第16話消えた仲間と消えない絆

 日は落ち既に外も暗くなった頃。不安がぬぐい去れないまま二人を送り出した留守番組の三人は、他人の家のものを勝手に触るわけにも行かず何をすることもできないままただただそわそわして二人を待っていた。どうやらエルはひとまず浪の体に戻っているようだ。

 なんの意味もなく狭い室内をウロウロしている雪菜と比べれば少しは落ち着いている二人は、軽く状況を整理している。


「とりあえずは未来予知のレミアとかいう奴を納得させて引き下がらせる材料が必要なわけか……。 あたしらが奴らに勝つことが出来れば多分予知が外れる事もあると思わせられるだろうが……」


「でも今のままじゃさっきの二の舞だ。 それに……、SEMMとも戦わなきゃいけなくなるかもしれない……」


「せめて服部がこっち側だったら何とかなったかもしれねえんだが……、あの野郎……」


「……」


 短期間とは言え一緒に住みすっかり友達のように接していた浪は、いまだに翔馬が敵側に回ってしまったことにショックを隠せず、言葉に詰まってしまう。凛も戦わなければいけないと先程浪と雪菜に諭してはいたが、彼の気持ちを察することは出来る。少しのフォローを入れながら、話を続ける。


「まあ、服部とは戦わずに済むならそのほうがいいがな……。 まあでもその時はさっきも言ったとおり、やるしかねえ。 あたしが気になるのは、もうひとりの方がどう動くかだな」


「もうひとり……?」


「龍崎だよ。 奴まであっち側に回って二人一緒に来やがった日には、全員がかりでも歯が立たなくなる。 一緒に戦ってくれるまでは期待できなくても、せめて中立でいてくれりゃいいんだが……」


「龍崎先輩はSACSじゃないし大丈夫……、とも言えないか……。 状況というか危険度からしてSEMMも手段を選んでる余裕が無いかもな……」


 龍崎の人柄をよく知っている浪であるが、シロと仲の良かった翔馬が向こう側へ付いてしまったことからも、不安を拭いきれないでいる。

 途中から足を止めて不安そうな顔で座り話を聞いていた雪菜も合わせ、しばらく黙って考え込んでしまう。しばしの沈黙の後とりあえず、と凛が口を開いた。


「まあとりあえずあたしはあの手品野郎に攻撃当てる手段を考えとく。 お前らもカレイドやデカブツの対策は考えておけよ」


「やるしかないんだもんね……。 それにしても二人とも遅いね……。 もう二時間くらい経つかな?」


 シロのことが心配で仕方ない雪菜のつぶやきに、気持ちはわかるものの浪は呆れ顔で壁の掛時計に視線を送りながら答えた。


「まだ一時間くらいだよ……。 あんまりのんびりできないのはわかってるだろうしもうすぐだろ。 連絡が無い以上信じて持つしかないさ」


「うう~……」


 浪の言葉にも、雪菜はやはり落ち着かない様子で唸っている。と、その時。微かに玄関の前にある立て付けの悪い扉を開ける音がした。


「帰ってきた!!」


「待て雪菜!! ……、あいつらだとは限らねぇぞ……」


 嬉しそうに立ち上がる雪菜に、凛は少し厳しめに、しかし小声で声をかけた。 その言葉にゴクリ、と息を飲むと雪菜は座るでもなく立ったまま玄関の方を見つめ、他二人も若干すぐ立ち上がれるよう身構えながら視線を送る。

 音がしてしばらく後、やけに遅く人影が磨ガラス越しに映る。と、何やらくぐもった声がする。


「開へて~!! 鍵開へらんはいの!! はひゃく……、苦ひぃんらへど……!!」


「何言ってるかわからないけど……。 井上で間違いなさそうだな……」


 気が抜けて呆れ顔になりながらも浪は小走りで玄関まで行って鍵を開ける。玄関のガラス戸をスライドさせると、異様な姿のアンリとシロがいた。

 両手に二袋ずつ計四袋、さらに口にも買い物袋を咥えたアンリの姿に、比較的小さな袋を片手に何故か泣いてしまっているシロ。

 アンリの顔は今にも死にそうなほどで、肩で息をしている。


「い、井上!? 大丈夫か? 一体何が……、いやその前に袋こっちに……、って重っ!!」


 浪は急いでアンリが手に持つ袋を受け取ると何がなんだかわからないこの状況の説明を求める。


「ぜえっ、はぁ……。 なんだか悲しいことを思い出しちゃったみたいでね……。 あっちの戸は気合で開けたんだけど……」


「一回置いてから呼べばいいだろ……」


「それもそうだわ……、はぁ……。 目立っちゃうからと思って死ぬ気で急いだら疲れたわ……」


 口に咥えた荷物を手に移すと、アンリは息を整えながら説明した。浪は後ろで話を聞いていた二人に荷物を頼むと、目をこすって肩を震わせているシロに歩み寄って肩に手を置き、目線を合わせるように少し屈んで優しく声をかけた。


「お前がどんな辛い思いしてきたか俺にはわからないけど、大丈夫。 俺たちがついてるから」


「私は……、大丈夫……。 辛い思いしてきたのは……、みんなの方だから……」


「俺たちが……? ……、とりあえず、落ち着くまで待ってるから中入れよ」


 雪菜がシロのとなりで彼女をなだめている中、浪と凛はアンリの買ってきてくれた服に着替える。浪は唯一の男子なのでガラクタだらけの部屋の先にあるトイレ前まで行って着替える。

 浪は着替え終わってしばらくしてから四人のいる部屋まで戻った。


「そんだけ着替えるのにやけに時間かかってたじゃねえか?」


「お前がまだ着替えてたら困るだろ。 命に関わるわ」


 黒いVネックの長袖シャツにジーンズ姿の浪は苦笑いしながら説明するも、凛は相変わらずというか、そういう部分にはてんで無頓着なようだ。


「そんな気にする事でもねえだろ」


 と、若干胸周りが足りていない白いトレーナーを着て、腰に手を当て左足に体重をかけるようなポーズで立ちながら言う彼女。若干胸を張ったような姿勢で、無意識に抜群のプロポーションを見せつける凛に浪もたじろいでしまう。


「……、ちょっとは自覚持った方がいいぞ……」


「な、どこ見てんの浪!! これだから男子ってやつは……」


「ち、ちげーよ!! いいから座ってろ。 シロが落ち着かねーだろ」


 机を叩いて興奮気味に立ち上がりかける雪菜を焦り気味で諌める浪。むう、と少しむくれて再び座る雪菜の様子を見て、隣に座っていたシロが小さく笑い声をこぼした。


「シロちゃん……、もう大丈夫なの?」


「ん……。 心配かけて、ごめん……。 いろいろ思い出して、心の中がぐちゃぐちゃになっちゃったの……。 でも、もう大丈夫だから。」


「話したくなかったら無理しなくていいんだよ?」


 気丈に振る舞うも、まだ涙が止まりきっていない様子のシロに雪菜が心配して声をかけるが、シロは無言で首を振ると困ったように微笑んで話す。


「ううん……、大したことでもないの。 何度力を使って繰り返したのか、正確にはわからない。 けど、やってることはいつも一緒。 記憶を消されてあの山の公園にいるところから始まって、その度に浪と雪菜と空良に出会って……。 ……、翔馬と三人で暮らして。 みんないつも、どの世界でも私を助けてくれて……、優しかった。 なのに私、はっ……、そんなみんなの存在もっ、世界が消えることも……、考えずに力を使ったんだ……っ。 みんなに助けてもらう資格なんて……、ないんじゃないかって思ったら……、涙が止まらなくなって……。 ひっく……、うぅ……」


 最初は淡々と話していたシロだが、次第に言葉に詰まるようになり終いには再び涙をこらえきれず泣き出してしまった。

 そんな彼女を、先程までオロオロしていた雪菜が優しい表情で抱き寄せた。シロの頭を撫でながらゆっくりと声をかける。


「シロちゃんが何も考えずに力を使っただなんて思ってる人はここにはいないよ。 みんなあなたが優しい子だって知ってるもん。 だからそんな風に考えなくてもいいんだよ。 あたし達がそうしたいから守るの。 資格なんていらないんだよ」


「そうそう。 大体もうお前俺の妹みたいなもんだろ。 兄貴に助けてもらうのに何の資格がいるんだよ」


 笑いながらそう言う浪の言葉に、何故かシロは泣き止むどころかさらに顔を手で覆って大泣きしてしまう。なにかまずいことでも言ったのかと大慌ての浪に、シロは必死に声を振り絞って説明する。


「違う、違うの……。 最初の世界で浪の家に住んでた時も同じこと言われて……、思い出しちゃったの」


「妹みたい、って? 前の世界の俺がか?」


「そう。 名前も思い出せない私に名前をくれたの。 浪と同じ……」


 胸に手を当てて目を閉じ涙を浮かべたまま、しかし優しく微笑んだ彼女の言葉に一同驚いて固まっている。偶然と思っていた『新堂』の苗字にそんな理由があったとは。しかし苗字が自分の与えたものなら、下の名前は誰が付けたのか。訝しげに浪が尋ねる。


「それじゃ、そのハクって名前は……」


「雪菜が付けてくれた。 最初はシロってあだ名をつけてくれてそう呼ばれてたけど、苗字が決まった時に浪が名前は違うのにしようって……。 私はそのままでもいいって言ったんだけど」


「ちょっと待て、シロってあだ名雪菜が付けたのか……?」


「うん」


 浪に軽く睨みつけられた雪菜は咄嗟に目をそらしてとぼけている。不思議そうな顔でその様子を見ている凛とアンリに、浪はため息をついて渋々説明した。


「……、シロってのは雪菜が小学生の時に俺につけたあだ名なんだよ。 新堂浪を略してシロ、ってな。 中学上がる時に頼むからやめろってやめさせたけど」


「なんでさー。 可愛いのに……。 でも、シロから変えるからハクって……」


「さすが雪菜だとしか言いようがないわ。 ……、将来子供に名前つけるときは旦那に任せとけよ」


「なんで周りは誰も止めてくれなかったのか……」


 雪菜は自分のことながら呆れたようにため息をついた。

 シロも落ち着いたところで、アンリが立ち上がる。


「そろそろお腹もすいてきた頃じゃない? 手伝ってくれるかしら」


「ああ、任せとけ」


 立ち上がりかけた雪菜に苦い顔でお前は座っておけと釘を刺したあと、慣れた手つきでアンリの指示通りに野菜の下準備を進めていく浪。凛もたまに手を貸し三十分ほどで仕上げる。

 本日のメニューは野菜炒めに煮魚とサラダ。人数が多いので浪が家で作るよりかは手のかからないメニューのようだ。

 食べ終わったあと浪とシロが片付けをしているうちに、雪菜と凛が風呂を借りる。人数が多く、風呂もそこそこに広いため浪以外は二人ずつ入ることとなった。

 洗い場で体を洗っている凛を、雪菜は風呂に浸かったままへりにちょこんと手をかけてなぜか若干苦い表情でじっと見ている。


「神様ってさ、平等じゃないと思わない?」


「急になんだよ……」


「アンリちゃんとどっちがおっきいんだろ? 明日はアンリちゃんと入ろっと」


「ああ……。 シロと入ったほうがいいんじゃねえか? 傷をえぐられずに済むぞ」


「なっ……!? 凛ちゃんのバカ!!」


 雪菜のコンプレックスを察し意地の悪そうな笑みを浮かべて言う凛に、雪菜は興奮しながら湯船から立ち上がった。なんだか脱衣所の方から声がした気がするが、気のせいだろうか。


「冗談だよ、そう怒んなって。 そういう趣味の奴もいるから心配すんな」


「ふんだ、もう先出るっ!!」


 そう言って湯船を出てしまう雪菜に、多少からかい過ぎたかと凛が苦笑いしていると、雪菜は扉を開けたところでフリーズしてしまっている。

 その向かいには、トイレで用を済ませてちょうど出てきたところらしい浪の姿。

 一拍おいて叫び声とともに気持ちのいい平手打ちの音が響く。


「なんでここにいるのー!!」


「トイレ行くからって声かけたよ……」


「みみみ見た!? 見たでしょ!! どー責任とってくれるつもり!?」


「いってて……。 無いものは見れねーよ……、って冗談!! ビット出すな!!」


 バスタオルで体を隠しながら顔を真っ赤にして浪に襲いかからんとする雪菜の様子を、凛は体を洗いながら苦笑いして見ていた。

 その後、アンリが買って来てくれたであろう部屋着に着替えた女子二人とまだ若干頬を赤く腫らしたままの浪は先ほどと同じ部屋で呆れ顔のアンリから説教を受けた。


「あなたたちわかってる? 壁も薄いし音も隣に漏れまくるんだからあまり騒ぐと怪しまれるわよ」


「だって浪が……。 いや、ごめんなさい……」


 言い訳しようとするも、アンリの深いため息を聞いて雪菜は諦めて大人しく謝った。

 とりあえずひと段落しふう、と一息ついたアンリが時計に目をやって話題を変える。


「交代で誰かしら起きてたほうがよさそうだし、さっさとお風呂済ませて早めに休んだほうがいいわね」


「みんなここで寝るの? あっちは物が多すぎてスペース無いし、二階はダメなんだよね?」


「うっ……。 さすがに……、狭いわよね……。 いいわ、上の大部屋を使わせてあげる。 でも……、引かないでよ?」


「……?」


 恥ずかしそうな顔でそう言うアンリに一同不思議な顔でついて行き、階段を上がっていく。二階は部屋数は三部屋で、そのうち二つは四人が余裕でくつろげるスペースがある。普通それなりの来客があればこちらに通すものだろうと思われるが、アンリがそうしなかった理由は全員すぐ察することができた。

 一階のガラクタ部屋ほどではないにしろ、二階も物があふれてはいるが、その内容はまるで別モノだ。

 上がってすぐの部屋には漫画の山、隣の一回り小さい部屋にはなぜかパソコンのモニターが三つもあり、置いてあるデスクトップパソコンは素人目にも高級そうなのがわかる。脇にはディスクの山。

 そのまま一番奥の唯一物が少ないすっきりした部屋に通されるが、少ないといってもまだ多いライトノベルの本棚と、一階より大きいテレビに別のゲーム機が置いてある。見たところ有名どころのハードは全部ありそうだ。


「……、一人でいるのが退屈なのよ。 しょうがないでしょ」


「あ、あれ? 親は今出かけてるだけじゃなかったの?」


「帰ってこないわよ。 多分」


「なんか……、ごめんね」


「気にすることはないわ。 じゃあ、私は四時くらいまでは起きてるから早めに寝ておきなさいよ。 寝るときに誰か起こすから」


「朝までゲーム?」


「べ、勉強するのかもしれないでしょ……」


 雪菜の言葉に苦い顔のアンリは、どう聞いてもバレバレな言い訳で言葉を濁した。どちらにせよ、もう全員彼女の普段の生活を容易に想像できるだろうし隠す意味もないのだが。

 とりあえず浪が先にさっと風呂を済まし、その後交代で入ったシロとアンリもほどなくして部屋に戻ってくる。


「ふう、戻ったわよ。 あとはよろしく。 あそこの端に置いてある布団使っていいから。 私はパソコン部屋にいるけど、用があってもいきなり開けないでよ。 携帯鳴らしてくれれば出るから」


「龍崎先輩と礼央以上の廃人を初めて知ったわ……。 俺の周り廃人ゲーマー多すぎる……」


「ゲームばっかやってるわけじゃないし、掲示板で人と話したりもするわよ」


「お前はそっち系か……。 レスバトルは会話とは言わないぞ……」


「違っ……!! いいからさっさと寝ときなさいよ!! じゃあね」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして言い返そうとするアンリであったが、返す言葉が出てこなかったのかそのまま振り返ると部屋を出ていった。

 アンリの足音がしなくなった頃、浪がポツリとこぼす。


「今思えば学校で読んでたアレもラノベだろうな……」


「もうアンリちゃんに持った第一印象なんにも残ってないや……」


 あはは、と笑いながら雪菜が返す。

 部屋の端にたたんである大きめの布団を敷くと、シロを挟むように女子三人が横になる。少し狭く感じるものの、来客用の布団など当然ないので仕方がない。


「いいの、浪? そんなんじゃゆっくり寝れないよ?」


「さすがにそこに混ざる度胸はないわ。 それに一応こっちも一人くらい起きてたほうがいいだろ。 どうせしばらくここ出るわけにもいかないし、お前らが起きたらゆっくりさせてもらうよ」


「そっか、ありがとね。 じゃあおやすみ」


 そう言って雪菜は電気を消すと、隣のシロを抱き寄せた。

 浪は壁に寄りかかるように片膝を立てて座ったまま、考え事をするように窓の外を見ていた。


 次の日、全員がゆっくり休息の取れた昼過ぎに五人集まって話し合いをすることにした。今日はもう隠す必要もないので、スペースのある二階で集まっているようだ。布団の敷いてあったあたりに机が出ている。

 今部屋にいるのは浪と雪菜、凛の三人のようであるが、しばらくすると残りの二人が昼食を持って上がってくる。とりあえず昼はコンビニ弁当で済ますようだ。


「ただいま。 みんなの好きなもの分からないから、いろいろ買って来た」


「とりあえずこれからの方針は決まった?」


 コンビニ袋を机に置きながら尋ねるアンリに、浪は自分たちの考えを話す。


「戦って勝つしか、あいつらを納得させることはできないと思う。 だからとりあえず、対策を考えておこうと思ってさ」


「未来予知が外れる条件がわからない限り厳しいと思うけど……?」


「それはそうだけど、そこに関しては考えてなんとかなるわけでもなさそうだしな。 敢えて言うなら、時間線上『過去のこと』になればシロが思い出せるかも知れない。 できるだけ時間を稼いでシロが思い出すことに賭けるくらいしか無いんじゃないか?」


「なるほどね。 ま、とりあえず食べましょうか」


 各々好きな弁当を取り、先に食事にすることに。だいたい食べ終わったところで、浪が再び会話を始める。


「さて、と。 とりあえずは敵についてのおさらいか。 俺らが戦ったのは肉体強化のホルダー……。 つっても下手な攻撃系のファクターより破壊力があったな。 殴るだけであの威力はやばいぜ」


「シールド割られるレベルだからね……。 あたしは相性悪いかも。 なんとか避けて先に攻撃当てるしかないかな。 でも正直凛ちゃんだったら勝てるかもって思うんだよね。 問題は……」


 難しい顔で唸る雪菜の言葉を凛が続ける。


「あの手品師だな。 攻撃当てても全くダメージ通らねえ時点でどうしろってレベルだったが……、無敵ってわけでもなさそうだ」


「そうなのか?」


 打つ手無しと思われていた難敵に対ししっかりヒントをつかんできていた凛に、浪は感心したように驚いた。凛は戦いの中で得た情報を一同に話す。


「ああ。 奴から感じる魔力はデカかったが、弱ってくのも早かった。 流動化はかなり力を使うみたいで、長期戦は苦手だろうな。 それに流動化中にエネルギー系の攻撃もらうと魔力を削られるみてえだ。 だから避けられるときは避けてた。 要するに、魔力切れを起こすまで凌げばいいってことだ」


「そうなるとこっちは雪菜が相性良さそうだな。 じゃあ消去法で俺が手配犯の相手か……。 荷が重いな……」


「なに、あたしがカタをつけるまで適当に相手しとけばいいだろう。 それに昨日のことでシロも落ち着いてきたみたいだしな。 完全にお荷物ってこともねえだろ」


 凛が目線をやると、シロは力強く頷いた。とりあえずの方針を浪が口に出し、四人で確認する。


「じゃあ、戦闘に入ったらまず今言った相手と当たるような形にすることを考えよう。 それ以外の組み合わせになったら勝ち目は薄い」


「まあ相手は未来予知だが……、それ言い出したら何もできねえからな。 何か外れる可能性があるならそこに賭けるしかねえか」


「よし、決まりだな」


 ひと段落して話を締めたところでピンポーン、とインターホンが鳴る。音を聞き若干緊張した面持ちの一同にアンリは人差し指を立ててしーっ、とジェスチャーを取ると小声で話す。


「ちょっと行ってくるわ。 郵便かなにかだと思うけど、一応静かにしてて」


「わかった。 気をつけてな」


 浪が返すと、アンリは一人玄関先まで降りていった。

 彼女が立て付けの悪い扉をガラガラっと開けると、そこにはスーツを着た二人組の男がいた。どう見てもシロのことと無関係ではないだろう。無駄だとは思いつつ、アンリは会話で時間を稼ごうとする。


「なんですか? 両親はいま外出中なので用事なら後日に……」


「いえ、このあたりに行方不明で捜索願の出ている人物の目撃情報がありましてね。 聞き込みに回っているのです」


 無表情で話す男は若干の威圧感が感じられる。しかしアンリはひるむことなく言い返した。


「そうなんですか? 私は知りませんね」


「……、無駄な嘘をつくのはやめたほうがいい。 ここにいるのはわかっています」


 予知能力者の協力がある以上わかっていたが、隠し通すのが不可能とわかったアンリはちっ、と舌を鳴らすと大声で怒鳴り散らした。目の前の男たちではなく、上に居る四人に伝えるために。


「知らないって言ってるでしょ!! ここには私以外誰もいないわよ!! 信用できないんだったら家の中でもなんでも探せばいいわ!!」


 一瞬気圧されたものの、アンリの大声の理由をすぐに理解した男たちは彼女を押しのけ大急ぎで玄関へと向かった。


「私が手伝ってあげられるのはここまでか……。 うまいことやりなさいよ……」


 アンリは二階の方を見上げ、小さく呟いた。

 一方二階では、一同突然のピンチに動揺している様子。しかし、SEMMの関係者が向かってくる以上一階には向かえない。となれば脱出する場所はひとつしかないだろう。ちょうど、部屋の窓のそばには頑張れば下に降りられそうな木が生えている。


「みんなあそこから降りるぞ!! 迷ってる暇はねえ!!」


「ええっ!? でもあたし……」


「お前が一番時間かかるんだから早くいけ!!」


「ううー……。 わ、分かったよ」


 焦る浪に若干きつく言われた雪菜は渋々木によじ登り、順番に一人づつ降りていく。

 その後二階に上がってきたSEMMの男たちが部屋にたどり着く頃には、四人の姿はどこにもなかった。

 四人はその後家の裏手から細い道を走り国道の方へ走る。そのまま潰れた廃工場へと身を隠し一息つこうとしたとき、部屋の奥にある人影に四人の顔が一気に青ざめた。


「よう、全員お揃いで随分息が上がってるな。 もうそろそろ疲れただろう……」


「しょ……、翔馬……!? ちっ、家に来た奴らは囮だったってわけか。 初めからここに逃げ込むことがわかってて……」


「お前らじゃ俺には勝てないよ。 怪我するからやめとけ」


 構えを取る浪に、翔馬は無表情のまま言い放つ。しかし、浪たちも覚悟は前もって決めた。ここで引き下がるつもりなど微塵もない。雪菜が浪に剣を作り、凛は腰に留めておいたホルダーから先日のナイフを抜く。そしてシロも、若干緊張しながらも翔馬を見つめ構えを取る。

 やる気満々のメンツに翔馬ははあ、とため息をつくとナイフを抜いて構える。その姿からは普段のおどけた姿からは想像もつかない程、洗練された圧倒的な威圧感が感じられた。

 浪の姿が雷に包まれ覚醒モードになったのを合図にするように、翔馬が一瞬でその姿を消す。

 しかし格闘術に優れた浪はなんとか彼の動きに対応し、横からの一撃を剣で受けることに成功する。そのまま力を込めて剣を振り抜き翔馬をはじき飛ばすと、空中で身動きがとれない翔馬に凛の黒い魔力の衝撃波が襲いかかる。しかし、彼は半実体化させた魔力を足場にして空中を跳ねるように回避すると凛の方へと狙いを変えた。


「さて、どこまで食い下がれるか……」


 頬に汗をたらし緊張した面持ちで迎え撃つ凛。正面からの一撃を受け止めた瞬間くるりと身を翻すと一瞬で後ろに回り込んできた翔馬の追撃をさらに受け止め、次の一撃をナイフを思い切り振り抜いて弾きひるませたところに蹴りを入れる。それをバックステップで躱した翔馬はちらりと辺りを見回したあと、小さく頷くと再び姿を消す。

 左後方より気配を察知した凛が構えると、翔馬は彼女から少し離れた場所で魔力を込めたナイフを振り抜き強い衝撃波を放つ。


「くあっ……!? これはっ……!!」


彼の放った強い風の魔力は凛のもとで爆発的な風をうみ、彼女の体を吹き飛ばす。彼女の飛ばされた先には、フォークリフトで資材を運搬する際に使う木製のラックが大量に積まれている。先ほど辺りを見回していた時に目をつけていたのだ。凛はそのまま劣化して脆くなったラックの山に激突し埋もれてしまう。

 しかし残った三人は彼女の心配をする暇も与えられず、翔馬は次に浪の方へと目線を送り、一瞬にして移動する。

 スピードをつけたまま突っ込んでくる翔馬を剣で弾くと、そのまま目にも止まらぬ連撃を主に手首の動きで剣を細かく振り、最小限の動きで防いでいく。改めて見ても、最低位とされるDランクホルダーの動きではない。剣を横に構えて防御したタイミングでそれを大きく振り抜いて弾き、距離を取らせると、翔馬が感心したように浪に話しかける。


「さすが、あの人に教わってるだけはあるな。 でも残念だ。 お前と俺じゃココに決定的な差があるっ!!」


 そう言って再度距離を詰めると、魔力を込めたナイフを一気に振る。鋭い風をまとった刃は、雪菜のファクターによって作られた氷剣をつばの上あたりから真っ二つに分かつ。


「浪っ!! 来るよ、油断しちゃダメっ!!」


 翔馬が魔力を練るような構えを取る中、驚きのあまり隙を見せた浪を庇うべく雪菜がビットを集め浪の前方に2m大のシールドを作り出す。しかしその瞬間、翔馬は浪の前から姿を消し、雪菜の背後へと回っていた。


「なっ……!? こっちに……」


 浪のような戦闘センスを持たない雪菜では翔馬の動きに対応するなど不可能だ。しかしそこに、シロが乱入する。雪菜を守るため翔馬の横から蹴りかかるシロだったがしかし、彼は宙高く跳び上がりシロの頭に手をつくと頭上からくるりと回るように彼女を飛び越え背後に回り、そのままナイフを持ったままの手に魔力を込めてシロに放つ。風の刃は彼女に届く前に突如出現した氷の盾に阻まれ、すぐさま分解した盾はさらにビットを追加され翔馬を球体状に取り囲む。


「ここまでですね……。 こうなったらもう逃げ場はありません」


 ぴしっと手を突き出し翔馬から目を離さないようジッと見つめる雪菜。若干息の上がっている彼女の隣に浪が合流する。


「なかなか、やるもんだな。 だが勝った気になるのは……、まだ早いぜっ!!」


 翔馬が手を振り上げた瞬間風の刃が雪菜のもとで弾け、切り裂く。さすがに手心は加えているもののダメージによってビットの結合がゆるんだ隙を突いて翔馬は衝撃波を放ち氷のドームを破壊する。しまったと思ったのもつかの間、ドームを破壊した衝撃で発生した土煙に紛れ、一瞬で油断している浪の懐に入り込んだ翔馬は、的確に彼のみぞおちめがけて掌底を入れる。風の魔力のこもったそれは浪の体を大きく吹き飛ばし、そのまま浪は立ち上がれなくなってしまう。

 ついに動けるものはシロだけとなってしまった。無表情のまま歩み寄る翔馬にシロはついジリジリと後ずさりする。


「悪いなシロ……。 恨んでくれて、構わない」


 うつむき気味にそんな事を言う翔馬は無表情を保とうとしている様子であるが、隠しきれないのであろう。少し悲しそうに見えた。


「や、めろ……。 やめてくれ……っ!!」


 悲痛な顔でうめく浪の声も虚しく、ふたりの距離は縮まっていく。


「あ……、あぁ……っ」


 怯えたような顔で自分を見つめる瞳に一瞬ぐっと唇を噛み締めるも、翔馬はシロに向かってその手を伸ばす。ここまでか。そこにいる誰もがそう思ったとき。翔馬の方へ向かって40cm程の棒状の何かの部品が飛んでくる。危険を察知して飛び退いた彼がその物体の飛んできた方へと目をやると、そこにあったのは背が高く体格のいい青年の姿。


「お前か……。 随分な挨拶じゃねーか」


「りゅ……、龍崎先輩っ……!?」


 全員の視線の先にいたのは翔馬と並ぶ五連星の一人、龍崎凰児。

 バキバキっと指を鳴らしながら無言で歩み寄る彼に、翔馬は一層真剣な表情で息を呑み構えた。

 にらみ合うは愛知支部最強とうたわれるSランクの最高峰二人。それが今ここに激突する。

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