第33話決意と進化

「もしもし!? 大丈夫かお前ら!! 生きてるか!?」


「電話でてんだから生きてるよ……。 心配させたな」


 騒動の次の日の朝、電話に出るなり電話口で興奮したように喚く翔馬に、浪は携帯を少し耳から離して呆れ顔で返した。


「いや、無事なら良かったよ。 凰児もすげー心配してたからさ、ちょっと替わるよ」


 翔馬の言葉を聞いて浪がしばらく待っていると、先程とは対照的な穏やかな声が聞こえてくる。


「お疲れ様、大変だったみたいだね。 怪我は無い?」


「はい、なんとか」


「本当は今日最後の試験をする予定だったと思うんだけど、どうなるんだろうね」


「それなんすけど、俺の昇格を見送ると後々困るだろうからなんとか時間をつくるって支部長が」


「そうなんだ、試験はいつから?」


「もうすぐ呼ばれるはずっすけど……。 今回はなんとしても逃げ切らないと」


 ぐっと覚悟を決めたように言う浪だったが、その言葉を聞いた凰児はなんだか煮え切らない様子でしばらく返事をしなかった。


「えっと……、龍崎先輩?」


 なんとなく龍崎の変化に気づいた浪は訝しげに聞き返し、龍崎は少ししてから少し低い声で返した。


「……、どうして初めから逃げ切り前提で話してるのかな?」


「えっ……? だって先輩や翔馬だってそうしたんすよね?」


 浪の言葉に龍崎は聞えよがしにため息をつく。彼がここまであからさまな態度を取るのも珍しいだろう。


「君はやっぱり変なところで卑屈だな。 いいか? 俺たちがそうしたのは、それが俺たちに向いていたからだ。 翔馬の機動力なら回避に専念すれば捉えるのは難しいし、俺は怜士さん相手でも耐えきる自信があった。 君はどうだ? 俺たちに敵わないからと最初から決めつけてしまってるだけじゃないのか?」


「せ、先輩……?」


「それは一緒に闘ってくれている雪菜にもとても失礼なことだよ」


「……、だったら、攻撃に回れって言うんすか?」


「そうじゃないよ、考えた末の答えが逃げ切りならそれでいい。 俺も翔馬も乙部さんも、そして他のみんなも君を評価してるんだ。 それが間違いでないことを証明してくれ」


「先輩……。 そうですね、すいませんっした。 昨日の今日だってのに、まだ俺はわかってなかったんだな……。 自分の力を認めないことは俺を信じてくれる人達、それに誰よりエルに失礼だ。 待っててください、絶対合格して帰ります!!」


 浪の吹っ切れたような言葉に、凰児も安心したように微笑んだ。そして一転、明るいトーンで話題を切り替える。


「ああ、そういえば礼央が京都土産よろしくだってさ。 鹿のフンとか柿の葉ずしとか言ってたけど」


「奈良と混じってる……。 お土産はみんなの分買ってくんで大丈夫っすよ」


「あはは、なんか悪いね。 じゃあ試験頑張ってね。 翔馬に替わる?」


「とりあえず大丈夫っす」


 そのあと適当に挨拶を交わし、二人同時くらいに電話を切った。凰児たちの方には電話をしていた二人のほかに、アンリとシロの姿が。


「シロは電話替わらなくてよかったのか?」


「ん、大丈夫。 信じてるから」


 翔馬の言葉にシロは短く返した。シロの言葉に微笑んだあと、翔馬が話題を変える。


「それにしてもお前があそこまで言うとは珍しいな」


「浪はなぜか素直に自分のことを認めないからね。 レミアとの一件で結局何もできなかったことでしばらく悩んでたみたいだし、そのうちなんとかしなきゃとは思ってたんだけど、ああもあっさり行くなんて、もしかして既に彼の中で変化があったのかもね」


 凰児の言葉の後に、アンリが続く。


「まあ私の彼に持っている印象は『謙虚なのに負けず嫌い』って感じだったから、刺激されればそうなるでしょうね。 男子なんてみんなどっかで自分はもっとできる、って意地を持ってるもんでしょ」


「まあ、凰児と俺だって負けず嫌いだしな。 それにしてもアンリちゃんだいぶ馴染んだよなぁ。 デレるの早すぎじゃね?」


 翔馬の一言にアンリは面白いくらいに動揺して顔を真っ赤にしながら反論する。


「誰がツンデレだ!! 主からの命令なのよ……。 単独での任務遂行が不可能になった以上、協力関係を築いておけってね。 以前は一人でも戦えたからうるさく言われなかったけど、もうそうも言ってられないからね。 好きで馴れ合ってるわけじゃないわ」


「テンプレ乙」


「……、殴っていいかしら?」


「ストップ!! こんな可愛い子を殴るつもり!?」


「演技するなウザイ!!」


 目を潤ませ声を変えて言う翔馬にアンリのヒートアップが止まらない。まあまあ、と凰児が仲裁し、話題を変える。


「せっかくお祝いの品まで買ってあるんだし合格してもらわないとね。 さて、浪は怜士さんの弱点に気付けるかな?」


 意地悪そうにニヤリと微笑みながらも、彼は浪の勝利を疑ってはいなかった。

 そして一方の浪は、人のまばらな控え室にて目を閉じたまま天井を見上げ、なにか考え事でもしているようだ。その隣には真剣な表情の雪菜が膝にこぶしを置いてちょこんと座っている。そしてしばらくして、緊張に包まれる控え室に、声が響いた。


「浪、雪菜。 ……、時間だよ」


 同じく真剣な表情の緋砂に促され、二人は覚悟を決めたように席を立ち、試験会場である闘技場へと足を進める。その入口をくぐると、既にリングに立つ折原支部長の姿、そして客席もかなりの人で賑わっていた。客席に昨日までのどこか困惑したような雰囲気はなく、むしろ浪たちの姿を見るなり声援の言葉を送ってくれているようだ。これも、昨日の彼らの活躍を見てのことだろう。


「もう、みんな現金だなあ」


「まあ初日があれじゃ仕方ねえさ。 でも今の俺たちは違う」


 引き締まった表情で静かにリングへと上がるふたりに、対する折原は嬉しそうに微笑んだ。


「懐かしい気持ちになるよ。 彼女を、先代のアマデウスを思い出す」


「折原支部長も先代を知ってるんすか?」


「ああ。 彼女は頼もしい戦士だったよ。 さて、悪いが時間もあまりないのでな。 ……、始めようか」


 そう言って折原が静かに構えると全身に光の線が走り、その背に二枚の翼が現れる。その向かいでも同じく、浪が緊張の面持ちで神化を使う。やはり片翼ではあるものの、その力は単純に折原の半分というわけでもないようだ。


「片翼でそれ程か、思った以上だ。 ……、手加減も小手調べもなしで行くぞ!!」


 折原が翼をバッと広げ腕を振りかざすと、浪と雪菜の周囲に無数の光の羽が舞う。サキエルのアマデウスと同じような攻撃であろうことは容易に想像できるが、その数はそれの更に倍ほどはある。間髪入れず、光の羽は眩い閃光を伴い弾けだした。


「ちょ、無理無理避けれないし防げないよ!!」


「落ち着け、大した威力はなさそうだ。 顔だけかばって撃ち落としながら距離を取るぞ」


 浪は冷静に広範囲への電撃魔術で周囲の羽を一掃すると、雪菜に指示を出す。


「悪い、ちょっと時間を稼げるか? 気になることがあるんだ。 あと、できるだけ攻めて見て欲しい。 俺もファクターで補助するから」


「あたし一人で!? ……、わかった。 なにか考えがあるんだよね」


 浪の魔術によって羽が一掃されたエリアに逃げ込んだ雪菜に、一気に距離を詰めてきた折原が魔力を込めた一突きを放つ。雪菜は斜めに構えた赤ビットのシールドでそれを左側へ流しながら右へとステップ、すかさずシールドを分解して無数の刃とし、折原へと放った。

 今までの戦いであまり攻める様子の見えなかった二人、更に雪菜に関してはほぼ守りに徹していたため突然の一撃に折原も驚きの表情だ。しかし冷静に後ろへ飛び退きつつ光魔術による爆発を前方に発生させ相殺する。しかし雪菜が使用したのは赤いビットであり、流石に一瞬で発動させた魔術で受けきれなかった物が折原の頬と上半身を微かに裂いた。


「っ、やるじゃないか……。 正面から受けるのではなく、回避の補助としてファクターを使うようになったな」


「隙は与えません!! この時のために作っておいたビットで畳み掛ける!!」


 そう言って雪菜が手を上にかざすと、折原の頭上にビットが集まっていき、十本くらいの氷剣となり降り注ぐ。折原はそれを避けるでもなく頭上に魔法陣を展開、氷剣を焼き払おうとするも、雪菜が二本指を立てて腕を振ると氷剣は軌道を変え魔法陣を避け、折原の周囲から円形状に取り囲むように一気に襲った。


「変幻自在、流石だな。 だがっ!!」


 折原はハルバートを長手に持ち変えると、魔力をそれに込めてくるりと一回転しながら衝撃波を放ち襲い来る氷剣を打ち落とす。その様子を、魔力を高めながら浪は冷静に観察している。どうやら、何かに気付いた様子だ。


「さっきからなんか違和感があるんだよな……。 もしかして折原支部長の弱点って……。 よし、試してみるか……!!」


 作戦が決まった様子の浪は、雪菜に向かって叫んだ。


「雪菜、とりあえず一旦距離を取れ!!」


「ええっ!? せっかくいい感じなのにここで下がったらまた痛い攻撃が来るよ!?」


「大丈夫だ、とりあえず伝えたいことがある!!」


 そう言うと折原と雪菜の間に雷を落とし折原を牽制しつつ雪菜を下がらせる。合流したところで、改めて浪は作戦を、折原に聞こえないよう小声で伝えた。


「……、多分翔馬の言ってた弱点ってのがそれだ。 頼めるか?」


「わかった。 ……、でも、それってOKなの……?」


「そこに関してのルールは聞いてないからな」


「せこい気もするけど……、なりふり構ってられないか」


 作戦の伝達を終え、構えを取ったその時、二人は今までよりもさらに大きな魔力の高まりを感じ、恐ろしさを感じた。折原の背後からオーラのようなものが立ち上り、それは神々しい輝きを放つ。


「こんなものまで使うのはどうかと思うが、今の君たちに対して手心を加えるのは失礼に当たるだろう。 行くぞガブリエル、魔術合成……っ!!」


 かざした右手の前に描かれた魔法陣が魔力を高めていく。


「あれは……、折原支部長自身のファクターとガブリエルのファクターで俺とシロ、雪菜と黒峰がやったみたいな事するつもりだ!!」


「そんなことできるの!?」


「来るぞッ!!」


 雪菜は衝撃に備え赤ビットを大量に生成するが、流石に貧血気味なのか顔色があまりよくない。しかしここ一番、気合を入れると頭上に向けてシールドを展開する。その直後、折原が右手を振り下ろすと同時に特大の魔力波が降り注ぎ、シールドにぶち当たった。それはシールドの上を流れ地面を大きくえぐるが、途切れることなく降り注ぎ続け、雪菜は苦悶の表情で耐え続ける。

 しかしやはり力の差は歴然、シールドは一筋また一筋とひび割れていき、もはや砕ける寸前だ。そこで、魔力を高めていた浪がつぶやく。


「あとは俺に任せろ。 シールドは砕かれる前に分解してビットとして残しとけ。 危険地帯を抜けたらさっきの作戦通りに」


「りょーかい……。 信じてるからね!!」


 二人の小声での作戦会議の後、シールドがばらりと崩れ光の波が一気に降り注ぐ。魔力を貯め続けていた浪は、ゴクリと息を飲んだあと、意を決してそれを放つ。強い光と光のぶつかり合い、そして轟音と土煙。その場にいる者たちの視覚聴覚が奪われるなか、折原は冷静に二人のいた方向を見つめる。土煙を抜け飛び込んできたのは、右手の周囲にビットをまとった雪菜の姿であった。

 変わらず冷静に、雪菜の右前腕部に添う形でブレードのようになったビットの刃での攻撃を武器で流していく。


「君が接近戦を挑んでくるとはな。 人には向き不向きがあるというのを君はよくわかっていると思っていたのだがな」


「わかってますよ……。 つまりこれがあたしに向いてる役目ってことです!! 全ビット集中ッ!!」


 叫びながら雪菜がバックステップし適当に構えを取ると、残しておいた赤ビットがシールドとなる。それだけでも直径3m超の大きさだが、そこに次々とビットが追加され、折原と雪菜の間に仕切りのように氷の壁が出来上がる。リングの端までは流石にないが、ビットの大半がなぜか半透明になっているためお互いの状況が見えない。

 折原も彼らの狙いがわからず、一瞬困惑するように隙を晒してしまう。しかし注意は怠らずにいたため、頭上に感じた魔力に反応しすぐさま魔法陣を展開し落雷による攻撃を防御する。規模はなかなかのもの、相手の位置も掴めない状況でどうやって正確に当ててきたのか。しかしキョロキョロと辺りを見渡してみると、予想外の位置に浪の姿を確認する。


「き、客席だと!? まあ場外に関する反則規定などはないが……」


 客席のへりの部分に立つ浪の姿に、折原は驚いたような呆れたような表情をしつつも強引に弾くように武器を振り、上空へ衝撃波を放つようにして雷撃を相殺した。


「雪菜っ!!」


「あいよっ!!」


 その一瞬の隙を雪菜は見逃さなかった。否、全てこの一瞬のための作戦だったのだ。バリケードとなったビットから無数の氷剣が作り上げられ、襲いかかる。大量のビットを生成済みの雪菜に対し、折原には全く時間が与えられていない。実力差を考えても、十分すぎるハンデだ。透明な通常ビットの剣を三角形を描く連撃で撃ち落としたあと左手に魔力を集め素手で打ち払うようにさらに三本撃ち落すも、そのあとに続いて襲う赤ビットの剣を破壊しきれず左手を負傷、その後すぐさま別の二本で胸に十字の傷を刻まれる。

 勝負ありだ。


 ふう、と微笑みながら息を吐いて折原が神化を解くのを見て、客席からは大きな歓声が起こった。浪はヒョイっとへりから飛び降りると、二人のもとへ合流する。


「随分型破りなことをするな、してやられたよ」


「客席に攻撃できないだろうし、どうかとも思ったんすけど、あのまま攻撃する暇なく終わらせられれば問題ないかなと思って」


「どうして攻めようと思った?」


「折原支部長なんていうか、攻撃避けないクセみたいなのありますよね? だから雪菜が攻撃できる状態なのに反射的に俺の攻撃をよけずに受けたんじゃ?」


 浪に指摘を受けた折原は、あっけにとられたようにぽかんとしたあと、唐突に笑い出した。


「……、はっ、ははははは、そうか、そうだな。 確かに致命傷でも一瞬で修復できるせいで頭部以外への攻撃や軽いものは無視して突っ切る癖があるよ。 なるほど、この試験方法はあまり私向きではないな」


「気づいててやってたんじゃないんすか……」


「相手の癖を読み的確な指示と迅速な行動で勝利を勝ち取った。 文句なしで合格だ、おめでとう。 二人ともこちらへきたまえ」


 折原に促され、浪と、貧血でふらつく雪菜は二人で並ぶ。折原は不思議そうな顔のふたりに手をかざすと、何やら光の粒のようなものをその頭へとまいた。


「すごい……、疲れやだるさがなくなった……」


「傷が全部一瞬で消えた……」


 治癒魔術のようだが、そのレベルは今まで受けた誰の治癒よりもレベルが高かった。


「流石に貧血は一時的に誤魔化しただけだ。 しばらくゆっくりしていくといい。 私と梨華は後始末があるのでな。 何かあったら十和か緋砂君に言ってくれ。 では、な」


「待ってください!!」


 踵を返して立ち去ろうとする折原を、浪は真剣な表情で呼び止めた。


「ありがとう、ございました!! ここに来て、俺はいろいろなことを学べました」


 折原はその言葉に、振り向くことなく微笑み、手を振るとそのまま闘技場を後にした。

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