第26話灼鉄の機神
天気は雲一つない快晴、しかし広大な敷地を持つ公園には今人影はほとんど見えなかった。SEMMによりホルダーの訓練を行う、という名目のもと急遽封鎖されたからだ。しかし実際は乙部の独断によるもので、本部からは許可が下りていないのである。
先に約束の場所にて一人ぽつんと立っているアンリのもとに、今七人が到着し声をかける。気付いていなかったということは無いだろうが、アンリは声をかけられるまでなにか考え事でもしているかのように、空を見上げていた。
「……、本当に来たのね」
「俺たちが本気だってことはわかってただろ。 あの時の俺たちを見ていたお前だったら……」
「私がそばにいたほうがいいのは少しわかる、って言ってたでしょ?」
「いつも最善の手を選ぶことなんてできないよ。 俺はまだまだガキだ。 思い通りにしたい年頃なんだよ」
「……、じゃあ、思い通りにならないことがあるって教えてあげるわ。 この手でみっちりとねえっ!!」
軽口を叩く浪に若干のいらだちを見せたアンリが一気に高温の熱気と強大な魔力を吹き上げる。一同が息を呑み視線を送る中、体が変化していき、アニマの姿へと変貌する。先日のように人間態のまま戦うような真似はしないようだ。
アンリが天へと咆哮するように力を込めると円周状に衝撃波が発生し七人を襲う。
そして立っているのがやっとの彼らが体勢を立て直すより前、衝撃波が止んだ瞬間に足元へ直径10m程の魔法陣が描かれた。前回の戦いぶりを見るに、これをまともに喰らえば終わりだ。
「雪菜、昂月!! 手はず通りに頼んだぞっ!!」
浪がすぐさま指示を出すと、指名されたふたりは上方へと意識を向ける。雪菜はギリギリまでビットを生成し続け衝撃に備える。
「頼みますよー……、はあっ!!」
空良が手を上にかざすと一直線に降り注ぐ極太の炎柱が薄まり散っていく。しかし彼女のエネルギー操作を持ってしても、完全に無力化するには至らない。それを限界ギリギリまで薄めたところで、次は雪菜がシールドを展開して受け止める。勢いを落とした炎は、シールドを僅かに溶かしながらなんとか突破されることなく消え去った。
しかし、ふたりがかりで受け止めるのがやっと、このまま何度も撃たせるわけには行かない。既に作戦は立ててあるようだ。シールドに守られたその場所には、翔馬と浪の姿がない。
そしてアンリが第二波を撃つため構えようとしているところに、まず翔馬が斬りかかる。
風の魔力をまとうナイフで衝撃波を伴い放たれる一撃を防御するため攻撃動作を中断、すかさず両腕をクロスさせ受け止めるとアンリは前方広範囲、翔馬のいる方めがけて炎を放つ。今までに何度か放っているレーザー状ではなく、火炎放射機のように広範囲に炎を撒き散らすような攻撃だ。炎は地面へと燃え移り、所々で火の手を上げる。
攻撃が収まった瞬間、難なく炎を避けていた翔馬と、さらに彼とは逆方向より剣を振り斬りかかる浪の一撃を両腕でそれぞれ受けたアンリは勢いをつけて体を回転させ二人を軽く吹き飛ばし、直後に高温の炎を自身を中心に放つ。
二人が熱気に怯んだ隙をつき、魔力を着々と貯めつつある凛の方へと視線を向けるとジェット噴射で一気にそちらへと突っ込んでいった。攻めの要である彼女を凰児、雪菜、空良の三人をもって死守する。そのために四人は固まって行動していたのだ。ついで、というか、まだ役割の回ってきていないシロもそこに一緒にいる。基本的に彼ら三人の近くが最も安全なスペースなのだ。
とりあえず、猛スピードで突っ込んできたアンリの拳を、凰児が右腕でガードする。
「彼女に手出しはさせないよ……!!」
「ふん、三人いたところで凌ぎきれるのかしら!?」
言うとアンリは爆発を伴う拳を次々と叩き込み、四発目でジェットの威力を載せてひるませたあと凰児の周囲に魔法陣を無数に描き爆発を起こす。しかし、自らの耐久強化という広範囲を庇うことのできない応用力の低い防御能力でありながら、五連星に名を連ねる凰児。その耐久力は雪菜のシールドとは桁が違う。アンリの猛攻にも、まともなダメージは受けていないようであった。
「一人でも十分だったかな?」
「ちっ、まともに相手してるのも馬鹿らしいわ」
舌打ちをして、凰児をスルーして広範囲への攻撃で全員もろとも狙おうとするアンリに、後ろに控えていたシロは大きくステップし一気に距離を詰めて懐へとはいった。
「もらったよ!!」
「っ!!」
アンリの恐るべきはやはり強大な魔力。その反面、反応速度や技術は人間のそれとさほど変わらない。いや、むしろ熟練した技術を持つ浪や翔馬、凛あたりには劣るだろう。不意打ちであればシロでも十分な一撃を入れられる隙がある。
右拳に魔力をこめた状態で体勢低く接近しスピードを乗せたまま左肘での一撃を腹部に入れ、そのまますかさず右アッパーとともにコモンファクターで魔力を撃ち出し衝撃波とともに顎への強力な一撃を浴びせる。たまらずよろけるアンリだがさらに天より雷が落ち、大きく怯んだ隙に翔馬が半物質化した風の魔力をまとわせ拘束する。
「くっ……!? 鬱陶しい……ッ!!」
「これで、どうだァっ!!」
全員がかりの支援を受け、最大まで力を溜めた凛が魔力を解き放つ。シロがバックステップしアンリから距離を取ると、とぐろを巻くようにアンリの周りで闇の魔力が発生する。それは彼女を取り囲むようにして龍の形を成すと、上方より大口を開けて襲いかかった。地面をえぐるほどの衝撃が襲い轟音が響く。
しかしやりすぎたのではないかと心配する暇もなく、黒い魔力が散る寸前くらいのところで大きく炎柱が上がった。
全員が驚きを浮かべながらも、どこかこの結果が分かっていたような様子だ。大きな魔力と照りつける高熱に浪はポツリとこぼす。
「流石に……、こんな簡単には勝たせてもらえないか……」
炎の中から現れたアンリは、ボロボロで今にも膝をついてもおかしくはない。しかし若干のいらだちを見せながらも、彼女は落ち着いた低い声でゆっくり話し出す。
「……、なるほどね。 どうやら適当にやっていては危ないくらいにはやれるみたいね。 しょうがないわ。 ……、これを使わせる以上一生モノの火傷や傷は覚悟することね。 死には、しないと思うわ」
不穏な発言に全員が思わず一歩身を引く。腰を低く落としたアンリは金属の尻尾が大きく上へと立ち、先端部に見える石が何やら光を発している。一同は、大気が渦巻きアンテナのようにした尻尾から彼女の中へと何かが集まっていくのを感じた。
「これは……、放っとくとまずいな……。 何するつもりか知らないけど、させるかよっ!!」
嫌な予感を感じた翔馬が阻止すべく接近する。しかし彼女の顔の剥がれたような部分、黒い肌が赤く発光し出すと強烈な熱波を放ち近寄るものを拒む。エネルギーラインの緑色の光がオレンジ色へと変わっていく。
「熱っつ……!? なんて熱気だよ、近づくこともできねえ……!!」
「ちょ……、なんかこっち狙ってないですかー? まあ当然か、ダメージソースのくろりん先輩がこっちいますもんねえ……」
のんきな事を言っている空良だが、実際は余裕など微塵もない。ついにアンリが動きを見せる。
「大口叩くんだったらこれくらいは、何とかしてみなさいっ!!」
オレンジのエネルギーラインの光が右腕へと収束していき、初めの一撃と同じように上空よりレーザー状の炎が五人のもとへ降り注ぐ。しかしそれは、先ほど雪菜と空良がなんとか防ぎ切った一撃よりも、範囲も威力も強化されている。しかし他に手もなく同じように拡散後、シールドによって受けるしかない。
空良が拡散で威力を落とし続けているにも関わらず、シールドはまたたく間に溶けていき雪菜は魔力を振り絞りながら叫んだ。
「凛ちゃん、シロちゃん、先輩っ……!! にげ、てっ……!!」
「何言ってんだ!? お前……」
「全員揃ってやられることない!! ……、後を、お願いね」
雪菜をおいて離脱することをためらう凛だが、それが今取りうる最善策であることが分かるために、苦渋の思いで駆け出す。その後にシロと凰児も続き、間一髪範囲から抜け出したところでついにシールドが完全に破られ衝撃波が周囲をおそう。
炎が晴れた時、ふたりの少女は倒れたまま完全に意識を失っていた。
「まずは、二人……、次は……」
厄介な防御役二人を潰したのち、アンリは次なるターゲットを決め視線を送った。自分を行動不能にしうる攻撃力を持つ攻撃の要、凛である。殺気を感じた彼女は、イライラした様子で、しかし冷静につぶやいた。
「雪菜に死ぬ気で繋いでもらったんだ。 あいつはあたしが潰す。 ……、頼んだぞ」
「わかった。 でかい一撃を任せたよ」
興奮のためか若干暴走気味に黒いオーラをまとう凛の珍しい信頼の言葉に、凰児は冷や汗を垂らしながらも嬉しそうにうなずいた。
ジェット噴射で一気に距離を詰めるアンリを凰児が正面から両腕で受けたあと、翔馬が合流し攻撃に移る。前腕部でナイフによる一撃を弾いたあと、アンリは凰児へ向かって爆発を伴う掌底を放ち、正面からガードした彼はダメージこそないものの大きく吹き飛ばされた。すぐに受身をとった彼が体勢を立て直す時間を作るため、翔馬はスピードを上げて縦横無尽に駆け目にも止まらぬ連撃を浴びせる……、のだが、アンリは正確にそれを腕でガードしている。
「気づいてないのかしら? 私がやけに炎を撒き散らしたりしてここらの気温を上げていることに。 この高温下、あなたの戦い方は体力を使いすぎるわ」
そんなことをつぶやきながら、ついに彼の姿を捉えその腕を掴んだ。
「動きが、落ちているわよ」
「なっ!? そんな馬鹿、な……」
予想外すぎる展開に、翔馬はろくに抵抗もできなかった。そのまま手を引かれながら爆発を伴う拳を胸に叩き込まれ、気を失う。
「これで、三人目。 半分を切ってしまうわね」
凰児と凛、シロの方へ余裕の笑みで視線を送るアンリは、背後から雷剣を振るい斬りかかった浪の一撃を振り返ることなく左腕で受けた。
「あなたが四人目?」
「上等だ、やってみろっ!!」
アンリの挑発にそう言って返す浪は、若干の焦りが見受けられる。しかし、諦めてはいなかった。彼には少しの希望、勝機が見えていた。右、左と袈裟斬りにするような連撃をそれぞれの腕で受けたアンリは浪へと向かって炎を放とうとする。それを見た浪は、無謀にも正面から雷を持って迎え撃とうとする。
しかし激しい炎と雷撃は、双方同じ位の規模で放たれ、互いに相殺し合って消えた。浪はやはり、といった様子でニヤリと微笑んだ。
「余裕かましすぎたな。 大技の連発で魔力が尽きかけてるだろ……!!」
「ふうん……? 思ったよりも使っていたようね?」
アンリが言いながら二の腕のエネルギーラインに目を向けると、色が緑色へと戻っている。というか、最初よりも輝きが薄くなっている。しかしなぜか彼女の顔は余裕の色が消えていない。
四人が怪訝な顔で様子を伺う中にやっと微笑むと、一気に距離を詰めジェットの勢いをつけた拳で殴りかかり、剣で受けた浪を大きく吹き飛ばした。
「はっ……!! こんな程度じゃ何のダメージもないぜ」
「のんきなもんだわ……。 一瞬の気の緩みが勝敗を分けるのよ……!!」
浪が体勢を立て直すよりも前にアンリは又しても尻尾を立てるような体勢を取り、浪はやはり何かが彼女の中へと流れ込んでいくのを感じる。ここで、エルがその行動の意味を悟り急いで浪へと伝える。
『いけない!! あれ、空気中の魔力を集めて回復してるんだ!!』
「なんだって!? くそっ……!!」
浪が駆け出し剣を振るうが、アンリは不敵に微笑み腕で受け止める。そして剣と触れた刹那、炎が吹き出し浪の身を焼いた。
「これで四人……、いや、まだ意識があるようね」
膝をつく浪に冷たい表情で歩み寄るアンリに、彼を守るべくシロが特攻をかける。スピードを乗せ飛びかかりながら蹴りを入れる彼女の一撃は腕で受けたアンリの体勢を大きく崩し、よろけた彼女にすぐさま右ストレートをかます。しかしアンリがよろけながらピッと指を立てて右手を出すと一瞬で小さな魔法陣が描かれ拳を受け止め、そして同時に強烈な熱波を吹き上げた。襲い来る高熱に、今度はシロの方が大きな隙を作ってしまう。そしてその隙は勝負を決する。シロを取り囲むように描かれた無数の小さな魔法陣が爆発を起こし、彼女はその場に崩れ落ちた。
しかし、凛が魔力を練り始めてから結構な時間が経っている。二発目の準備がようやく整ったようだ。アンリはそれを阻止するためか一気に距離を詰めるのだが、当然凰児が立ちはだかる。
「あなたがそこにいると、あの子が攻撃できないんじゃない?」
受け止められたアンリが鼻で笑うように言うが、凰児はフッと微笑むと大きな声で凛に叫ぶ。
「構うことはない!! 俺は大丈夫だ!! もろともやれっ!!」
「……、本当に、いいんだな? 死ぬんじゃねえぞッ!!」
凛は叫ぶと、容赦なく全力の魔術を放った。バチバチっと黒い雷が小さく弾けたその刹那、15m程にも及ぶ高さで黒い魔力が大爆発を起こすように吹き上がった。しかし、ギリギリで耐え抜き意識を保っていた凰児は膝をつく瞬間、信じられない様子の声でつぶやいた。
「そんな……、これでも、ダメだっていうのか……」
凛も圧倒的な威圧感が消えていないのを悟り、剣を抜いて構えた。その瞬間、土煙より姿を現したアンリの拳が彼女の構えた剣とぶつかり合い火花を散らす。
「あとは、あなた一人。 もう終わりだわ」
凛が大きくアンリを弾き飛ばす。
「また魔力切れてんぞ……。 もう補充はさせねえ」
「まだ一発は大きいのを打てるわ。 まあでも、この分だと必要ないわね」
アンリの余裕は当然だ。凛も翔馬と同じく、高熱の中で魔力を練り続け動きが鈍い。決着の近い中、なんとか意識を保っている浪に、エルがためらいながらも提案を持ちかける。
『浪……、何をしても、勝ちたい?』
「いまさら何言ってんだ……。 方法があるなら、早く言ってくれ」
『……、シロの魔力はアンリより上だよ。 コモンファクターでなければ』
「……、そうきたか。 雪菜から『その話』は聞いたが……。 でも、やるしかないな。 迷う要素なんてどこにもないだろ……!!」
『魔力の差がありすぎて命を削りかねないし、本当は……、やらせたくはない』
「エル……。 心配してくれてありがとう。 でも、俺は……」
『……、わかってる。 そうと決まったらシロにも伝えるよ。 意識はなんとか残ってるみたい。 あとはうまくいくかと……、当てられるかだ』
作戦会議が終わったあとシロを抱き起こして立たせている浪に、アンリと凛も何か企んでいる事を悟る。凛の方は、さらに何を考えているのかも理解したようだ。
「はん、あいつら……、なるほどな。 じゃあ、最後はあたしがサポートをしてやるか……!!」
アンリが凛の体力を奪うべく、拳による連続攻撃を浴びせる。凛は鞘を捨てて両手で剣を持ち、猛烈なラッシュを手首の動きで剣を振り受け止め続ける。しかしアンリがジェットによるブーストをかけた一撃を放つと、こらえきれず剣を弾き飛ばされてしまった。凛はすかさずステップし距離をとり、魔力を込め始める。
アンリは距離を詰め丸腰の凛を叩くこともできるのだが、凛と浪とシロの三人が一直線上の位置取りになっていることに気づきニヤリと微笑んだ。
そして凛が黒い四本の剣を作り出し打ち出したのを見て、勝利を確信したように叫んだ。
「その位置は、うかつだったわねッ!! このままいっぺんに終わらせてあげる!!」
自らの正面に魔法陣を描き、エネルギーラインの光を集めとどめの一撃の準備をする。放たれる一撃は、凛の攻撃をものともせず、三人もろとも貫くだろう。しかしアンリが魔法陣を殴りつけ眩い灼熱のレーザーが放たれたその時凛もまた、勝利を信じるように叫んだ。
「これなら外さねえだろう!! このまま正面からぶち破れええッ!!」
膝をつくシロの横に立ち手をつなぐ浪。そして、彼を見上げ小さく頷くシロ。短い時間ではあれど、ともに苦難を乗り越え戦い続けてきた彼らに、できないはずはない。
「お前はずっと俺たちといたんだから、俺の心なんかとっくにわかってるよな。 成功するかどうかは俺次第、だ」
「だったらできるよ。 浪は、いつだって私の理想であってくれたから……!!」
浪の左手から大きな魔力が流れ込み、体を通って右手へと抜ける。その際に全身を襲う激痛に顔を歪めながらしかし、彼は僅かに口角が上がり不敵な笑みを浮かべる。それを確認した凛が横方向へ離脱し、炎のレーザーが凛の放った囮の術を貫き浪の目前へと迫った時、彼の右手からその炎の勢いすら超える強大な雷光が放たれる。
「なっ!? 馬鹿な!! 自分以外の、しかもあれだけの強大な魔力を自分のファクターとして使うなんて……!?」
「はっ……。 他人の力を借りて戦い続けてきたアマデウスだから、そして兄妹同然のあいつらだからこそできること……、だな」
眩い閃光は迫る炎をかき消し突き進んでいく。焦りながら必死で魔力を送り続けるアンリだが、先程凛に言われたとおり、余力などもうない。みるみる押し込まれていく。そしてついに、雷光は炎を消し去りアンリの全身を貫いた。
轟音と衝撃が襲い土煙が上がり、それが晴れた頃アンリはガクガクと膝を震わせ、それでもギリギリのところで地に膝はつかずに立っていた。同じく全身ボロボロの浪は、魔力を集める隙を与えないため痛みをこらえ一気に距離を詰める。
肉体的なダメージをあまり受けていない凛であればあの状態のアンリを倒すことは容易いだろう。しかし、彼女は手を出さずにじっと勝負の行方を見守っていた。
エネルギーラインの光を完全に失ったアンリは距離を詰めながら横に薙ぐように振るわれた浪の剣を右前腕部で受ける。
「諦めなさいよ……ッ!! いい加減しつこいのよ!!」
「諦められるかよ……!! ここまで来て!!」
アンリが受け止めた剣の刃を左手でつかみ、へし折った。浪はすぐさま折れた剣を捨て、拳を握る。アンリが先に体勢を整え殴りかかるが、シロが瞬時に間に入りその拳を蹴り上げた。そして体が無防備にさらされる。
「っ……!?」
「終わり、だあああァァッ!!」
叫んだ浪の拳がみぞおちへと叩き込まれ、電撃が炸裂する。そして灼鉄の機神はついに、その膝を地についた。
「……、私の……、負け、だわ」
唇を噛み眉間にシワを寄せながらも、アンリはあっけなくその敗北を認めた。
激戦の果てに勝利を掴み、肩で大きく息をする浪はぐっと大きく息を吐くと、天へと向かって大きく吼えた。
気を失っていた面々も、しばらくして意識を取り戻していく。最後に目を覚ましたのは翔馬だった。仲間に囲まれて木陰で目を覚ましたとき、彼はシロに膝枕をしてもらっているような状態であった。
「わっ!? 何でこんな状態なんだよ恥ずかしいからよせって!! ……、っと。 この様子だとどうやら……」
焦る自分を見て笑っている他の面々に彼は勝敗を悟った。そんな彼の耳に、不機嫌そうな声が入る。
「はいはい、負けたわよ。 認めたくないけど……、嘘をつくのは私のプライドが許さない」
「井上……。 それじゃあ……」
浪の言葉に、少し離れた場所で一人木にもたれかかるアンリはため息をついて諦めたように言う。
「好きにしなさいって言ってるのよ。 でも……、この私に勝っておいてあんな連中にやられたら許さないわよ。 危ないと感じたら次は容赦しない」
「お前やっぱり本気じゃ……」
「うっさい!! 私に言い訳させるつもり? 私は本気でやって、あなたたちが全力を持ってそれを超えてきた。 ……、それだけよ。 私は……、もう帰るわ。 聞きたいこともあるだろうけど、機会があればいつか話すわ」
背を向け歩き出す彼女に、雪菜は寂しそうな顔でつぶやいた。
「学校には……、もう来ないの?」
「これだけやられてまだそんなこと言ってるの?」
「だって……、私たちといた時に見せてくれた顔が、ほんとに全部演技だったとは思えないから。 あなたはホントは優しい子なんだよね……?」
「くだらないわ。 ……、人間とは関わりを持たない。 私はあくまでアニマなの。 主の命令一つで私はなんでもするわ。 もしも彼がこの世界の侵略を望めば……」
「……、待ってるね。 ゲーム練習しとくから」
雪菜の言葉にアンリはそれ以上言葉を返さず、そのまま歩き去った。
激戦のあと、アンリはボロボロの姿で一人歩いていた。若干目立つが人通りの少ない道を選んでいるため問題はなさそうだ。体を休めながらゆっくりと、日の傾いた空の下ゆっくりと線路の見える道をゆく。電車の本数はそう多くなく、あまり通らないようだ。
「まさか、負けるなんてね……。 序盤に手を抜きすぎたかしら。 後半は結構本気でやったはずなんだけど。 まあ……、危なくなったらフォローしてやればいい、か。 ……、やっぱりどうしてもダメね。 生まれてからずっとココにいるんだからしょうがないじゃない……。 人間まがいの半端物になってしまったって……。 主はどう思うかしら」
呆れたようにつぶやく彼女は、どこか寂しそうにも見える。夕暮れ空のせいかもしれないが、そうでないかも知れない。答えを期待しないその独り言に、どこからともなく返す声が聞こえる。
「それが君の弱さ、だよねえ。 それがなければこんなことにもならないのに」
聞き覚えのある声にばっと振り返るアンリだったが、その瞬間彼女の顔の右半分と、さらに左下腹部がえぐられるように消失した。愕然とした表情で膝をつくアンリの目の前で空間が歪むと、先日の少年、相良憂が姿を現した。
「へー、そんな状態で生きてられるんだ。 やっぱアニマなんだねえ」
「まさか……、こうなることを狙っていたの……!?」
「君には早めにフェードアウトしてもらったほうがいいかって思ってさ。 それじゃ、さよーなら」
すぐさま立ち上がろうとするアンリだが、間に合わずに右足のふくらはぎあたりが消失する。さらに憂は邪悪に微笑むと片足を失ったアンリへと狙いを定める。その後騒ぎになることもなく、戦いは一般人の目に止まることなく終わりを迎えた。
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