第41話新たなる始まりの墓標
空良に場所を移すよう提案された芹香は、案外おとなしくそれに従い黙って移動したようだ。
堤防方面へと移動し、人のあまり来ない橋の下付近まで二人で移動した。そして、5mほどの距離をあけて二人で足を止めた。
「戦う前にひとつだけ……。 『あの人』はまだ消えてはいないんですよね?」
「鬱陶しいけど残念ながら……、ね。 でもこうやって邪魔が入らない状況であなたを始末できる状況を作ってくれたんだもの……、感謝しなきゃねぇ、ふふふ……」
「それを聞いて安心しました。 まだ、間に合うってことですからね。 ……、せめて、人間として……!!」
「できるのかな? あなたに……っ!!」
そう言って、両者同時に駆け出す。空良は袋から剣を二本出して抜き、芹香は両腕に水のブレードを纏う。
激しくぶつかりあった刃は互いに弾かれ、距離を取って着地する。そして再度芹香が急接近し斬りかかり、空良はそれを右手の剣で受け止めるが、刃が触れ金属音が鳴り響いた瞬間、芹香はニヤリと笑みを浮かべブレードに魔力を注ぐ。
ブレードを象る水が激しく振動するように波立つと、空良の剣にヒビが入った。
「知ってる? 水は金属を切ることだって出来るんだよ?」
「そういうのは混ぜものしてあるはずですけど……っ」
「あはは、物知りなんだね……!!」
どこかのんきな会話をしながらも、空良は若干焦りの色が見える。対して芹香は若干押しているためかテンション高めだ。そのままブレードを振り抜くと、空良の剣がつばの少し上あたりで折れてしまう。すかさず襲い来る追撃に、空良は折れた剣を捨てて右手に魔力を貯めると魔力拡散の術をぶつけてブレードをただの水へと戻し、そのまま手で弾くように消し去った。
「これじゃ決着つきませんねー……」
「それはどうかな? この場所を選んだのは間違いだったよ!!」
気合を込めて叫んだ芹香が大きく腕を振ると、川の水が大きくせり上がり龍のような形を作って頭上から空良へと襲いかかった。慌てて空良も魔力拡散術を頭上めがけて放ちただの水へと戻すことで対抗するが、それでも大量の水が上空から襲いかかってくるだけでそこそこの衝撃とダメージがある。若干飲み込んでしまったのか、咳き込む彼女にすかさず芹香が斬りかかった。
集中力が切れていた空良はファクターを発動させる余裕がなく咄嗟に剣で受けるも、先程と同様に破壊されてしまい、苦しさを顔に見せながらも体を低くして水の刃を避け、芹香の胸元に拳を叩き込み弾き飛ばす。尻餅をついた芹香だが、ふらつく空良の様子を見てまだ自分の優位が揺らいでいないと確信しているのか余裕は崩れていない。
「あははっ、勝ったかと思って油断しちゃったかな」
「はあ、はあっ……」
「武器も失って、もうここまでだね。 楽にしてあげるよっ!!」
立ち上がって再度距離を詰める芹香に、空良は魔力を練りながらも焦りが見えている。しかしその時、突然芹香の足が止まった。彼女の顔には、困惑と苛立ちの色が見えた。
「こんな、時に……!! また私の邪魔をするの……っ!?」
「もしかして……、『あの人』が止めてくれているの?」
「くっ、おとなしく消えなさいよ……!! このっ……」
ぎりぎりと歯を食いしばりながら、芹香は内なるものの抵抗に反して少しずつ足を進める。その様子を見ていた空良は、少しの間呆然としたように立ち尽くしてしまったが、小さく頷くと決意を固め表情を引き締める。
「せっかく時間を作ってくれたんだ……、ここで成功させるしか……!!」
緊張しながらも目を閉じ息を吐いて心を落ち着ける。そして目をカッと見開き集中力を一気に高めて手のひらを向かい合わせる。そして彼女の身に起こった変化は、今までのものとはまるで違った。
一瞬で髪の色が薄いエメラルドグリーンへと染まり、かすかに光を放つ。空良の変貌を目の当たりにしている芹香は内なるもうひとりを押さえつけたようだが、次は空良の体から放たれる魔力による衝撃で身動きがとれなくなっていた。しばらくして、空良の変化が落ち着き衝撃が収まる。
「……、力が溢れてくる。 これが私の新しい力……」
「なによ、一体何したって言うのよ……!!」
水のブレードをまとい焦ったような表情のまま斬りかかる芹香の一撃を、空良は突き出すように伸ばした手のひらで受ける。水の刃は空良の手のひらに触れただけで形を崩しその力を失い、芹香の一撃はいとも簡単に受け止められた。若干顔を引きつらせながらも、芹香は咄嗟にステップするように距離をとり魔力を練り始める。
「くっ、接近戦が無理なら、もう一度食らわせてあげるわ!!」
そう言って、再び川の水を操り龍の形となして空良へとけしかける。しかし空良は冷静なまま、独り言のようにつぶやく。
「このあたりはやっぱり水の魔力にあふれているんですねー……。 だから私も同じ魔力を持ったってわけですか」
言いながら水の龍へと手を伸ばすと、迫ってきていたそれが急にぴたっと動きを止めた。攻撃の手を緩めたつもりなどない芹香はわけのわからないといった困惑の色を見せる。
「ど、どうして動かないの!?」
「魔力の差です。 あなたの発動した魔術を私が乗っ取ってしまえるほどに、差があるという事ですよー……」
「馬鹿な、そんなことが……ッ!?」
空良が手首をくるりと回すような動きをすると、龍は芹香の方へ向き直って牙をむく。そのまま激流に飲まれた彼女は、なかなかのダメージを負っているようだが自壊するまではいっていない。しかし、そのまま膝をついて立ち上がる様子は見えないようだ。空良はゆっくりと芹香の方へと歩み寄った。
「強くなったね。 最後に会えて嬉しいよ」
「あなたは……、まさか……!?」
優しく微笑みかける芹香に、空良は若干うろたえてしまった。
「さあ、早く終わらせて。 そう長くは意識を保っていられない……」
苦しそうに息を上げながら促す芹香に、空良は水で剣を作り出しそれを突きつける。苦渋の表情で剣を振り上げた空良に、芹香は安心したようにふっと微笑みをこぼした。
しかし、カタカタと腕を震わせ、一歩踏み出し腕に力を込め……、それでも空良はやはりどうしてもそれを振り下ろすことができなかった。
「でき……、ません……!! やっぱり私にはあなたを殺すことなんて……」
彼女の言葉を聞いて、芹香は一気に顔が青ざめた。そしてゆっくりと立ち上がりながら……
「馬鹿……、っ。 どうして……、ためらうの……ッ!!」
水のブレードを形作ると、立ち尽くす空良の腹部を貫いた。
ガクガクと震えながら刃の突き立てられた腹を見つめ、体の変化が戻ってしまった空良は言葉を失ったままフラフラと後ろへ二歩下がり、傷口から刃が抜けるとガクリと膝をついた。虚ろな目で呼吸を荒げる空良に、芹香はブレードを携えたまま涙目で歩み寄る。
「あはは……、馬鹿馬鹿ばーか……。 ほんとどうしようもないよ……、なんで私なんか殺すのにためらってるの。 あいつの頑張りも無駄だったってこと。 こんな事になるんだったら……、大人しくさっさと消えてたほうがこの子もためらわずに済んだのに……。 もう、もう嫌だよ……」
もとの人格に戻っているようであるがしかし、先程までの攻撃的な敵対心は無い。もしくは、こちらの芹香も本音では戦いを拒んでいたのか。それを感じ、空良は弱々しい声でかすかに漏らす。
「あなたも……、本当は……」
「こんなことなら、出会わなければ良かった……ッ!!」
そのまま芹香は悲しみと絶望の表情で刃を振り下ろした。
しかし、ブレードは空良に届くことなく何かに阻まれる。薄れゆく意識の中空良が見たのは、見慣れた頼もしい背中。刃を阻まれた芹香は涙を浮かべたまま、それでもどこか嬉しそうな表情で声を漏らす。
「お兄、ちゃん……」
「けりをつけに来たよ……。 芹香……っ!!」
腕で刃を受けた凰児は払うようにして芹香を弾き距離を取ると、後ろで倒れている空良を見る。その傷口と出血を目にして、悔しそうに顔を歪めた。
「すぐに終わらせて手当をしなきゃ助からないよ。 お兄ちゃんの力じゃあの子を助けられない」
「助けてみせるさ……、もう大切なものを失うのはゴメンだ」
「……、もう私は自分を止められない。 マスターの命令に人形の私は逆らえない。 私は自分の願いを自分では叶えられないの。 だからお兄ちゃんの手で叶えてよ。 ……、それがあなたがすべき償いなの!!」
芹香の悲痛な思いを込めた一閃を、凰児は左手の甲で受け止めると彼女の涙を浮かべた目を見据える。緑色の髪が、新たに覚醒した魔力の影響でほのかに赤く染まっていく。芹香は距離を取り、遠距離からブレードを大きく振って水の刃を三発放った。対する凰児が両手に赤い魔力の光をまとって突き出すと、前方に高熱の塊が発生しシールドとなって水の刃を蒸発させた。
その圧倒的な力の差に少し驚きを見せたあと、芹香は悟ったように笑みをこぼした。
「……、君はとても優しい子だった。 君の願いは……、誰も傷つけたくないという思いは、俺が果たす。 せめて……、苦しめることなく」
「私のこと、一生忘れないでよね。 ずっと背負って、それでも幸せに生きて。 その子は私の友達だから……、悲しませたら許さないからね」
「忘れるはずがない……っ!!」
涙をこらえて言葉を返すと、彼を取り巻く空気が熱を帯び熱風のようなオーラをまとうと変化を始めていた髪が一気に燃え盛るような赤へと染まり瞳もそれに伴って色を変える。強烈な気迫とも言える感覚につい一歩下がった芹香は、魔力を高める凰児にポツリとこぼす。
「これで私も……、安心して逝けるよ……。 さようなら、お兄ちゃん」
声は届くはずもない小さなものだったが、凰児はギリっと唇を噛みすべての魔力を一気に放った。それはとてつもない高エネルギーを伴う炎柱となり橋を軽く超えるほどの高さで吹き上げ、収まった時には自壊したあとの彼女の遺骨のみが遺されていた。
その後、騒ぎを聞きつけた一般人から通報を受けたSACS隊員のうち治癒能力を持つ隊員の処置で空良はなんとか大事に至らず済んだようだ。とりあえず受けた傷も軽くないので医務室に短期入院となり救急で運ばれていった。
そして事情説明を終えひとり夕暮れの堤防で佇む凰児に、翔馬をはじめとした面々が声をかける。面子としては新堂宅の三人にアンリと凛の五人だ。
「お疲れ様、大変だったな」
「翔馬、心配かけたね……。 ゴメン」
「そんなことはいいよ。 大丈夫か?」
「大丈夫、だと思う。 というか、そうじゃないとあの子に怒られる」
「そっか」
流石に平然としていられる訳はないのだろうが、立ち直れると信頼しているからこそか、翔馬はそれ以上のことは言わなかった。
凰児はそのまま彼の後ろの二人、アンリと凛の方へ声をかける。
「君たちにも手間をかけさせちゃったね、二人の後押しがなかったら今頃非道いことになっていた」
「人のことばっかり気にしてんなっつーの。 泣きたいときは泣いとけ」
凛の言葉に、凰児はちらりと浪のほうを向いたあと恥ずかしそうに答えた。
「浪が見てる前でそんなわけには行かないよ。 そういうのは……、みんなが来る前に済ませたから」
「龍崎先輩……、無理しないでください。 そんなすぐに割り切れるもんじゃないってわかってますから。 俺、先に車の方行ってます。 ほらシロ、行くぞ」
浪に促され、シロは心配そうに彼についてその場を離れていった。
「あたしらも行くわ。 ほら、井上も行くぞ」
「わかったわよ。 じゃあまた明日ね、昂月さんのお見舞いには行くわ」
凛とアンリもそそくさとその場を後にしていき、その場には凰児と翔馬だけが残された。
「気を使わせちゃって情けないな、先輩として……、失格だ」
「俺はまあお前と違って頼られるようなタチじゃないし人間出来てもいないけど、それでもお前より四年ばかし人生の先輩だ。 俺の前ではカッコつけなくてもいーよ。 そっち見ないでいてやるから」
堤防の芝生の上に座り込んで、翔馬は目を閉じたまま優しく微笑む。
夕焼け空の下、そのまましばらく友の涙が枯れるのを待っていた。
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