第29話Dランク脱出大作戦!! その3

 実技試験は当然だが筆記とは比べ物にならない程時間がかかる。二つのリングで受験者全員分の試験試合を行わなくてはならないわけであるのだから当然だ。今日は三日かけて行われる実技試験の初日、そして今から行われる試合は全体を通しても最も注目される一戦であるだろう。

 受験者は高い火力とセンス、そしてファクターに頼らずとも十二分に戦える身体能力を誇る、Aランク最強のホルダー。しかし迎え撃つのもそれ相応、五連星のトップに立つ最強クラスのホルダーだ。


「いいんですか……? そんな恰好じゃまともに動けやしねえとおもうんですけど。 あたしを見くびってる、ってわけでもないんでしょう」


 相変わらず凛は一部を除いた目上の相手に対しては敬語だ。敬語に慣れていないのでどこか言葉遣いがおかしいのはご愛嬌だ。

 凛の質問は当然のことであった。梨華は変わらず先程までと同じ赤い小紋を纏ったままだ。履物も黒塗の草履でとても試合をするような格好ではない。誰もが抱くその質問に、梨華はにこやかな表情のまま答える。


「私はあなたとは真逆のタイプのホルダーなのです。 基本ファクターのみで戦闘を行い、ほぼこの場を動くことはありません。 正直ファクターなしで戦ったら私に勝てない隊員の方が稀だと思いますよ?」


「なるほど。 つまりは……、あんたがそこを動かなきゃならないような状況になれば勝てるかも、ってわけだ……」


「というよりかは、至近距離の打ち合いになれば、といった所でしょうか。 しかし、簡単に近づけるとは思わないことですね。 では、参ります……!!」


 お互いが構えを取り試合が始まる。凛は何が来るかわからないのでとりあえず魔力を剣に込めてまとわせる。対して梨華は直立のままパン、と勢いよく両手を合わせると、手の中で緑色の光が溢れ出す。凛が注視する中彼女が手を開いたとき、そこから四、五粒の小さな何かが地面へとポロポロ落ちるのが見えた。


「五連星が一人『茨の女王』こと六道梨華、その力を見せてあげましょう」


 不敵に微笑む彼女が右手を振り上げると、粒が落ちたあたりの石畳が突然ひび割れ、太さが20cm程もある巨大な蔓が五本出現した。そのうち三本が凛へと迫り、猛スピードで襲いかかるそれを避けるため凛は足に力を入れるが、梨華がピッと指をさすと足元の石畳が崩れ、足を取られてバランスを崩してしまった。後ろに回避したところでもう間に合わない。咄嗟に判断すると蔓の一本に狙いを定め、前に突っ込みながら剣で断ち切り、その間を抜けてなんとか危険地帯を脱出する。蔓はそのまま彼女の後ろで勢いよく地面に突き刺さった。


「意外となんとかなるもんだな……」


「今のは下準備のための時間稼ぎですよ? 『根』を張らなければいけないので」


 まだ余裕の見える凛に、またも不敵に微笑み返す梨華。彼女の言葉の真意を凛が悟るのに時間はかからなかった。足元に違和感を感じ視線を向けた凛は一気に顔色が変わる。


「なっ……、蔦が……!?」


 彼女の足元には石畳の継ぎ目から伸びた蔓がしっかりと巻きついている。そのまま梨華がバッと右手を前へかざすと、残る二本の蔓が凛へと襲い掛かる。舌を鳴らしつつもギリギリまで魔力をため蔓へ向かって放ち吹き飛ばすも、そのまま蔓は伸び続けて止まらず襲ってくる。そして凛は、止めるのが不可能だと察した。彼女の立っていた場所に蔓が大きな音を立てて突き刺さる。

 しかしまだ、勝負は決していない。梨華は気配を察知し周囲に6cm程の太さの蔓を数本生やし、それを鞭のように振って剣で襲いかかる凛を打ち払った。凛は剣を受けられただけでなく更に腹部に一撃を叩き込まれ大きく吹き飛ばされながらも受身を取って着地した。凛の足には無数の切り傷が見える。咳込みながら立ち上がる彼女に、梨華は感心したように声をかけた。


「あの一瞬で自らのダメージもいとわず魔術で蔓の呪縛を抜けたとは……。 とっさの状況判断の速さはさすがと言えますね。 しかしその足では長くは持たないでしょう」


「痛みは遮断できるからどうでもいいですよ。 休んでる暇なんて無え、このまま駆け抜ける!!」


 血が滴る足を気にもとめず、凛は魔力を貯め始める。視界を遮る蔓を邪魔に感じた梨華が手をゆっくり振ると地面に突き刺さった蔓が一瞬にして枯れて消失し、その後彼女は再び種を落とし三本の巨大な蔓が現れる

 そして彼女が手をかざすと、凛の足元から刺を持った細い蔓が現れ鞭のように四方八方からおそう。凛はすかさずその場を離脱するも、十本を越える細い蔓が目にも止まらぬ速さで襲い、彼女の体を刺で傷つけていく。

 このままじわじわ削られていくかと思いきや、しばらく避けたあと凛はくるりと身を回転させながら衝撃波を放ち、蔓を吹き飛ばした。華麗に着地すると、梨華が次の手を打つまでの一瞬の隙にひたすら魔力を貯めていく。そして再び次の蔓が伸び襲いかかると、凛はひたすら避けながら強烈な一撃をもらわないようダメージを抑えている。

 その戦いぶりに、観客席で観戦していた雪菜はふと違和感を覚えた。


「あの凛ちゃんが全く攻撃を仕掛けないなんて……、どうしたんだろ」


 怪訝そうな雪菜の言葉に、浪はリングから目を離さないままで答える。


「いや、相変わらずだよあいつは。 防御のために使う魔力は最小限に、守りに入る時でもギリギリを攻める、いかにもあいつらしい戦い方だよ。 ……、魔力が貯まりきるまでもうすぐだな」


 凛はだいぶ息が上がってきているものの、落ち着いた様子である。そして再び魔力で蔓を打ち払うと、魔力を高めながらついに攻撃の構えを取る。

 それを見て、梨華の顔色が変わった。


「これは、少しまずいですか……。 ならば……!!」


 予想よりも高い魔力を感じ焦った様子の彼女はおびただしい数の種を落とすと、数百本の蔓を編み上げて凛へと向けて放つ。しかし凛はそれを避けようとはしなかった。


「いまさら本気出してももう遅いッ!!」


 叫ぶとともに一心不乱に剣を振ると強大な黒い衝撃波が次々と飛んでいき束になった蔓を削り落としていく。


「くっ、これほどに……」


「おおおおおらああアァァっ!!」


 高揚のあまり黒いオーラが身を包む中、咆哮とともに放たれた最後の一撃は蔓を全て吹き飛ばし地面を大きくえぐった。もうもうと立ち込める土煙が晴れた頃には、すでに勝負は決していた。


「……、手ェ抜かれて負けるわけにはいかないんですよ」


「さすが、ですね。 文句なしの合格です」


 体勢を低くし梨華の脇腹に剣を突きつけていた凛はそっと立ち上がり、剣を鞘へと収めた。しばらく静まり返っていた観客席からは、一斉に歓声が上がる。雪菜と浪、緋砂の三人も喜びと驚きではしゃいでいる。


「すごいすごい!! 勝っちゃったよ凛ちゃん!!」


「手加減されていたとはいえ、梨華に勝つとはね……。 っと、次はあんたたちの番だよ。 サッと準備して行ってきな」


「あっと、そうだった……」


 緋砂に促され浪と雪菜は観客席のブロック間にある階段からリングの方へと下っていった。そこで梨華と凛に軽く挨拶をする。


「凛ちゃんお疲れ様。 梨華さんもお疲れ様です」


 二人が挨拶を返したあと、梨華は何やら微笑むと意地悪そうに言う。


「随分と楽しませていただきました。 ふふふ、お二人も大変だと思いますが頑張ってくださいね」


「あ、はい……。 えっと、それで俺たちの相手は誰と誰なんすか? まだ来てないみたいっすけど」


 梨華は困惑気味で辺りを見回しながら言う浪に答えるわけでもなくしばらく黙っている。すると一人の人物がリングへと上がりながら声をかけてきた。


「まったく、十和にあれだけプレッシャーをかけておいて自分が負けるとは面目丸つぶれだな、梨華」


「あれ、折原支部長?」


 折原の言葉に梨華は若干苦笑いだ。

 突如現れた折原に浪は驚き混じりで声をかけるが、その様子を見て顔色が変わった。

 折原は試験内容について軽く説明をする。


「君たちは特別に、二人一組で強敵と戦ってもらおうと思う」


「……、えっと、それはわかりましたけど、相手は御剣じゃないんすよね?」


 浪は一応疑問系で聞いてはいるが、既にその答えを察しているようだ。折原は何故かその手にハルバートを携えている。梨華がぺこりと頭を下げたあと、凛とともにリングを降りる。冷や汗を垂らし一歩引く浪に、折原はニヤリと微笑んだ。


「もうわかっているのだろう? 乙部が君をここによこした理由を教えてやろう。 それはな……、この私と戦わせるためだ!!」


 折原が先を前方下に向けるようにして構えると、一気に魔力が吹き上がる。浪は急いで構えを取りながらも、聞きたいことは聞いておく。


「いくらなんでもDランクにやらせる試験じゃないでしょう!?」


「……、普通に上がろうとすれば君がともに戦う彼らと並ぶには一年近くかかってしまう。 それでは遅すぎる。 飛び級させるならこのくらいはしないと納得してもらえないだろう?」


「飛び級……。 いや、だからって……」


「この試験は龍崎くんや服部くんも受けたものだ。 彼らが数年前既に通過した道を、二人がかりで突破できないようでは先が思いやられるぞ?」


 挑発的な表情で言う折原の言葉に、浪が反応を見せる。


「……、なるほど、そう言われちゃやらざるを得ないすね」


「君は二人、特に龍崎くんには憧れを持っているようだな。 乗ってくるだろうと信じていたよ。 それに、やってもらわなければ困る。 合格条件はこの私の攻撃を三分間凌ぐ、もしくはそれなりの一撃を入れることだ」


「三分……? 防御系の雪菜とペア組んどいてそれだけでいいんすか?」


「自信たっぷりだな、いいだろう。 では……、試験を始めるぞッ!!」


 折原が右腕の槍をバッと振り正面を向くように胸を張ると、その体に光の線が走っていき、背中に光の羽が出現すると同時に髪が金色の輝きを放ち、茶系色の瞳が金色へと変わる。そして、ただでさえ強大だった魔力は更にその大きさと威圧感を増す。規模は違えど、どこかで見たような変貌だ。


「天使ガブリエルがアマデウス、京都支部長折原怜士、いざ参る……!!」


「ちょっ……!? まさか俺と戦う理由って……」


 突然の衝撃告白に浪も雪菜も戸惑いを隠せない。ギャラリー達も同じく予想外すぎる対戦カードに戸惑っている中、試験初日最後にして、先の試合を塗り替える最大の戦いが始まる。

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