3-4
最高速度を維持し、東京の空を駆けるキョウジ。彼はおもむろに、明里のプレゼントしてくれたメッセージの内容を思い出していた。
『キョウ兄ちゃん、誕生日おめでとう! えへへ、びっくりした?』
「ゼル、あとどれくらいで着く?」
『キョウ兄ちゃん、祝われるのいっつも嫌がるから、ちょっと迷っちゃった。でもね、たまにはこういうのもいいでしょ?』
「何も無ければ十五分……と言いたいところだが」
前方に待ち受ける無数の暴走機械に、キョウジはため息をついた。
「そう簡単には、行かせてくれないか」
『ペンダント、綺麗でしょ? これね、十年前降ってきた宇宙船の技術で作ったんだって! 大切な人にあげるお守りなの。……最近、全然キョウ兄ちゃんと会えないでしょ? だから、私の代わりに、きっとこれがキョウ兄ちゃんを守ってくれると思う!』
みるみるうちに近づくマシンの集団。その中に、キョウジは特大の影を確認した。
「なっ……! 何だありゃ!」
昨晩戦ったランドイーターとは比べものにならない高さの
『……ねえ、キョウ兄ちゃん。私、知ってたよ。キョウ兄ちゃんが、その……私達と少し違うってこと。……ずっと前から、知ってた』
「鷹矢、すまん。せっかく借りたのに、壊しちまうわ」
言うとキョウジはエアバイクが飛び降り、
高速を宿したその身を激しく地に打ちつけ、コンクリートをえぐりながら着陸を行うキョウジ。
「ヅッ……!」
『でもね! 私、キョウ兄ちゃんのこと嫌ったことなんて、一度もないよ! そりゃ、ビックリしたけど……。……ゼルだって、鷹矢さんだって、きっとキョウ兄ちゃんのこと嫌ってないし、大好きだと思う! ……もちろん、私も』
マシンの衝突で爆発が起こるが、巨人はそれを気にもとめず、怒号とともに周囲の手下へと命令を下す。
『小さい頃、約束したよね。『私が守ってあげるって』。今思うと、何様なんだーって感じだけど、……でも、頑固なキョウ兄ちゃんは、代わりに私に約束してくれたよね。私、それをずっと覚えてる。キョウ兄ちゃんがもし忘れてても、私は絶対絶対忘れない』
「くっ……!」
『――でも。でももし、キョウ兄ちゃんもあの約束を覚えてて……くれてるなら――』
「おおおおおおおっ!」
叫びを上げ、振り下ろされる
『――これからも、私のそばに、いて下さい――』
*
五分ほど経っただろうか。それまでの攻勢がうそのように
キョウジは乱れる呼吸を整え、次の相手の出方をうかがう。
「ゴガアアアアアッ!」
生き物のような
「はは、冗談かよ」
苦笑するキョウジなどお構いなしに一斉発射されるミサイル群。それを落ち着いた様子で見つめ、キョウジは深呼吸、そして口を開く。
「そういや俺が
「……そうだな」
「ゼル。俺はな。一度だって、心の底からお前を恨んだことも、役立たずだと思ったこともないぜ」
「キョウジ……」
「お前は、俺の――最高の『
ゼルが息を呑む。少年の信頼が心地よく、その言葉だけで彼にはもはや何も
「 『 リ ア ラ イ ズ! 』 」
周囲に閃光がほとばしり、その全域を光で満たした。光を放つ中心にミサイル弾頭が殺到し、その爆発音が全ての観測機の働きを
大地を、空を埋めつくす爆煙が広がり、その中心にいた者を消し飛ばしたことを容易に想像させる。
だが――
「!」
ドローン達が一斉に
黒煙が晴れ、キョウジがその全容をさらけ出す。少年の身体中には傷一つない装甲がはりめぐらされ、落ち着いた
頭を上げるキョウジ。フルフェイスで目線を隠しながら、その視界は
自然とたじろぐ
*
「ん――」
冷たい風に身体を冷やし、明里はその意識を無理矢理覚醒させられた。
(今なにか……すごく懐かしい夢を……見てたような)
しかし、そんな
「ひっ……!」
明里の眼下には東京の街が映り、そこが地上三百メートル以上であることを脳にたたき込まされた。
「キャアアアアアアッ!」
少女は悲鳴を上げ、恐怖に身をバタつかせる。だが、その身体はピクリとも動かなかった。
「……え?」
涙を浮かべ、不思議そうに辺りを見回す明里。そして、ようやく自分が巨大な何かにとらわれていることを理解する。
「これ、何? 一体私、どうして――」
《うるさい豚だ》
突然少女に投げかけられる
「あ、あなた。一体、何でこんなところに。それに、浮いて……!」
《貴様のような低俗なものに説明する義理はない》
「あの。私、ここから降りたいんですけど。よかったら助けて――」
《黙れ》
ぴしゃりと言い放つ男に、明里は次の言葉を失う。その場を無言が流れ続けるかと思われたそのとき。
《無駄なことを》
「え?」
男のつぶやきに明里は
「あれは?」
《ふっ、そうだな。これも
「え? 戦闘機?」
この星という言い回しに疑問を感じながらも、少女は日常とは
《……》
何も答えてくれない男にしびれを切らし、再度前を向く明里。そして、その違和感が心を不安で満たしていく。
「あの、なにか、近づいて来るような気がするんですが」
《よく分かったな。豚にしては優秀だ。
心の底から驚いた風の男。その様子がひどく人を小馬鹿にしたようで、明里はついに
「あの! さっきから豚豚って。私、人間なんですけど! 日本人です。れっきとした地球の人類ですから!」
その反抗に男は振り返り、恐ろしい形相を少女に向けた。
急に伸びた手が明里の
《図に乗るなよ豚が》
「――!」
《……続きだ。あの戦闘機。あれは間違いなくここに向かって来ている。何でか分かるか?》
少女は目をうるませて首を振る。
《私を殺しに来たんだよ》
男の口元が
《お前を包むこれが何か分かるか? 言うなれば、巨大な爆弾だよ。この星に滅びを与えるための、最初の花火だ!》
少女は狂人に監禁されたかのように顔面から血の気を引かせ、男の言葉を黙って聞いているしかなかった。
《クッ、ククッ。だか、フ、フフッ》
突然笑い出す男。その理由に皆目見当がつかず、明里の精神はすでに限界を迎えようとしていた。
《これが笑わずにいられるか! あのような子供だましで、俺を殺せるとでも思っているのかこの星の家畜どもは!》
そして男はひとたび黙ると、急にグルンと首を曲げ、明里の顔をのぞき見た。
《しかも、俺を殺すだけではこれは止まらん》
「……え?」
《お前だよ》
一転、男はさみしそうな、諦観したかのような面持ちとなる。
《……この身体では、システムは使えん。そこで、お前が必要だった》
的を得ない男の言動に、理解できないと無言で訴える明里。
《お前がこの爆弾の動力源なのだよ! お前を
明里の顔は恐怖にひきつり、開いた口からは言葉を生み出せない。
《安心しろ。すぐにその恐怖は無くなる。……見ろ、戦闘機から
「ひっ……!」
《恐れるな。私は慈悲深いのでな。その眼球もついでに焼いてやろう。そうすれば、もう何も恐れの原因を見ずともよくなるぞ?》
「やっ、いやあああああああああああああっ!」
明里の理性は限界を迎え、その精神は
《ハッ、ハーーーッハッハ! ああ、心地いい! 心地いいぞ貴様らの悲鳴は! 何という美酒なのだ。これでは一気に滅ぼしつくすのが惜しくなるではないか!》
男は顔面を手で
《動くなよ》
「ひっ、あっ……!」
明里の顔を、植物のツタのような、人の血管のような枝葉が
「やっ、やだっ、いやあああああっ! 誰か、誰か助けて! 誰か……」
《クヒッ、……。ハハッ、ハーーーーーーッハッハッハ!》
「誰、か」
うすれゆく意識の中で、明里は一人の少年の姿を思い出す。無愛想で、口が悪くて、いつも何かを隠していて……。でも、本当は誰より優しくて、強い。幼い日、自分とあの約束を交わしてくれた、世界で一番大事な人。
「キョ……」
《ん?》
少女の瞳に、戦闘機から放たれた四発の業火が映る。
「……兄ちゃん。……キョウ兄ちゃん。キョウ兄ちゃん!」
残された希望をたぐり寄せるように少女は叫ぶ。しかし、その声は闇夜にむなしく吸い込まれた。
「お願い。助けて、……助けて! キョウ兄ちゃん!」
男の口角が最大限に上がり、ミサイルが少女だけを焼き殺そうと速度を上げる。涙をあふれさせ、少女はひるむが、最後の言葉をしぼり出す。
「キョウ兄ちゃあああああああああああああん!」
刹那、閃光が夜空を
《何ッ!》
真っ二つに折れたミサイルは力なく速度を殺し、無様に空中で爆発四散する。
予想だにしていない事態に
《ガッ!》
男は衝撃で顔をそむけるが、すぐに首を前に倒す。その顔面は、常人であれば即死であるほどにくずれ、残された眼球は銃弾の主を
ふと、消えゆく閃光の起点に一つの影を見つける男。その少年に向け、男は絶叫を送った。
《き、貴様ああああああっ》
*
『どうやらギリギリセーフのようだ』
ゼルの声が少年の頭に響き、それに
「ああ。ありがとよ、ゼル」
落ち着いた様子で感謝を伝える少年。しかし次の瞬間、その目は
「てめぇ……。明里に触んじゃねぇ。それ以上近づくと、そのきたねぇ顔がさらに穴だらけになるぜ」
全身を銀の装甲で
「だ、れ?」
システムに侵食され、身体が人のそれでなくなるのを感じながら、少女はつぶやく。
人でなくなるがゆえに、強化された瞳は容易に遠方を望んだ。少女の疑問を願望と勘違いしたシステムは、彼女の耳に少年の声を、彼女の瞳に少年の姿を焼きつける。
「明里」
「!」
ありえない。少女は目の前の現実が、
(ありえない。こんなところにいるはずない。だって――)
「明里。小さい頃の約束、俺も覚えてるぜ」
銃を下げ、肩の力を抜く少年。
「お前には、いっつも守ってもらってたな。身体とかって意味じゃない、お前に――、心を救ってもらったんだ」
(ありえない。私の知ってるあの人は、こんなに優しい言葉なんて言わなくて……でも)
「でもな。貰ってばっかじゃ、俺のプライドが許さないんだ。だから、守りに来た。約束を――」
少年の右半身がわずかに下がり、全身に力がこめられる。自然と、彼の右つま先が地面を二度ノックした。
(あ、あぁ……)
よく知る少年のクセ。本当は大好きな彼の仕草に、明里の心は救われ、もう他には何も
「俺は、明里。お前のことを――必ず守る」
キョウジは構え、再度銃口を男へと向けた。
「それが、俺の『
竜騎士の眼光が闇夜を照らし、その意志は破滅を貫いた。
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