第四章 暗き運命-さだめ-に抗う者
4-1
「おおおおおおおっ!」
キョウジの
《クッ、ククッ。ハハハハハッ! 貴様、まだ生きていたのか!》
ケロリとした様子で男は目を見開き、その場から消え去った。
「くそっ!」
空間が
《恥ずかしげもなく出てくるとは、負け犬にしては面白い! それとも、やはりただの
「うるせええ!」
背後も確認せず、キョウジはガバメント拳銃の引き鉄を引いた。絶え間なく『ベルトルト』が
《無駄だ》
今度は胸に穴など空かず、銃弾は全て男の身体をすり抜けていった。
「!」
『キョウジ、落ち着け! 奴は亡霊……いやプログラムだ! 通常の攻撃が
《ほう、そちらの犬の方が優秀なようだ》
「てめぇ!」
男は不敵な笑みを浮かべる。その様子、そして大切な
《しかし、『てめぇ』呼ばわりは許容できんな。私にも名はあるのでな。……しかし、貴様のような低俗な者に、高貴な我が
あごに手をあて、わざとらしく思案のポーズをとる男。
《私のことは、『タキシム』とでも呼んでもらおう。この星に死がおとずれる前の、ほんのつまらん余興だ》
常に相手を見下すその男――『タキシム』の言葉に、キョウジは心底うんざりした。
『なるほど、『
ゼルの反撃に、タキシムの眉がピクリと動く。
『しかし、私の声を盗み聞かれているのは気に入らんな。……ふむ。どうせ聞こえているなら言わせてもらうが』
《何だ?》
『存外、悲しい男なのだな』
「ゼル?」
ゼルの悪いクセがまた始まった、とは思いながらも、次に打つ手を
『やれ高貴だ、やれ『オリジナル』だと
《き、貴様ああああああああああっ! 道具の分際でっ、私を! 私の魂を
『キョウジ! パンチだ!』
その言葉に
その手を伸ばしせまるタキシム。しかし少年をつかむことはかなわず、狂気の表情には竜騎士の拳が突き刺さっていた。
『
《ガッ……》
強烈な一撃を受け、
「ゼル……?」
一撃を食らわせたキョウジ本人が一番驚き、パートナーに説明を求める。
『やはりな』
一人で勝手に納得するゼルに不服をもらしそうになるキョウジ。
『奴は――タキシムはジーンドライブシステムそのものなのだ。いや、実際には寄生しているだけのプログラムに過ぎん。――ならば、書き換えてしまえばいい』
「なっ、…………俺はプログラマーじゃないぞ」
今度ばかりは疑問を抱き、ゼルを問い詰めるキョウジ。
『そうだな。そんな芸当、通常なら私にしかできんだろう。だがタキシムのシステムは私とは違う個別のものだ。しかもコピーと言えど奴は元人間。どうやら、その権限は私より上位のもののようだ――全く気に食わんがな』
本気で吐き捨てるように言うゼル。キョウジはその
『だが……キョウジ。君なら』
ゼルの本意をぼんやりと察し、それでもなお疑問が残るキョウジ。
『人である君なら、システムを
「できるのか?」
『問題ない。君は奴を『殴り倒したい』――そう願うだけでいい。その想いを
「……了解だ」
キョウジはゼルの言葉を心に
《おのれ、おのれええ! 貴様何をした! 何を話している!》
タキシムの
『なに、害虫駆除の話だ』
《? ……駆除? 駆除と言ったのか?》
ゼルの言葉を全て聞き取れず、タキシムは無様に
『なんだ。もう盗聴ごっこは終わりか? これだから
《 俺を、俺をコピーと呼ぶなあああああああああっ!》
タキシムは絶叫し、その
『本性をあらわしたな』
キョウジが構えを取り、悪意を迎え撃つ準備を行う。
『キョウジ』
「ああ」
「 『 奴の
《ぐううううううっ!》
自身のかたわらに浮遊させた巨大な両腕で、タキシムが銃弾を受け止めた。男の全身に、次々に四十五口径のエメラルドグリーンが埋まっていく。しかしキョウジから放たれたそれらは、半数が目標をすり抜けてしまっていた。
『そうだ、キョウジ! 奴が現実に、確かにそこにいるとイメージしろ!』
「んなこと言ったって、さんざん幽霊だプログラムだなんだ言ったのはお前だろ!」
くり出される敵の攻撃を、キョウジは利き手と逆で受け止める。
「ヅッ……!」
左手に電流が
「ッ、のおおおおおおおおっ!」
大きく降り下ろされたキョウジの右腕が左と
《ハッ……! ガアアアアアアアアア!》
障害を闇へと追放するような光柱が、目の前の狂気を
細く、だが確実に
《アッ、ガッ……。ギイッ……!》
吹き飛ばされた半身に横目を流し、事態を整理することができないタキシム。彼は壊れた機械人形のように、カタカタとその首を振り続けていた。
《許サン……。許サンゾ、貴様ラ》
かろうじて人の言葉を取り戻したタキシムは、ふつふつと
《必ず。必ずその息の根を止めてやる》
タキシムは頭上に向かって
「なっ、バケモノかよ!」
『キョウジッ、まずい! これは――』
「ッ!」
途端、キョウジの身体に激しい負荷がかかる。思わず
「何だ……? 力が、入らねぇ……!」
見ると、キョウジのまとう装甲が端から
『一帯のセレネイト粒子濃度が急激に下がっている。これは……奴へと集まっているのか?』
分析を行いつつ、その事象に驚きを隠せないゼル。
キョウジを見下し、これ以上ないほど
「くそっ……! 傷つけられても、再生し放題ってわけかよ」
《フッ、フハッ! ハハハハハハハッ! やはり、やはり私こそ完璧な存在! 何故、何故今まで気づかなかったのだ! 肉体の
「好き勝手……言いやがって!」
『もはや当初の目的を忘れ始めているな』
キョウジは口をとがらせながら、残った力を振りしぼり立ち上がる。
「……ゼル。なんとかあそこまで飛べないか?」
『……! 承知した』
小声で呼びかけるキョウジ。相棒の意図をくんで、ゼルは強くうなずいた。
竜騎士の脚がたわみ、爆発力を
《?》
頭上を通り過ぎていくキョウジを逃げ出したと断定し、不思議に思いながらも鼻で笑うタキシム。しかし、少年の着地点を見るにつけ、男の表情は瞬時に凍りついた。
不気味な暗黒物質に着弾するキョウジ。そのはるか下方にいるはずの少女をいたわり、少年は優しく語りかけた。
「明里。ごめんな。もうすぐ終わらせるから」
キョウジがいる場所。それは、セレネイト粒子をたくわえブクブクと太った、爆弾の頂上だった。
「やれるな? ゼル」
『ああ。任せてくれ』
キョウジとゼルは
爆弾に貯蔵された粒子はたちどころにしぼり取られ、少年へと流れ込んでいった。
邪悪によって
タキシムと全く同じ
《貴様ああああああッ! そこから離れろおおおおおおッ!》
もはや人とは言いがたい形相でキョウジを食い殺さんとするタキシム。男は少年へと飛来、強襲する。
「明里に、近づくんじゃねえよ」
ただ静かに銃口を向けるキョウジ。その小さな穴を中心に、無数に
キョウジが引き鉄を引き、閃光が
大地と平行に進む『
絶叫すらかき消され、まばゆい光に包まれたタキシムは、そのシルエットを消した。
夜空に
「ふーーーっ、終わった、か?」
『ああ。最大限の一撃だ。これなら、あの男であってもひとたまりも――』
《 r ¥ b 》
キョウジの背後から亡霊が飛び出し、その両手をめいっぱいに広げた。
《r¥bコロス殺すr¥bコロス殺すコロスコロス!》
「ッの!」
振り返るキョウジ。しかしその顔面はタキシムにわしづかみにされる。
《おのれ、おのれおのれおのれ! こうなれば……こうなれば、全てが
意味不明な言動を行いながら、タキシムは手の平に強い力を込めた。
「ぐっ、がああああああっ!」
痛みだけではない。直接命をしぼり取られる錯覚におちいるキョウジ。だが死力をつくし、タキシムに向けた銃口に火を噴かせた。
《キサマの命ッ、いただいたゾ!》
急速にその場から離れるタキシム。充分にキョウジと距離を取る頃には、下半身以外の体躯を再生させ終わっていた。
「……ッ、狂ってやがる」
息も
《ハハハッ! ヒャハハッ! クヒャーーーハッハッハ!》
天をあおぎ見、高笑いするタキシムが両手を広げた。直後、キョウジの周囲に数えきれないほどの凶器が出現する。
《終わりだ》
タキシムが首をかしげ、勝利を確信する。
「…………ゼル」
『ああ』
「『アレをやるぞ』」
すでにゼルと一体化し、その知識と思考を共有していたキョウジ。ジーンドライブシステムを手中におさめ、
『
「ああ、来いッ! 『シュバルツ』!」
キョウジの両手が
目で確認することも必要とせず、キョウジは二丁の拳銃をその手に握った。
『システムオーバードライブ。……『ブレイズアップ』!』
「 『
刹那、キョウジの脳が急速回転を行い、
時の流れは静止し、世界に静寂がおとずれる。
今にも死を宣告せんとするタキシムの勝ち誇った顔は、キョウジには至極
キョウジを狙う
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
右手にキョウジの
『
全ては終わり、キョウジは残心の構えをとる。止まった時は動き出し、それまで存在していたはずの狂気は、一斉に爆炎を上げた。
《なっ……》
勝利を確信したタキシムがその目を見開き、絶望に打ちひしがれる。
爆煙の中、竜騎士の瞳は光を
《なっ、何なんだ! 何なんだ貴様はッ! 貴様は一体――》
「――俺は、ただの人だ。この星に生かされる、ただの地球人だ」
《ギイイイイイイイイイイイイイイッ!》
タキシムの発狂する声が聞こえる。その絶叫とともに、男はキョウジに突貫した。
一瞬でキョウジへとたどり着き、彼をつかんだタキシムが口元をゆがめた。
《死ね! 俺とともに、ここで滅びろおおおおおおッ!》
《あ、アヒ。ヒ、ヒヒヒヒヒ》
あれだけの爆発を招いたにも関わらず、タキシムは未だ健在で、その壊れた笑いを続けていた。
もはやタキシムの身体は再生を行うことかなわず、頭部と
突如、爆煙の中から一つの影が飛び出した。
《!》
背後を振り向くタキシムが、その眼球で竜騎士の姿を確認する。
《ガアアアアアアアアアアアアアアッ!》
「ハズレだ」
タキシムの耳が確かに小竜の声をとらえた気がした。不思議なことに、竜騎士の全身はゆらぎ、その姿を空気に溶かしていく。思考が完全に停止したタキシムの横を、ゼルが無慈悲に通り過ぎていった。
タキシムの脳回路が再度動き出し、その全てを理解するには遅すぎた。
地上から爆煙をかき分け
死霊の目が諦観に見開かれ、無駄と分かりつつも背後を振り返るしかなかった。その薄汚れた瞳には――一人の地球人が映っていた。
「 ぶ き 飛 び や が れ え え え え え え え え え え え え え え え え え え え え え え え ! 」
声にならない悲鳴が上がる。しかし、それすら許さぬよう、特大の光が夜空を裂き、邪念を跡形もなく消し去った。
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