第15話誤差と希望

 未来予知能力者レミア率いる三人に完膚なきまでに叩きのめされた一行であったが、落ち込んでいる暇などない。そのうち通報を受けたSACS隊員がやってくるだろう。しかし、だからといって行くあてもない。

 だが、なんの偶然か通りかかったひとりの少女に救われることとなる。

 一行はメンバーを一人増やし、しばらく物陰で休んだ後、今は民間が経営する能力医学の病院前にいた。


「凛ちゃん大丈夫? 痛いトコない?」


 病院の玄関横でとなりの雪菜に心配そうに見上げられ、凛は腕を回し痛みがさほど残っていないことを確認しながら答える。


「とりあえずは、な。 まァでも、さすがにSEMMの医務室レベルの治療は期待できねえか」


「それはしょうがないよ。 ……、どう見ても一戦やったのバレバレだし怪しまれてるよね。 SEMM隊員だったら民間の病院で治療する必要なんかないし。 早く離れたほうがいいかも」


 能力者が一般に認知された現代、治癒系ホルダーが医療に携わるのも一般的になってきており、手術後の傷を塞いだり、本来縫合の必要がある怪我を治療できたりと重宝される。とはいえ雪菜の言うとおり、緊急でなければSEMM隊員が支部以外の施設で治療を受ける必要性はあまりないのである。

 外で待っていたらしいほか三人は少し離れた場所で凛の無事を確認し、浪が二人に声をかけた。


「黒峰、大丈夫そうで安心したよ」


「悪いな。 時間がねえのに手間をかけた」


「気にすんな。 そっちは一人で相手してくれてたんだ。 で……、これからのことなんだが……」


 浪は服の裾を掴んで無言のままのシロをちらっと見たあと、後ろでコンビニの袋を下げているアンリに目を向ける。

 彼女は袋を下げた手を腰に当て、状況把握をしていない雪菜たちに提案をする。


「何したか知らないけど、行く所ないならウチを貸してあげるわ。 両親も帰ってこないし、事情を説明さえしてくれれば気にしないから」


 腕を組みながら渋い顔で話を聞いていた凛は、アンリではなく浪に質問する。


「新堂お前……、こいつに全部話すつもりか? どれだけやばい事かわかってんだろうな?」


「わかってる……。 けど、多分俺たちだけで逃げ続けるのは厳しい。 これ、見てみろよ」


 浪はそう言いながらスマホを操作するとSEMMの公式サイトへ向かい、トップページの写真を見せる。

 そこには全員の顔写真と、『行方不明者の情報提供を』の文字。


「これは……、SEMMも必死ってわけだ」


「とりあえず今のところシロは何かした訳でもないし、行方不明者の捜索って名目になってるが……。 しばらくしたらもっと大掛かりになってくるだろうな。 俺たちもあまりウロウロしてられない。 かと言ってこそこそしててもそれはそれで怪しまれる。 落ち着ける場所は必要だと思うんだ」


「……、話して受け入れてくれる内容でもねえだろう」


 自分を置いて進む浪と凛の話し合いに、アンリがとうとう顔をしかめて割って入る。


「それを決めるのは私よ。 いいからとりあえず来なさい。 こんなところでうだうだやってたらそれこそすぐに見つかるわよ」


「ま、そんならそれでいいさ。 あたしはこいつらについてくって言ったんだ。 その判断に今更文句を言うつもりはねえ」


 難しい表情のままの凛だったが、そうつぶやくと渋々了承する。アンリも自転車で来ていたようで、全員で自転車移動となる。目的地は井上宅。現在地の麻宮公園近くの病院から守谷方面へまっすぐ向かい、上に高速の走る国道、翔馬たちが動物園に行く際通った道と同じなのだが、それを超えてしばらくした細い川沿いだ。

 家がずらりと横並びになっている中、白壁に所々トタン板が使われた少し時代を感じる家が、アンリの住む家であるようだ。一行が彼女に抱いていたイメージから想像される家とはかなりかけ離れている見た目に、雪菜は若干ポカンとして驚いている。

 アンリが家の前に自転車を止め、ガラス戸をスライドさせて入ると玄関に入る前にスペースがあり、そこにアンリの自転車以外の四台を止める。


「あなたたちがいる痕跡はできるだけ見えないようにしておいたほうがいいわね。 ああ、そこの鍵は壊れてるから閉めなくていいわよ」


「この扉、めっちゃガタついてんぞ……。 大丈夫なんだろうな」


「地震が来たら多分崩れるわね」


 若干苦労しながら扉を閉める凛に、アンリは玄関の鍵を開けながらどうでもよさそうに答えた。

 四人は玄関を入ってすぐにあるキッチンルームの左側の居間に通される。そして、


「いい? ここと廊下挟んで向こうの部屋は余計なものいじらなければ入ってもいいけど、それ以外……、特に二階には絶対に上がってこないでよ」


 そう念を押して二階へと上がっていったアンリを見送り、とりあえず荷物を置いて一息ついた。

 居間にはテレビとゲームが置いてあるだけで特に物はなく片付いているが、もう一つ入っても構わないとされた部屋をガラス戸越しに見てみると、よくわからない物でごちゃっとしている。

 雪菜が目を細めて隣の部屋をのぞきながらつぶやく。


「なんだろう、ガラクタ? 機械のスクラップみたいな感じだけど……。 なんかアンリちゃん、イメージと違う……?」


 雪菜の言葉に、後ろに右手をつきリラックスしながら浪が答えた。


「工具類やら置いてあるから直すのかもな。 機械いじりが趣味とはまた意外な……、つーかこれうちにあるゲームと一緒だな。 あいつもやるのか……」


「ちょっと時代を感じるけど、結構広い感じだね。 なんで二階上がっちゃダメなんだろ」


「さあな。 誰にだって見られたくないもんの一つや二つあるってことだろ」


 浪はあまり気にならないのか興味なさげにつぶやくと、雪菜がニヤリと嫌らしい笑みをうかべて尋ねる。


「へぇ……。 浪の家にもあるんだ、見られて困るモノ」


「あるぞ。 礼央が置いてって処分に困ってるモノが」


「……」


 予想外ながらとても納得のいく答えに雪菜は呆れて黙ってしまった。

 そんな会話をしていると、着替え終わったアンリが階段を下りてくる音がする。一同がキッチンの方へ目を向けると彼女が居間のガラス戸を開けた。


「待たせたわね。 とりあえず話を……、何? ジロジロ見て……」


 ぽかんとした顔で彼女を見る一同。家といいガラクタだらけの部屋といい、予想外の連続にもはや最初に持っていたいいトコのお嬢様的イメージは完全に崩れ去っていた。

 部屋着に着替えた彼女は、上下濃いグレーのフード付きスウェット姿。その手には買いだめしてあるのであろう、スーパーで50円くらいで安売りしているペットボトルの炭酸飲料を持っている。その姿には学校で小説片手に窓際で醸し出していた上品さは欠片も感じ取ることはできなかった。

 雪菜が気の抜けた表情で思ったことを正直に口にする。


「アンリちゃんって……、案外ルーズな感じなんだね」


「な、なによ……、別にいいでしょ。 それに服だけでルーズって決め付けないで欲しいわね」


「隣の部屋ガラクタだらけじゃん……」


 何気なく言った雪菜だったが、その言葉にアンリの表情がわずかに曇り、眉が動いた。


「……、ガラクタじゃないわ。 あの子達はまだ全然働ける。 それなのに新しいものが出たり飽きてしまったという理由で直せるのに捨てられてしまう。 みんなそれが当然だと思ってるのよ」


「あっ……、えっと……」


 予想外に真面目に返されてしまったためか、雪菜は戸惑って言葉に詰まってしまう。彼女の様子を見てはっとしたアンリは、慌てた様子でフォローした。


「あぁ、あなたを攻めてるわけじゃないの。 あの部屋の子達はいらないって人から集めた物で、修理してから欲しいって人たちにあげるのよ」


「へぇ……。 アンリちゃん器用なんだね。 すごいなあ……」


「そんなことないわよ……。 話が逸れたわね、本題に入りましょう」


 雪菜に褒められて若干赤くなったアンリは、一息つくと話題を切り替えた。

 居間の中央にある、季節柄今は布団のかけられていないコタツを五人で囲んで座り、話を始める。浪はSEMMでの乙部達とのやり取りを包み隠さず、全てアンリに話した。途中、時間線消滅のあたりでさすがに動揺を見せたものの、アンリは最後まで割って入ることはせず大人しく彼の話を聞いていた。


「つまり彼女を放っておけば、そのうちこの世界を消してしまう能力を使ってしまう……、と」


「そうだ。 そしてその未来予知能力者の力は絶対で、外れることは期待できないらしい……」


 表情を若干曇らせそう語る浪の言葉を聞いて、アンリはシロのほうを向いて問いかける。


「……、そうなの?」


「私はそんな力を使ったりはしない!! みんなが消えちゃうのに……、そんなことするわけない……、なのに……っ!!」


「でも、少なくとも一回は使ったんでしょ? そしてこの世界に来た」


「……、でもっ!! ……、っ……!!」


 反論しようとするも言葉が出ず苦い顔でうつむき黙ってしまうシロ。しかしアンリは気にするでもなく、難しい顔で考え込んでいる。そして腕を組んで睨むように見ている凛、手をついて少し困った顔の浪、少し険悪な雰囲気に挙動不審な雪菜の視線を受けながらゆっくりと口を開く。


「でもそれは……、未来予知のホルダーは前の世界でこの子の時間転移を止められなかったということよ。 そのホルダーの余裕そうな様子からして、多分向こうは最終的には止められる未来がわかっているんだと思う。 にも関わらず、その子はそれをかいくぐって時間転移をしてこの世界に来た……」


 アンリの言葉を聞いて、全員の顔に衝撃が走る。アンリはさらに自分の考えを語る。


「話を聞いてる感じ、時間線とやらの上で起こる事柄は基本的に毎回同じなんだと思うわ。 未来を知っている誰かが干渉しない限りは。 だから前の世界でも同じく未来予知のホルダーとのいざこざはあったと思うのよ」


 続けるアンリに対し、シロが口を開く。


「たぶん、そう。 ほのかに思い出せるの……。 時間的に今現在よりも未来のことを思い出せる事は少ないけど、前の世界の記憶も昨日以前にあたる記憶は所々思い出せるようになってきたの。 ……、あの子達とはもう何度も戦ってる。 その度に……、負けてる」


「どうやってその手を逃れたのかは覚えてないの?」


「……、それは今日よりもっと後の出来事だから、まだ……」


 シロの言葉に、再び考え込んでしまうアンリ。しかし明確な答えを出せるはずもなく、申し訳なさそうに口を開く。


「そう……、ごめんなさいね。 余計な首突っ込んでおきながら、私にはどうするべきかわからない……」


 額に手をつき悔しそうな彼女の様子に、浪は優く微笑んで返す。


「そんなことないさ。 お前のおかげで希望が見えた。 予知が外れるのかもしれない可能性がな。 そりゃ、結局シロが力を使っちまうんじゃダメだけど、そこは俺たちで止めるしかない」


 浪の気遣いにアンリも息を抜いて微笑み返した。

 話がひと段落着いたところで浪は片膝を立てて座り直すと話題を切り替える。


「さて、と……。 じゃあ次は『こっち』に話を聞かせてもらう番だ。 井上、ちょっとびっくりすると思うけど大丈夫だから安心してくれ」


 話しながら両手をコタツの方へかざす浪。事情を知らないアンリは不思議そうに首をかしげるのみだが、ほかのメンバーは焦って浪を静止する。


「ろ、浪!? エルのことまで教えちゃって大丈夫なの!? 一応部外者には秘密にしとけって乙部さんに言われてるんでしょ?」


「……、あの陰険メガネがどう言ったとかあたしはもはやどうでもいいが、雪菜には同意だ。 そいつの話すことはわざわざ聞かせる内容でもねえだろう」


 その言葉に、浪は真剣な眼差しを向ける二人を見つめ語る。


「……、エル自身が井上にも話を聞いてもらえって言ってるんだよ」


 ピクっと体を震わせ若干驚きを見せる二人に対し、さらに続ける。


「あいつ自身何考えてるかわからないところはあるけど、師匠の意思に逆らって俺達に味方してくれてるのは確かだし、信じたいんだ。 何より、あいつは誰よりも一番長いこと一緒に居る存在だからさ」


「……、分かったよ。 ま、ここまで話しちまった以上やっぱ話せないからあっち行っとけっつってもコイツは納得しないだろうしな」


 言いながら凛がアンリに目を向けると彼女は真剣な表情で頷いた。

 浪も同じく頷き返すと、再び手をかざして意識を集中させる。光が集まり、形を成していく。雪菜からしたらもう見慣れた風景だ。初めてエルの顕現を目にするアンリは驚くでもなく、真剣な表情でそれを見ていた。

 コタツの天板から5cm程の高さに顕現したエルは、ゆっくりと足をついて目を開くとアンリの方へと視線を送った。


「……、はじめまして。 私はミカエル。 みんなはエルって呼んでるから、あなたもそうしてくれるかな」


「……、ええ。 わかったわ。 よろしく、エル」


 エルの意味ありげな微笑みにアンリは一見友好的な返事をするも、その表情はよく見れば若干険しい。

 一同、予想以上に驚きの薄いアンリの反応に若干困惑している。先程大人しく時間線消滅に関する話を聞いていたことから、落ち着きのある子なんだな、という印象は持ってはいたのだが。


「あれ……? 思ったより驚かないんだな? ま、まぁいいか。 じゃあエル、話してもらおうか……。 SEMMにまつわる秘密とやらを」


 五人に囲まれているのがやりづらいのか、小さな羽を羽ばたかせテレビと反対側の壁に位置する一人がけのソファーの上へ移動すると、エルは全員の視線を一身に受けながら話し出す。


「じゃあ行くよ……。 突拍子もない部分もあると思うけど、信じて欲しい。 まず、SEMMを創始したのは三人。 そのうち二人は京都の折原支部長と……、乙部くんなの」


 いきなりの予想外すぎる発言に一同衝撃を隠せない。当然そんな話は聞いたことはないし、授業では折原支部長と名前も知らないよくわからない偉い人たちで立ち上げたと聞かされているはずだ。

 浪は思わず机に手をついて立ち上がりかけながら言う。


「はぁ!? 授業で聞いてたのと全然ちげーじゃねーか!!」


 浪を筆頭に全員が困惑の表情を浮かべる中、一同の中でもこういう場では相変わらず冷静な凛がエルに問いかける。


「京都の折原支部長が国防の偉いさんの親戚だかってのは聞いたことあるが、乙部もなんかあんのか?」


「ううん。 乙部くんは当時はただの大卒ニートだったよ」


「ニート……。 そんな奴がどうして国の機関の立ち上げに関わってくるんだよ」


 そんな特別な生まれでもないだろうとは思っていたが、予想をさらに下回る回答に呆れながらさらに聞く。


「乙部くんが関わってくる理由は、言ってみればただの偶然……、というか巻き込まれたといってもいいかな。 『三人目』の知り合いだったからだよ」


「へえ、じゃあその三人目の人が特別な人だったんだね。 国の偉い人?」


 少し納得したような雪菜の返事に、エルはまたもや予想外の答えで返す。


「そうでもないよ。 ただの日本に遊びに来てる外国人の女の子」


 SEMMといえば今国で一番重要な組織の一つだが、創始者の三人目はもはや日本人ですらなかった。

 なんだかまともなのは折原支部長ただひとりのみだ。

 全員が気の抜けた表情で、もう口を挟まずとりあえず聞いていたほうがいいのだろう、と悟った。


「ただ、特別な人ってのは間違いじゃないね。 彼女の名はクレア。 世界で最初にファクターに目覚めた人物だよ」


 エルのその言葉を聞いてもう何度目かという驚きを見せたあと、浪はふと思い出したように口を開いた。


「待てよ……、あいつSEMMは母親が作った物だからどうとか言ってたよな? それじゃ……」


 浪の推測にエルは頷いで答えると、さらに続ける。


「そう、彼女がレミアの母親であり、クレアはレミアの未来予知能力の上位互換とも言うべき力を持っていた」


 浪の発言から、母親というところまでは大体予想できた一同であったが、そのあとに続いた言葉の意図がいまいち掴めず、アンリが眉をひそめながら問いかける。


「絶対予知に上位互換なんてあるの? 仮に的中率が100%ならそれ以上なんてありえないじゃない」


「予知能力が上回っているというよりかは、絶対予知にさらにおまけが付いてるって感じかな。 クレアのもつファクターは、『目指す未来へ到達するための道筋を示す力』なの」


 エルの言葉に、一同の反応は予知能力との違いが分からず難しい顔の三人と、理解して驚きつつも納得している二人に別れる。理解した組のアンリは三人に軽く説明をした。


「つまり……、予知能力は何が起こるかがわかるけどそれを解決する方法は自分で考えなければいけない。 対してクレアって人は最初から一発で解決策を出せる……、って訳。 合ってるわよね?」


「そのとおり。 未来予知ほどの高位能力は命を削るの。 そう何度もこの方法もダメ、この手もダメってやってるわけには行かないんだ。 だからこそ……、クレアはこの件に関しての解決をレミアに任せざるを得なかった……」


 アンリの説明に全員なるほど、と納得したもののエルの最後の言葉の真意は掴めなかった。ただ、今の言葉を聞いてなんとなく感じていた予感が確信に変わった。とても気軽には聞けないそれを、浪が意を決してエルに尋ねる。


「その……、クレアって人はもう……?」


「うん……。 亡くなってる。 レミアを産んですぐに……」


 こういうところではしっかりと予想通りの答えが返ってきてしまう。言葉を失ってしまう一同であったが、エルは更に続ける。


「クレアが覚醒したのは始まりのアニマが来る少し前。 彼女の予知に従いそれを退けたけど、彼女はまださらに二つの驚異を観測した。 一つは時が経つにつれ出現するアニマが強力になっていった末に出現する『魔王』とも言うべきアニマ。 SEMMは来る魔王に備えて余命いくばくもないクレアが乙部くんに指示を出して折原支部長に接触させ、その協力のもと立ち上げた物なの」


「それが……、SEMM創設にまつわるヒミツ……。 じゃあ、SEMMを裏で動かしてる人物ってのは……」


 ここまで聞いてさすがに浪もわかっているのだが、念のため確認の意味を込めて問いかける。返ってくるのはやはり、予想通りの答え。


「そう、クレアが打倒魔王の為に描いたシナリオに沿って運営されているの。 そのシナリオでは、魔王を倒すのは六人の戦士。 シナリオを知っている者達は彼らを『運命の子』と呼んでいる」


「六人の戦士、運命の子……、か。 五連星とかその辺か? ちなみにそれが誰なのかは……」


 ダメもとで少しの期待とともに尋ねる浪だったが、エルは少し申し訳なさそうに笑って断る。


「ごめん、それは言えないんだ。 余計なこと言って期待させちゃったね。 それで本題なんだけど、もうひとつの驚異……、それこそがシロの事みたい。 クレアはもうひとつの驚異について『娘が何とかするから邪魔をしなければ大丈夫』とだけ言って教えてくれなかったの。 ……、乙部くんや私が非情になりきれず失敗するのが分かっていたのか、それとも一般人の女の子をSEMMが手にかけるという行為に問題があるからなのか……。 でも、レミアが出てきた以上間違いないよ」


「そう……、か……。 とりあえずしばらく厄介になって対策を考えるしかないな。 迷惑かけて悪いな井上」


 かすかながら希望の光は見えてきたものの、具体的な案はそうそう出るはずもなくふう、と息を吐くと浪は申し訳ないような表情でアンリに話しかけた。

 対するアンリは今までのように気にするなと流すかと思いきや、右瞳を閉じ困ったような表情で笑いながら答える。


「まあそれはいいんだけど……、四人かくまうとなると実際問題コレがね……?」


 そう言いながら彼女は右手のひらを上にして親指と人差し指で円を作る。シロ以外の全員がその意味をすぐに理解し苦笑いで反応する中、凛がスクールバックを探って財布を取り出し一枚のカードを出す。


「正確にはわからんがそれなりの額が入ってるはずだ。 これでしばらくは持つだろ。 ま、問題は誰が買い物行くかだがな」


「どうして? どっちにしろアンリちゃんにお願いするしか無くない?」


 指名手配まがいのことをされている以上確かに四人が外を出歩くのは危険であるため、雪菜の意見はもっともだ。しかし、相手が相手なだけにそうもいかないのである。


「相手の力を忘れてねえか? 未来が見えるならすぐに居場所はバレる。 相手が仕掛けてこれねえ……、人目の多い場所で、しかも一般人に見つからないようにしなきゃならねえ。 あたしらが手配されてるのを知ってる奴に見つかったらアウトだからな。 シロをここに残しておくのは若干不安だが……、連れていくってのもな」


「今のところ相手が人前で堂々と攻めて来られないのがせめてもの救いってことか……。 でもそれも時間の問題だ……」


 浪と凛が難しい顔で唸っている中、エルが割って入る。


「外の用事はシロに変装させてアンリ付き添いで行ってもらうよ。 それが多分一番安全」


「……、どういうことだ? こいつを付き添わせたところで襲われた時に何の抵抗もできねえだろうが」


 話を聞いた凛が訳のわからない様子で眉をひそめて聞くが、他の面々も頭に疑問符が浮かんでいる様子だ。ただひとり、何故か指名を受けたアンリを除いて。

 エルはその質問に真面目な表情で返す。


「理由は、言えない。 ごめんね、話せることは全部話したいんだけど、すべてを話すと私以外の人にも迷惑がかかっちゃうの。 でも間違いないと思う」


「……、わかった。 井上……、わけわからないと思うし、シロが狙われてるってこともあって不安だと思うけど……。 頼めるか?」


 なぜ彼女がここまで自分たちに協力してくれるのかはわからないが、今のところ彼女の厚意に甘える以外に手はない。先程から終始申し訳なさそうな浪にアンリはため息を一つつくと微笑みながら返す。


「さっきから気にしすぎよ。 そんな辛気臭い顔されてるとこっちまで疲れちゃうわ。 少しは希望が見えたんでしょ? だったら今ぐらい肩の力抜きなさい。 いざって時に倒れるわよ」


「悪い……、いやここは、ありがとうって言っとくべきか。 しばらく厄介になる。 家事はできるだけ手伝うよ」


「そう? 普段あまり手の込んだ料理とかしないから手伝ってもらおうかしら。 その前にとりあえず、服買ってこないとね。 ずっと制服のままでいるわけにもいかないでしょ。 とりあえずシロさん? には私の服と帽子とマスクで顔隠してもらうわね。 できるだけ近い所って言ったらあまり大きいショッピングセンターもないし、男物なんてよくわからないから趣味悪くても文句は無しで頼むわよ」


「お、おう……。 常識的な範囲で頼むわ……。 悪い黒峰、全部終わったら返すから、金借りてもいいか? カード持ってきてないんだ」


 若干不安な浪だが、どっちにしろアンリに任せるしかないと覚悟を決める。手持ちがないため今は一同、凛の預金に頼るしかない状態だ。 浪の頼みを快諾すると、凛はさらに付け加える。


「気にすんな、どうせ金なんかあっても使い道ねえしな。 あと井上、あたしの分も頼んでいいか? 動きにくいったらありゃしねえ。 動きやすそうな服だったらそれこそ何でも構わねえからさ。 カード渡しとくわ。 番号は1123。 単純で覚えやすいだろ?」


「あまり分かりやすい番号はやめた方がいいらしいわよ......。 そういえばサイズあるのかしら? 最悪男物でもいい?」


「まあ気にしねえよ。 服なんて隠れるとこ隠れてりゃ何でも同じだろ」


「あなた本当に女子高生なのかしら……?」


 呆れ顔でそう言うアンリも大概な服装なわけであるが。

 その後外出用に下だけデニムに履き替えたアンリは、しばらく考えた後フード付きの黒いパーカーと赤いチェックのスカートをシロに着せ、キャップをかぶせたあとさらにパーカーのフードをかぶせて顔が少しでも見えにくくなるようにした。マスクをつけていることも加えてなんだかやんちゃな不良中学生のような見た目だ。


「じゃあ行ってくるわね。 ああ、そうだ。 携帯の番号。 何かあったら連絡取れるようにね」


「ああ、ここ入れてくれるか? ……、サンキュー。 じゃあ、気をつけてな」


 浪から携帯を受け取り連絡先を入れると、アンリはシロを連れて玄関を出ていった。


「エルはああ言ってたけど……、大丈夫かな?」


「どっちにしろ家から出なきゃいけないことはあるからな。 あいつなりの根拠があるって言うなら……、信じよう」


 残った三人は玄関で二人を見送ったあとも不安を拭えない様子であるが、今はとりあえず信じて待つしかない。しかし彼らが居間へと戻った頃、アンリの家から川を挟んで向かいの公園の木の上から、川沿いを歩く二人を見つめる人物の影があった。


「今は手を出すな……、か。 さて、どうしたものか……」


 冷たい視線を向けるその人物は、一見端正な顔立ちの女性のように見えるが実は違う、一同の見知った人物。SACSのロゴの入った黒いシャツにジーンズ姿で腰のベルトに二本のナイフを刺した翔馬であった。

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