第38話妹ふたり

 空良のことを頼むと託された雪菜だったが、どこかへ走り去ってしまい完全に見失っている空良を見つけるのは困難だ。なので、仕事中の緋砂に頼み込んで魔力を探ってもらい、大まかに場所の目星をつけてその周辺を探すことに。


「お姉ちゃんの話だと駅の北側あたりをフラフラしてるって言うから……、人目につかないこのへんが怪しいと思うんだけどなぁ……。 っと……」


 独り言を言いながら高架下の裏道周辺を探し回っていた雪菜は、ちょうど高架下の歩道の端にちょこんと座っている空良の姿を見つけた。


「はいさー。 少し落ち着いたかな?」


「ゆきちぃ先輩……。 何しに来たんですかー……」


 ぼーっとしているところに不意打ち的に声をかけたのだが、空良は特に驚くような素振りもみせずに上の空のまま気のない返事を返した。しかしそっけない態度で返されるのはある程度覚悟していたのだろう、雪菜はそれでも優しく声をかけた。


「あたしなんかに空良ちゃんの気持ちは分かんないかもしれないけど、それでも何か力になれたらいいなって思って。 ほかの人に話したら少し楽になったりすることもあると思うんだ」


「……」


「でも、空良ちゃんがほっといてくれ、帰ってくれって言うならそうするよ。 それで、いつまでも待ってる。 君があたしたちを頼ってくれるのを」


 雪菜のその言葉にも空良は依然として暗い表情のままだったが、それでも、うつむきがちに小さな声で話し始める。雪菜はそっと空良の横に腰掛けると、真剣な表情になって話を聞く。


「……、怖かったんです。 今まで凰児の妹として一緒に暮らしてきたのに、その居場所を奪われちゃうんじゃないかって」


「なるほど……、ちょっと意外だな」


「どうして、ですか?」


 キョトンとした様子の空良の問いに、意味ありげに微笑んで答える。


「だって空良ちゃん妹扱い不満そうだったじゃん。 そりゃ好きな人に恋愛対象として見られないのは辛いもんねぇ?」


「ななななななんでそれをー!? って違う違う、なに言ってんですかー!!」


 突然立ち上がってまくし立てるように否定する空良であるが、むしろその態度自体が図星であることを物語っている。雪菜はニヤニヤしながら空良の否定の言葉をスルーして話す。


「凛ちゃんがそう言ってたから。 あたしはそういうの鈍いほうだけどあの子やけに鋭いからさ」


「く、くろりん先輩にまで知られてるなんて……、絶対あの人言いふらしてますよね!? もう生きてけない……」


「あはは、大丈夫だよ。 あたし以外には多分言ってないから」


「一番言っちゃいけない人に言ってる時点でダメです!!」


「あたしそんなに口軽くないよー。 つい人に話したくなっちゃうだけで」


「それを軽いって言うんですー!!」


 ぷりぷりと怒っている空良は雪菜に笑って流されたあと、呆れたようなため息を吐いて一息つくと顔をあげてゆっくりと話しだした。


「ま、でも先輩の言うとおりです。 妹扱いされたくないって言っておいて、都合のいい時だけその立場を守ろうとする卑怯な奴なんです、私は。 凰児の妹さんが生きてたかもって聞いて、ホントは喜ぶべきなのに、自分の立場ばっかり気にして。 それで今度はその子が生き返ったわけじゃないって聞いて少し……、ホッとしちゃったんです……。 私は最低な人間なんです……っ!!」


 空良は話しているうちに自己嫌悪に陥り、次第に涙を浮かべ声を震わせた。そんな彼女に、雪菜は真剣な表情になり、少し厳しいような口調で返す。


「その子が生きてるかどうかとかは、空良ちゃんが先輩の妹であるかどうかとは関係ないよ。 血縁は確かに無関係とは言わないけど、それ以上に大切なものがあるんだ。 空良ちゃんは今まで同じ屋根の下で暮らしてきたことで先輩の妹として見られていたかもしれないけど、あたしは一緒に居れば家族ってわけじゃないと思う」


「じゃあ、大切な物ってなんなんですか……?」


「その人が一番辛い時に、そばにいて力になってあげられる人。 それこそが家族なんだと思う。 だからいまの君じゃそれを名乗れない」


「……っ。 やっぱり私なんかじゃ」


「そうじゃないでしょうがっ!!」


 雪菜はネガティブな空良の発言につい立ち上がり声を荒らげてしまう。普段は優しく、つい相手を甘やかしてしまうタチの雪菜であるからこそ、空良は驚きを隠せず少しびくついたように反応した。

 雪菜は空良に正対し両肩を掴むと、その瞳をまっすぐ見据えて真意を伝える。


「今がその時なんだよ!! 今自信を持って家族だと言えないのなら、今から家族になりに行くんだよっ!! 先輩を今のまま放っておいて、SACSやらの介入で妹さんの問題がなあなあで片付いちゃったら先輩もう立ち直れないと思う……。 空良ちゃんはそれでもいいの!?」


「よくなんて、ないです!! でも私なんかに何ができるって言うの!!」


「できないからって諦めるのなら、家族なんて辞めちゃえばいいんだ!! その程度じゃないはずでしょ!? 何もできなくてもそばにいるんだよ……。 ひとりじゃないんだよ、空良ちゃんも、先輩も。 それを教えてあげるんだ」


「一人じゃ、ない……?」


「翔馬さんや浪だって先輩とは仲良しだけど、一番一緒にいたのは空良ちゃんなんだ。 君が行かないでどうするの。 一緒に行ってあげるからさ」


 優しく言いながら雪菜がしゃがんで空良を抱き寄せると、彼女はついに涙をこらえきれなくなってしまった。雪菜は泣きじゃくる空良の頭をポンポンと叩きながら語る。


「あたしは凛ちゃんが一番辛い時に一緒にいてあげられなかったことをすごく後悔したから。 空良ちゃんにはあたしと同じ気持ちを味わって欲しくないなって思って」


 雪菜の腕でしばらく気持ちを落ち着かせていた空良は彼女の言葉に涙を拭うと、立ち上がりキリっとした表情で言った。


「私……、行きますっ!!」


 その決意の言葉に、雪菜はホッとしたような嬉しいような表情で微笑んだ。





 日が落ちてから既に数時間が経った後。子供が野球できるようなフェンスのある小さなグラウンドとくっついた小さな公園の脇で、ただあてもなくふらついていた凰児はふっと足を止めると呆れたように笑みを浮かべ、ため息混じりでポツリとこぼす。


「何をやってるんだろうな俺は……。 こんなあてもなく探しても会えるわけないのに……。 ま、完全にあてなしってわけでもないけど……、ふう。 乙部さんや空良に心配かけてるだけだ。 そういえば携帯すら持ってきてないな」


 ガシガシと乱暴に頭をかくと、そのままフラフラと公園のベンチに腰掛け、物思いにふけるように空を仰いだ。

 そして誰に語るでもなく、誰にも言えないでいた本心をつぶやいた。


「そもそも……、あの子に会ってどうするつもりなのやら。 自らの体を傷つけ他人を守る事、この命を他人のために捧げることを罪滅しのように考えていながら、それに終わりが無いんだろうということを俺は解っていた。 凛ちゃんを気にかけていたのだって……、自己満足な償いの一部だ。 あの子が現れた事でそれが変わるとでも思ってるのか? ……、あの子に会って、許しをもらおうとでも……?」


 月へ向かって手を伸ばし、指の間から覗くそれを見つめながらこぼす。衝動的に飛び出してきたものの、その行動の理由を考えれば考えるほど自分に嫌気がさしてくるのみだ。悔しさと自己嫌悪をこらえるように、伸ばしたこぶしをグッと握って唇を噛み強く目を閉じる。

 しばらく気を落ち着かせたあと拳を振り下ろし一気に息を吐いた彼は、無力感と虚しさに呆れたように首を振ると、ベンチから立ち上がる。


「逃げてるだけ……、なのか。 でも、俺が今あの子に会ってできることもない。 ……、帰るか。 全く、どうしよーもないな……、っ!? あれは……」


 ぼやきながら公園を後にしようとしたその時、彼の目が捉えたのは公園出口から左前方の交差点を歩いて曲がっていった少女の姿。見間違えるはずもない、それはほかでもない妹の姿だった。

 会ったところで出来ることなどない、先程までそんな事を言っていても、いざ目の前に現れてしまえば体が勝手に動いてしまう。気が付くと彼は、妹の後を走って追っていた。



 そしてその少し前、時間にして四十分ほど前、乙部宅では凰児が帰ってくる様子がないことを心配した空良が翔馬と浪、雪菜に連絡して集まっていた。置いてくるわけにもいかないのでシロも一緒だ。一足先についた雪菜、落ち着いた様子の乙部と一緒にいる空良がアタフタとしていると、翔馬の車がエンジン音を響かせてやってきた。

 乙部宅はグレーの四角いシンプルな三階建てに道路に面した空き地があり、そこに乙部の車が止まっている。その横に空いたスペースに翔馬が車を止めると、三人は慌てた様子で降りてきた。とりあえず翔馬が乙部に現状の確認をする。


「乙部さん、凰児が帰ってこないって?」


「ええ、携帯も置いていってしまったようで連絡も取れないのです。 今のところSACSに通報などもないようなので何も起きていないとは思うのですが」


「SEMMで話してる時に既に出て行った後と考えるとどこに行ったかなんてまるでわからねーな……。 歩きだとしても相当遠くまで行ける」


「緋砂さんに連絡したのですがSEMMでまだ残業中で電話をとってくれないんですよねえ……。 SEMMのコールセンターもアニマ対応窓口以外終了していますし……。 翔馬くん、ひとっぱしりお願いできますか?」


「シロを置いてくことになるけどいいのか?」


「やむを得ません、まあ大丈夫でしょう」


「おしきた、ひっさびさに全速で飛ばすぜ……!! 大まかな位置が特定できたら浪に電話するから頼むぞ」


 走り出す寸前体勢を低くして浪へと視線を送る翔馬。浪が頷いて返すと、一気に地を蹴って駆け出す。瞬時にトップスピードに達した彼は、ものの数秒でその姿が見えなくなるほどだ。

 とりあえずの手がかりを掴めるのが期待できることとなったのだが、それでも空良はいてもたってもいられない様子だ。

 そんな彼女を気遣うように、浪が声をかける。


「とりあえず、動いてないと気がすまないなら探しに行ってみるか?」


「で、でも下手に動くのは良くないんじゃないですかー?」


「どこにいるかわからないんだからどこに行っても一緒だよ。 翔馬の話じゃもし襲われても妹の力は俺や雪菜でも太刀打ちできるくらいらしい。 だったら二手に分かれてみるのもいいかもな」


 話を聞いていた乙部は浪を止めるわけではないが、とりあえず口を挟んで条件を出した。


「それならシロさんはここに残ってもらいます。 あまり彼女に目立つ行動はさせたくはないので……」


「それじゃあたしはシロちゃんとここで待ってるね。 二人で行ってきなよ。 先輩がどこ行きそうか二人の方がわかるんじゃない?」


 雪菜の言葉に反応してはっとした様子の空良。彼女の言うとおり、凰児の行くさきに思い当たるところがあるのか。


「あっちです。 多分、そう遠くには行ってません……」


「遠くない、か。 なるほど、その線はあるな……。 よし、行くぞ!! 雪菜、シロを頼んだぞ」


 ウインクをしてピッと敬礼するようなポーズで返す雪菜を確認すると、ふたり揃って走っていった。



 そのまま走ること数分、少し息の上がってきた二人は少しずつスピードを落としていき、歩くくらいのスピードになったところで少し余裕のある浪が、肩で息をする空良に話しかけた。


「先輩の実家までもう少し、か」


「……、凰児もいつもは避けてるんです、こっちの方に来るの。 でも、妹さんを探しているって言うなら、自然とこのあたり、見慣れた景色へ帰ってくる可能性も高い……」


 どうやら、二人が向かっているのは凰児がかつて妹と、両親と暮らしていた家の周辺だったようだ。確かに妹が無意識にこのあたりに戻って来る可能性はあるだろう。そんな時、浪の携帯が鳴り、電話を取る。相手は翔馬のようで、簡潔に場所を聞いたあと、電話を切って空良へと話す。


「やっぱり、こっちであってるみたいだ。 もう少し先、公園のあるあたりだって」


「わかりました、急ぎましょう!!」


 そう言って再度駆け出そうとしたその時、かすかに殺気のようなものを察知した浪は、咄嗟に空良の手を引いた。その直後に、空間が歪んで弾ける。人通りのない住宅地の歩道、前方からゆっくりと歩いてくる人影を確認した。


「憂……、また不意打ちかましてくるとは相変わらずだな」


「やだなあ、僕にとって不意の一撃は挨拶みたいなものだから。 普通にこんばんはって返してくれればいいよ」


「そんな挨拶があるか……。 ここで出てくるってことは、先輩の妹の件はやっぱお前が原因か」


 想定通りの人物に、睨むように問いかける。憂はその問を白々しい態度で否定した。


「死体繰りのホルダーは確かに僕の仲間だけど、龍崎と妹がどうとかってのはあの変態の仕業だよ? リリーのアマデウスってことで強い力を持ってるから僕もあまり強く言えなくてねえ、悪いとは思ってるんだけど」


 言葉とは裏腹に、含み笑いの憂は全く悪びれてなどいない。


「本当にそう思ってるんならそこをどけよ……!!」


「無粋だなあ、兄妹水入らずの時間に水を差すもんじゃないよ?」


 おちょくるような態度を崩さずにヘラヘラと返す憂に、浪はもはや会話による解決を諦めた。憂が言い終わる直後位に、大きな雷が落ち神化を発動させる。相手が相手だけに、最初から全力だ。


「昂月は先輩のところに」


「そんな、こいつと一人でやるつもりですか!?」


「翔馬がこっちに向かってる。 二、三分耐えられれば合流できるはずだ。 ほら、早く」


 浪に促され、空良はためらいながらも走り出した。それを見た憂が反応するのを見て、浪は雷光がごとく疾さで距離を詰め、雷をまとわせた拳で殴りかかった。流石に私用であるため剣の所持は許されなかったようで武器はない。

 憂はその拳を手をかざしただけで難なく受け止めた。壁のようなものが展開されたのか、浪の拳を覆う雷は反射されるように放射状に散る。その瞬間、浪は何とも言えない嫌な予感、とも言える感覚を覚え、電光石火の速度で距離をとった。彼の予測通り、すぐさま先程まで居た場所、憂の正面の空間が歪んで弾けた。


「結構気合入れた一撃だったんだけどな……、やっぱ繰り返してるぶん年期が違うってか?」


「そういう問題じゃないよ、実際魔力の強さは君の方が上だ。 しかし僕のファクターは空間、空間を遮断、というか一部的に隔離してしまえば攻撃力に関わらず届くことはない。 厳密に言えば僕の作った壁のこちらと向こうじゃ別の空間なのさ。 いかなるものも通さない絶対防御、それは攻撃も同じ。 空間ごと捻じ曲げるから硬度や耐久力なんて関係ない。 すべてを破壊する絶対攻撃だ」


「勝ち目は……、無いって言いたいのか」


「そんなことはないさ。 だからこそこんな回りくどいことしてるんだ。 君たちのせいで何度も失敗してるからね。 ……、もうこれ以上の失敗は許されない」


 珍しく真剣な表情を見せた憂。浪は拳を下ろし憂に問う。


「俺たちの戦力を削ぐために、まず先輩に狙いをつけたのか?」


「本当に想定外なんだよ。 リリーのファクター、『デッドマスター』と僕らは呼んでいるけど、あれは本来死体を人形として動かすだけのものなんだ。 しかしあの子は強い思いで魂が未だに残留していたためにあんなことになっているのさ。 ま、魂が残ったおかげで人形がファクターまで使えるのだから僕達としては好都合だけどね。 よほどの恨みがあったのかな、アハハ!!」


「黙れ……」


「魂があるなんて言ってもデッドマスターの影響で歪んでしまってまともなもんじゃないけどね。 ま、姿かたちと記憶は保っているようだから揺さぶりかけるには十分だろうし、壊れかけの人形としちゃ上出来……」


「黙れっつってんだよっ!!」


 ふざけたように面白おかしく話す憂の言葉を最後まで聞く前に、浪は耐えられなくなった。しかし拳を強く握り怒りに任せて魔力を吹き上げる彼は、どうも様子がおかしい。右腕から胸のあたりまでが黒く染まり、背中の右側になかったはずの翼が現れた。それはやはり黒く染まり、オーラをまとっている。

 その変貌に、今まで余裕を崩さなかった憂さえも顔色を変えた。


「つっ……!! おふざけが過ぎたかな? 君が暴走なんかしたら黒峰凛とは比べ物にならないほどの化け物になる、まだ死にたくはないからね……。 今日はここで退かせてもらうよ」


 無理に微笑んではいるものの、憂は冷や汗を垂らし焦るように退いていった。空間転移を使う余裕も無いのか踵を返し走り去る彼に浪は興奮したまま極大の雷を降らせるが、憂は頭上に空間遮断を使いそれを防ぐとそのまま走って路地の方へと隠れるように逃げていった。

 息の荒い浪がしばらくの間心を落ち着かせると、右の翼が消え、黒く染まった体も元に戻っていった。そして息を大きく吐くと、神化を解く。


「今の……、今の感覚は……。 翼が……」


『ダメだよ、浪。 忘れなさい』


 頭の中を整理しながら独り言のようにつぶやいた浪に、エルは厳しい口調で反応した。


『あんなのなんのヒントでもない。 感情制御はホルダーとして基本中の基本だ。 暴走して雪菜やシロを傷つけるつもり?』


 エルの言葉にはっとした浪はバツの悪い様子で頭を掻いた。


「悪い、そうだよな。 俺は守るために戦ってるんだ。 今のは忘れるよ」


『分かればよし、ほら、空良のあとを追うよ!!』


 気を取り直して表情を引き締めると、浪は急ぎ足で空良の走っていった後を追っていった。



 空良と浪の二人がその行方を探す目標、龍崎凰児は今妹らしき人影を追い、実家近くの大きな川の堤防下を歩いていた。町工場が連なるそこは、今の時間は人の影など見えない。

 堤防に上がる階段のあたりで、キョロキョロと辺りを見回しながらつぶやいた。


「おかしいな、障害物もないし見失うほど離れてなかったはずなんだけどな……」


 歩きながら難しい顔で唸っている彼の肩を、不意に叩く者がいた。バッと勢いよく振り向いた時そこにいたのは、探していた人間の顔。


「また会ったね、おにーちゃん。 ふふふ……」


「気づいてたのか……、芹香せりか


「私に会って何をするつもりだったのかな……?」


「どう、だろうね……。 ただ話がしたかったのかも」


 ため息混じりで微笑む凰児の言葉を妹、芹香は蔑むように鼻で笑った。


「私に話が通じると思ってるなんて……、おめでたいよね。 私は生き返ってなんかいない。 魂を歪めて死体に押し込んで動かされているだけのモノ。 私を動かすのは自分でも馬鹿らしいと思う衝動だけ……!!」


「……、っ!?」


「お兄ちゃんを私だけの物にしたい、それだけ。 知ってるよ、新しい家族がいるんでしょ……? 新しい、妹も」


 その一言に彼女の狙いを感じ取り、凰児の顔は一気に血の気を失った。

 そしてその最悪のタイミングで、凰児を追っていた一人の少女が、二人の姿を捉えてしまった。


「凰児っ!! 大丈夫!?」


「空良!? ダメだっ、こっちに来るなあッ!!」


 凰児が咄嗟に叫ぶのと同時に、芹香は空良の方へと駆けていった。しかし、彼女はファクターを使うこともなく、そのまま生身の拳で空良へと殴りかかった。空良は左腕で払うようにして芹香の右ストレートを流す。そして殴りかかった勢いのまま彼女の顔が空良へと近づいたとき、その唇がなにか言葉を発した。

 耳を疑うような表情で隙を晒してしまった空良に追撃することもなく、芹香はそのまま空良の横を追い抜いて走り去り、路地裏へと消えていった。

 呆然と立ち尽くす空良に、彼女を心配した凰児が駆け寄る。


「空良、怪我はない!? あの子は何を……?」


「わかんない、咄嗟の事でよくわからなかったよー、あはは。 今日は、もう帰ろうよ」


「心配を、かけたね……、ゴメン」


 顔を伏せて言う凰児に、空良は微笑んで首を振った。

 追いついてきた浪が何かを叫んで手を振っているのを確認した凰児が、浪の方へと駆け寄っていくのを見ながら、空良は芹香の言葉を思い出す。本当はすべて、はっきりと聞こえていたのだ。


『明日の午後五時頃、高神の小学校裏のカフェで待ってる。 話がしたいな』


 目を閉じ小さく息を吐いたあと、空良は覚悟を決めるようにキッと星空を見上げた。

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