第5話 摩天楼を駆ける

 ――夜の帳が下り、街灯の光に照らされた東京の街。摩天楼に囲まれた、そのアスファルトの道を――真紅のオープンカーが駆け抜ける。

 赤と黒。2人のヒーローを、乗せて。


「見えました……先生、あそこです!」

「うむ、私はここで降りる。君はあの鳥型ニュータントを頼む!」

「はい!」


 都心部を抜けた先にある、多摩川の河川敷。その高架下では、コンピュータに反応していた2体のニュータントが暴れていた。

 筋骨逞しい、狼男を彷彿させる風貌を持つクドラク・ニュータント。鳥のような翼を持った女型のブルーハ・ニュータント。彼らはパワードスーツを纏う警官隊を蹴散らし、自らの力を愉しむように「人間」を蹂躙していた。


 ――「吸血夜会きゅうけつやかい」。吸血鬼に纏わる能力を持つニュータントで構成された、大規模犯罪組織だ。トランシルバニアを本拠地としつつ、こうして頻繁に日本や諸外国で悪事を働いている。

 彼ら2人は、その組織に属する下級怪人なのだ。


「ハッ、ハハハ! やはり脆いな、人間は!」

「警察のパワードスーツなど、所詮はこんなもの。我が『吸血夜会きゅうけつやかい』の敵ではないわね」


 そんな連中との激戦が続いている現場では、何台ものパトカーが大破しており、中には炎上しているものや、横転している車体もある。ニュータント犯罪の凶悪性が、集約されているかのような光景だ。

 パワードスーツを着ている警官も1人しか残っておらず、その唯一の生き残りも、すでに満身創痍だ。他の警官隊は全員倒れているか、廃車の陰に隠れているかのどちらかである。


「つ、つよ……い。これが、吸血夜会、か……」

「せ、先輩! 浅倉あさくら先輩っ! これ以上は危険です、装備をパージして脱出を!」

「何を言っている新見にいみ! まだ周囲の市民が逃げきれていないんだ! 市民の安全が確保されるまでは……骨の一本になろうと、私は戦い抜く!」

「先輩っ!」


 唯一装甲服を纏っている警官として、浅倉と呼ばれる1人の女性刑事が、不退転の決意を貫いていた。彼女の部下である新見という若い青年刑事が、後方で車の陰に隠れながら撤退を呼びかけているが……当の本人は、一歩も引く気配がない。

 ――都心部からは少々離れているものの、ここは住宅街の近くである。当然居合わせた民間人も多く、被害状況の大きさゆえか、まだ避難も完了していない。悲鳴を上げて逃げ惑う市民達を、クドラク・ニュータントは満足げに高架下から見上げていた。


「ぎゃっははは! かーっ、くいー! その格好良さに免じて、この俺が直々に……華々しく散らせてやるぜ!」

「がぁっ……!」

「先輩っ! こ、このっ、このっ! 離せ、先輩を離せぇッ!」

「あっははは、可愛らしいわぁ。あるはずのない希望なんかに、縋っちゃって」


 そして、パワードスーツに装備されている機関銃の連射を浴びても――全く怯まず。抵抗を続ける浅倉刑事を、爪の一撃で切り裂き転倒させた。

 堪り兼ねた新見刑事が、拳銃を乱射して牽制を試みるが――まるで効果がない。上空から戦局を眺めていたブルーハ・ニュータントは、蔑むように嗤っている。


 やがて、全ての銃弾を凌いだクドラク・ニュータントの手が、女性刑事の首を掴む。腕一本で吊り上げられた彼女は、苦悶の声を漏らしながら――なおも諦めず、人狼の怪人ヴィランを視線で射抜いていた。


「き、……さま……らッ……!」

「ほーら、ネンブツでも唱えてみな。あと一息で首がポッキリと――あん?」


 ――万事休す。この場にいる誰もが、そう思った時だった。


 エイドロンの眩いヘッドライトが、彼らの全身を照らす。それに気を取られたクドラク・ニュータントは、手から女性刑事の首を滑らせてしまった。


「……そこまでだ。私の治療を受け、真っ当な人の道を歩んで貰おう」

「あァ? なんだてめ――ぶっ!?」


 その瞬間、1号の鎧を纏う勇介は、問答無用で腰のホルスターから白血銃を引き抜くと――9mm白血弾を、人狼怪人の顔面に撃ち込む。

 白く粘ついた、トリモチのような弾が彼の顔にへばりついた。


「くっ、なんだこりゃあ。こんなオモチャでこの俺が……ッ!?」

「……やはり9mm白血弾では、即効性に欠けるようだな」

「ち、力が抜ける! テメェ何もんだ、何をしやがった!」

「君からニュートラル・ウイルスを摘出する作業だ。……大人しくしていなさい、じきに楽になる」

「て、摘出だとォ!?」

「……! 何者か知らないけど、私達『吸血夜会』に歯向かうとはいい度胸ね――ッ!?」


 力が抜ける。体に感じた異常から、そう口にしたクドラク・ニュータントの異変を感知し、ブルーハ・ニュータントは1号を排除すべく急降下を仕掛ける。

 だが――迎え撃つように放たれた白い砲弾が目の前に現れ、彼女はそれをかわすために攻撃を中断。咄嗟に身を翻して、再び上昇した。


「くっ……外れた! やっぱりぶっつけ本番は辛いな……」


 2号の66mm白血砲。その一撃を外してしまい、架は仮面の下で唇を噛みしめる。


「あ、あいつも妙な弾を……!」

「おい、二手に分かれるぜ! 固まってたら狙い撃ちされる!」

「そうね……! 私があの赤いヤツを殺るわ!」

「だったら、俺はこっちの黒いヤツだ!」


 警察用のパワードスーツとは似ているようで違う、謎の新手。おかしな弾を使う彼らを警戒し、2人の怪人は散開して戦うことに決めた。


「向こうも二手に分かれたな……架君、手筈通り鳥型は任せた! 狼型は私が引き受ける!」

「はい!」


 そんな彼らの様子を見遣り、架達も二手に分かれて戦うことに決める。1号こと勇介は、漆黒の身を翻してエイドロンから飛び降り、クドラク・ニュータントと対峙した。

 架はそんな恩師の背を見送った後、急速にハンドルを切って土手の上へと走り抜けていく。そこから土手の道を疾走し始めた彼を、ブルーハ・ニュータントが上空から追尾していた。


「ぅ、がはっ!」

「せ、先輩っ! しっかり!」

「ごほ、がっ……わ、私は大したことはない。……しかし何者なんだ、あの2人は」

「ヒーロー……ですよね。多分」

「そうでなければ、頭のおかしいコスプレイヤーだ。……しかし、あんな2人組は今まで見たことがない。あの奇妙な弾丸といい、彼らは一体……?」


 ――突如この場に現れ、自分達に代わりニュータント達との戦いを始めた、2人の鎧戦士。

 見たことのないヒーローの姿を見つめる浅倉刑事と新見刑事は、彼らの戦局を見ていることしかできなかった……。


 ◇


 ――架は当初、可能な限り被害を抑えるため、土手の道を走り都心部から遠ざかっていた……のだが。

 それを悟ったブルーハ・ニュータントは、架の追跡を止めると――真っ直ぐ都心に向かって飛び去ろうとしていた。人口密集地に向かうことで架の焦りを誘い、その隙を突く算段だ。


 そんな彼女の狙い通り、架は都心部を目指すブルーハ・ニュータントを追い、全速力で多摩川専用橋の上を駆け抜けている。


(……どうやら赤いヤツの方は、かなり経験が浅いようね。戦士にしては、狙いがまるでど素人)


 ニュータントに対抗するための特別製ということもあり、エイドロンの加速は常軌を逸している。すでに架は、白血砲の射程圏内にたどり着いていた。

 ――しかし、何度砲撃しても弾が当たる気配はなく。白い砲弾は夜空を舞うばかりであった。


 どうやらヒーローになりたてで、戦い方をまるで掴んでいないらしい。そう当たりをつけたブルーハ・ニュータントは、妖しく嗤うと身を翻し、架を挑発した。


「来なさい坊や、遊んであげる」

「あなたの遊びに付き合ってる暇はない……! 待て!」

「あっははは、捕まえてごらんなさい!」


 その煽りに乗せられるまま、架はハンドルを切りながら幾度となく白血砲を撃ち続けた。だが、ブルーハ・ニュータントは優雅に舞い飛び、その全てをかわしている。

 ――そうこうしているうちに、都心部の入り口まで来てしまった。その苦境が、さらに架の焦燥を煽る。


「くそっ、街に入られた……! これ以上迂闊に砲撃したら、流れ弾で街が……!」

「あははっ、動いてる的を撃つのは初めてかしら? じゃあ、こんなのはどう!?」


 ここまで平静を乱した今なら、新型だろうと容易く潰せる。そう踏んだブルーハ・ニュータントは、ナイフのように鋭い自分の羽根を、架目掛けて投げ付けた。


 ――だが、苦戦の中であっても。架は、その刃先を見逃さなかった。咄嗟に反撃を悟った架は、ハンドルを切り滑らかな軌道をアスファルトに描きつつ、羽根を回避する。


「くッ!?」

「あら、運転はお上手なのね。――でも、避けてばかりでは敵は倒せなくってよ?」


 だが、攻撃はそれだけでは収まらない。今度は無数の羽根が、豪雨のように降りかかって来た。

 架は辛うじてそれをかわし続け、ブルーハ・ニュータントとの距離を保ち続ける。だが……都心部に入り込んでしまったことで、周囲に混乱の波が広まり始めていた。

 突如、空から飛来してきた凶悪なニュータントを目の当たりにして、街道を行き交っていた人々は、悲鳴を上げて逃げ惑っている。


 そうしたニュータント襲来による恐慌のせいか、すでに交差点や路上では事故が多発しており、いくつもの廃車が打ち捨てられている。


(このまま長引いたら、被害が拡大する一方だ……! くそっ、なんとかしないと――んっ!?)


 ――すると。架の目に、あるものが留まり。それを見つけた彼は、仮面の下で表情を引き締める。


(一か八か……やるしかない!)


 偶然見つけた、起死回生の一手。

 それに賭けた架は、さらに激しく白血砲を乱射していく。――外れてもビルに直撃しないよう、摩天楼の隙間を縫いながら。


「おおぉッ!」

「あらあら、ヤケになって乱れ撃ち? 数撃てば当たる、という言葉が当てはまるほど、『実戦』は単純じゃないのよ……坊や」

「違う! これは――あなたの『手術』だ!」


 それを難なくかわすブルーハ・ニュータントは、架が自棄を起こしたのだと判断し、高笑いを上げるが――若き医師は、毅然とした叫びを以てそれを否定する。


「……っ!?」

「はああぁあッ!」


 やがて――白血砲の乱射で、ブルーハ・ニュータントの油断を誘った架は。前方にあった、廃車の山にエイドロンで乗り上げる。


 ――並の車とは桁違いの速度を持つエイドロンで、そんなことをすれば。当然、少々浮き上がる程度では済まない。


「なっ……!? 廃車をジャンプ台に!?」

「いくら撃っても当たらないなら――当たるまで近寄るまでだッ!」

「このッ――クソガキぃいッ!」


 廃車に乗り上げた勢いのまま、架を乗せたエイドロンは、摩天楼の夜空を駆け上る。それを迎え撃つべく、ブルーハ・ニュータントは怒号を上げて羽根を放つ……のだが。


 命中する直前。


 架はエイドロンを乗り捨て――身一つで、ブルーハ・ニュータントに飛びつくのだった。予想だにしない手段で接近された鳥人は、為すすべなく細い両肩をパワードスーツの剛力で掴まれる。


「がぁッ!?」

「行けえぇぇッ!」


 こうなれば、もはや逃げ場はない。月夜が照らす東京の夜空で――架は、ゼロ距離の白血砲弾を叩き込むのだった。


「キャアァアッ!」


 激しい爆音と共に、ブルーハ・ニュータントは絶叫を上げ――本来の人間の姿に戻りながら、地上に墜落していく。


「エイドロンッ……間に合えッ!」


 超常の力を失い、白血砲のショックにより気絶した、ただの・・・女性の手。今にも潰れてしまいそうなほどに柔らかい、その「人間」の手を取り――架は、自分達と共に落下していたエイドロンに乗り込む。


 やがて彼らを乗せた真紅のオープンカーは、廃車の山の上へと滑るように着地し――辛うじて、事なきを得るのだった。


「……ふぅっ」


 滑り降りるようにアスファルトの上へと帰って来た架は、勇介の救援に向かうべく、そのまま来た道を引き返していく。


 ――慣れない「手術」をようやくひと段落させた彼は、仮面の下で深く息を吐き出し。後部座席で眠る、ブルーハ・ニュータントだった・・・女性の寝顔を、一瞥していた。


(……こんなに慌ただしい手術は、オレも初めてだな。先生は……無事だろうか)

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