第17話選択と意思

 ゆっくりと翔馬の方へと歩みを進めていく龍崎。その姿を構えを取ったまま睨んでいた翔馬がゆっくりと口を開く。


「どうしてここにいるのがわかった?」


「黒服二人をつけさせてもらったんだよ。 四人が家を抜け出した時に追いかけたんだけどこのあたりで見失っちゃってね。 間に合ってよかった」


「お前の力でシロを守れるのか? やるだけ無駄だろ」


「君の任務はシロちゃんをSEMMまで連れて行くことだ。 今ここで命を奪うわけにはいかないだろ。 それとも担いで逃げるつもりか? 当然彼女も抵抗するだろうし、俺も人一人担いだ君をみすみす逃がすつもりはない。 そもそもそんなことできるパワーもないだろう」


「本気か? ……、俺に勝てると思ってんのかよ?」


「何言ってんの……、一回も決着付いたことないじゃん。 ……、いい加減どっちの方が強いのか決めたいと思わないか?」


 ニヤリと微笑んで挑発的に言う翔馬に呆れ顔で返した後、凰児も同じように不敵に微笑み返す。

 くくくっ、と笑いが漏れでた翔馬は再び構えると真剣な表情になって答える。


「いいぜ、33戦33分けに白黒つけようじゃねーか」


「決まり、だな。 そういうわけだから、みんなは手を出さないでね。 ……、正直守りきる自信がない」


 遠まわしに足でまといだと言われたことに言葉に詰まる一同だが、返す言葉もない。

 ラックの山から抜け出してきた凛が三人に合流し見守る中、SEMM愛知支部所属のホルダー中現トップの二人の戦いが幕を開ける。

 最初に動いたのは翔馬の方だ。

 一瞬で距離を詰めると、風のごとく縦横無尽に駆け回りながら数秒のうちに目にも止まらぬ数の斬撃を叩き込む。

 一方の凰児はひたすら耐えながらもチャンスを伺っている。とは言っても、ダメージを負っている風には見えず、普通の人間がただ風が強い日に鬱陶しいなぁと目を細めながら腕で顔を覆っているようなのと変わらないくらいの様子であるが。

 そして翔馬が再び接近するタイミングを見計らうと右拳を振り払うように殴りかかり、翔馬はすれ違いざまにギリギリのところで体をねじって回避しそのまま凰児の後方に着地する。

 目にも止まらぬ攻防の後、しかし両者ともにダメージはほぼ無い。振り返ると凰児は若干呆れたように口を開いた。


「やっぱりこうなるか……。 俺の方からどうこうすることはできないから、出来れば君に攻めて来て欲しいんだけど。 君も前に試合した時より成長してるはずだ。 負けられないこの状況で勝負を受けたってことは勝算はあるんだろ?」


「ま、このままやっててもお前は攻撃当てられれば勝てるかもしれないけど、俺は当てても効かないって時点で分が悪すぎる。 俺が捕まるのが先か、お前が倒れるのが先か……、ってわけだ。 行くぜっ!!」


 距離を詰めた翔馬は先程までと同じように攻めるのかと思いきや、正面から風の力を込めたナイフで三連撃を繰り出す。凰児は衝撃波を伴うそれを腕で受け止めると腕を伸ばし掴みかかる。翔馬は空を蹴りバックステップで回避し、一瞬溜めを作りナイフを薙ぐとひときわ大きな風の刃を発生させる。

 強大な風圧とともに斬りつけるそれは、凰児の防御を破り彼の胸に斜めに傷を刻んだ。すぐにどうこうという傷ではないが、放って置ける出血ではない。このまま翔馬が逃げに徹すれば終わりか。戦況を見守っていた浪と雪菜が表情を曇らせるが、しかし凰児の胸の傷口はボコボコと軽く気泡を発しながら一瞬のうちに消えてなくなった。

 何事もなかったかのように胸元をパンパンと払う凰児の姿に二人は驚きを見せているが、何やら凛は知っていた様子である。


「龍崎のファクターに高速治癒能力が付いてるのを知らなかったのか? まあ、あいつに傷を付けられるやつがそうそういなかったし知らなくても無理はねえか」


「なんで凛ちゃんがそんなこと……?」


「あの日以来訓練という名目で龍崎にはよく喧嘩売ってるからな」


「ああ……、なるほど」


 凛の言葉に若干呆れ顔の雪菜。翔馬に一撃で決着をつけられる火力があるとは思えない。自己修復もあるならば凰児の方がかなり優位であるだろう。だが、凛は表情を曇らせて続ける。


「だが、治癒は結構な力を使うはずだ。 あいつの耐久力は残り魔力に比例してるってこの間聞いたんだが、防御力のブーストや高速治癒を多用して魔力を使いすぎると基礎防御力が落ちていく。 そうすれば、さっきまで耐えられた攻撃にもブーストかけなきゃ耐えられなくなってどんどん無駄に魔力を消費していく。 そのまま残りがゼロになっちまえば一般人と同じだ。 ブーストや治癒を使わざるを得ない相手である以上ダラダラやってるわけにもいかねえだろうな」


 二年生組が見守る中、二人が再び動き出す。翔馬が次は凰児の右横へ周り込むが凰児はそれを見極め腕をクロスさせ繰り出された二発の衝撃波を防御、さらにその後踏み込んで殴りかかるも翔馬は瞬時に背後に回り無防備な背中に更に二連撃を叩き込む。距離をおき一拍置いた後に再び距離を詰めようと構える翔馬に、一見劣勢に見える凰児はふう、と息を吐く。風の刃をもって再び斬りかかる翔馬に、凰児は防御の構えを取るでもなく、ぐっと肩を前に出すとタックルをかまし、それを見た翔馬は慌ててナイフで受け止めるような構えをとった。

 いかにスピードがあろうと正面からぶつかり合えばどちらが勝つかは誰でもわかる。自転車が全速力で象か何かに突撃していっても吹っ飛ばされるのは自分の方だ。逆にスピードがついていたこともあって盛大に吹っ飛ばされた翔馬であったが、上手く地面を転がるように受身を取りなんとか立ち上がる。しかし衝突時に受けたダメージはそれなりだ。


「その傷じゃ若干動きに支障が出るんじゃない?」


「お前こそ今のタックル俺の一撃を正面からぶち破るつもりでブーストかけながらかましたろ……。 傷の治癒も含めて結構な力を使ってるはずだ。 ……、どっちが勝つにしろようやく決着が付けられそうだな……」


「そうだね。 どちらにせよここで長々戦ってるのもお互いに不都合だ。 ……、次で終わらせる」


「……、上等だぜ。 やって……、みなっ!!」


 そう言って姿を消すと、翔馬は凰児の周囲を駆け回る。しかし今までのようにすぐに攻撃には移らない。凰児の視線を読みながら右上から一撃、さらに吹き荒れる風の如く縦横無尽に駆け、拳を空振った凰児の左脇から一撃。先程までは効かなかったその攻撃は、防御力の落ちた凰児の体を僅かに裂いていく。


「ちっ……、このまま耐久力を削ってさっきの一撃で落とす気か……。 このままじゃ翔馬の体力切れより俺の耐久力が落ちる方が早いな。 勝負に……、出るか」


 つぶやくと凰児は僅かに防御ブーストをかけ、翔馬の軽い攻撃を完全にブロックできる状態を維持する。手応えがなくなったのを感じた翔馬は魔力を強め、先程と同様風の刃をもって凰児に斬りかかる。

 先程と同じ展開かと思いきや、凰児はまともに防御するつもりも攻めるつもりもなかった。凰児の体に傷がひとつつくだけかと思いきや、翔馬のナイフは受け止めた凰児の前腕部に深々と突き刺さり貫通していた。

 激しい出血を伴うであろう傷は勝負を左右しかねない。見守る一同はその一撃に目を奪われつい表情を曇らせるが、凰児と対峙している翔馬はいち早くその違和感に気付いた。いくら少し耐久力が落ちているとは言え、こんなに簡単に刃が通るはずがない。本能的に離れようとするが、ナイフは凰児の前腕に刺さったままびくともしない。


「受け止める瞬間だけファクターを解いたのか……っ!?」


「すぐに手を離すんだったねっ!!」


 言いながら拳を振り下ろす。一瞬の動揺から回避が遅れた翔馬にそれを避けることはできず、左頬からモロに喰らい地面へと叩きつけられてしまう。痛みをこらえすぐ立ち上がろうとする彼の髪を凰児の足が地面へと押さえつける。


「っ……!! 随分えげつないことするじゃねーの……」


「悪いね。 もうこっちも遠距離からの攻撃でもダメージ受けるくらい弱ってるんでね……。 距離を取られると困る。 初白星は頂いたよ……、と言いたいところだけど。 ……、君本気でやってなかっただろ?」


 凰児の言葉にしばしの沈黙のあと、弱々しい声で翔馬が答える。


「俺はどこかで……、負けることを望んでいたのかもしれないな」


「君はやっぱりシロちゃんのことを……」


「……、だけど……」


 凰児は翔馬の心を察し、目を伏せがちに悲しそうな様子を見せた。しかしうつむいたまま唇を軽く噛むと、翔馬は小さく呟いたあと一気に風の力を貯め解き放つ。


「俺は……、本気だ!!」


「なっ!? しまっ……」


風の刃は、完全に油断しきっていた凰児の体を袈裟斬りにするように裂いた。凰児の油断は、翔馬の負けたかったという言葉が完全に演技ではなかったからこそであろう。凰児が胸を押さえ後ろへよろけたことで自由になった翔馬がナイフを突き出す。一瞬にして形勢逆転だ。


「悪いな。 お前との決着をこんな不意打ちみたいな真似で台無しにはしたくなかったが……。 俺はどんな手を使っても勝たなきゃならない……。 しばらく寝ててもらうぞ」


「くっ……」


 ナイフに風をまといジリジリと距離を詰める翔馬。胸の傷は治癒させたものの、もはや凰児に戦う力は残ってはいない。非情に徹しようとしている翔馬だがしかし、ためらいがあるのか歯を食いしばるような苦い顔にも見える。そのまま彼がナイフを振りかぶったとき――


「やめてっ!!」


 叫び声と同時にシロが翔馬の方へと出ていく。ほかの三人が驚いて目線を送る中、普段の彼女らしからぬよく通る声で叫ぶように訴える。


「もう……、これ以上誰かが傷つくのなんて見たくない!! 私が行けば、もう誰も傷つかずに済むんでしょ!? だったら行くから……。 だからお願い……。 これ以上……、仲間を……」


 体は最初から若干震えていた。言葉も次第に震え、ついには泣き出してしまうのではないかというほどだ。それでも気丈に自らを差し出そうとする彼女の姿に、そして自分を見つめる瞳に翔馬は言葉を失い気圧されてしまう。

 そして今回その一瞬を見逃さなかったのは浪だった。ほとばしる閃光が翔馬の頭上より轟音を立てて落下する。SEMM支部内の時と同様、完全に気が動転している翔馬は避けることができなかった。


「くっ……あっ……!!」


「悪いねっ!!」


 弛緩して動けない翔馬の懐に入った凰児が拳を握りとびきりの一撃をみぞおちへと入れる。先程からのたび重なるダメージに、元々さほど頑丈ではない翔馬は気を失ってしまった。

 一同は崩れ落ちる翔馬の横に立つ凰児のもとに駆け寄った。


「先輩……、ありがとうございます。 助かりました」


「お礼は礼央に言っておくんだね。 彼の言葉がなければ中立を貫いていたかもしれない」


「礼央がっすか?」


「君たちに直接力を貸せないもどかしさがあるんだろうね。 普段おちゃらけてる彼にあんなに真剣に頼まれたら断れないよ」


 凰児の言葉に浪は少し驚いた表情を見せるが、どことなく嬉しそうでもあった。


「あいつ……。 でも、先輩のおかげで助かったのは事実っすからね」


「まあ、じゃあ素直に感謝されておくよ。 ……、早めにここを離れたほうがいいな」


「そっすね。 ……、それにしても確実に終わらせるつもりならここで攻めてきてもおかしくないもんなのに……。 妙っすよね」


「まあよくわからないけどそうせずにいてくれるなら都合がいいよ。 それと俺も全部は把握してないからあとで説明が欲しいかな」


「うす。 それじゃみんな、とりあえずここを離れよう」


「浪と凛ちゃんの武器を持ってきておいたよ。 そこの入口に置いておいたから」


「まじすか!! 助かります」


 出入り口の床に置いてある武器を持って廃工場を後にする一同。


「翔馬……、ごめんね」


 シロが後ろを振り返り、意識を失っている翔馬に目をやってポツリとこぼした。



 廃工場での一戦のしばらく後、SEMM愛知支部の支部長室に翔馬と乙部の姿があった。先ほどの件についての報告をしたあと翔馬は顔を伏せ、言葉も出ない様子だ。彼からの報告を受けた乙部が小さくため息をつき、口を開く。


「二度も同じ手を食うとは君らしくもないですね……。 いや、彼女がそれだけ君にとって特別であったということでしょうか」


「すいません……」


「いや、いいんです。 今回は私の人選ミスでした。 この件については別の方へお任せします」


「っ……」


 本来シロのことをほかの誰かに任せるのは不本意であるからこそ、任務を受けたのだ。しかし同じ失敗を繰り返すだけだと分かっているからこそ、何も言えない。唇を噛む彼に対し乙部が続ける。


「今は何か体を動かしていたほうが気が楽でしょう。 実はあなたが出ている間にちょっと色々ありましてね。 調査任務をお願いします」


「調査、ですか?」


「ええ。 妙な魔力反応が出た場所がありまして……。 シロちゃんの時の反応に比べれば小さいものの一応調査はしておくべきだろうと思うのですが、今は多くの人数を割くことができないので……。 翔馬くんでしたら一人でも問題ないでしょう」


「はあ……、まあ……」


「今日はもう遅いので明日で大丈夫です。 今日は一度休みなさい」


 乙部は席を立ちすれ違いざまに翔馬の肩を叩くと部屋を後にした。


「結局俺が……、俺だけがなんの覚悟もできてない。 中途半端な気持ちであいつらの前になんて立てない……。 でも、このまま終わっちまったら俺は……っ。 どうすりゃ……、いいんだよ……っ!!」


 天井を見上げ悔しそうに拳を握る彼の目には、うっすらと涙が滲んでいた。

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