第12話決定した未来は覆らない

 翔馬がまだショッピングモールの駐輪場で携帯をいじりながら予言の時を待っていた頃、浪の家には既に敵の手が伸びていた。襲撃者は一人。玄関先の道路で凰児と襲撃者が交戦中で、雪菜はシロとともに玄関先に下がって待機している。

 SEMMの最高峰である五連星の一人が守っているにも関わらず、戦況は芳しくない様子である。

 短い金のメッシュが入った黒髪を持った襲撃者は、短めの槍のような武器を手にして狂気じみた微笑みを浮かべている。ダメージジーンズにチェーンの装飾を所々にあしらった黒いジャケットをまとい、一風パンク歌手のような服装だ。

 一方、迎え撃つは、凛の超火力すら無傷で耐える絶対防御のホルダー、龍崎凰児。

 しかし、その彼が今は膝をつき顔面蒼白で息を切らしている。よく見ればまばらに体の色が変色しているようだ。雪菜は今にも泣き出しそうな顔で凰児に声をかけている。


「先輩っ!! しっかりして下さい!! なんでこんな……。 なんなんですかこの人!?」


「カレイド=フォーゼス……。 翔馬が追ってきた能力犯罪者だ……。 コイツの能力は『毒』、はっきり言って……、俺じゃ相性が悪すぎるっ……!!」


「そ、そんな……。 じゃあ、あたし一人でこんな奴と……!?」


 カレイドと呼ばれた男はかすかに笑い声を漏らすと、見下すような笑顔で話す。


「どれだけ耐久力があろうと俺の力の前じゃ無意味だよなァ……、クハハ……。 残念だぜェ? とても残念だァ……。 五連星の一人となりゃ楽しい殺し合いが出来ると思ったのになァ」


 そう話すカレイドの言葉は、なぜか後半になるにつれてため息混じりに落胆したようなトーンになっていた。どれだけ彼の毒を受けたのか、立ち上がることすらままならない凰児は搾り出すように声を出す。


「目的は何なんだ……!? 相性の問題で手も足も出ない俺と戦ったところでお前は満足しないんだろう……?」


「よく分かってるじゃねェか。 ある奴との契約でなァ……。 言う事聞けば俺の望みを叶えてくれるらしいのさァ。 今日はそいつの使いっぱしりって訳だ。 まァ、そいつが言うには今日もいい相手と戦えるはずだってことだが、テメェは違ったしなァ」


「噂に違わぬ戦闘狂って訳か……。 戦うこと以外の、その『ある奴』からの依頼ってのは……」


「言うわけねェだろ、まァあれだ。 テメェらは残しといても俺を楽しませてくれそうにねェから、ここで死なしといても問題ねェわな、ん?」


「ちっ……!!」


 凰児は舌打ちをしながら、雪菜に目をやる。その後ろで雪菜は隠れているシロに声をかけると、構えを取る。


「シロちゃんはここにいて……。 勝てないと思うけど、誰かが通報してると思うからSACSの人が来るまでなんとか耐えてみせる……っ!!」


 シロを巻き込まないよう、雪菜は走って道路に出てカレイドの左側へと回りつつビットを生成する。確実に、しかも相当格上であろう相手に冷や汗を垂らしつつ集中して標的を見つめる雪菜に対し、一方のカレイドは興味なさげな様子で、雪菜へ向かって適当に毒の塊を数個飛ばし攻撃する。

 難なく氷の盾を組み上げて防御する雪菜を横目で見ながら、カレイドは大きくため息をついた。


「はァ~~~~~ッ……。 また防御型かよオイ……。 時間の無駄だァ、ほれよ」


 彼が右手で顔を抑えながら、またもや適当に左手の人差し指を立てて雪菜の方へ振り上げると、雪菜の足元から緑がかったガスが吹き上がる。咄嗟に息を止め横へ逃れる雪菜だったが、瞬時にめまいが襲ってくる。そして彼女がふらついたその一瞬の隙にカレイドは先ほどの毒の塊を打ち出し、雪菜は反応できずまともに食らってしまう。


「気持ち、悪い……。 び、ビットが維持できない……!!」


 腹の辺りを抑えながらも必死に倒れないようこらえる雪菜。しかし、無慈悲にも近づいたカレイドは彼女の腹部に無造作に前蹴りを入れる。

 こらえきれず嘔吐しながらヘタリ込みえずく彼女を見下し槍を向けるカレイド。凰児が叫ぼうとする中、一瞬で凰児の横を過ぎ去り光が如くカレイドに駆け寄る人影がひとつ。それはそのままカレイドへと蹴りかかる。

 気配を感じたカレイドは振り返って雪菜に向けていた槍を咄嗟に構えて受け止めるが、思った以上の衝撃によろけてしまった。


「うぉァ、これは……」


 一瞬ひるんだ彼の隙を逃さず人影の正体、シロは全力で彼の腹部へ廻し蹴りを放つ。直撃を受けたカレイドは倒れこむ雪菜の上を通って吹き飛ばされ、その隙にシロは雪菜をかばうように前に出る。

 それなりのダメージを受けたはずのカレイドは、しかし不敵な笑みを浮かべてむくりと起き上がった。


「クハハ、なるほど楽しませてくれるのはテメェか……? だがやはりダメだなァ……。 直接攻撃しか脳のねェ奴は俺には勝てねェのさ」


 カレイドを蹴り飛ばした右足に痛みを感じ目をやったシロの顔は、青ざめて冷や汗が流れている。つま先が凰児の体と同じように変色していたのだ。


「俺の体自体が猛毒なんだよ。 あと数分で立っていられなくなる……。 さァ、当初の目的を果たすとしますかねェ」


 思わず一歩引いてしまうシロだったが、その後ろには倒れて動けない雪菜がいる。倒れる前に倒すしかない。覚悟を決めたシロにカレイドが駆け寄った時、二人の間に漆黒の雷が轟音を立てて落ちた。

 気配、というよりも恐ろしく大きい殺気を感じふたり揃って身構えて視線を向けると、そこには黒いオーラを纏った人影がひとつ。浪よりも少し大きく、しかし凰児ほどではないそれは、纏うオーラの濃度が高すぎて表情どころか姿すら判別がつかずもはや人の形をした黒い何かにしか見えない。

 『それ』が怒りに満ちた低い声を発することで、ようやくカレイド以外の三人、正確には雪菜の意識が無いので二人がその正体を認識する。


「てめぇ、雪菜に何しやがった……? 随分調子こいたことしてくれてんじゃねぇか、あァ……?」


「り、凛……、ちゃんなのか……?」


 声から間違いないはずなのだが、それでも凰児は自信なさげにつぶやいた。彼女の放つ殺気は浪が勝山駅前で出会った時の比ではない。凛の姿とその殺気に、カレイドは微かに震えながら嬉しそうに声を絞り出す。その震えは武者震いか、あるいは……。


「クハッ……。 これは……、いいじゃねえか……!! こういうのを待ってたんだぜェ……? あのガキの言うことも嘘じゃなかったってェことだ……」


「ごちゃごちゃうるせえ……。 てめぇは……」


 言いながら、凛の魔力がさらに跳ね上がり吹き上がる。


「今すぐ、死刑だ」


 異常なまでの憎悪と敵対心に冷や汗を垂らしながらカレイドは毒の塊を打ち出すが、凛が拳を握り前方へとガアァ、と思い切り叫び声を上げるだけでかき消される。もはや理性を保っているようには見えず、その姿はまるで荒れ狂う一匹の獣。

 そして助走をつけると凛は一瞬で10m以上離れたカレイドの元まで飛びかかり、すれ違いざまに彼の脇腹の肉を1cmほど削る。その時さらに彼が手に持つ槍も三つに分たれていた。カレイドが咄嗟に飛びのき、さらに槍で受けたからこそこの程度で済んだのだ。槍で受けてなお受けきれずに折れてダメージまで負う始末、回避が間に合わなければ今頃腹のあたりで真っ二つだ。

 楽しむどころか、もはや勝負にすらならない。


「シロちゃん!! 巻き込まれるから雪菜を連れてこっちまで!!」


 叫ぶ凰児の言葉にはっとしたシロはすぐに雪菜を担ぎ上げて、痛む足に顔を歪ませながらも凰児のいるあたりまで退避した。

 シロが合流した後、凰児が膝をついたままつぶやく。


「感情の起伏によって強力になる力とは聞いていたけど……。 エキドナと初めて戦った時と同じ状態か……。 まさかこれほどとは……」


さらに凛が腕を振り下ろすと、闇の刃がカレイドの右肩を下へと切り裂く。後ろに距離をとったことで致命傷とはならないが、彼は完全に動揺しており先程までの退屈な表情は微塵もない。


「クソっ!! どうなってやがる……!! ちっ……、雑魚に興味はねェが勝ちの目がない奴とやるのも趣味じゃねェんだよ……!!」


 深手を負ったカレイドは必死に距離を取るが、肉体強化はそれ専門のホルダーかあるいは一部のエネルギー系ファクターの使い手が補助的に扱えるのみ。それを扱えない彼では、興奮状態に有り一時的に肉体強化専門のホルダーを凌駕するほどの力を持った凛からはどうやっても逃げようがない。

 一瞬で追いつかれた彼は凛の剣戟を手に持つ折れた槍で受け止めるも、大きく吹き飛ばされ浪の家の向かいの塀に激突し、崩れたそれによって身動きがとれなくなってしまう。

 凛はそのまま撃てば塀の後ろの民家に直撃するのもお構いなしに魔力を貯めると、彼に狙いを定めた。


「おいやめろ!! いいのか、そのまま撃つと一般人を巻き込むぞ!! 聞いてんのかァ!?」


「よせ!! ダメだ凛ちゃん!!」


 カレイド自身は民家がどうなろうと知ったことではないのだろうが、彼女を静止するため凰児とともに必死の叫び声を上げる。しかし声も虚しく、凛が右腕を横に振ると凛の前方の空間に描かれた紋章より高濃度の黒い魔力レーザーが放たれる。

 しかし民家を貫き下手をすれば後ろの堤防まで大きくえぐると思われたそれは、カレイドの手前で謎の魔術に受け止められて力を失った。惨劇を止めたのは、渦を巻くような黒い魔力の盾。しかしそれは、レーザーを受け止め無力化した後も消えることなく、次第に人の形を成していった。

 ふう、と一息ついたカレイドがひとまずは安心した様子でつぶやいた。


「手品師ィ……。 テメェこうなる事わかってやがったなァ……?」


「フフフ、すみません。 しかしあなたの望み通りいい勝負になった末に、だと思ったのですが。 まさか五連星以外にこんな戦力がいるとは思いませんでしたよ」


 完全に人の形となったそれは、短く整えた髪とスーツに蝶ネクタイ、黒いハットとまさに手品師といった装いの男性。深くかぶったハットにより顔が見えないが顎にはわずかに髭があり、見たところ三十代後半といったところか。


「ちっ……、時間を稼げば許してやる。 仕切り直しだァ」


「もとよりそのつもりで来たので問題ありませんよ」


 瓦礫の山を抜けながら不満そうにそう言うと、カレイドは額の血を拭って走り去っていく。しかし凛がそれを許すはずもなく、天に向かって咆哮すると一心不乱に剣を振りカレイドの背に向けて無数の衝撃波を放つ。

 しかし、手品師のような男はそれを見てにやっと微笑んだ。体が再びその形を崩し流動化すると、鞭のように暴れまわり凛の全ての攻撃を打ち落とす。そしてそのまま今度は無数の針へと変化すると、凛へと向かって飛んでいく。

 凛の最大の弱点は範囲攻撃が苦手でとっさの防御ができないことだ。エキドナ戦くらいの時間があれば広範囲攻撃も可能だが、とっさのことだったのとほぼ暴走状態であった為に半分位を衝撃波で吹き飛ばすだけにとどまり、全身に針を受けてしまう。

 痛みはファクターにより遮断されているようだが、ダメージはそれなりだ。またも荒々しく咆哮を上げながら全身から魔力を吹き出すと、針が吹き飛ばされ再度集まって人の形を成す。

 もはや目視できるところにカレイドの姿は無い。


「さて、彼はもう見えなくなってしまったようですが、まだ続けますか?」


「見えないからなんだ? 走ってった方向は分かるんだ、全部吹き飛ばす……」


 まともな会話ができているように見えて、凛は完全に理性をなくして暴走しているようだ。物騒な彼女の発言を聞いて、凰児が焦って必死に叫ぶ。


「凛ちゃんもうやめろ!! カレイドが離れたことで毒はもう消えてる!! 雪菜も無事だ!! 一刻も早く切り上げて雪菜を休ませるべきだろう!! 君が何のために戦ってるのか言ってみろ!!」


「……っ!! あ……、あたしは……。 雪菜の……」


 動きを止めた凛は頭を抱えながら苦しそうに呻く。そして……


「……、っおおオオォォォォアァ!!」


 思い切り叫びながら溜め込んだ魔力の全てを地面へとぶつけると、凛はまとっていたオーラが剥がれいつもの姿へと戻った。彼女の前方はアスファルトが深くえぐれ、1m程の大きさの穴の周りは衝撃のあまり直径5mにもわたってひびが入っている。もしもこれをカレイドの逃走した方向へ向けて放っていたらと思うと恐ろしい。

 周囲を見渡すと、いつの間にか手品師の姿もなくなっていた。凛は急いで雪菜のもとへ駆け寄ると、彼女の怪我の具合を確認する。


「呼吸は……、ちゃんとあるな。 毒によって体力が落ちてる以外はそこまででかいダメージはないか……」


「その毒も今は消えてるからとりあえず一安心だね」


 雪菜の額に手を当てたり口に耳を近づけたりして安否を確認していた凛は、ひとしきり確認するととりあえず安堵した様子でため息をつくが、凰児に声をかけられるとビクッとして恐る恐る気まずそうに彼の方を見た。


「……怒らないのか?」


「誰も守れなかったくせに君にとやかく言う資格もないさ。 ああでもなきゃカレイドに勝つことはできなかっただろうしね。 ありがとう、助かったよ」


 意外に殊勝な凛の言葉に若干驚きつつも、凰児は困ったような顔で話す。

 凛は照れくさそうに目をそらして頭をかいたあと、何かに気付いた様子で辺りを見回す。


「服部はどこいった……? あいつだったらなんとかできただろ。 それにあいつがいないなら車も出せねえ」


「翔馬ならSACSの任務か何かで出てるよ。 救急に連絡して迎えに来てもらおう」


「また緋砂さんに心配させちまうな……」


 雪菜を玄関先に座らせ立ち上がると額に手を当てて疲れたようにつぶやく凛に、凰児は携帯を取り出しながら慰めの言葉をかける。


「今回は君のせいでもないし、逆に君のおかげでみんな助かったんだ。 そう気を落とさないで」


 凰児の言葉に、凛はため息一つついて微笑んだ。

 その後凰児からの連絡を受けどれだけ飛ばしてきたのか、普通はSEMMから十五分かかる道を十分ほどで走ってきた緋砂の車によって、一同は救急車を追ってSEMMまで移動した。ファクターによるダメージが大きいため、病院よりも治療系ファクターによる処置が適正であると判断されたのだ。浪にも連絡が行っており、学校帰りにそのまま向かってくるだろうと思われる。

 医務室で医師と治療系ホルダーの処置を受け今は落ち着いた表情ですやすやと眠る雪菜を置いて、乙部支部長と空良を加え六人で支部長執務室にて話をしている。

 事情を知らない二人に一通り説明した後、凛が口を開く。


「どうせ服部の奴が出てったのがカレイドの件だったんじゃねえのか? 目撃情報か何かが上がって……」


「いえ、翔馬君も今はここの所属なのでそういう話なら私に入ってくるのですが、何も聞いていませんね」


 自身のデスクに座りそう話す乙部の顔はなんだか暗く、声のトーンも低い。疑問に思った凰児が続ける。


「じゃあシロちゃん置いてどこいったんだろう……? それにカレイドが襲ってきたのも何かしらの目的がありそうだったけど」


「誰かに、ここに来ればいい相手と戦えるって言われたとか言ってた」


 いつもどおりの小さな声でポツリと話すシロの声に、一同はっとする。声に出したのは空良だ。


「あそこに住んでる強い人って言ったら翔馬さんのことですよねー? じゃあ、あれですかー? 見事に入れ違いになったって事? でも、カレイドをけしかけて翔馬さんと戦わせようとしたその『誰か』って、何が目的なんですかねー?」


「だが、後に来た手品師まがいのチョビヒゲオヤジがカレイドがあたしに負ける事は予想通りだったみたいなこと言ってたぞ……。 もはや訳がわからねぇ……」


 凛の言葉に意外そうな顔をした凰児がさらに別の疑問を続ける。


「あの状態だったのにいろいろ覚えてるんだ、意外だな……。 そういえばその『楽しませてくれる奴』が誰かなのかはわかってなかった様子だったな……。 どうしましょう乙部さん、あいつに協力者がいるとなれば、もはや翔馬だけで何とかできる感じでは……。 SACSの精鋭をさらに何人か動かす必要が……。 ……、乙部さん?」


 机に両手の拳を置き、うつむき加減のまま反応が無い乙部に凰児が呼びかけると、彼ははっとした様子で焦ったように反応した。


「あ、ああ……、すみません。 少し考え事をしていました」


 少し恥ずかしそうに笑う乙部に、緋砂が微笑みながら返し、凰児の先ほどのセリフを要約して伝えなおす。


「珍しいな、あなたがそんな風に焦るなんて。 いつも余裕があるというか飄々としてるイメージなんだがねぇ。 カレイドに協力者がいるなら、SACSの人間をもう少し動かすべきなんじゃないか、ってさ」


「そう、ですね……。 ちょっと翔馬君と話してみます。 彼にはここに来るよう言ってあるので、もうすぐ来る頃でしょうか」


 そんな話をしているとふう、とため息をついた凰児が立ち上がって入口扉のところまで歩いていき手をかけた。


「翔馬ならもういますよ。 ほら」


「うわっと!! い、いきなり開けるなよ……」


 扉の向こう側にもたれかかっていた様子の翔馬は焦ってよろけながら室内へと入る。全員の視線を集めると彼は気まずそうな笑顔で言い訳をした。


「いや、何か入るタイミングがつかめなくってさ……」


 いつもならそんなこと気にせず入ってくるくせにもじもじしながらそんな事を言う彼に、凛が鋭く問いかける。


「てめえ、カレイドが襲ってきたことについて何か知ってるんじゃねえのか?」


「な、なんでそんなこと……」


「新堂から聞いたんだよ。 何やら指令書のような手紙を何度か貰ってる感じだったってな。 おいちっこいの、お前も知ってんだろ」


 凛の言葉にビクッとして俯いて口をつぐむ翔馬。凛に問われたシロがそっと答える。


「人に見せたらいけないって中身は見せてもらってない」


「で、その翌日に一人で出ていけば怪しまれて当然だろうが。 それが嫌だったら素直に話せ」


 雪菜が傷ついているためなのか、威圧感のある凛の言葉に翔馬は一歩引きながらも口を開こうとはしない。重い空気の中言葉を発したのは乙部だ。


「そこまでです。 その手紙の内容をここで大きな声で言わせるわけには行きませんね。 まずは翔馬君と二人で話をさせてもらいましょうか」


 乙部の言葉に納得がいかない凛は若干怒ったように食い下がる。


「なっ……!! ふざけんじゃねえぞ!! 支部長、あんたさっき何も指令は下ってねえっつってたろうが!! 嘘ついたのか!?」


「嘘はついていません。 しかしそういうことであればその手紙は、ある重要人物からのメッセージだと思われます。 どちらにせよ、あなた達にもいずれ話すことになりますので今は席を外していただきたい」


「……っ!! クソがッ!! 勝手にやってやがれ!!」


 去り際に入口の扉を殴りつけ、凛は部屋を後にした。重苦しい空気の中、凰児が真面目な表情で口を開く。


「本当に、後で俺たちにも話してくれるんですね? 下手をすれば大事な後輩が一人死んでたんだ。 やっぱり話せないじゃ済まさせない」


「そこは信用してもらう他ありませんね。 大丈夫、息子同然の君達に嘘はつきませんよ」


「行き場のない俺達を救ってくれたことには感謝してる。 でもたまに、あなたが得体の知れない、とても大きな秘密を隠してる気がするんだ」


「そうだとしても、それも君達のためだと信じて欲しい」


「……、医務室へ行ってます。 凛ちゃんもそっちへ行ったと思うので」


 部屋を後にする凰児の姿は、若干悲しそうな表情をしているように見えた。その後翔馬以外のほかの面々も彼の後について退室していった。

 乙部と二人、部屋に残された翔馬が口を開こうとするも、乙部の言葉に遮られる。


「未来予知のホルダーに会いましたね」


 乙部の予想外の言葉に翔馬は驚愕の表情でしばらく声が出せずにいたが、必死で搾り出す。


「……、なんでそれを……!?」


「……、今、なんですね……。 彼女と君を近づけるべきではなかった……」


 続く乙部の言葉は、彼の問いに対する答えにはなっていない。右手で頭を押さえ悔しそうにも見える様子でつぶやく乙部に、翔馬は困惑している。続けて乙部が話す。


「今SEMMの上層部は大騒ぎになっています。あなたに手紙を渡した人物から、未来予知の正確さを証明できるいくつかの予知とともに、シロちゃんのファクターとそれによって起こる『未来』が知らされたんですよ」


「なっ……!? そ、それを信じるのか!?」


「信じさせられるだけの力が彼女にはある。 あなたにとても……、残酷な指令を出さなくてはいけなくなるかもしれません」


「まさか……ッ!?」


「ええ。 上層部が決定を下せば、あなたにシロちゃんの……」


 ───その日、翔馬が家に戻ることはなかった。

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