第40話贖罪と覚悟

 アンリの特訓から一夜明け、約束の日が次の日に迫った。時間は現在午後12時過ぎ、未だ新たな力を使うことに成功できないままでいる空良は、この日もアンリに連絡を取り特訓に付き合ってもらうよう頼んだのだが……


『ごめんなさい、今日は急用ができて行けなくなってしまったの。 理解のありそうな人に代理を頼んでおくから、その人に見てもらって』


 携帯に送られてきたメールを見ながら、空良は闘技場のリングの入口あたりで不満そうに呟く。


「もう時間がないのに……。 代理って誰だろう。 そもそもアンリ先輩以外の人に見てもらって意味あるのかな」


 焦る空良は、キョロキョロと辺りを見渡したあと、リングに上がり魔力を練り始めた。

 大きく息を吸い、構えを取って魔力を集中させていくも、やはり体に変化が起こってしばらくしたあたりで息が上がり始め、魔力が散ってしまった。彼女が若干ふらつきながら悔しそうに唇を軽く噛むと、いつの間にかやってきていた『代理人』が入口あたりから声をかける。


「井上からその特訓は一人でやるなって言われてんじゃねえのか」


「……、なんでよりにもよってあなたなんですかー……」


 現れた人物、凛の姿を見て空良は嫌そうというよりかはやりづらそうな苦い顔でため息をついた。


「どうせ変わんないですよ、一人でも。 もう教えてもらうことなんてないんですもん」


「ひとりでやるなっていう理由、聞いてねえのか……。 ま、そういうあたしも聞いたわけじゃねえんだが」


「どういう意味ですかー……?」


 訝しげに言葉の意図を尋ねる空良に、凛は呆れたように息を吐いた後答える。


「あたしが呼ばれたのはな、おそらくお前が万が一暴走した時に止める為だ」


「暴走、ですか……?」


「魔力暴走はそいつの限界を超えた魔力を帯びることで起こる。 一般的には魔力の源たる魂の高揚、つまり感情の高ぶりで異常に魔力が高まりすぎたことによって起こるが、お前の場合……」


「空気中の魔力を取り込み過ぎるとそうなる……?」


「井上が何も説明しなかったのは、話すと萎縮して成功率が下がるからってとこか。 戦力を上げるためなら危険を冒すことも厭わない。 ……、雪菜もそうだが、お前もあんまりあいつのことを信用すんじゃねえ。 大人しくしてはいるが、主とやらの命令しだいじゃいつ何やるかわからねえ。 やっぱりあいつは完全に仲間だとは言い切れねえぞ」


「そんな悪い人には思えないですよ。 少なくとも昔のあなたよりは」


「……、ふん。 まあいい、見ててやるから好きにやってろ。 自慢にもならねえがあたしは二回ほど暴走した経験があるからな、やばそうになったら大体分かる。 危ないと思ったら止めてやるから気にせず続けろ」


「言われるまでもありませんよ」


 空良は何処か刺々しい態度でそう言ったあと、凛のもとを離れて訓練を再開した。腰に手を当てて立ったまま彼女の様子を見ている凛は、いつもと変わらぬ仏頂面に見えるが、どことなく空良を心配しているようにも思えた。



 一方その頃、空良の誘いを断ったアンリは自転車で家を出てすぐ近くの国道に出る道を左折したあと、ひたすら坂道を登り途中で人気のない山道へと入っていった。そして特に何もない場所で突然止まると、自転車を降り、耳に手を当ててなにか喋り始める。


「主、主。 聞こえますか?」


『あア、聞こエるよアンリ。 異界ノ穴の近くマで来てくレたんだね。 いつモの通信ヨりもクリアに聞こエるよ』


 アンリの耳へと聞こえてきたのは、少年のような声ではあるが、俗に言う機械音声だ。動画サイトの実況などでよく使われているアレによく似た声である。


「例の少女の件は概ね順調です。 あと少しで覚醒できそうですが……、なにか心掛りがあるような様子でしたね」


『相談ニのってあゲなかっタのかい?』


「私もまださほど信用されているわけでもないので……。 本当はあまり無茶させるべきではないと思うのですが……、このまま続けさせて良いのでしょうか」


『盟約ノ元、君は僕ノ意思を継いデくれればいい』


 アンリの疑問に主と呼ばれるアニマは少し低い声で答えた。ビクッと体を震わせたあと萎縮したように俯いたアンリに、主は元の声のトーンに戻って続けた。


『怒っテいるわケじゃないさ、怖がらナくてモいい。 まあ、このマま上手くいケば信頼ヲ勝ち取ることモできるさ。 来る傲慢ノ王との決戦まデに、最高の状態へと整エておかなケればね』


「はい……。 それで、伝えたいことというのは?」


『傲慢ノ王の勢力がなにか良からヌことを企んデいる雰囲気がある。 十柱の王が動く事態にもナりかねない。 例の少年にあまり振り回されルことのないヨう、備えてオいてよ』


「十柱……、ですか。 第七柱だけは会いたくもないですが……」


『フフ、彼の方はとテも君に会いタがっているケどね。 それじゃ、マた連絡してね。 健闘ヲ祈る』


「はっ、我が主……、デウス・エクス・マキナ……」


 主の名を呼び、アンリはそっと耳から手を離した。


「十柱なんて今のあの子達にはまだ荷が重すぎるわ。 全員がかりで私一人に四苦八苦していた有様じゃ……。 だから強くなってもらわなくちゃいけないのは確かだけれど。 本当に、主に言われるままにしていていいのかしら……」


 自問自答するようにポツリとつぶやいたあと、アンリは小さく首を振る。


「考えるだけ無意味ね。 私にそれを選ぶことなんてできないのだから……」



 そのまま日も傾き、時間は午後4時を回った頃。支部では相変わらず空良が訓練を続けており、凛は暇そうにあくびをしながらその様子を客席で見ていた。凛に苦手意識がある隊員が多いため、というのが全てではないだろうが他に訓練生はいないようだ。


「何を焦ってるかしらねえがこんな時間までよくやるぜ。 まあでも、あの様子じゃ……」


「ぜえっ、ぜえっ……!! なんで、なんで出来ないの……っ!?」


 空良はイライラした様子を見せ魔力を練り続けているが、当然そんなコンディションでうまくいくはずもない。昼に比べても明らかに成果が落ちている。失敗し魔力が散ってふらついている空良を見て、凛は小さくため息をつくと大きな声で話しかけた。


「今日はもう終わりだ!! 見てられん」


「そんなわけにはいかないんです……!! ここで止めるなんて……っ!!」


「ったく……」


 凛は強情な空良の態度に軽く舌打ちをすると、右腕に魔力をまといそれを振り払うように彼女へと放った。空良は咄嗟に拡散の能力で無効化させるが、攻撃後すぐに客席から飛び降り全速力で接近してきていた凛が無防備な彼女の背に滑り込むように回り込み、体制を低くしたままその背中に手のひらを当てた。


「避けられたら考えてやったんだが、やっぱり終わりだ。 こんなのもかわせない状態で成功させたとして実戦で同じように使えるわけがねえだろう。 あたしは帰るぞ」


「一人でも私は……」


「止める人間のいないところでやって万が一暴走してみろ。 どんだけ迷惑かかるかわかるか? お前の兄貴にもだ。 暇なときは付き合ってやるからそんな焦るな」


「それじゃ……、遅いんですよ……」


 振り返って手をひらひらと振りながらその場を後にする凛に、空良はうつむき唇を噛んで小さくつぶやいた。


 その後しばらくして、乙部宅へと帰宅した空良を凰児が出迎え声をかけたが、彼女はろくに返事もせずそのまま自室へ閉じこもってしまった。凰児は心配するように閉じられたドアを見る。

 ベッドに倒れかかるように飛び込み抱き枕を抱えてうずくまってしまった空良だったが、しばらく気持ちを落ち着かせた後、息を吐くとガバッと起き上がり、ヘリに座ると覚悟を決めるように表情を引き締めた。



 次の日、朝早くから凰児と乙部に一声かけると、空良は足早にどこかへと出かけて行った。怪訝そうに彼女を見送った凰児は、彼女の手に武器が握られていたことに気付くことはできなかった。

 空良は家を出たあとそのまま、以前芹香と会った場所、凰児の実家の周辺へと向かって歩きだした。

 家に残された凰児は何をするでもなく自室でただぼーっとしていたが、しばらくすると携帯に着信が入る。相手はあまり絡みの無い意外な人物だ。


「井上さん? 俺に連絡してくるなんて珍しいね、どうかしたのかい?」


「昂月さんのことでちょっとね。 様子がおかしかったからなにか知らないかと思って。 今からSEMMに来ないかしら」


 凰児を呼びつけたアンリは、支部のホールで丸テーブルの椅子に腰掛けて待っていた。その横にはなぜか凛の姿も。


「あれ、珍しい組み合わせだね」


「ふん、昂月のことだろう? なんとなく放っておけなくてな。 井上にはお前の妹の事を軽く説明しといたぞ。 それにしたっていきなりあそこまで力にこだわりだしたのはほかに何かあるだろう」


「力……?」


「そういやお前は知らねえのか……。 実は最近な……」


 そう言って、凛は最近空良が行っている特訓について簡単に説明をした。


「どうしてそんな無理を……。 井上さん、君が勧めたのか?」


「彼女が望んだことよ。 それよりも……、呼びつけておいて悪いんだけれど、黒峰さんに聞いた話であらかた理解したわ。 ……、あの子あなたのかわりに妹さんと決着つけるつもりだわ」


「なんだって……?」


「あなたにもう一度妹を手にかけることをさせない為に、自らの手を汚すつもりなのよ……。 今日までに習得することにこだわっていたから、もしかすると……」


 アンリが言い終わる前に、凰児はいてもたってもいられなくなり走り出そうとした。しかし、その背を睨みつけたアンリがよく通る声で叫ぶ。


「待ちなさい!! ……、行ってどうするつもり? 正直言って今回のことはあなたがその手でケリをつけるべき事よ。 そのために行くなら止めはしない。 でも、あの子の邪魔だけしてなあなあで済ますつもりなら行かせるわけにはいかないわね」


「なんの義理があって君にそんなことを……。 空良の身に何が起こっても興味なんてないだろう……!!」


「私は主の命には逆らえない……、あなたたちを強くしろというのが今私に下されている使命なの。 でも、本心ではその命がすべて正しいと思っているわけではないわ」


「どうしてそこまでして主に従う……?」


「そういうものなの、異界のルールってやつよ。 上に逆らえば消されるだけ」


 疲れたような、やるせない表情で弱々しくつぶやいたアンリに、凰児は若干勢いを削がれてしまった。どこか重い空気の漂うなか、凛が静かに問いかける。


「お前はなんのために戦ってんだ?」


「それは……、家族や友達、仲間を守るためだよ」


「あたしも同じようなもんだ、雪菜の為に戦ってる。 でも、あたしらのスタイルって真逆だとは思わねえか?」


「逆?」


「お前はその身を犠牲に仲間の盾となる。 それが間違ってるなんて言わねえが、それだといつまでたっても大切なものを傷つける奴は消えねえ。 いつもお前がそばにいてやれるわけじゃねえだろう。 誰かがその役目を負わなきゃいけねえんだ。 大切なものを守るためにそれを傷つけるやつをぶっ潰す、汚れ役をな。 いつまで怯えてんだ……、そのままいつまでも引きずってまた何か失うつもりか馬鹿が!!」


「っ……!?」


 低いトーンで威圧的に放たれたきつい言葉は、彼の胸のうちを大きくえぐり言葉を失わせる。しかし、龍崎凰児という男は体だけでなく、心も決して打たれ弱くなどない。胸を押さえ高鳴る鼓動をしかと感じ取る。

 そこに、アンリが落ち着いて言葉を続けた。


「あなたには初めて見た時から強い炎を感じている。 攻撃能力がないはずがないわ。 その手で、決着をつけなさい。 罪から逃げないで、潰されないで、背負って歩き続けなさい。 運命の子の一人だというなら、それぐらいの心は持っているでしょう」


 微笑みながらそう言ったアンリに強く頷いたあと、凰児は飛び出すように支部を走り去っていった。次は止める事などせず信頼するような態度で見送ったアンリに、凛は頭を軽くかくと声をかけた。


「何だ、その……。 お前のこと少し誤解してたかも知んねえわ」


「あなたはそれでいいのよ。 人間誰しも役目というものがあるわ。 ひねくれ者でなかなか他人を信用しないのがあなただから」


「うるせえよ……。 やっぱお前は嫌いだわ」


 ふてくされたような顔でつぶやきその場を去っていく凛を微笑ましく見送りながらも、アンリはどこか寂しげな雰囲気をまとっていた。



 その少し後、あの日凰児が芹香を見かけて追いかけ始めた公園で空良は彼が座っていたのと同じベンチに腰掛け空を見上げていた。

 そしてしばらく後何かに気づいて目を閉じたあと、視線を下げてその方向を見た。


「来てあげたよ……、ふふふ」


「あなたは……、シロノとミックスジュースが好きな芹香さんではないですねー……」


「そう。 でも、私としても都合がいいから黙ってきてあげたの……。 その場所は私の物。 邪魔なものは……、消してあげるよ」


「ここは目立ちすぎます。 場所を移しましょうかー……」


 真剣な表情で立ち上がると、空良はベンチに置いてある、剣の入っているであろう袋に手をかけながら言った。

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