第34話つかの間の休息

 実技試験での激闘から一夜明けた次の朝、早朝七時から張り出された結果発表を見るために愛知支部受験者三名と引率一人は、朝寝坊した一人をなんとかたたき起こし京都支部エントランスの正面掲示板を見上げる。

 実技試験は各々試験管から合格のお墨付きをもらっているのであるが、不安の種はおもに寝坊助の筆記試験の如何である。


「俺は……、あった!! あれだけ苦労したんだしないと困るぜ」


「あたしもあるな。 まあ、筆記なんざ落ちる要素ねえだろう」


 浪と凛は自分の受験番号を見つけて、冷静そうに見えるもののなんだかんだ嬉しそうな様子だ。雪菜はふたりの後、少し遅れて反応を見せる。掲示板を不安そうに見上げてキョロキョロと動いていたその首が止まり、一瞬言葉に詰まる。その直後、


「あったあ!! やったよ凛ちゃん、受かってたあっ!!」


「暑苦しい!! くっつくんじゃねーよ!!」


 涙目になって抱きついてくる雪菜を凛は若干顔を赤らめて引き剥がしている。そんな時、一同に声をかけてくる人物が。


「おはようございます皆様、お揃いのようですね」


「梨華じゃないか、忙しいんじゃないのかい?」


 先日とは違う涼しげな青い着物姿の梨華を見て、緋砂が少し驚いたように尋ねた。


「討伐したアニマの数が合わないので、黒峰さんに確認をと思いまして。 十和さんはまだ来ていないようなので」


「俺と雪菜で一体、黒峰と御剣で一体、梨華さんと支部長で一体ずつとSランク候補生たちで計五体じゃ?」


「Sランク候補生たちは相良憂の襲撃を受けて……」


「……、マジっすか……」


 梨華の思いがけない言葉に浪は言葉に詰まってしまう。微妙な雰囲気の中、凛が珍しく遠慮がちに声を出す。


「あの、バタバタしてて言い忘れてたんですが……。 あたしと御剣がアニマを倒したあともう一匹現れて、やばかったところを助けられたんです」


「助けられた? どなたにでしょう?」


「なんというか……、40代くらいのおっさんで……。 すぐどっか行っちまったんですが……。 めちゃくちゃ強かったっぽいんで多分もう一匹もその人が……」


「40代の御仁、高ランクアニマを難なく倒す……。 いえ、まさか……」


 梨華が難しい顔で唸っていると、突然雪菜と浪の間に入ってふたりと肩を組むようにして話に入ってくる男が。


「やーお前さんがたも災難だったね、試験は受かったかい若人たち!!」


「ひゃわぁっ!?」


 突然のことに動揺した雪菜がつい男の頬に平手打ちをして逃げる。いい音が響いたあと、凛は驚いたような顔で、梨華は呆れたような顔で男の方へ視線を向けた。


「あ、あんたはあの時の!?」


「やはりあなたでしたか……。 こんなところで何をしていらっしゃるのですか? 仕事はどうしたのです」


 レンズの大きめなサングラスをかけた男は黙っていればダンディズムの漂う熟練の中年隊員といった雰囲気とも言えるのだが。男は紅葉模様のついた頬をさすりながら飄々とした態度で答えた。


「いやいや、例の子達がどんなもんなのか見ておこうかと思ってねえ。 おじさんとしては輝かしい若人たちの活躍が気になって仕方ないわけよねえ」


「輝かしいのは貴方の頭です」


「……、梨華ちゃん最近冷たくない? 年長者はいたわってあげないといかんよ?」


「ならば年長者らしい振る舞いをしていただきたいものですね?」


 男の軽口に梨華はなんだか威圧感を含んだ笑顔で淡々と返す。何とも言えない二人の雰囲気に入れずにいた愛知支部メンバーであったが、会話が一区切りついたらしいところで緋砂が恐る恐る尋ねる。


「すまない梨華、まさかとは思うんだがこの人は……」


「ええ……。 東京本部長の大和田獅童おおわだしどう殿です。 残念ながら」


 梨華に紹介されるなり、大和田は変わらずいかにも軽い様子でVサインをして喜んでいる。梨華の言葉に緋砂は言葉を失い、ほか三人は一拍おいてええぇー!? と揃って声を上げた。

 雰囲気としては乙部に似た飄々とした雰囲気を感じるが、どうにもこちらのほうがロクでもないオーラを感じる。大和田は浪の背中を叩きながら、彼の昨日の戦いについて話す。本部長という肩書きの割にフランクすぎる彼の言動に、一同なんだか疲れているようにも見えた。


「昨日の一戦、見たぜ。 大したもんだねえ兄ちゃん、あの怜ちゃんに一泡吹かすとはねえ」


「怜ちゃんって……」


「俺は例の予言云々には関わってないが、手伝えることは手伝ってやるから東京来た時は遠慮せず会いに来な。 さて、いい加減帰らないと閃人のやつがまたうるさくなるな。 そいじゃ、翔馬のやつに宜しくな。 ああ、あとそこのでかい姉ちゃん、黒い方な」


 緋砂と並んでいたため黒い方と付け足されて指名された凛は、浪と同じく疲れたような、そして少し呆れたような様子で反応する。


「あたしか?」


「アニマとの戦い見せてもらったが、案外人を育てるのに向いてるな。 追い越されるのが嫌でなければ兄ちゃんに戦い方を教えてやるといい」


「見てたのかよ……。 結構やばかったんだからもっと早く助けてくれてもいいだろ」


「綺麗なオネーチャンが汗水たらして戦う姿に見とれちゃったのさ」


「あー、もういい。 帰れ」


「冷たっ!! 命の恩人にその仕打ちとは恐れ入るねえ」


「女子高生がハゲに厳しいのは世の理だ」


 凛の返しに雪菜が思わず吹き出しかけた。その後大和田を見送り、梨華は忙しい様子で軽く挨拶したあとその場を去っていった。

 ようやく落ち着いたあと、緋砂はひとつため息をついた。


「さて、合格の証書とランク章は後日愛知支部に送られてくるし、とりあえずはこれで終了だね」


「念のため明日まで学校に休みの届出してあるんだけど、余っちゃったね。 ねえねえ、みんなでどっか遊びに行かない? 合格祝いみたいな感じでさ!!」


「京都観光でもするのかい?」


「うん、そんなかんじ」


 そんな会話をしながらエントランスを出る氷室姉妹にほか二人もついて出ていくと、少女の声がどこからか響いてくる。正面に見える正門からだろう、そこには小走りでこちらへ向かってくる御剣十和の姿が見えた。


「はあ、はあ……。 よかった、間に合ったみたいで……。 みなさんにお礼をしようと思って」


「お礼? 黒峰以外は特になにかしたわけでもないんじゃないか?」


 不思議そうな様子で尋ねる浪に、十和は首を横に振ると微笑みながら答える。


「いえ、この度の騒ぎはあくまで京都支部での問題です。 被害は出てしまいましたが、みなさんの協力のおかげでこの程度で済んだのだとも言えます。 それに、おかげで私も強くなれそうです」


「そうか、よかったな」


 視線を向けられた凛は、少し恥ずかしそうに目をそらしながら言った。


「それで……、ご報告があるのですが……」


 一同が言いよどむ十和に対し不思議そうな表情になる中、彼女は意を決してその報告を口にする。


「愛知支部に、移籍になりましたっ!!」


「へえ、それは……、って、ええ~っ!?」


 雪菜が芸人のごとくリアクションを取る中、冷静に緋砂が尋ねる。


「家族や学校はどうするんだい?」


「両親は京都に残ります。 学校は……、あまり仲のいい友達もいないので……、大丈夫です」


「余計なことを聞いたね、ごめん。 そういうことならうちは歓迎するよ」


「ありがとうございます。 正確な日にちはまだ決まっていませんが、近いうちにあちらへ向かいます」


「そうだ、今から四人でどこかへ出かけようって話なんだが、あんたも一緒に来ないかい? うちに来るなら話したいこともいろいろあるしねえ」


 緋砂の急な提案に、雪菜たち一同はすぐさま同意し乗り気になるが、十和は若干遠慮がちだ。


「そんな、私が行っても邪魔になるだけです!! それに支部も今は忙しいですし……」


「いくら五連星でも学生隊員が今できることなんてねえだろう。 ま、嫌だってんなら止めはしねえが」


「い、嫌だなんてそんな」


「じゃあ決まりだな。 これも訓練のうちだと思え。 お前はもっと図々しくなるべきだ」


 一方的な凛の態度に浪と雪菜は若干苦笑いだが、これも彼女なりの気遣いだと理解しているのだろう。なし崩し的にそのまま話は進められていく。


「でもそうなると十和ちゃんは地元観光したってつまんないよねえ……」


「じゃあお隣で奈良とかいいんじゃねーの? 電車で」


「よし、大仏見に行こー!!」


 あわあわしている十和を横目に、どんどん話は進んでいきいつの間にか目的地が決まってしまったようだ。どちらにせよ、何処に行きたいかを聞いても十和は遠慮して言わなかっただろうが。


 その様子を、忙しい合間に三階の執務室の窓から見下ろす視線が。


「この方があの子も成長できるだろう。 さて、私もこれから大変だ」


 優しい表情で微笑んだあと、机の上に積まれた書類の山を見て、折原は少し苦笑いするようにため息をついた。

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