第35話歴史残る街にて

 午前九時半頃、愛知支部受験者たち一同の姿は奈良公園の池の付近にある駐車場にあった。公共交通機関での行き方を調べるのが煩わしくなり、結局は折原支部長の好意を受け、車を借りてきたのである。

 白い5MTのスポーツカーであるようだが、緋砂の車よりかは室内は広く、小柄な雪菜と十和を含む五人であれば特に窮屈さはない。


「思ったより早く付いたねえ。 いやあ、支部長もいい趣味してるよ」


「1000台限定の特別仕様だとか自慢してましたよ。 意外とこういうの好きなんですよね、仲のいい隊員連れて結構遊びに連れていってくれるんです」


 若干テンションの高い緋砂と後部座席から降りながら話す十和。ストイックな印象の強い折原の意外な一面である。


「どこから行こうか? 園内マップとかないかなあ?」


「一番近いのは博物館とかみたいです。 どうします?」


「時間はあるんだし行ってみようよ」


 雪菜と十和の提案でとりあえずは一番近い国立博物館から回ることに。鳥居のある道路を通り北東へ向かっていくと、一風西洋風に見える建物がある。それが彼らの目的地である建物のようだ。どうやら建物へ向かうまでに地下回廊があるようで、そこにもちょっとした展示などがあるようだ。せっかくなので、とそちらから館内へと進むことにする。


「修学旅行で来たのに全然覚えてないなあ……。 こんなところあったっけ」


「お前はほとんど鹿と遊んでただけでまともに見てなかったからな。 レポート俺等に書かせたの覚えてないとは言わせないぞ」


「結局先生にはバレたんだよねあれ……。 まあ、小学生に歴史なんてわかんないよ、今はもう大丈夫!!」


「今も頭の中はたいして……」


 浪の鋭い一言に対し、雪菜は言い返すわけでもなく無言で指先を噛むようなポーズをして睨みつけた。


「ちょ、俺が悪かったからそれは勘弁してくれ!!」


「あっはははは!! いや、間違っちゃいないだろう」


 慌てて謝る浪だが、緋砂の余計な一言に雪菜は変わらずむくれてしまっている。その様子を見ていた十和は、楽しそうに微笑みをこぼした。

 博物館の中へ入っていくとまず受付を済ますのだが、どうやら高校生以下無料のようで、料金が必要なのは緋砂のみの様子だ。しかし見た感じでは凛も高校生に見えるかは微妙なので、SEMM隊員証にて身分証明をし館内に入った。

 館内はざっくり分けると中央の大きな部屋とその両側に対照となるように広がる六室づつの展示室、少し離れて別の展示室に別れている。ここでは仏像関連を主に展示しているようである。


「なんか神聖な雰囲気だね……。 うう、どれも同じに見える……」


「全然違うだろ……。 さすが小学生だな」


「凛ちゃんまでひどい!! こういうところ好きなの?」


「父さんが好きだったんだよな、博物館。 懐かしい雰囲気で落ち着く」


「そっか……」


 難しいことや芸術関連はからっきしな雪菜だが、上機嫌な凛の様子を見るだけで満足そうだ。

 一時間少々で一通り見てまわると、次の目的地を決める。かの有名な毘盧遮那仏のある大仏殿は最後にしようという雪菜の提案により、東の春日大社より反時計回りに回りながら大仏殿へ向かいその後駐車場へ戻るコースに。夜7時頃の新幹線で愛知へ戻る予定のため、全て回るのは厳しいようだ。

 そうと決まれば時間を無駄にしないため早速足を進める。少々距離があるので適当に雑談しながら歩いていくのだが、もう少しというところでとあるモノにその行く手を阻まれてしまった。

 五人の周囲には取り囲むように、ものすごい数の鹿が群がってきていた。雪菜の手には売店で買ったであろうソフトクリームが。狙われているのだろうか。


「うわあ!? なになに!? あげないよ!!」


「知らない人間は食べ物くれる人位に思ってるんだろうな。 特に何も持ってなくても寄ってくるくらいだぞ……、痛っ!? だから俺は何も持ってないっつの!!」


 言っている途中で浪も後ろから鹿に頭で小突かれている。二人が鹿の襲撃を受けている頃、十和は何やら斜め掛けカバンを探って何かを取り出している。


「ほら、こっちにおいで。 たくさんあるから」


「あっ、鹿煎餅じゃん。 十和ちゃんいつの間に買ってたの?」


「氷室さんがアイスを買っていた売店で……。 よかったら少しどうぞ」


「やった、ありがと!!」


 雪菜はソフトクリームを一気に食べきってしまうと、十和と一緒に餌付けを始めた。その様子を、ほかの三人は道の端に寄って見ている。

 煎餅がなくなったあと、もうないよ、とアピールするように二人が手をひらひらさせると、大部分の鹿は満足そうに散っていった。その後また歩を進めるもやはり何匹か付いてきたが、そのうち諦めるように離れていく。そしてもう少し歩き続けたところで、鮮やかな朱色が映える社殿が目に入る。

 敷地の周囲を回るように続く回廊を歩きながら、ゆっくりと境内を見て回っていく。敷地は木々に囲まれ、緑と朱色のコントラストが絶妙に混じり合い、燈籠や装飾の細やかな作り込みからも、古代の芸術品と呼ぶにふさわしい。季節としてはそろそろ少し暖かくなってきた頃であるが、回廊には涼しげな風が抜け心地いい。髪を風に揺らしながら、氷室姉妹が御祭神について話している。


「へえ、平和と愛の神様って言われている神様も祀られてるんだってさ。 ほら、あんたたちも賽銭ケチるんじゃないよ」


「愛はともかく平和はSEMM隊員としても大事なとこだからね」


「そんなこと言ってあんたも彼氏の一人くらい連れてきなよ」


「あたしはお姉ちゃんと違ってまだそんな焦ること……」


「なんか言ったか?」


「まあ何でもないけど」


 睨みつけられて雪菜はすぐさま誤魔化すように目をそらしたが、誤魔化し切れるはずもなくヘッドロックで締め上げられている。

 その後五人で御本殿に手を合わせ、回廊に沿って一周したあと南門から出ると、次は北へと歩いていく。緑地園のような場所には桜がたくさん見え、シーズンは過ぎているはずなのだが思ったよりも花が咲いているようだ。遅咲きなのだろうか。桜の花を見て、十和は思い出したように口を開く。


「そういえば氷室さんのファクターは氷の桜っていう感じのイメージでしたね。 綺麗でした」


「十和ちゃんのはなんていうか面白そうだったね。 一回使ってみたくなっちゃった。 戦隊もの好きだったり?」


「は……、はい……」


「恥ずかしがること無いじゃん、かっこいいよヒーロー。 憧れだけで終われせない力が君にはあるんだから」


 恥ずかしそうに返してきた十和に、雪菜は微笑んで優しく返す。その言葉に嬉しそうに微笑み返したものの、十和の顔は変わらず赤いままであった。


「戦隊といえば、今いるのもちょうど五人だし戦隊組めるんじゃない? レッド、ブルー、あ、ブラックかぶるなあ……。 浪は雷だからイエローにしよう。 十和ちゃんは……」


「リーダー色のレッドが非戦闘員ってどうなんだい……」


 雪菜のアホらしい妄想に緋砂始め一同苦笑いの中、凛が考え事をしているような表情で口を開く。


「ファクターといえば、本部長のは何の力だったんだろうな。 御剣も見てただろう」


「折原支部長に聞きました。 空間魔術の一種だそうです」


 十和の言葉に、和やかな雰囲気が凍りつく。空間魔術と聞いて別の人物の顔が浮かんでしまったのだろう。しかし、続く十和の言葉から、本部長のファクターがかなり特殊で、憂のものとはまた完全に別物であることを知ることになる。


「あの黒い空間は外から見るとドーム状になっているらしくて、あの中では全てが本部長の思うがままになるそうです。 相手の発動した魔術をキャンセルしたり、動きを拘束するようなことも、攻撃だってあらゆる方向からノーモーションで発動できる。 ドームを展開した時点で勝ちが決まるようなファクターだそうです」


「さすがSEMMのトップに立つ男、か。 防御系のホルダーと組ませれば無敵だな」


「支部長いわく、気まぐれで扱いづらい厄介者でもあるそうですが……。 補佐である五連星の北上閃人きたがみせとさんがほとんど代わりに事務仕事をさせられているそうです」


「そいつもいい迷惑だな……。 あたしだったら野郎の頭焼け野原にしてやってるところだ」


「あはは……」


 そんな話をしているうちに、一同は大仏殿を通り過ぎて、依水園へと向かっていく。前園と後園に分けられた美しい日本庭園で、二つの園はそれぞれ作られた時代が異なるそうだ。

 入口を抜けた先にまず広がるのが前園、瓦屋根の上に藁葺き屋根が乗ったような少し特徴的な建物が見える。その奥には池、色とりどりの緑は美しく整えられ、池を半分位で隔てる一本道を行く雪菜を十和は思わず携帯のカメラに収めた。


「絵になりますね……」


「モデルが素晴らしいからそりゃね!! あとであたしにも送ってよ!!」


「あっと、じゃあ連絡先頂いても……」


「はいこれ、あたしのID」


「この、ゆきちぃって人ですか?」


「そそ、じゃあよろしくう!!」


 二人の様子を見て、ほか三人はどこかほっこりした様子である。緋砂と浪はゆっくり周りの景色を堪能しながら二人のあとを追う。


「十和を誘って正解だったね。 この調子ならあっちでも上手くやれそうだ」


「雪菜が間入ればだいたいなんとかなりますよ。 あいつは人をひきつける才能がありますから」


「気の優しいアホは最も好かれる人種だからねえ。 良くも悪くも」


「ひどい言いようっすね……。 ま、確かに碌でもないやつも寄ってくるだろうけど、そのために俺たちがいるんすから」


「ああ、あの子を頼むよ二人とも」


 浪と凛の少し後ろを歩いていた緋砂は並んだ二人の間に入り、肩を組んで笑いながら言った。

 何箇所かを回り終え、時間は午後一時三十分ほど。適当に売店で食事を済ませると、いよいよメインとなる場所へ足を運ぶ。阿吽金剛で有名な南大門を抜けたあと、道なりにまっすぐ進み中門を抜けて大仏殿へと進む。

 そしてほどなくして、高さ15m程もある、かの毘盧遮那仏像が目に入ってくる。巨大なその姿に、後光のような細やかな金色の装飾、威圧感にも似た何とも言えないが雰囲気がある。愛知県民であれば多くが修学旅行で一度来ているため、凛と十和以外は確実に一度は目にしているはずであるのだが、大仏自体だけではなく建物内部に漂う荘厳な雰囲気に、一同は口を開けて見上げたまま言葉を失う。しばらくして、雪菜が口を開けて見上げたまま声を出す。


「はえー……。 なんか折原支部長初めて見た時と同じような雰囲気がする……」


「なるほど、そう伝えておくよ」


「お、お姉ちゃん!? 今のは褒め言葉なんだから!! そういえば大仏さんの頭って何でパンチパーマなの?」


「罰当たりな奴だよホント……」


 呆れたようにため息を吐いた緋砂に代わり、十和が簡単に説明する。


「あれは螺髪と言って、髪の毛一本一本が渦を巻いてあのような形になって見える、とのことです」


「あ、じゃあ実は超絶ロングヘアなんだね」


「そ、そうですね…… 」


「こういうところって神社みたいに普通にお祈りすればいいのかな?」


「仏様なんですから大丈夫なんじゃないですか?」


「よーっし……」


 そしてみんなで手を合わせ、参拝することに。しばらくした後、一番最後に顔を上げた雪菜が周りのみんなを見ると、なんだか笑いをこらえているように見えた。


「な、なに? 何笑ってるのさ!?」


「雪菜お前……、声に出てたぞ……」


 浪は若干顔を逸らして恥ずかしそうに言った。彼の言葉に、それ以上に真っ赤な顔になると、雪菜は変な声を上げながらダッシュで外へと出て行ってしまった。

 その後、若干沈み気味の雪菜には触れないように駐車場方面へ向かい、手前あたりまで来たところで、十和が思いついたように声を出した。


「あっ、せっかくなので家族や支部長たちにお土産買っていってもいいですか?」


「そうだな、じゃあ俺も礼央たちの分ここで買ってくか」


 浪の言葉に一同頷き、近くに見える土産店に入ることにした。入り口付近には名産の菓子類が並び、その左側にはやけに種類が多いふりかけ昆布コーナーがある。少し奥には小物類、和風小物が多いが、やはりここらで特徴的なのは仏像を模した置物か。


「礼央にこれ買ってこうか?」


「ウケ狙いでもやめとけ。 ……、せっかくならあれとかどうだ?」


 仏像コーナーを見ながら言う雪菜に、浪は何やら入口あたりの方を指さし、悪い笑顔を浮かべて言った。

 その後、車に乗り込み京都支部まで戻ると、もう四時近い時間だ。折原支部長にお礼と挨拶をしようという流れになるのだが、どうにも忙しくて出てくることができないようである。

 とりあえずは手の空いた梨華と十和の二人で、四人を見送ってくれることになった。


「皆様色々とお疲れ様でした。 すみません、我々が至らなかったせいできちんとしたお見送りもできず……」


「なに、あんたの気にすることじゃないさ。 折原支部長によろしく頼むよ」


 梨華と緋砂で挨拶を交わしたあと握手をすると、十和が少し前へと出てくる。


「待っててくださいねみなさん、そちらへ行く時は、もっと強くなっていますからっ!!」


「うん、楽しみにしてるね!!」


 微笑ましい声に、雪菜は優しい声で返した。そのまま梨華たちは四人を見送り、背中が見えなくなった頃嬉しそうな顔の梨華は手を振り続けていた十和をからかうように口を開く。


「この数日で随分と明るくなりましたね」


「ふえぇっ!? そ、そうですか? ……、少し、自信を持てたからかもしれません」


「ふふふ……。 その調子であれば、いずれ私からも……。 いえ、今はやめておきましょう」


 意味ありげな笑みを浮かべて言葉を濁す梨華に、十和は小さく首をかしげた。


 四人が新幹線へと乗り込み数分、雪菜は疲れたのかすぐに寝てしまったようだ。しかし時間的にはそんなにかかるわけでもないので、しばらくして緋砂にたたき起こされ新幹線を降りる。

 迎えが来ている、との連絡があらかじめあったようなので、名古屋駅のロータリー近くまで向かうと、そこにやけに目立つ車を発見しそちらへと向かった。


「翔馬、ありがとな」


「お、お帰り浪。 みんなも大変だったな」


「まあな……。 でも、そのおかげでみんな見違える程成長してるぜ。 うかうかしてると追い抜かれるぞ」


「言うようになったじゃねーか……。 つーか、お前は元から俺のライバルリストに入ってるからな。 負けねーぞ」


 にしし、と笑いながら胸を小突いてきた翔馬に、浪は少し嬉しそうに微笑み返した。

 その後疲れもあるだろうとそのまま各自帰宅し、次の日は休養のためそれぞれ休みを取っているのであるが、翔馬が昼頃SEMMへと出かける際に浪を呼び出した。


「夕方の五時頃に帰ってくるんだけどさ、雪菜ちゃん呼んどいてくんない? ちょっと用があってさ」


「雪菜に用事? お前がか?」


「いーからいーから、じゃ頼んだぜー」


 未だしばらくの間学校を休んでいるシロと一緒に家を後にする翔馬を不思議そうな顔で見送る浪であったが、とりあえずは言われた通りに雪菜へ連絡することに。暇だったのでだいぶ早いが今からこちらへ来るという彼女と、しばしの間ゲームをしたり、エルを出して三人で雑談してみたりして時間を待った。

 そして日も傾き空が赤く染まり、外を走る車の音がぼちぼち増えてきた頃、ひときわうるさい車の音、といっても改造車ではなく単に防音性能が低いだけなのだが、そんな音がした。浪は車の主をあらかじめ予想していたので、玄関の鍵を開けて待っていた。すると、予想通り翔馬とシロが帰宅してくる。何やら翔馬の両手には大荷物が。


「お帰り、どうしたんだその荷物?」


「ふふふ……」


 なんだか含みのある笑顔の翔馬を浪は訝しげに見る。よく見ると、後ろにも人影が。翔馬がちょいっと避けると、バタバタと大人数で玄関へと詰めかけてきた。


「おっめでとー!! 昇格試験受かったんだって?」


「皆さんだったらやってくれると信じてましたよー!! さ、お祝いパーティーです!!」


 ハイテンションな礼央と空良に、凰児と凛が続く。それぞれそこそこの荷物を手に、いつものメンバーで勢揃いのようだ。浪と雪菜は予想外の来客に、狐につままれたような表情であったが、状況を把握すると少し恥ずかしそうに喜んで出迎える。


「アンリちゃんも誘ったんだけど、遠慮しとくって言われてね……」


「コミュ障なんだろ。 そっとしといてやれ」


「凛ちゃんがそれを言うようになったか……」


 凰児を始め呆れ顔の面々を、浪は二階のリビングへと通す。凛以外は全員一度は訪れたことがあるようだが、七人まとめての来客は浪も流石に初めてであるようだ。リビングへ着くなり、来客者たちがここに来る前に買っておいたのであろうオードブルや惣菜などを広げる。

 ダイニングテーブルのスペースが足りないので、テレビの置いてある方にある机と分かれて座ることに。全員が座り飲み物が行き渡ったところで、テレビのある側に座っていた翔馬が立ち上がり音頭を取る。酒は無いようであるがテンションはやけに高い。


「みんな用意はいいな? そいじゃ三人の試験合格を祝して、かんぱーい!!」


 各自グラスを掲げ乾杯を行う。人数分のグラスはないので何人かは紙コップだ。しばらく食事をしたくらいで、凰児と翔馬がテーブル側の浪と凛ところへと遊びに来る。


「いろいろお疲れ様、怜士さんすごかったでしょ?」


「死ぬかと思いましたよ……。 正直アニマ戦より試験の最初の二日の方が怖かったっす」


「まあでも、力を使いこなしている人と剣を交えてわかったこともあるだろうし、アマデウス云々抜きにしても得るものは多かったでしょ。 新しい力、噂には聞いてるから見られるのを楽しみにしてるよ。 凛ちゃんも、あの梨華さんに勝ったそうだね」


 話題を振られた凛は、ふてくされたように目を逸らして答える。わかりやすい照れ隠しだ。


「あんなもん勝ったうちに入らねえよ。 最初っから飛ばされてたら勝ち目なんてなかった」


「そうだとしても、君が梨華さんの想定を超えていったことに変わりはないさ」


「な、なんだよ気持ちわりぃな……。 あっち行け」


「今なんかまずいこと言った!?」


 褒められることに慣れていないのか、凛は凰児の言葉に若干引き気味くらいに答えた。

 もうひとつのグループでも雪菜が空良に質問攻めにあっている。そうこうしているうちに、テーブルの上に並べられた食事もほとんどなくなってきていた。そこで、少し席を外していた礼央と翔馬が何やら新しい荷物を持って部屋へと入ってくる。車に置いてあったようだ。


「プレゼントタイムでっす!! これはシロちゃんから渡してもらおうかな。 シロちゃんが選んだらしいから」


 そう言って礼央から袋を渡されたシロが、雪菜の方へと歩み寄る。


「これ、服とヘアゴム……。 何にしたらいいかわからなくて」


「ううん、全然大丈夫!! ありがとー、嬉しいよ!!」


 袋を開けてみると中身は白い肩の部分があいた涼しげなシャツに、雪の結晶のワンポイントがついたヘアゴム。シロに促され、雪菜はヘアゴムを付け替えてみる。


「よかった、似合ってる。 ……あ、そうだこれ。 もう届いてた」


「Aランク章だ!! うあー、ほんとに受かってたんだー!! これで空良ちゃんと一緒だね」


 雪菜はAランク章を掲げ、嬉しそうにはしゃいでいる。そして次なるプレゼントは、凛の番だ。渡す相手は……


「いや、俺から渡すのは……」


「お前が選んだんだろ。 ほら、早く」


 翔馬に促され、凰児が何やらラッピングされた棒状のものを手に渋々前へ出る。形からしても中身はまるわかりだ。


「もうそろそろ刃こぼれとかも深刻だろうと思ってさ。 新しい剣を少し前から打ってもらってたんだ。 もちろん前のと同じように鞘の方も特注でね」


「こんなの……、値段も馬鹿にならないだろ。 本当にいいのか?」


 剣を渡されたあと、少し遠慮がちに聞く凛に、Sランク章を手渡すとともに凰児は答える。


「活躍で返してもらえれば十分さ。 これからもよろしく頼むよ」


「ふん……、任しとけ。 まあ……、ありがと、な」


 未だ凰児に対しては素直になれない凛であるが今回ばかりは、まっすぐ瞳を見つめ恥ずかしそうに礼を言い受け取った。そして残るプレゼントは浪だけとなった。渡す相手は翔馬と礼央から、ふたりがかりで何か四角い大きな箱を持ってくる。その外箱を見て、珍しく浪の瞳が輝いている。


「それまさか!! 最新のウォーターオーブン!! 欲しがってたの覚えててくれたのか!?」


「ふふん、翔馬さんが浪の欲しいもの知らないかって聞いてきてこれしかないと思ってね」


「サンキュー皆、そのうちこれで何か作って振舞うよ」


 男子高校生とは思えない程のその反応に、用意した一同も喜ばしいのだがなんだか不思議な感覚を覚える。しかし彼の場合、サプライズのメインはこのプレゼントではない。翔馬はランク章を見えないように手のひらで隠すようにして渡した。


「ふふふ……、心臓止まらないように覚悟しとけよ?」


「何がだよ……?」


「一二の……、三ハイっ!!」


 なぜか掛け声をかけ、それとともに手を離して身を引いた。翔馬がどいたことで見えたそれには、大きくAの紋章が描かれている。


「Aランク章……。 ……、ってAランクぅ!?」


「二人がかりだろうとあの怜士さんに傷をつけたとなればこれくらいは当然だぜ」


「ははは……、嘘みたいだ……。 この前まで……」


 感極まって涙目にすら見える浪に、凰児が歩み寄り不敵に微笑み言う。


「満足してちゃダメだよ? 早くここまで上がってきな」


「当然、言われるまでもないっす!!」


 差し出された拳に、浪は自信たっぷりの表情で拳をコツンと打って返した。

 つかの間の宴も終わりに近づき、皆で後片付けをすると時間も遅いのでそろそろおいとまする流れとなる。玄関口で皆が帰る直前に、浪はそういえば、と思い出したように部屋へ戻り何やら袋をいくつも持ってくる。


「みんなのお土産、せっかくだから今もう渡しとくよ。 先輩んとこと、礼央にはコレを。 礼央は二つあるから」


「えー、郁島先輩だけずるいですよー」


「あはは、まあまあ。 師匠の分も含めてデカイやつにしたからさ」


 むくれる空良に軽く言い訳をし、凰児に礼を言われたあと、雪菜と凛含む五人で見送る。


「さて、と。 もう遅いから凛ちゃんと雪菜ちゃんは送っていくよ。 浪も一緒に行こうぜ」


「凛ちゃん今日もウチ泊まってきなよ、お姉ちゃんの服貸すからさ」


 翔馬の提案でその後、雪菜の家まで二人を送っていくことになり、玄関口で軽く見送るとそのまま帰宅した。リビングに戻りようやく一息ついたところで、浪が二人へ向けて話す。


「今日はありがとな。 久しぶりにこんなに騒いだ気がするよ」


「気にすんなって。 ……、これから、こういう機会も減ってくるかもしれないからな」


「憂やアニマとの戦いで、か……」


「無理すんなよ?」


「それは無理だよ」


 即答する浪に、翔馬は若干苦い顔になるが、続く彼の言葉に納得することとなる。


「だから、一緒に無茶に付き合ってくれ」


「ははっ、りょーかい」


 浪は呆れたように微笑んだ翔馬に手を差し出すと、翔馬もそれに答えるように手を叩いた。



 その頃、郁島宅にて……


「お土産何かなー……、生八つ橋いろどりセットと……、これは……」


 何やら不格好な包装に包まれた煎餅をかじると、一気に顔色が青ざめる。


「まずーーーーーいッ!! 鹿煎餅やんけ!!」


 結局それは後日龍崎宅の魚の餌となった。

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