第27話Dランク脱出大作戦!! その1

 灼鉄の機神との死闘から二日が経過し、メンバーは傷と疲れを癒し朝早くから支部へと足を運んだ。SEMMからの命令によるものなので、学校に許可を取り休んできたようだ。

 エントランスをくぐると支部に泊まり込みの凛、緋砂の車で先に来ていた氷室姉妹が他のメンバーを出迎えた。彼らを呼んだであろう乙部支部長の姿はまだない。出迎えた三人の顔を見た浪が緋砂の方を向き尋ねる。


「師匠はまだ忙しいんすか?」


「まあね……。 落合公園の一件の問い合わせやら独断で封鎖したことによる上からのお怒りの電話やら……。 まあ、あまり気にしないほうがいいよ。 あの人があんた達のためにやれることはしてやりたいって言ってやったことだ」


「師匠……」


 浪は彼の気遣いを嬉しく思う反面、レミアとの一件について彼が責任を感じてしまっていることに複雑な思いを抱き、若干顔を伏せた。

 そんな時ちょうど、ホールに覚えのある声が響く。


「皆さんお揃いのようですね。 お待たせして申し訳ありません」


「おや、思ったより早いんだねえ。 お怒りは収まったかい?」


 乙部の顔を見て意地悪く微笑み尋ねる緋砂に、彼は笑って返す。


「説明しても無駄なので謝り倒して一方的に切りました。 まあ、あちらも私がいないと困るでしょうし大丈夫じゃないですかね」


「誠意の欠片もないねえ……。 偉いさんには同情するよ……。 で、あの話をするんだろ?」


 緋砂に言われ乙部はふう、と息を吐くと浪たちへ向かって目を伏せがちに話し出す。


「おめでとうございます、と勝利を祝福してあげたいのですが……。 まずいことになってしまいましてね……。 あなたたちにも言っておかなくてはなりません」


「な、なんすか……? また思わせぶりなこと言って」


「アンリマンユ……、あなたたちは井上アンリさんと呼んでいましたか。 彼女があの戦いの後……、空間術師の少年による襲撃を受けて……」


 乙部の言葉に、一同は言葉を失い固まってしまった。


「おそらくあの戦いが起こることを知っていて、彼女が弱るタイミングを狙っていたのでしょう」


「そんな、アンリちゃんが……。 あ、あたし達のせい、なの? やだ……、こんなのやだよ……!!」


 頭を抱え震えながら、雪菜は涙を浮かべガタガタ歯を鳴らしてしまっている。周りの面々も責任を感じてしまったのか唖然としながらも悔しそうな様子だ。雪菜は今にも大声で泣き出しそうだ。浪も唇を噛み、やりきれないといった表情でつぶやく。


「俺たちは自分たちの手でシロを守りたかっただけなんだ……。 でも、そのせいであいつが……!!」


「ちょ……、みなさんちょっと早とちりを……」


 浪たちの様子を見てなぜか乙部が焦りだした。しかし、その理由は彼の口からではなく予想外の人物の出現によって説明されることとなる。ホールに呆れたような声が響く。


「勝手に殺さないでくれるかしら? まったく、あなたも変なところで止めるんじゃないわよ紛らわしい」


「ははは、すみません」


 乙部の視線の先、先程浪たちが入ってきたエントランス入口のガラス戸付近に声の主はいた。その人物の顔を見て雪菜は一気に生気を取り戻したように表情が明るくなったのだが、涙は止まらないどころかさらに大きく溢れている。そのまま全速力でその人物めがけて駆けつけて飛びかかった。


「アンリちゃん!! よかった……、生きてたんだね!!」


「痛っ、ちょっ……、何なのよ……。 ったく。 ……、SEMMも奴があのタイミングで仕掛けてくる可能性を考えていたようね。 様子を見ていたとある隊員に危ないところで助けられたのよ。 ……、もっと早く出てきてもらいたかったのだけれど」


 ため息をつきながら話すアンリに、ふと疑問に思った浪が尋ねる。


「助けられたっていっても、五連星より強いであろう憂達を誰が……?」


 言われてみれば確かに、と他の面々も疑問を顔に浮かべる中、乙部がそれに答えるが、周りをキョロキョロと見回し人がいないのを確認し、さらに若干小声だ。


「ここだけの秘密ですが……、SSランクは東京本部は本部長、京都支部には折原支部長がいる訳ですが、愛知支部だけにはいないことになっています。 ……、ですが実はいるんですよ。 SACS、能力犯罪対策課課長、通称『不可視のキース』と呼ばれる男の噂をご存知ですか?」


「聞いたことはありますけど……、都市伝説じゃないんすか? 実際はSACSの課長は事務仕事専門のお偉いさんだって……」


「意図的に隠しているんですよ。 彼は犯罪組織への単独潜入を主な任務とされています。 そのため正体どころか、その存在さえ知らない隊員がほとんどです。 彼と接触した犯罪者は例外なく口を封じられる。 そのために世界中の誰も彼の正体を知ることはなく、彼を恐れ能力犯罪組織はほぼ自然消滅しました」


「そんな話聞いたこともないっすよ」


 半信半疑の浪に、翔馬が補足を付け足すように説明する。


「最大勢力を誇る組がキース一人に潰されたのをきっかけに無くなったんだ。 お前がまだ小学三年とか四年の時だから知らなくても無理はないか。 百人あまりのホルダーを有する組織がたった一人の潜入を許しただけで壊滅する、しかもそいつの正体を知ったら命はない……、流石にそんな状況で続けようとする奴は少ないさ。 ま、ちなみにそれが俺の実家だったわけだが」


「それは……、なんというか……。 なんか悪い……」


「気にすんなって、組織の連中のことなんかいい思い出一個もないし」


 気まずそうな浪を翔馬は軽く笑い飛ばし、ひとまず会話も一区切りしたところで雪菜が話題を戻す。


「でもほんと、アンリちゃんが無事で良かったよ」


 雪菜のその言葉に、アンリは微妙な顔をして呆れたような疲れたような声でつぶやいた。


「……、無事とは言い難いわね。 見せてあげるわ。 ……、こっちに来て」


 言われるまま支部長執務室へと全員で移動する。すると一同が不思議そうに視線を送る中、彼女はおもむろに上着を脱ぎだした。


「ちょっ!? 何してんだお前こんなところで!?」


「だっ、男子連中は見ちゃダメー!! アンリちゃんも何考えて……、って翔馬さん見すぎだっつの!!」


 浪と凰児は思春期の青少年らしく顔を赤くしてそらすが、翔馬だけは安定のガン見である。雪菜が彼の顔面に鉄拳制裁を加え強制的に視線をそらさせる。


「いいから落ち着いて見てなさい」


 色気のあまりないスポーツブラのような姿のアンリは呆れ顔でそう言うと、不思議そうな表情の雪菜の前で、アニマ形態と変身する。腕が機械化し、頬に紋章が浮かぶ。そして……、右頬あたりと右足、左下腹部の一部が消失してしまった。一同が愕然とした表情になる中、その部分はしばらくしてから黒い何かで満たされていきなんとか形だけは元通りに人型になった。そしてさらに、尻尾の部分が出ない。雪菜は驚きの中なんとか言葉を絞り出す。


「そ……、それってまさか……」


「空間ごと削り取られたのよ。 何もせずにほうっておけば流石の私でも死ぬわ。 魔力でなくなった部分を補っているのよ。 今の私は魔力によって命をつないでいる状態といえるの。 ……、その分、力は大きく削がれるわ」


 アンリの姿と言葉に、浪は自信なさげに恐る恐る尋ねる。


「じゃあ、お前なしで魔王と戦う事になるのか……?」


「機械魔一族は治癒能力が高いから生きてさえいればそのうち治るわ。 魔王の出現は一年半くらい先と聞いているから間に合うかは微妙なところね」


「その傷が治るのか……、すげーな……」


「私の主、機械魔の王は九割方消滅するようなダメージ受けても一瞬で修復することから、不死の魔神と呼ばれているわよ」


「頼むからそいつはこっち来ないでくれよ……。 そういえば、その姿になったのに警報鳴らないのな」


 思い出したように言う浪に、乙部が簡単に説明をする。


「彼女は協力者となるので、設定で反応を拾わないようにしておきました。 さて、改めて自己紹介をしてもらいましょうか」


 乙部がなぜかそんなことを言いながらアンリに促す。一同から不思議そうな視線を送られる中、彼女はカード状の何かを懐から取り出し、面倒そうな声で自己紹介をした。


「……、昨日付でAランク隊員としてココに所属になった井上アンリよ。 まあ……、よろしく」


 アンリが取り出したものをよく見ると、SEMMの隊員証であった。左上の顔写真の横にはAランクのマークがある。


「はぁ!? お前、一応アニマだろ!! 許されるのかそんなこと!?」


「許されたのよ。 そこのインテリメガネに」


「……、もうやりたい放題っすね師匠……」


 苦笑いで返す乙部に、浪を始め一同呆れ顔で息を吐いた。そこで、思い出したように浪が口を開く。


「そういえばさっき、サラッと重要なこと言ってたよな? 魔王の出現が一年半後だとか……」


 その疑問に乙部は頷くとゆっくり口を開いた。


「……、話すべきかは迷っていましたが、もうできる限り隠し事はしたくありません。 あなたたちには辛い役目を押し付けてしまうことになりますが……」


「俺たちがやらなきゃ止められないって言うなら、やるしかないっす。 まあ本部長やら折原支部長とかがやればいいじゃんとは若干思いますけど。 それでも俺たちに指名がくるってことは……」


「ええ、あのお二人や他の五連星の皆さんは魔王に従う別のアニマの対処などにあたってしまうことになります。 なので皆さんにはこれから力をつけるためできるだけ経験を積んでいただきたいのですが……」


「まあ、このままじゃ勝てないんだろうしそうなりますよね」


「ここでひとつ問題が」


 苦笑いで思わせぶりに言う乙部に全員が訝しげな顔になる。しかしその口から言葉を聞いた瞬間、全員がなるほど、と納得することとなる。


「ランクを上げていただかないと出撃許可が出せません。 特に浪くんは」


 浪が苦笑いで目をそらす。雪菜でも中堅Bランクの中では上位に当たる評価である中、Dランクのままでは他の隊員にはついていけはしない。浪の昇格は確実に必要事項だ。だが問題は更にあった。


「でも、確か昇格試験の締切とっくに過ぎてますよね……? 次は三ヶ月後でしたっけ」


 そう、試験は定期的に行われているが、受験には事前申請が必要なのである。エルの力を使えるようになってからゴタゴタ続きであった彼には、そんなことを考えている余裕はなかった。しかし乙部はメガネをくいっと上げフフフ、と嫌な笑いを浮かべ白衣のポケットから四つ折りにされた紙を三枚取り出し広げると全員に見えるように前に出した。一番上の紙の氏名欄には浪の名前が書いてあり、右下に承認済みのハンコが押されている。


「支部長権限で次の試験に無理やりねじ込んでおきました。 試験日は一週間後です」


「おぅふ……、マジっすか……。 あれ、同じ紙が後ろにも二枚……?」


「おっ、気づきましたね。 最優先で昇格が必要なのは浪くんですが、他にも実力に対しランクが足りていない方がいると思いましてね。 勝手ながら申請しておきました」


 言いながら乙部は後ろの紙二枚を表へ出し氏名欄が見えるように広げる。全員が近寄り覗き込む中、名前のある二人が反応をした。


「あ、あたし!? ま、まあでも確かに前回惜しいとこまでいったし……」


「勝手なことを……。 ランクとか興味ねえんだが」


 驚きながらも納得している雪菜とは反面に、面倒そうに小さく舌を鳴らし頭をかく凛に乙部は若干申し訳なさそうな様子で話す。


「いやあ、Sランクが五連星の二人だけなのでもっとしっかり隊員の育成をしろと言われてしまっているんですよねえ……。 今Sランクへ上がれそうなのは黒峰さんだけなので……」


 凛はため息をつき相変わらず面倒そうながらも、仕方なく了承する。


「ふん、まあ給料上がると考えればいいか……。 いい加減部屋も探さねえといけないしな。 ま、全員楽勝だろ。 ……、雪菜が筆記落ちない限りは」


「お、落ちないよ!? 確か常識的な問題ばっかだったし!! ……、一週間後かぁ……、今から勉強して間に合うかな」


 最初の反論の言葉とは正反対に、小声でポツリと自信なさげにこぼした雪菜に一同呆れ顔である。

 そしてその後一週間、三人は試験へと備えるために猛特訓をする。凛はそこまで気合を入れてはいなかったのだが、主に筆記試験が不安な雪菜と一緒にSEMMの業務内容等について復習させられている。

 一方浪はというと、しばらく前まで忙しく暇のなかった乙部の仕事の合間に頼み込み、特訓に付き合ってもらいながら腕を磨いていた。そのまま一週間が経ち、試験当日の日も翔馬とシロに見送られたあと朝早くから訓練場にて竹刀を持ち、乙部と向き合っていた。二人共長袖の薄いTシャツ姿で、乙部は腕をまくっている。お互いに防具のたぐいは身につけていないようだ。

 しばらくにらみ合いが続く中、ジリジリとお互いに距離を詰めていき、ある程度のところまで来ると乙部が先に仕掛ける。素早く踏み込みながら面を打つように繰り出される一撃に対し浪は、きっさきではね上げて防いだあとすかさず左上から打つように仕掛ける。しかし先程一撃を払われた瞬間に体勢を下げ踏み込んでいた乙部は、竹刀の刀身を下に向けた状態で構え浪の一撃を柄の尻部分で突き上げるようにピンポイントに受け、そのまま振り払うように浪の脇腹を打ち据えた。その攻防は、乙部が仕掛けてからわずか二秒程の間に決着したのであった。思わず倒れこんだ浪が悔しそうにつぶやく。


「ちっくしょー……。 いつになったら師匠に一発入れられるようになるんだよ」


「まだまだ負けるわけには行きませんからねえ。 弟子に越えられないようにするのが師の務めです」


 手を差し出された浪がそれを取り立ち上がると、聞き慣れた声が響いてくる。


「浪ぉー、支部長ぉー、はいさー。 準備は出来てる?」


「さっさと行くぞ。 名駅に九時半までに着かなきゃ遅刻だ」


 二人が目を向けると雪菜と凛、そして引率係の緋砂の姿があった。


「すみませんが緋砂さん、京都支部までの引率はお願いしますね。 受験者の三名は行ったことがないでしょうから」


「ああ、任せときな。 でも、なんで今回に限って本部じゃなく京都なんだい? 試験はいつも本部で開催だっただろう」


「事情がありましてね。 かなり個人的なのですが……。 ほぼ浪くん一人のためだけに京都開催になったと言っておきましょう」


 よくわからない彼の言葉に、浪は戸惑いながら尋ねる。


「ど、どういうことっすか……? どこで試験受けようと変わらないんじゃ……?」


「一週間前に強引に変えるのはかなり無理がありましたが苦労した甲斐はあるはずです。 まあ、行けば割とすぐにわかりますよ。 試験内容あたりを聞けば……、ね」


 またもや不穏な言葉とともに嫌な笑いを浮かべている乙部に一同呆れ顔だ。彼のこの態度のあとに起こることは大抵とってもしょうもないことか、開いた口がふさがらないような衝撃内容のどちらかという両極端である。

 若干の嫌な予感を抱きながら乙部の車で名古屋駅まで向かうと、彼に見送られ新幹線を待つ。


「さーて、これに受かったらAランク!! いっちょ気合入れますかー!!」


「騒ぐなよ恥ずかしい……」


 浪は辺りを見渡し恥ずかしそうに言うが雪菜は気にせず、相変わらずうるさい。


「絶対合格してやるぞー!! もう受かる気しかしないぜ!!」


「やめろ!! 嫌なフラグ立てんな!!」


 二人のアホらしい会話に凛と緋砂が呆れたような視線を送る中、間もなく新幹線がホームに入るというアナウンスが入り、四人はチケットを確認して席に着く。


「さあ、出発しんこー!!」


 嬉しそうに腕を上げて雪菜が言うと、新幹線はゆっくりと走り出した。

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