2-2. 元老会議

 難攻不落のロクオンテンプルが焼け落ちたことは瞬く間にソメイヨシノ皇国全土に広がった。いや、皇国だけではない。この金色に輝く不動の巨刹に儚い現世の希望を見出していたもの全てを震撼させた。


 ソメイヨシノ皇国には東西南北を守護する四天王が座している。その一角を担うのは南方の猛将アシカガであった。そのアシカガもロクオンテンプルと共に露と消え、今はその首のみが小姓のフクマルによって皇国元老会議へ持ち帰られた。

 そしてこの一大事件は事なかれ主義の皇国家老を動かすに十分な起爆力を持っていた。彼らはようやく重い腰を上げたのだ。


「まさか、奴の攻勢がこれほどまでとは」

 発言をしたのは五大老の一角であるマエダ家の現当主にして貴族院議員トシイエである。

 ソメイヨシノは名前こそは皇国ではあるが二院制の立憲君主制であり、極めて民主的な運営をしている。皇民は国是に従い和をもって尊しとなすのだ。

 ここは皇国首都中京に在る貴族院、その中でも五大老と呼ばれる最大閥族の一団が民会院の代表を招きながら元老会議を開いている。議題は勿論魔王進軍への対応である。

 状況は最悪である。

 皆が皆慌てふためいていた。そして人間の本性とは自己保身であり、ヒトとは追い詰められると本性が出るものである。

「何を言うか! トシイエ殿、この責任は誰が取るのだ。魔王の脅威は事前に予知できた筈である。吾輩はこの度現政権を陶片追放ムラハチブ投票によりその信を問おうと思う」

 陶片追放ムラハチブ! それはソメイヨシノ皇国から古く伝わる伝統、いや今回の場合では因習と言っていい。

 かつては議会の均衡を保つためにある一定の役割を果たしてきたこの制度も今となっては形骸化し単なる政争の具と成り果ててしまったのだ。

 あゝ何たる卑しさ。この期に及んで足の引張り合いを続けているのだ。

 嘗ては中庸の要として重用されたこの陶片追放制度の私的濫用により秩序が荒廃する様は不滅と謳われたロクオンテンプルが塵となって消えた情景と見事に呼応している。

 見る人が見れば皇国の落日を眺めているようである。


「ふん……下らん。身共はこんな俗物どもに付き合っておれんわ」

 社会的地位が高く、その身分に似つかわしい格好をする者が多数を占めるこの元老会議においてひときわ異彩を放つ男は吐き捨てるように言った。

「貴様ぁ何だぁ! 神聖な議会を何と心得てるのだ」

「頭でっかちの集まりよ」

 この無頼漢の発言で議会に不穏な空気が流れる。皇国の最高権力を公然と冒涜したのだ。

「貴様ぁ我々を愚弄しようというのなら見るものを……」

「愚弄? はて、事実であろうことを言っただけだかな。現にその態度……街のチンビラとどう違うのじゃ。家の威光を借りて粋がっとるようじゃが所詮はその程度の体たらくではないか」

「くっ……」


 ――ざわ……ざわ……彼奴は何だ? なぜあんな卑しい者がここにおるのだ!

「静粛に」

 議長の喝により議会は静寂を取り戻す。

「我が客人の非礼を心よりお詫び申す。ほれ、ミフネ殿もこの位にしてくだされ」

 ミフネという男は知らぬ顔で楊枝を噛んでいる。見るからにふてぶてしい態度だ。

「ではその客人はトシイエ殿が招いたのか」

「左様。この方こそ流浪の剣客ミフネイッテツ殿であられる」

「何、するとあの斬鉄のミフネであられるか!」

「左様」

 斬鉄のミフネ

 勇者に非ぬ身で在りながら魔王に一太刀浴びせた凄腕の剣客。各地を放浪する根なし草の男であるためその足取りを掴むのには大層苦労したという。

「議論が遅延した故、簡潔に述べる。ミフネ殿に神器の一振りを献上し魔王を討って頂くのだ」

 他力本願! 切羽詰まり八方塞がりとなった皇国は一人の男を勇者として御輿に上げようというのだ。

「何も選定の剣でなくとも一向に構わん。身共が欲するのはとにかく強い剣だ」

 ミフネは異邦の西国にて魔王と相見えた事を思い出していた。


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