1-2

「ひどい有様だなまったく」

 都心のハイウェイを走り抜けながらキョウジがボヤく。はげしく砕けたコンクリートや周囲の火の手を見る限り、騒ぎの主が厄介なやからであることは明白であった。

「どうやら、目標は暴走を続けながら移動中のようだ」

 キョウジにつき従い飛行するゼルは、手頃な地図を眼前に表示させている。

「ったく、暴れてるのはどこの軍用兵器だよ」

「ふむ。おそらく開発区に配備されていた重機だろう。十分ほど前に工事現場から被害届が出されている」

 律儀に被害届を表示させるゼル。しかし、特にキョウジの興味を引くことはなかった。

「――それと、この国に軍隊は存在しないし、軍用兵器はそう簡単に暴走することはない」

「ご丁寧に解説どーも」

 至って真面目なゼルの返答に、キョウジは思わず目を細める。

 と、突然キョウジの左かかとが地へと打ちつけられ、進行方向のアスファルトを激しく削った。運動エネルギーを殺し急停止を終えるやいなや、臨戦態勢へと移るキョウジ。

「で、その簡単に暴走する方がお出ましってわけだ」

 耳ざわりな警報音を発し、キョウジとゼルの周囲に複数の小型自律飛行機械ドローンが集まってくる。備えつけられたスピーカーから自動音声が流れるが、雑音まじりのそれは警告の意味をなしてはいなかった。

 ドローン下部に設置された暴徒鎮圧用のスタンガンが、ぎこちなくキョウジに狙いを定める。

 キョウジが身をひるがえしたのと、青白い電撃がほとばしったのはほぼ同時だった。

「警らロボットだな。どうやらこちらを排除対象と認識したらしい」

「見りゃわかるっての!」

 一体のドローンが放った初弾を皮切りに、次々にキョウジへと降り注ぐ雷撃。その全てをかわしながら、キョウジは左脇のホルスターへと手を伸ばした。

「ゼル!」

「問題ない」

 いつも通り、阿吽あうんの呼吸で意思の疎通を完了させるゼルとキョウジ。そこに何の疑いもなく、キョウジは愛銃を引き抜いた。

 ガバメント拳銃に近いシルエットの『ベルトルト』が月下のもとにさらされる。照らし出されるその外装には近未来的なデザインが施されており、持ち主のためにカスタマイズされたワンオフ品であることを強く主張していた。

 キョウジはためらうことなく引き金を引く。突き出された銃口からは45口径弾が吐き出され、瞬時に目標へと着弾した。

 被弾した一体のドローンから光が消え、力無く墜落ついらくしていく。雷撃はみ、機械であるはずのドローン達に動揺が走った。時が静止したように思える中、唯一エメラルドグリーンのリングだけが動態する。それは、硝煙を上げる銃口の先で静かに回転していた。

「対象の沈黙を確認。システム正常に稼働中」

 ゼルの宣告に色めき立つ警らロボット達。しかし、その行動はあまりに遅すぎた。

「状況開始」

 無言のキョウジに操られ、ベルトルトがさらに火を噴いた。再び降り始めた雷の雨をいなし、次々に標的を除去していくキョウジ。

「ラストだ」

 ひときわ大きな発砲音が響き、最後に残ったドローンはあっけなく撃ち落とされた。

「暴走してるのは作業用のじゃなかったか?」

 徐々に警戒をゆるめながらキョウジはぼやく。

「あぁ。今解析したのだが、どうやらこの集団はが操っていたようだ」

 ゼルの言い回しが、キョウジの視線を遠方へと向ける。そこに映るのは、高さ十数メートルはあろうかという重機が、轟音を上げながらこちらにせまりくる様子だった。

「最近の建設機械はガードロボットを使役するのかよ?」

 脂汗をにじませながら、キョウジは臨戦態勢をとる。

「私なら、その程度造作もないが?」

「冗談キツいぜ」

 誇らしげに胸を張るゼルがキョウジの苦笑を誘った。

 絶え間なく続くキャタピラの駆動音がより鮮明となり、地鳴りを響かせる工業機械の姿が徐々にあらわになっていく。

「おいおい。……アレと相手しろってのか」

 青ざめながらキョウジが凝視するもの――それは、先鋭な合金鉄が針山のように生い茂る、一つの巨大なドリルだった。

「何なんだ、あの馬鹿みたいな装備は?」

「ふむ。どこからどう見ても岩盤掘削くっさく用ドリルだな。ただ、ニムバス社製の超硬合金がふんだんに使用されており――」

 解説が流れる中、重機の右腕がゆっくりと持ち上がり、そこに装備された巨大なドリルが急速回転を開始する。その矛先がキョウジへと向けられているのは、誰の目にも明らかだった。

「うおっと!」

 すんでのところで相手の先制打をかわすキョウジ。だが、目標を見失った掘削ドリルは当然のように地へと打ちつけられる。直後、くだけたコンクリートと砂塵さじんがキョウジを襲う。

「くそ」

 防護フィールドに守られながらも、視界をうばわれたキョウジは悪態づく。

 セメントのきりが徐々に晴れる中、ドリルはゆっくりと逆回転を始め、自身の開けた大穴をまざまざと見せつけた。

 思わずのどを鳴らしてしまうキョウジ。

「――とらえられればひとたまりもない」

「だろうな!」

 あくまで冷静なゼルを恨めしく思いながら、キョウジは背を向けて走り出した。

「ちなみにあの機体、通称『ランドイーター』には非常用の緊急システムが搭載とうさいされているようだ。どうやら――」

「講義の続きは今度にしてくれ!」

「――飛ぶらしい」

「……は?」

 必死に前を走りながら打開策を考えていたキョウジ。それをあざ笑うかのように、巨大な影が少年を追い抜いた。

 激しい衝突音と火花を上げ、ランドイーターは無事にキョウジの退路上へと着地した。

「なんで建設機械が飛ぶッ――いや、もういい」

 観念したように額をおおうキョウジ。かたや、解説の場を閉じられたゼルは若干不満そうに彼を見上げた。

 ランドイーターがキョウジ達を振り向く。右腕のドリルを小刻みに回転させ、赤いカメラアイを強く発光させるさまは、まるで二人を威嚇いかく――いや、挑発しているように見えた。

(あの憎たらしい感じ、まるでコイツそっくりだな)

 これ以上無駄な会話を誘発せぬよう、胸中でゼルをけなすキョウジ。

「何か?」

「なんでもねーよ!」

 相変わらずかんの鋭いゼルに肝を冷やしつつ、キョウジは自分めがけて爆走するランドイーターへと銃口を向けた。

 小気味よくうなるキョウジのベルトルト。しかし、わずか45口径の発砲音は、荒れ狂う全長数メートルの穿孔機せんこうきにむなしくかき消される。ランドイーター本体へと至った弾丸も、弱々しい跳弾音しか生み出さなかった。

「びくともしねーじゃねーか!」

 大振りのドリルをなんとか回避しながら、キョウジは不満を叫んだ。万が一にも死を招かぬための、それは己への鼓舞こぶだったが、同時にゼルへの救援要請としても機能する。

「ふむ。ダメージは与えているはずだが、このままでは切りがないな」

 今度こそ役目を果たそうと、やはり得意げに口を開き始めるゼル。

「やはりしかあるまい」

「……だなっ。てくれ、ゼル!」

 提案主の意をくんだキョウジはひときわ大きく跳躍ちょうやくし、敵対者との距離を取った。発せられたキョウジの決意は合図となり、それまでのゼルの軽々しさをひそめさせる。

「了解。『ジーンドライブ』の使用権限をレベルDまで解放。システム使用者周囲のセレネイト粒子へ干渉を開始する」

 途端、ゼルの瞳は強い光をともす。エメラルドグリーンの放光は横一線に世界をぎ、場の空気を一変させた。

 目を閉じ、不動のまま精神統一を行うキョウジ。独りでに生まれた風が彼の足元からそよぎ、ジェットエンジンの駆動を想起させる高音は、静かに大気を震わせた。

 発動したを感じ取り、たじろぐランドイーター。その一瞬を見逃さず、キョウジの右腕は音もなく敵を指した。

 にぶい電子音をともない、虚空こくうから鮮緑のレールが出現する。キョウジの握るガバメントとリンクするその路は、まっすぐに伸びるガイドラインとなり、ただ見敵だけを射抜く。次いで、それは幾層にも分解、展開を始め、瞬時に幾何学的きかがくてきなカタパルトを形成した。

 全ての状況はととのえられ、しかしてキョウジの指によって引きがねは引かれる。

 弾薬筒カートリッジ底部の雷管プライマーが激発を呼び、ライフリングの渦へと45口径弾を押し出した。旋回運動を強制された弾頭は外界へと射出され、当然のようにカタパルトへと導かれる。

 『ジーンドライブ』システムによって呼び出されたオーバーテクノロジーの砲身をすべり、特殊合金製の弾丸が周囲の空間をえぐり、進む。仕様スペック以上のエネルギーをたくわえたそれは目標へと直撃し、超硬度の金属が破裂する激しい音を立てた。

「やったか?」

 大きくのけぞったランドイーターを見やり、効果のほどを確かめようとするキョウジ。

「……ふむ。浅いな」

 煙幕の立ち込める中、ひしゃげた装甲を震わせ、ランドイーターが再起をかける。

「干渉作用が少しばかり不安定だな。使用者の精神状態が原因だろう」

 冷淡に感じられたゼルの解説が、キョウジの心に刺さる。

「くそっ……」

「……まあ、許容範囲内ではあるが」

 キョウジのそばを漂いながら束の間彼を案じるゼル。だが、すぐに現状の問題に向き直った。

「こうなっては仕方ない。あの機体に直接干渉し、動力源を停止させる他ないだろうな」

「……やるっきゃねぇか」

 ため息をつきながら後頭部をかくキョウジ。

「これ以上、ここらを穴だらけにするわけにもいかないしな」

 そう言うと、キョウジは再度身を引き締める。一呼吸の後、心を切りかえた。

「で、ゼル。俺はどうすればいい?」

「ああ。まずはあの厄介なドリルを止める必要があるな。セオリーに従い、関節部を狙って動きを止めるとしよう。その後はキョウジ、いつもの通りにやってくれ」

「分かった」

 大きな損傷を受けたとはいえ、未だ健在であるランドイーター。

 不気味にうごめく対象を一瞥いちべつし、キョウジは眉間みけんにしわを寄せた。

「心配するな。私は最大限に君をバックアップする。これもいつも通りだろう?」

 二人は互いに顔を見合わせる。ゼルの言葉を受け、キョウジの顔からは不安の色が消えていた。

「……ああ、そうだな」

 自然と笑みをこぼし、キョウジはゼルへと号令をかける。

「行くぞ、ゼル!」

「了解」

 キョウジの足が激しく地を蹴り、その身体に速力を与えた。

 一直線に進むキョウジに、彼我ひがの距離がみるみる縮まっていく。たまらず右腕を振り上げるランドイーター。同時に肩関節部は広がり、数少ない脆弱ぜいじゃく部を露呈ろていさせた。

「あそこだ!」

 疾走しっそうしながら指示された場所に狙いをつけるキョウジ。すると、伸びた彼の腕の外周に、いくつもの光る帯があらわれる。大きな円を描く集合体はその直径を狭めていき、少年の腕を固く締めつけた。

 キョウジの視界の隅には適当なウインドウが投影され、ズームアップされた標的が映し出される。

「照準補正実行。撃てるぞ」

 精密にターゲットへと向く銃口。その穴が咆哮ほうこうするのと、ランドイーターの右腕が振り下ろされたのはほぼ同時だった。

 暴走機械の右肩根本に45口径弾が着弾、爆発炎上する。だが、それに構わずうなりを上げる岩盤掘削機。

 耳をつんざく高音を鳴り響かせ、巨大な剣山がキョウジをほふろうとした。

「うおおおおおおおっ!」

 上半身を後ろに倒してスライディングを行うキョウジ。間一髪、頭上には死が横切った。スピードを殺さぬまま相手の股下をくぐり終えたキョウジは反転、満身創痍まんしんそういの敵へと向き直る。

「ッ…、よしっ! このままあいつを止め――」

 愛銃を左手に持ち替え、キョウジの右手は勢いよく開かれた。その平からは絶えずシアンのエフェクトが生まれ、次々と破裂していく。

「待てキョウジ! まだ無理だ」

「何を……」

「アレの製造元であるニンバス社から最終承認が下りていないのだ。『自社所有物への過度な損壊を禁止する』――とな」

「なっ…! 何言ってんだ! アレを放っといたら街がメチャクチャになるぞ!」

『すまないキョウジ。最後の最後で邪魔が入ったようだ』

 会話に割り込む形で、司令室からの通信が聞こえてきた。

「鷹矢……。頼むぜ、このままじゃどうにもならない」

『分かっている。今至急で確認を取っているところだ』

 あくまで平静を装う鷹矢。だが、にじみ出た焦りをキョウジは確かにそこに感じ取った。

「どうやら、そんな悠長なことを言っている場合ではなさそうだぞ」

 キョウジと鷹矢の議論もむなしく、ゼルが非情な報告を行う。

 遅れて異変に気づいたキョウジの視線は、半壊したランドイーターをとらえた。大半の機構を損壊させたランドイーターは、全てをあきらめたかのように棒立ち、微振動を始めていた。

「おいまさか」

 キョウジの考えは一つの可能性に行き着き、その顔はみるみる青ざめた。

「動力炉を暴走させているな。このままだとオーバーロードからの爆発で辺りが吹き飛ぶぞ」

「クソッ!」

 たまらず飛び出すキョウジ。瞬間遅れ、ゼルもその後に続く。

「キョウジ、よせ! 一帯の避難はすでに完了している。私達も退避するのが賢明だ」

「爆発の範囲は分からないんだ、無視できるかよ! それに、俺なら止められる」

「……アレの頭頂部だ。あそこから動力源に干渉するのが最も効率的になる」

 切迫した状況に回答をせまられ、観念したゼルは少年の意思に応じた。

『お前達待て! せめてあと少し――』

 鷹矢の制止が聞こえるが、それを振り切るようにキョウジの身体は空を切る。段々と赤みをおびて臨界点りんかいてんに達しようとするランドイーターめがけ、キョウジは大きく跳躍した。そのまま、吸い込まれるように相手の頭部にピンポイント着地する。

「左だ!」

 ゼルの警告で、自分を狙う巨大なマニピュレーターに気づくキョウジ。

「こん、のッ!」

 ランドイーターの頭部を激しく掌打しょうだし、キョウジは天高く舞い上がる。

 空中で体勢をととのえ、再度目標へと落下していくキョウジ。しかし、指令がそれを止めに入った。

『キョウジ! 無理をするな! 命令だ、あと数秒――』

 ゼルが表示してくれているウインドウには、今しがた追加された項目があった。そこには冷たく『対象の機能停止および破壊――未承認』と赤く表示されている。

「うおおおおおおっ!」

 鷹矢の通信に聞く耳を持たず構えるキョウジ。標的の出す暴走音は、もはや数十メートル空にも届いていた。

『キョ――。ッ!』

「キョウジ! 破壊許可が下りた!」

 鷹矢が何かを言い出すのと、ゼルが口を開いたのはまさに同時であった。と、キョウジが右腕を振りかぶる。

「止まれえええええ!」

 明度の高いみどりがまたたき、轟きと共にそれは災禍さいかへと振り下ろされた。

 ランドイーター頭頂部から侵入した閃光が、光速でその躯体くたいを駆けめぐる。阻止する力が変災と拮抗きっこう、そして凌駕りょうがし、夜空にのぼる一筋の光線となった。暴走していた動力炉は鳴動を止め、ランドイーターの全身からは力が抜けていく。

 光柱が出す高音がゆっくりとフェードアウトし、今度こそ戦場に静寂が取り戻された。

「…………ふうっ。っと!」

 こちらも肩の力を抜いたキョウジは、そえていた右手の平にだけ力を込め、自身を空へと打ち上げた。空中で軽く身をひねりながらハイウェイへと着地する。

「とっとっ、うぉ」

 だが体勢をくずしてしまい、情けなく尻もちをついてしまうキョウジ。ドスン、という生々しくにぶい音が彼の臀部でんぶをしびれさせた。たまらず声にならない悲鳴を上げるキョウジ。痛みで背中をピンとそらせた彼は、そのまま大の字になってコンクリートへと倒れた。

「……はーっ。なんとか、止められたか」

 一気に脱力したキョウジは、頭の整理を行うために状況を反芻はんすうする。

「そうだな。君の無茶にはほとほとあきれる」

 キョウジをのぞき込む形で、ゼルの顔がヌッとあらわれる。

 子供のようにふてくされた表情をゼルへの返答とするキョウジ。

「……まったく。上手く行ったからよかったものの、あの状況では逃げるのが最善手だったと思うが? まぁ、結果的に被害は最小限で済んだがな」

 ゼルの甘い説教を無言で聞くキョウジ。少しの間を置き、神妙な面持ちで口を開いた。

「ゼル。さっきのアレ、どう思う?」

「アレとは?」

「初めは作業ロボットが暴走してるって話だった。そんで出てきたのは警備ドローンだ。作業ロボ……ランドイーター、だっけ? 確かあいつが操ってるって言ってたよな」

「うむ。おまけに自爆まで試みるとは。ガッツのある、中々に厄介な相手だったな」

「……ただの建設機械にそんなことできるのかよ」

 ゼルの軽口に少々の苛立いらだちを覚えながら、キョウジが反論する。

「俺はなゼル。安全な場所からこっちを見下ろして、誰かを不幸にする奴が大嫌いだ。誰かを利用して犯罪を起こす奴、報復されないと分かっていながら相手をおとしめる奴、あと……存在を許されないのに、安全な場所でのうのうと生きてる奴……」

 苦々しく最後の言葉を言い放つキョウジ。その表情は自身をさいなんでいるようであった。

「キョウジ。君は決してのうのうとなど――」

「誰かがいたはずだ。裏で操っている奴。……『人間』が」

 ゼルにはキョウジの考えなど分かっていた。だが、その可能性を知っていてもあえて口には出さなかった。

 キョウジがふいに目線を横にかたむける。その先には半壊した警備ロボットがいた。よく見ると、露出した人工知能回路には傷一つついてはいなかった。それは、遠くで機能を停止しているランドイーターも同様である。

は、自分達の力を利用されただけだ。あいつらは悪くない。俺は――安全な場所からあいつらを利用して、こんな事件を起こす人間奴らを、許さない……!」

「キョウジ。それは君が気にすることではないし、考えることでもない」

 それまで黙って聞いていたゼルは、ため息の後、キョウジをさとす。彼のパートナーである小竜は、彼の心にとても危ういものを感じていた。

「私達は道具だ。人に使われ、人のために使命を終える。そこにあわれみも、感傷も抱いてはいけない。する必要がない」

「俺は――道具だなんて思っちゃいない。ゼルお前も、あいつらのことも……」

 勢いよく起き上がるキョウジ。その口元は、どこか自嘲じちょうにゆがんでいた。

「それに、人間に利用されてこうして生きてる俺は、……人って言えるのか?」

 一目でまがい物と分かる明るい笑顔を向けられ、ゼルはそれ以上言葉を続けられなかった。いたたまれなくなり、そのまま目を伏せようとしたその瞬間――。

「キョウジ! 後ろだ!」

 突然の叫びに驚くキョウジ。急いで振り向いたその先には、一つの人影があった。

 そこに立っているのは、薄汚れたフードをかぶった長髪長身の男。浮浪者ふろうしゃにも見えるその姿は、どこか底知れぬ不気味さを放っていた。

《いな p¥b dq0 $m いfZd yせhx》

 男はぶつぶつと何かをつぶやく。それはまるで電子雑音のようで、まるで人の言葉をなしていなかった。

「まさか、お前か? あのロボット達を操っていたのは?」

 銃の引き鉄には指をかけず、だが最大限の警戒を行うキョウジ。そんな彼の言葉に反応したのか、フードの男はさらに続けた。

《やはり、ガラクタには、荷が重すぎ、たか。私自らが、鉄槌を下さ、なければ》

 聞こえる雑音は次第に鮮明になっていき、それがようやく人の言葉だと判別できるようになる。

「……何?」

 聞き捨てならない単語が耳に入った気がして、キョウジのまゆがつり上がる。

「お前、やっぱり何か知っているんだな? 詳しい話を聞かせてもらうぞ」

「待てキョウジ! 何かがおかしい。もしや奴は――」

 足を踏み出そうとするキョウジをさえぎる叫び。少年には、ゼルが必要以上に焦っているように思えた。

「ゼル――?」

 すると男の長髪はゆれ、隙間すきまからのぞいた口元が醜悪しゅうあくにゆがんだ。

《見つけたぞ。私の、悲願が。滅びを》

 男の視線がキョウジを射抜き、心臓をわしづかみした。背筋をゾクリとさせ、わずかにひるむキョウジ。そのわずかな隙を狙い、男の姿はかき消えた。それはまさに亡霊のようで、少年をさらに焦らせた。

「なっ……! どこに行った! ゼル、今の奴はどこに消えた」

「追うな、キョウジ」

「さっきからどうしたんだよゼル。あの男をっといて、もし次の事件が起きたら……」

 納得ができず、ゼルにつめよるキョウジ。

「あれは君が関わっていい存在ではない。忘れろ」

「それってどういう――」

 ぴしゃりと突き放すゼルに、なおもキョウジが食い下がったそのとき、けたたましく警告音が鳴った。

「今度は何だ!」

 辺りを見回し警戒するキョウジ。しかし音の主は間抜けに続けた。

「ピーッ、ピーッ」

 嫌な予感がし、キョウジは心底うんざりした表情を作った。

「ふむ。……ケーキが焼けたようだな」

 あっけらかんと報告するゼル。

「…………」

「…………」

「なーんでだよっ! 今それが出てくるタイミングじゃなかっただろ! お前ふざけてんのか!」

 大げさな身振りで非難するキョウジ。しかし当のゼルは不服そうに反論した。

「だがを最上位命令にしたのはキョウジ、君ではないか」

 うつむいて大きくため息をつくキョウジ。それ以上の追及はあきらめて、違う人間に話を振ることにした。

「鷹矢」

『すまないキョウジ。誰かそこにいたのか? こちらでは観測できなかった。有機体も無機物も、お前たち以外の動体反応は皆無だ。もちろんカメラにも映ってはいない』

「まさか。……くそっ」

 所在なさげに遠くを見回すが、何も発見することができないキョウジはついに索敵を断念した。

「……状況終了。これより帰還する」

『了解。後始末はこちらに任せて、あとはゆっくり休んでくれ』

 形式上のやり取りを終わらせ、今度こそキョウジは緊張の糸を解いた。

『いつもすまないな、キョウジ』

 任務とは関係の無いねぎらいの言葉がかけられる。一聞すると抑揚のない無愛想さではあったが、その中に確かな鷹矢の思いやりを感じとり、キョウジはむずがゆい気持ちで返答した。

「いや……。じゃあ、切る」

 交信を終えたキョウジが伸びをする。自然とあくびが出た。

「あ~疲れた。帰るか」

「ああ、そうだな」

 キョウジを見上げながらゼルが同意する。

「大体さ、ゼルはいつも――」

 を終えた二人はとぼとぼと歩き始める。少年の口からは仕事仲間に対しての本日のダメ出しが述べられた。勤務態度をたしなめられたゼルは、軽口をたたきながらそれをいなしていく。

 ふと、ゼルが振り向き、鋭い眼光ではるか彼方をにらみつけた。小竜のそなえる超望遠レンズが、常人には目視できないほどの遠方に一つの影をとらえる。長髪長身のシルエットを持つその男は口元をゆがませ、刹那のうちに姿をくらました。

「……」


                   *


 地球に異星の船が墜ちてから十年。呪われた記念日をひかえたその日。星はめぐり、静止していた少年の因果は動き出す。彼の――キョウジの運命は、ゆるやかにその歯車を回し始めようとしていた。

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