感嘆の声を漏らした。
「……白血弾の効果そのものは、デタラメではなかったということか。ニュートラルの切除……まさか、本当にそんなことが出来るとは……」
「このキュアセイダーの力なら……大勢の罪のないニュータントを、異形の力から救えるんです! あなたにどんな事情があるかは知らないけれど……このスーツと白血弾を造った勇介先生を、殺させる訳には行かない!」
「……」
その様子から、今なら説得出来ると考えた架は――勢いよく立ち上がり、ジャスティスにキュアセイダーと勇介の必要性を訴える。
そんな彼の言葉を耳にして……ジャスティスが、迷うように手元の剣に視線を落とす。
「……ダメだ……架君、逃げるんだ……! 私は……!」
「大丈夫です先生! 例え、あのジャスティスが相手でも……先生を守る為なら、オレは!」
「違う、違うんだ! 私は、私は……!」
「先生……!?」
――その時だった。勇介が再び、胸を押さえて苦しみ始めたのは。
突然の彼の「異変」に、架は思わず駆け寄ろうとするが――ジャスティスに肩を掴まれ、止められてしまう。
「……キュアセイダー2号。彼から離れなさい」
「突然何を……!」
「今に分かります」
その真意が読めず、架が声を荒げた――次の瞬間。
「うっ……あぁあぁあッ!」
「先生……!?」
1号のスーツに、無数の亀裂が走り――やがて、鎧を
体中から衝き上げる何か。それに押し流されるように、1号のスーツが瓦解していき――ついには、破片となって飛び散ってしまった。
だが――スーツを破り、1号の中から現れたのは。もはや、架が知る藍若勇介ではなかった。
触手を全身に纏い、各関節部を「
その変貌を目の当たりにした架は、声を震わせ、呟く。
「ニュー……タント……!?」
そんな彼の背を、ジャスティスはただ静かに見据えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます