第13話何かを守るために

 カレイド=フォーゼス襲撃より一夜明け、次の朝。十分な処置を受けたものの、念のため安静にしているのか二年二組の教室に雪菜の姿はない。

 珍しくHRの時間よりだいぶ早く教室へ来た担任の薫は、あらかじめ少し早く来てくれるように言っておいた浪たちを連れて職員室へと向かった。彼の他に礼央と凛、シロも一緒だ。薫は少し心配そうな面持ちで教え子たちへと事情を尋ねた。

 担任教師として、生徒の身に起こった事を知っておきたかったのだろう。


「済まないな、お前たち。 危険な奴がうろついているのなら把握しておかなければならんしな……。 で、その場にいたのは……」


「あたしと……、あとはこのちっこいのか。 まああたしは途中から来ただけだからよくわかっちゃいないんですけど」


「SACSから手配されてる手配犯だったか? とりあえず生徒たちに特徴を共有して呼びかけておかないとな。 ああそうだ、氷室はどんな様子だ? ひとまずは心配いらないという話は聞いているが」


 薫の質問に凛に替わって浪が答える。


「怪我の方はなんとか大丈夫そうなんすけど、ちょっと心が落ち着くまで時間がかかるかも知れないっす……。 なんせ、少し間違えば死んでもおかしくないような状況だったんすからね」


「そうか……。 一刻も早く確保してくれることを願うな。 とりあえず問題の人物を見たのは黒峰と新堂妹だけというわけか」


「いや、妹じゃないっすけど……」


「そんなようなものだろう。 黒峰、とりあえず特徴を教えてくれるか?」


 薫の言葉に凛は頷くと、ざっくりとカレイドの人相を伝える。薫は情報をメモすると、小さくため息をついて席を立った。


「ありがとう。 今日は早めにHRを始めるか。 手間を取らせたな。 さ、教室へ戻ろう」


 メモを取り終わると薫は礼を言い、一緒に教室へと戻る。

 HRが終わりそのまま授業を受け昼休み、四人は浪の机付近で再度集まり昨日の話をしている。礼央だけは昨日連絡を受けておらず、イマイチ状況を飲み込めていないようだ。説明を求める彼の顔は、若干不満そうな表情にも見える。


「で、とりあえず何があったのさ? 突然雪菜が怪我して休むとだけ伝えられてワケわからない状態なんだけど」


 礼央の言葉に、凛が足を組んで座りながらこちらもやや不満そうに答える。


「あたしらもさっぱりだよ。 手配犯に襲われる心当たりも誰もねえしな。 そういや新堂、あのあと服部のやつはどうしたんだ? 何か知ってるとしたら奴か支部長だろうが……」


 若干のいらだちが含まれる凛の言葉に対し、なぜか浪は俯いて一瞬言葉に詰まる。一同が訝しげに視線を送ると、彼はゆっくりと口を開く。


「あいつ、昨日帰ってきてないんだ……。 連絡もつかないし……。 昨日俺が着く前、SEMMで何があったんだよ?」


「なんだと……? とりあえず、あいつが事件の数分前に任務か何かで一人で出かけたのは知ってるか? それがカレイド関連なんじゃねえかって問い詰めたんだ。 そしたら支部長と二人してはっきりしない態度だったもんで、何か事情を知ってんじゃねえかってな。 服部とカレイドのいざこざに雪菜が巻き込まれたのかもしれねえ」


「あの二人が隠し事してるってのか?」


「何かを隠してるのは確かだ。 信じられないんだったら龍崎にも聞いてみな。 そのうち話すとは言ってたが、信用できるか怪しいもんだ」


 信頼していた二人に隠し事をされていたことがショックだったのか、しばらく言葉を失ってしまう浪だったが、そこはなにか事情があっての事だと信じて小さく頷き、話す。 


「……俺は、二人が何も理由なく隠してるわけじゃないと思う。 でも、そのせいで雪菜が怪我したんだとしたらこのままほっておくこともできない。 今日改めて聞いてみるよ。 話してくれないかもしれないけど、自分で動かないと納得はできない。 それに……」


「それに?」


 含みのある浪の言葉に訝しげに聞き返す凛。


「いや、いいんだ。 とりあえず学校終わったら雪菜の見舞いも兼ねてSEMMに行こう」


 授業が終わると一同集まり、SEMMへと向かう。部外者の礼央は詳しい話に参加することはできないだろうが、雪菜の見舞いのため一緒についてくることになった。

 自転車で走ること二十分少々。SEMM支部へ到着した一同は事件後雪菜に会えていない礼央に気を使ってか、先に医務室へと向かった。

 SEMMの医務室は二階の右奥にあり、病院の個室のようなものが二部屋、計八個分のベッドがある。負傷した隊員はここで処置を受けたあと休んだりするのだが、泊まりがけの入院になることはそうそうないようで、ベッドの使用者は現在雪菜のみだ。

 病室のドアが開いた瞬間、ベッドに座ってぼーっとしていた雪菜が嬉しそうに反応した。


「あっ、礼央!! お見舞い来てくれたの?」


「まあね。 大丈夫? 思ったより元気そうだね。 浪からちょっとへこんでるって聞いてたんだけど」


「意識なくなって起きたらベットの上って感じだったから……。 思い出すと怖いけどさ……。 考えないようにしてる」


「そっか……。 あんまり無理しないようにね」


「うん、ありがと。 怪我自体は浪と初めて一緒に戦った時とかより全然大したことないし、毒の影響も消えてるみたいだからもう帰れるみたい」


「まあ大きな怪我じゃなくて安心したよ。 どうする浪、支部長さんと話してくるなら僕たちここで待ってるけど」


 ベッドに座る雪菜の向かいにある、来客用のパイプ椅子に座りながら気を使ってそう言う礼央だったが、それに答えたのは浪ではなく雪菜の方であった。


「……、ごめん礼央。 せっかくお見舞い来てくれて悪いんだけど、支部長のところ行くならあたしも行きたい。 伝えたいことがあるの」


 雪菜が突然真剣な顔をして申し出たことに礼央含め一同、一瞬目を丸くして少し驚くも礼央が快く承諾する。


「そっか、いや気にしないで。 僕は話が終わるまでエントランスで待ってることにするよ」


「ごめんね、ありがとう。 それじゃ皆……、行こっか。 その前にちょっと着替えていいかな?」


 白い病院着の雪菜が私服に着替えるのを待ち、一同は支部長室へと向かう。途中、エレベータで礼央と別れ目的の部屋の前まで来ると。先頭の浪が静かにノックし声をかける。


「師匠、俺です。 聞きたいことがあって来たんです。 ……、入りますよ」


「……、いいでしょう。 お入りください」


 中から乙部が低い声で返事をする。ゆっくりとドアを開くと、デスクに乙部の姿があるが、その傍らになぜか緋砂の姿がある。乙部の右側で立っている彼女は、少し暗い表情でうつむき黙っている。

 意外な人物の姿に、妹である雪菜が反応した。


「お姉ちゃん? なんでここに?」


「……、本部からの機密情報の伝達のためさ。 漏れないように支部長が幹部のみに口頭で伝えてるのさ。 私も一応事務関係をまとめてる立場だからね」


「そうなんだ、あたし達入って良かったの?」


「……、特例であんた達にも聞いてもらうことになる。 ごめん……、私にはどうすることも……っ」


「どういうこと……? なんでお姉ちゃんそんな辛そうな顔してるの……?」


 訳がわからないといった表情で不安そうな雪菜だが、ほかの面々もどこかそわそわして落ち着かない様子だ。顔の前で手を組み黙っていた乙部が静かに口を開く。


「……、昨日あった出来事について聞きに来たのでしょう。 本部の方針が決まったので、今日はむしろ話さなくてはいけなくなりました。 上の方は反対するでしょうが……、何も話さずにというのはいくらなんでも私にはできません」


「だから何の話ですか……。 言いづらいことなんすか……?」


「ええ、そうですね。 氷室さん、あなた達が襲われた理由なんですが……」


 言いよどむ乙部は、どこか表情が掴めない。そんな彼の言葉を、雪菜が予想外な発言で遮る。


「シロちゃんを……、狙ってきたんじゃないんですか?」


 若干鋭い目つきでそう言い放つ雪菜に一同驚きの表情を見せるが、一番驚いているのは乙部と緋砂であった。彼らの反応こそが、その予想が的中していることを物語っていたのだが、どうして雪菜がそう考えたのか。誰もが思っている当然の問を乙部が返す。


「……、どうしてそう思うのですか?」


「シロちゃんがあたしをかばって戦ってくれてる時くらいに意識なくしたんですけど、あの男その時に『本来の目的を果たす』みたいなこと言ってたんです。 だから、シロちゃんが狙いだったのかもって伝えようと思って今ついてきたんです。 でももう、二人共それを知ってるんですね」


 淡々と説明していた雪菜だったが、最後の一言はなんだか睨むような表情で言い放つ。


「……、騙していたわけではないんです。 昨日の時点ではまだ話していいものか判断できなかったので」


 ため息混じりに話す乙部の声はどこか疲れているというか、悲しそうにも聞こえる。雪菜の言葉に対して新たに沸いた疑問を、浪が答えを知っているであろう二人に向けて問う。


「で、なんでシロを狙ってきたんすか? 知ってるんでしょう。 もう勿体つけてないで全部話してください」


 若干強めに言い放つ浪。乙部はふう、と息を吐くと観念したように話し出す。その内容は、その場にいる緋砂以外の全員の言葉を失わせるにたるものであった。


「シロちゃんのファクターは未来予知ではありません。 その子の力は……、三つの禁術指定魔術の一つ。 ……、時間転移です」


 乙部はシロの方を真っ直ぐに見つめ言い放つ。しばし驚愕のあまり全員が体すら動かせずに固まってしまうが、凛が疑問に思って口を開いた。


「禁術……、だと!? だ、だがSEMMが保護しようとするならわかるが、なんでそこで手配犯が出てくんだ!? あの野郎にゃこいつがどんなファクター持ってようが関係ねえだろう」


「とある人物に依頼されたのですよ。 シロちゃんのファクターの危険性を理解する人物にね。 もっとも、詳しい話を聞いているのなら、シロちゃんの命を狙ったのも彼自信の意思であったかもしれませんがね」


「危険……? 時間転移したところで別になんも変わらねえだろう。 そっから世界が分岐してパラレルワールド、だっけか? そんなようなもんが出来るだとか……。」


 凛が額を抑えながらうーん、と唸るように話すと、乙部は少し呆れたような声で続ける。


「並行世界説、ですか……。 甘えた考えだ。 なんの犠牲も払わずに世界を変えようなんて、そこまで上手く出来てはいませんよ」


 厳しい言葉で返された凛がムッとして言い返そうとするが、浪が手でそれを遮る。その後ろで立っているシロは、なんだかさっきから少し不安そうな表情で自身の体を抱きしめるように腕を組み、小さく震えている。彼女の肩に手を沿え、雪菜が大丈夫、と励ます中浪が変わらず厳しい顔で問い詰める。


「だったらどうなるって言うんすか……?」


「聞く覚悟が……、ありますか? 後悔すると断言しましょう」


 依然表情の読めない乙部の不穏な言葉に息を呑みつつも、浪はぐっと覚悟を決めて小さく頷くと強く言った。


「……、お願いします」


 まっすぐ自分を見つめる彼の瞳に覚悟を悟ったのか、乙部はゆっくりと話し出した。


「……、いいでしょう。 まず、時間転移が起こった際に何が起きるかについては諸説あります。 一つは黒峰さんの言っていた並行世界説。 これは、まず時間の流れを一本の線とし、人物Aが元いた時間を点1、過去方向へ転移した先を点2としましょう。 その点2より後ろが元の点1につながる線1と未来が変わった線2へと分岐し、線1の世界には特に影響が起きない。 これが並行世界説です。 ここまではいいでしょうか?」


「えーと……、まあなんか良く漫画とかにも出てくるんでなんとなくわかります」


 浪が理解しているのか微妙な難しい顔で答える。後ろの雪菜はさっぱりといった様子だが、凛はなんだかんだ理解しているようだ。続けて乙部が説明する。


「重要なのはここからです。 もうひとつの仮説、それは『時間線消失説』と呼ばれています」


「時間線……? さっきの説明の線1とかいうのすか?」


 相変わらず難しい顔の浪だが、意外と理解はしているようだ。


「ええ。 しかしこちらの説では時間転移が起きたとき、分岐はしません。 転移した先である点2より先の元の時間線は消滅し、点2から新しい線が伸びていく形となります。 よく言う時間的矛盾なども起こりません。 転移先より後の世界は無かったことになり、全て消えてしまうのですから」


 さらりと説明する乙部だが、言っている内容がどれだけまずいことなのかを凛は瞬時に理解し、少し遅れて浪が理解する。二人の顔が順番に、わかりやすく青ざめていく。


「消、滅……? 今俺たちのいるこの世界が、消える……?」


「そうですね。 点2より前にいる私たちは無事ですが、今ここでこうして息をしている私たちは居なかったことになってしまいます」


「で、でもなんで!! どっちの仮説が正しいかなんて確かめようがないじゃないすか!!」


「……、未来予知のホルダーが別にいるんですよ。 それがカレイドの雇い主であり、SEMMへ予知の正確さを証明するいくつかの予知とともにシロちゃんがいつかファクターを使用し世界を消滅させる未来を視た事を伝えてきたのです。 私も送られてきた資料に目を通させていただきましたが……、疑う余地はありません」


 一呼吸置いて説明を続ける乙部の言葉はわずかに悲しみをはらんでいる。

 先ほどまで読めなかった乙部の表情が、今は声を聴いているだけで容易に想像することができてしまう。絶対予知と言われても正直信じられないが、彼の様子を見ればそれが間違いないことなんだろうと痛感できる。

 もう返す言葉が見つからなくなってしまった浪は青ざめたまま黙ってしまう。雪菜とシロもあまりにも残酷な現実に不安な顔で身を寄せ合っている。そんな中一人、これからの展開を冷静に予想したうえで凛が口を開く。なぜか若干身構え、いつでも戦闘へと入れる体勢だ。


「で……、その予知とやらが本当で、それをSEMMが信用しているってんなら……。 どうするつもりだ?」


「……、決まっているでしょう。 SACSの業務内容を知っていますか?」


「っ!! おいテメェら!! 行くぞ!!」


 乙部の言葉の意味を理解した凛は、踵を返すと雪菜の手を取って急いで出入り口の扉のほうへ走っていく。


「ちょ……、凛ちゃん!?」


「わかんねえのか!! あいつはそのちっこいのを……。 いいから来い!! お前ら二人もだ!!」


 しかし半ば無理やり気味に雪菜を引っ張っていった凛は、扉の前で急に吹き付けた向かい風に顔を覆ってしまう。薄く目を開くといつの間にか扉が開いておりそこには今一番会いたくない、というか凛の一番恐れていた相手が、開いた扉に寄りかかりうつむき気味に立っていた。


「SACSの仕事内容は……、ホルダーによる脅威の排除だ」


「服部……っ!! やっぱりテメェ知ってやがったな……!? そこをどけっ……!! さもなければ……」


「俺だって本当は……っ!! でも俺にはSEMMを裏切るようなことなんて……」


 奥歯を強く噛み弱音を吐く翔馬。その声は目の前の凛にしか聞こえないくらいの独り言のような大きさであった。翔馬の葛藤を知ってか知らずか、乙部が静かに立ち上がり無慈悲な指令を下す。


「SACS一級隊員服部翔馬、支部長乙部栄一郎がSACS課長よりの任務を改めて伝えます。 反乱分子を制圧し、目標……、時間転移能力者を捕らえなさい」


 もはや誰もが分かっていたこと。しかし、改めて言葉として耳にすることで確かな絶望感がその身を支配する。しかし、冷静でいられないのはシロ側の四人だけではなかった。おびえた瞳で自分を見るシロに翔馬も思わずたじろいでしまう。

 この場で最も必要とされたのは冷静さ。せめてもの救いか、乙部の言葉に一番冷静でいられたのはシロと関わりの薄い凛であった。


「……、っおらァ!!」


「……、がはっ……。 しまっ……」


 隙を見て一瞬で間合いを詰めた凛が翔馬の腹部めがけて蹴りを放つと、相当油断していたのか思った以上にまともに入る。男女の違いはあれど翔馬は細い女の子並みで、対する凛は浪より背が大きいくらいなのでダメージは大きいようだ。その場にうずくまり動けなくなる翔馬に、凛は今しかないと再度雪菜の手を引く。


「り、凛ちゃん……、いくら何でもやりすぎだよ!! 翔馬さんまだ何も……」


「甘いんだよ……。 SACSに所属してる連中がどんな奴かはちょっと考えてみりゃ分かる。 いいから今は走れ!!」


 凛の機転により部屋を脱出することに成功する四人。浪に手を引かれ走り去るシロを、乙部と緋砂は複雑な表情で見送った。

 何を考えてか、四人がSEMMを脱出する際に追っ手などは一切なかった。シロのファクターの引き起こす事態の重要性を考えれば緊急アナウンスで捕縛命令が出されるくらいはあってもいいのだが、周りの隊員はまるで事情が分からない様子で走り去る四人を不思議そうに見ているのみだ。

 ついにまともに反応したのはエントランスで四人を待っていた礼央だけだった。


「ど……、どうしたの皆!? 何かあったの?」


「悪いが面倒なことになってな……、たぶんお尋ね者になるわ。 心配すんなって龍崎と昂月に伝えといてくれ」


「は!? 今度は何やらかしたの凛ちゃん!?」


「あたしじゃねーよ!! あァ、もうめんどくせえ!! ショックなのはわかるがお前らもいい加減落ち着いてなんか喋れ!! あたしだってワケわかんねえんだよ!!」


 エントランスで騒ぎ立てる凛に周囲の隊員も何か異変を感じたのか、訝しげに視線を送る。パニック状態の一同に、礼央は一度息を吐いて呼吸を整えるとシロの手を取る浪を見据えて真剣な表情で話す。


「何か迷ってる顔だね。 何しようとしてるかわからないけど、いらないものはここで吐き出していきなよ」


 礼央の言葉にまっすぐ顔を上げた浪は、苦い顔で口を開く。


「……、守りたいものがある。 でもそのためには、お前やみんなを危険にさらすかもしれない。 ……、どっちかを取ることなんてできないんだ」


 世界が消えるとはっきり言えない浪の言葉の内容が伝わったかはわからない。しかし付き合いが長いからか、それとも持ち前の察しの良さからか。優しく微笑むと礼央は右手で浪の額を小突いた。


「じゃあどっちも取ればいいじゃない。 ギリギリまで足掻いてみればいい。 もしダメだったら、とか考えるな。 そんな暇あるなら逃げながらでも最善策を探せよ。 僕が……、いや、誰が何を言ったところで君を満足はさせられないよ。 君は欲張りだからね。 すべて救う以外に君が後悔しなくて済む方法はないよ」


「でも、もしもの時はお前が……」


「もしもは言わない!! 無責任なこと言いまくってるからね、僕だってそれなりの覚悟はするさ。 僕だって何もできない……。 君を救うことはできない。 だから重荷を分けてもらうくらいさせてくれよ。 失敗したら『だって礼央がこう言ったんだもん!!』って言い訳していいからさ」


 浪の言葉がどれだけ重大で真剣な悩みかはわかっていたが、あえて礼央は茶化すように笑いながら言った。雪菜と凛があきれたような目で礼央を見る中、浪は吹っ切れたように微笑み返す。


「……、ありがとな礼央。 どこまでやれるかわからないけど、やってみるよ」


「うん、まあ好きにやりなよ。 先輩や薫ちゃんには上手いこと言っとくからさ」


 言いながら礼央が手を顔の横あたりで上げる。決意を胸にうなずくと、浪は再びシロの手を引いて走り出し、すれ違いざまに礼央の手を叩いていく。続けてほかの二人が出て行ったのを見送ると、礼央は息を吐いて再び椅子に座ると小さくつぶやいた。


「何があったか知らないけど、あとは見守るばかりか……。 いや、まだできることはあるな。 僕にできることは全部やらなきゃ……」


 その使命感ともいえる心は友を思うが故か、もしくは戦う力がないことからくる無力感からか。礼央は真剣な表情で吹き抜けの天井を見上げた。

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