第42話二人の教師像
凰児の妹との確執がひと段落した次の日、彼は新堂宅の三人を連れて町のとある寺にやってきていた。登校する際に通る堤防を赤い橋のあたりで下ったあたりにある、小さな寺だ。境内の奥にある一角は墓地になっており、その一つに彼の妹が眠る。
今日は少し風が有り、四人順番に手を合わせていって最後のシロがそれを終える頃には、既に線香が三分の一ほどまで燃えていた。
「あの子、事件の頃より成長していたようだったから……、少し前まで、誰も眠っていないカラのお墓に手を合わせていたみたいだね」
自虐的にも見える微笑みでうつむきがちに言う凰児に、三人は何も言えなかった。
「必ず……、いつかこの手でケリをつける。 この子にあんな思いをさせた奴を俺は絶対に許さない」
「お前まさか……。 死体繰りの正体がアマデウス……、あくまで人間だってんならそれはSACSの担当だぞ……?」
諌めるような翔馬の言葉にも、凰児は真剣な表情のまま譲る様子はない。しばらくの静寂の後、翔馬は少し大きくため息をついた。
「ったく、わかったよ……。 情報来たら回してやる。 ……、尻拭いはしねーからな」
「ゴメン、苦労をかけるね。 ……、さて、そろそろ空良のお見舞いに行こうか」
「おう。 でも、そろそろいい時間だし飯食ってかね? 19号線沿いにラーメン屋あったよな、ずっと行ってみたかったんだよあそこ」
「いいけど……、覚悟しといたほうがいいよ……?」
息を呑むような真剣な表情で不穏な事を言う凰児に、翔馬は訝しげな表情を作った。
そのまま寺を出て大きな国道に出る交差点を左に曲がり、しばらくしたところにある一件のラーメン店に立ち寄る。
そして車から降りて店内入口に向かう途中で、浪が何の気なしに店の入口近くに止まってる一台のグレーの小型車に目を向ける。すると、バックミラーのところにかかっているドクロのような飾りを見て、何か違和感を感じたような顔をした。そして店内に入るなり辺りを見渡すと、見覚えのあったその車の持ち主が入って左側のテーブルに座っているのを発見した。
「か、薫ちゃん!? どうりであの車どっかで見たと思ったら……」
「ん、新堂兄妹と……、三年生の龍崎くんだったか。 偶然だな。 そちらの綺麗な女性は……」
「えっと、前話した同居人っす」
「おお、これで男性なのか……。 初めまして、二人の担任をさせてもらっている荒井屋薫といいます、どうぞよろしく」
珍しく丁寧な挨拶をする薫に、翔馬も同じく丁寧に返す。
「あ、初めまして。 SACS勤務の服部翔馬です。 えっと、休日なのにスーツなんですね」
「人と待ち合わせをしていてな。 もうすぐ来る頃なのだが……。 新堂たちもよく知っている人物だ、よかったら隣のテーブルに来ないか? 相手にも連絡は入れておこう」
薫の提案に不思議そうな表情を作りながらも、浪たちはそのまま隣接する後ろの席に座った。そして荷物を置いている最中に、髪の長い妙齢の女性が入口のドアを開けた。
そして女性は、薫とその他四人を見るなり驚いたように声をかけた。
「あら、あなた達は確か……」
「あ、アレ!? 動物園の時の先生じゃないですか!?」
真っ先に反応したのは翔馬だ。動物園で昼食をとった際に落とした財布を届けてくれた彼女の顔を覚えていたのだ。驚いたような様子で薫が口を開く。
「む、君も灰原先輩と知り合いだったのか。 偶然だな」
「東ヶ丘の動物園で偶然会ったの。 まさかこんな形でまたお会いできるとは思いませんでした」
灰原と呼ばれた女性は柔らかい微笑みを翔馬たちへと向けた。そして、その名前を聞いた浪は心当たりのある人物を思いついて恐る恐る口に出した。
「灰原って……、もしかして昔担任だった
「そう、小学校五年生の時以来ね、新堂くん。 たくましくなったね。 さっき薫からメッセージで聞いてなかったら誰だかわからなかったわ。 氷室さんと郁島くんは元気?」
「はい、相変わらずバカやってますよ……。 薫ちゃ……、荒井屋先生とはどういう?」
「薫は大学の後輩なの。 今もこうしてたまに会ってランチしたりしてるんだけど、今日はちょっと忙しくてね、ラーメン屋で済ますことにしたの」
「あ、そうなんすね。 じゃあとりあえずさっさと注文すましたほうがいいっすね」
メニューを開いて注文を決める一同。こってりとあっさりとその中間の三つが看板メニューだ。翔馬と薫がこってりを注文しそれ以外は中間の味を選び、シロはさらにチャーハンギョーザ付きだ。
各々の注文品が届くまでの間、互いに疑問に思うことや昔話などをする。浪とシロは薫たちのテーブルの方へ座り、背中合わせに翔馬が座りその向かいに凰児が座る。
今は浪が大学生時代の薫について聞いているようだ。
「薫ちゃ……、荒井屋先生って学生時代どんなんだったんすか?」
「あはは、あだ名呼びしてるのは聞いてるから隠さなくていいのよ。 そうねえ、無愛想で短気なはぐれものって感じかな?」
紫乃の言葉に薫は恥ずかしそうに目をそらした。さらに続いてシロが尋ねる。
「薫先生は……、なんで先生になろうと思ったの?」
シロの問いに、恥ずかしそうに間を置いたあと薫は正直に答えた。
「それはだな……。 まあ、紫乃先輩に憧れて、だよ。 私にはやりたいこととかそういうのがなかったんだ。 人と接するのも得意じゃなかったが、先輩はそんな私を気にかけていろいろ世話を焼いてくれてな。 この人のようになりたいと思った結果、同じ道を行くのがいいのではないかとなっただけの事だ。 我ながら単純だがな」
「改めて言われると……、少し恥ずかしいわね。 私もそんなたいそうな人間じゃないのにね。 ……、生徒一人守ることが出来なかったんだから」
「あれはっ……!! 先輩のせいじゃないでしょう……!!」
紫乃の言葉に興奮したように立ち上がりかけて言った薫は、ハッとして苦い顔でゆっくり座り直した。事情を察した翔馬は、ついまたそれを口に出してしまう。
「もしかして、先生が辞めちゃった理由って……」
「悪い翔馬、今はその話は……」
「っ、悪ぃ……。 またやっちまったな」
しかし、浪に静止されしゅんとして口をつぐむ。重い空気になってしまった中、紫乃は笑顔を作って明るく言う。
「だから、あなたは私よりいい先生になりなさいよ薫。 この子達に悲しい思いをさせないようにね」
「はい、任せてください。 ……、まあ学業に関する指導は先輩にはどう頑張っても追いつけませんがね」
苦笑いで自虐めいたことを言う薫に、浪が反応した。
「やっぱ薫ちゃん……、あんま成績よくなかったんすね……」
「わ、私が悪いんじゃない、先輩が学年主席だったからだ」
取り繕う薫に、紫乃が意地悪な笑みで追撃を送る。
「まあそれでも薫の成績が後ろから数えたほうが早かったのも事実でしょう? 先生になるって言い出した時はびっくりしたもの。 だいぶ勉強につき合わされた覚えがあるわ」
「せ、先輩!!」
普段見る機会のない薫のあたふたする様子を、浪は楽しそうに見ている。
和やかな雰囲気を取り戻したところでちょうど、注文した料理が運ばれてきた。シロのチャーハンギョーザが先に到着し、その後翔馬と薫以外のラーメンが届いた。こってりとあっさりの中間だったはずだが、それでも他の店のこってりラーメンくらいの雰囲気だ。
「あれ、これ俺のじゃないの? 見るからにこってりラーメンだけど……」
「君のはあっち。 今運んできてくれるよ、ほら」
凰児の視線の先にいた店員がテーブルへと運んできたラーメンは並みのラーメンとは一味違う、半流動的なガッツリ麺に絡む鶏がら系のスープだ。ある程度噂は聞いていたのだが予想以上のインパクトに翔馬は言葉を失う。
その後、15分程で全員食事を済ませると、またしばし歓談を始めた。
「意外と油っこくなくて食べやすかったからびっくりしたぜ。 今度雪菜ちゃんたちも連れてまたこよーぜ」
「ここ学校帰りにしょっちゅう来てるぞ。 ふう、それじゃ紫乃先生も予定あるみたいだしそろそろ行こうか。 昂月も待ってるだろうしな」
「あっと、そうだな。 今日は何か邪魔しちゃってすいません」
苦笑いを浮かべて軽く頭を下げる翔馬に、紫乃は気にするなといった様子で微笑む。
「いえいえ、私も久しぶりに教え子に会えて嬉しかったです。 氷室さんたちによろしくね、新堂くん」
浪もにこやかに頷いて返した。
その後二人と別れ、一行はそのままSEMMへと向かった。医務室へと入ると空良の他に、先に来ていた雪菜と凛、アンリの姿があった。
「みなさんお揃いでこんにちわー」
「みんなおっそーい!!」
いつも通りのんびりした様子の空良とむすっとした雪菜の出迎えを受ける。浪は適当に雪菜の言葉を流して空良へ声をかけた。
「傷は大丈夫そうなのか? 痛んだりとか……」
「痛みはないんですけど、ちょっとまだ貧血気味ですかねー……。 治癒魔術で傷は直せてもどうしようもないところはありますからねー。 でも、復帰したら今までよりも一層戦力になれると思いますよ」
そう言って笑う空良は思ったよりも元気そうだ。少し前とはうって変わって明るい様子の彼女に、翔馬が優しい声で話しかける。
「吹っ切れたっ、て感じだな。 話は聞いたよ、空良ちゃんが芹香ちゃんに頼まれた事も……」
「情けない結果になっちゃいましたけど、これでよかったかなって思うんです。 芹香さんも本当は凰児の手で終わらせて欲しかったんだと思います」
空良の言葉に、凰児は少し弱々しく微笑んだ。雰囲気が重くなるのを嫌ってか、そこで翔馬は少々強引に話題を変える。
「それにしても凰児お前、あの耐久に加えて攻撃能力まで覚醒したってんじゃ、梨花さんとタメ張れる……、いや、もうそれ以上なんじゃねーのか? ライバルだったのに随分離されちまったな」
「それがそうでもないんだよね」
翔馬の言葉を、凰児は苦笑いしながら否定した。疑問符を浮かべる一同に、彼は自らの覚醒した新能力についてざっくり説明する。
「攻撃能力を使うときは魔力で髪が赤くなるようなんだけど……、どうやらあの状態の時は身体能力が上がって攻撃魔術が使える代わりに防御力が常人並みに落ちてるみたいなんだよね。 簡単に言えば、普段の防御モードと攻撃モードを使い分ける感じだ。 俺としては、苦手を克服してようやく君に並べたくらいだと思ってるよ」
「なるほど、攻めどころを間違えるとやられかねないって事か」
説明に一同が納得しひと段落着いたとき、突如支部内にサイレンが鳴りひびく。一瞬緊張が走るが、放送の内容を聞くと全員が気が抜けたように息を吐く。
「支部南部、国道19号堤防付近にてアニマ出現を検知、ランクはC。 出撃可能な隊員は受付カウンターまで願います」
ランクCのアニマとなれば、ここにいる誰が行っても楽勝だろう。浪が壁にもたれたままのんきに話す。
「Cランク程度なら俺らが行かなくても誰か行くだろうけど、どうする?」
「はいはい!! あたし最近金欠だからお小遣いが欲しいです!!」
無駄に元気良く雪菜が名乗りを上げた。少し呆れ気味で浪が反応する。
「一応複数で行ったほうがいいか?」
「Cランク複数で割ったらはした金になっちゃうよ!! 大丈夫大丈夫」
「まあ、万が一にもやられはしねーか。 油断はすんなよ」
「ほーい、じゃ行ってきまーす」
気の抜けるような返事を返し、雪菜はそのまま受付へと向かった。アニマはだいぶ格下のはずだが、それでもアンリは若干心配になってポツリとこぼす。
「死亡フラグっぽいこと言ってたけど本当に大丈夫?」
「あいつも一回調子乗って痛い目みてるし大丈夫だろ。 真面目にやれば楽勝だよ」
「それならいいんだけど」
浪の返事を聞いても、嫌な予感がするのかやはりどこか不安げだ。
その後適当に談笑し、しばらくして先にアンリと、乙部に用事のあるらしい凰児が部屋を後にする。とりあえず雪菜を待つ浪たち。時間は彼女が支部を出てから三十五分程経っており、順調に会敵していれば既に討伐完了していてもいい頃だ。凛が若干顔を曇らせてこぼす。
「雪菜の奴遅えな……、終わったら連絡ぐらいしてきそうなもんだが」
「見に行ってみたほうがいいか……? ん、丁度なんか来たみたいだ」
噂をすれば、浪の携帯に雪菜から連絡が入ったようだ。しかしその内容は勝利報告ではなかった。
『助けてください。 勘弁してください。 こんなんじゃ家に帰れない』
浪は顔色を変えたあと、文面を一同に見せた。他の四人もそれを見て言葉を失う。ただ事ではなさそうなその文に浪は急いで返信をし、他の面々も不安そうに見守っている。どうした、大丈夫なのか、といった内容に対する雪菜の返信を見て、浪は困惑したような表情になった。
『怪我はしてないけど体が大変です。 あと心が折れそう』
なぜか微妙な敬語で、はっきりしたことを言わない彼女の返信に戸惑いつつも、無事そうなのでとりあえずその場に留まってもらい空良以外の四人で向かうことに。翔馬の車でそれなりに急いで堤防近くの橋の脇道へ向かい、そこで落ち合おうと連絡を入れ雪菜の無事を確認する。
最も彼女を気にかけていた様子の凛は、その後国道下を通るトンネルの隅で縮こまる雪菜の姿を確認するなりなぜか吹き出して笑ってしまうのであった。
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