第11話未来からの手紙

 波乱万丈の野外学習を終えた二年生一同は慣れない生活での疲れも残っているものの、乙部支部長帰還の報を受け、土曜の朝早くからSEMM愛知支部のロビーに集まっていた。

 浪と雪菜と凛、そして凰児と空良の姿もある。いつもどおり丸テーブルを囲み、凰児以外の四人が座り、凰児は机に手をついて立っている。翔馬達が来るのを待っている様子か。空良が思い出したように口を開く。


「そういえば新堂先輩ー? 友達から聞いたんですけどなんか自炊でお寿司作った班があったらしいですねー。 どうせ男子がノリでふざけてやったんだろうけど、面白いと思ったんですかねー」


「そ、そうだな……。 あんまり笑えないよな」


 できる限り話題に出さないでいた、最も触れたくない部分を容赦なく攻めてくる空良に苦笑いで目をそらす浪。雪菜が小声で彼に話しかける。


「な、なんで下級生にまで話行ってんの!? 早くない?」


「弟か妹がいるやつが話したんだろ……。 余計なこと喋るなよ」


「わかってるって。 あ、来たみたいだよ」


 雪菜がそう言うと、全員が奥の通路の方へ目をやる。こちらへ向かい歩いてくる翔馬とシロの前には、メガネをかけた白衣の中年男性の姿が見える。翔馬の顔が若干暗いことに気付けるものはいなかった。

 白衣の男、乙部支部長の姿に浪がいち早く反応する。


「師匠!! お久しぶりっす。 一昨日帰ってきたらしいっすね」


「元気そうですねぇ、浪君。 聞きましたよ。 『彼女』の力を使えるようになったそうですね」


「ええまあ。 今日は報告以外にも聞きたいことがあって……」


「まあ、わかっていますよ。 あまり大きな声で言えないこともありそうなので、私の部屋へ行きましょうか」


 そのまま乙部に連れられて、一同は支部長の執務室へと案内される。茶色の立派な木造りの扉を開けると、室内は応接室よりひとまわり広い。奥に執務用の立派な机と、それを囲むように本棚がある以外は、赤い絨毯に来客用のテーブルと椅子があるだけの簡素なレイアウトで応接室とあまり変わり無い。

 各々席に着いたあと、凰児と空良が左奥の小部屋で人数分のお茶を用意し、テーブルに並べた。一息つくと早速、乙部が口を開く。


「わざわざ移動してもらってすみませんね。 シロちゃんのことは翔馬くんにだいたい聞いたので、早速質問をお受けしましょう。 聞かれる内容はだいたい予想がつくのですがね」


 奥のソファの真ん中に座りメガネを上げながら話す乙部に、浪は食い気味で質問する。


「師匠!! アマデウスってなんなんすか? エルが師匠が知ってるからそっちに聞いてくれってなんにも答えてくれなくて……」


「それをどこで……。 ってまあ、アニマから聞いたんでしょうねえ。 予想と違う質問ですがいいでしょう。 ではそこから行きましょうか」


 その件以外にも話すべきことがあるかのような、思わせぶりなことを言いながら乙部は説明を始める。


「さて、アニマの住む異界にも昔戦争がありましてね。 戦争の原因は人間界の侵略を良しとする者と反対する者の対立でした。 まあ、今の世界の現状を考えればわかると思いますが、勝敗は侵略者側の勝利だったようですね」


「なんでそんなこと知ってるかは……。 まあ、聞くまでもないっすかね」


 答えを期待していない浪の独り言にも乙部は丁寧に返していく。


「それは当然エルに聞いたからですよ。 それで続きですが、敗戦した反対派は人間界へと逃げ込み、二つの世界をつなぐ穴に結界を施しました。 最初からそうしなかったのには、きちんとしたワケがあります。 そう、彼らの一族は人間界でその体を維持できなかったのです。 最終手段だったのですよ」


「ちょ、ちょって待ってください師匠!! それ聞いたことあるんすけど……」


「そのとおり。 エルはその一族の王です。 彼らは消滅を防ぐため、人間への憑依を繰り返し存在を保ってきました。 消えてしまえば結界もなくなってしまいますからね。 そして体の対価として力を貸し与えることで、寄り代はちょっとした魔術的な力を行使できたようです。 エルの話では歴史的偉人の何人かは彼らの寄り代だったそうですよ」


「なるほど……。 つーか一族の王って、あいつそんなすごい奴だったのか」


「そしていつしか彼らは人間に救いを与えるものとして『天使』と呼ばれるようになっていました。 そしてアマデウスとは神に愛された者の意。 あとはわかりますよねえ?」


「天使の寄り代となった者……。 それがアマデウス……」


「別に機密というほど機密でもないんですが、あまり喋らないでくださいね。 さて次は何が聞きたいですか? エルと私は先代のアマデウスからの付き合いなのでアニマ関連のことならだいたい知っていますよ?」


「そんなこと初めて聞きましたよ……。 じゃあ、うーん……」


 アマデウスという単語について、意外とさらっと説明が終わってしまい何か疑問に思ったことはないか考え出す浪。そこで思いついたように雪菜が口を挟んだ。


「あ、えっと、そういえばなんでエルはわざわざ支部長に答えさせたんですか? 誰が話しても変わらないのに」


「ああ、それなんですが、『私は口が軽いから、いらないこと喋らないように重要な話をする判断は乙部くんに全部おまかせするね』、だそうです」


「威厳のない王様だなぁ……。 そういえば今更ですけどこの話、あたしたちが聞いててもいいんですか?」


「上の方には話していないので機密というより私たちの秘密って感じですかね。 この話を知っているのは私と天使たちと京都の折原支部長だけなんですよ」


「そ、それって超マズくないですか!?」


「まあ、『彼女』があなたたちには話せとおっしゃって……。 と、この話はまだ早いですか」


 思った以上の機密を普通に話され、呆れて言葉も出ない様子の一同。乙部なりに事情はあるようだが、なにかを言いかけながらも、言葉を濁して最後まで話すことはしなかった。

 その後もしばらく悩んでいた浪だが、何がわからないかもわからない様子で、質問は特に出てこなかった。彼の様子を見ていた乙部が、それならば、と口を開く。


「特にないようであれば、シロちゃんの処遇について話すとしましょうか」


「ああ、そういえばその話がありましたね……。 結局俺んとこくるんすか?」


 そういえばそうだった、といった感じでぽんと手を叩いたあと、浪は若干苦い顔で聞いた。面倒なのか、女の子と二人という状況が気まずいのか。

 そんな彼の向かいで、翔馬が僅かにピクンと肩を震わせた。

 やはり彼の異変には誰も反応はせず、乙部の話は続く。


「いいじゃないですか、懐いているようですし。 一人であの大きな一軒家は寂しいでしょう?」


 一軒家に高校生一人という異常な環境だが、ほぼ全員彼の境遇を知っているので突っ込まない。ただひとり最近まともに話すようになった凛を除いて。


「なんでそんな馬鹿でけぇ家住んでんだよ?」


「死んだ親の持ち家だよ。 そんでその親が親戚に嫌われてて、俺を引き取ってくれる人もいなかったもんだから、親父の知り合いだった乙部さんに世話になりながら、あの家に住まざるを得なかったんだよ。中学くらいまでは施設いたんだ」


「そうか……。 悪ィな」


「お互い様だろ。 気にすんなって」


「ああ、そうするわ。 話の腰折っちまったな、続けてくれ」


 お互いサバサバしているというか、若干似ている者同士だからかいつの間にやらすっかり普通に話せるようになっている二人。

 気を取り直し、改めて乙部がシロの処遇について一通り説明する。


「結局シロちゃんの身元はまだ不明なので、しばらく浪君の家に住んでもらって、何かあったら直ぐに凰児君が向かえるようにしますが……。 これでもまだSEMMの上のほうが不安なようでしてねえ……。 もう一つ浪君にお願いがあるんですよ」


「……? 別に俺にできることならやりますけど、なんすか?」


「翔馬君も一緒に住まわせてあげてくれませんかね?」


 それまで話に入らず静かに紅茶を啜っていた翔馬が思わず咳き込む。彼も何も聞かされてはいなかったようだ。


「なかなかいい部屋が取れないようで、いつまでも仮眠室に住み込んでコンビニ弁当生活というのも宜しくないでしょうし」


「ゲホゲホっ……。 な、何言い出すんだよ……。 そんないきなり言っても迷惑だろ」


「掃除や洗濯を手伝ってあげれば迷惑になりませんよ。 というか、そうすれば上も了承してくれるんですよねぇ」


「そんなこと言っても、なあ浪」


 一方の浪は、翔馬と似たような反応をするかと思いきや、意外と真剣に悩んでいる様子だ。しばらく考えた後に口を開く。


「いや、俺は別にアリかな……。 シロと二人っきりよりかはまあ楽だし」


「マジでか!? いや、助かるは助かるんだけど……。 なんか悪いな」


 若干申し訳なさそうにしている翔馬に、浪は無言で微笑みながら気にするな、といった様子で手をひらひらとさせた。

 話にキリが付いたところで乙部はパン、と手を叩き注目を集めると、話を締める。


「さて、それじゃ引越しはシロちゃんと一緒に明日にしましょうか。 ああ、そういえば明後日に学校でちょっとしたサプライズがあると思うので楽しみにしていてくださいねー」


 またもや思わせぶりなことを言い出す乙部だったが、一同はどうせどうでもいいことだろうとあまり期待していない様子だ。



 しかしその予想を裏切り、月曜日の朝のHRで、主に二年生の面々はあっけにとられたような表情をしていた。

 教壇にはいつもどおり薫の姿。しかしその横には、先日までクラスにいなかった少女が制服を着て立っている。


「今日から一緒にこのクラスで学ぶことになった転校生だ。仲良くしてやってくれ」


「新堂ハク、です。 よろしく……」


転校生が来るらしい噂は流れていたのだが、予想外な見知った顔に浪は思わず驚いて席を立ってしまった。


「はあぁぁぁああぁ!? 聞いてないぞ!? ってか何やら昨日部屋で翔馬とゴソゴソやってると思ったらこういうことかよ……。 明らかに同い年ではないだろ……」


「まあ、あれだ。 龍崎君、だったか。 彼と同じクラスにするために三年生にならなかっただけマシだと思ってくれ」


「師匠の仕業だな……。 SEMMの裏事情が透けて見えるぜ……」


 薫の言葉にやっぱりなといった感じで呆れた顔の浪は、ため息をつきながら静かに席に着いた。

 休憩時間になると、浪と雪菜と凛はクラスのみんなに囲まれて質問攻めのシロを少し離れて見守っていた。見たところ小動物系愛されキャラとして、案外うまくやっていけそうである。


「シロちゃんってちょっと天然ぽいから不安だったけど、クラスのみんなもいい人だし浮かないでよかったよ」


「ま、俺らがいるから大丈夫だろ。 ってか礼央はどこいったんだ?」


「トイレ行ったよ。 『小タイムだ』とかアホなこと言ってたからすぐ帰ってくるかと思ったんだけど、遅いね」


「またくだらねー事を……。 あ、帰ってきた」


 噂をしていると早速礼央が教室後方の扉から入ってくるが、何やらやけに興奮気味だ。上機嫌で三人に話しかけながら近づいてくる。


「皆聞いて聞いて!! 一組にも今日転校生来たんだって!! でさ、今見てきたんだけど超可愛いの!! 美人でオレンジの髪で窓際で本読んでて優等生みたいな? マジ今その子の話題で持ちきりだよ!?」


「あー、はいはい、わかったから落ち着け。 オレンジ髪ってホルダーか不良娘のどっちかじゃねーか。 翔馬以降移籍してきた隊員の話なんか聞いてねーぞ」


「不良娘って感じじゃなかったけどなぁ……。 でも確かに近寄りがたい雰囲気はあったかもね。 浪も一緒に見に行こうよー」


「俺は別にどーでもいいんだが……」


「えぇ~~~~~~~~~~~~~~?」


「うぜぇ……。 わかったよ、ったく。 昼休みにな」


「よっしゃ!! じゃ、四時間目終わったらご飯食べて五人で集合ね」


 当然のように人数に入れられたことに驚く雪菜と凛。ようやく質問攻めから解放されて戻ってきたシロは、なんの話題か分からずに不思議そうな顔をしている。

 昼休憩の時間、食事を終えた五人はとなりの二年一組の教室の扉の前にいた。浪と凛は呆れながら廊下の壁際に、ほか三人は隠れて覗き込むようにして室内を見ていた。礼央は独自に入手した情報を雪菜たちに伝える。


「僕の入手した情報によると、転校生の名前は井上アンリさん。 オレンジのポニテに160cm位の身長でスリーサイズは89‐62‐90位と思われます隊長!! 隊長とは大違いです!!」


「マジ死んでくんない? どいつもこいつも凛ちゃんだの転校生だの、胸のある女子ばっかり見やがって……。 あたしだって13年くらい前は可愛い可愛いってもてはやされてたもんね」


「それは誰でも一緒でしょ……」


「えーと……、あ、あの子かな? 確かにやんちゃそうな感じはしないけど……。 ホルダーなのかな?」


 雪菜の視線の先には、椅子に座って小説を読んでいる整った顔立ちの少女の姿が。腰くらいの髪を後ろで束ね、炎のような紅い瞳を持った少女は若干吊り目で気の強そうな印象も受けるが、どことなく上品な気配を漂わせる。

 雪菜が思わず見とれていると、視線を感じた少女と目が合ってしまう。若干苦い顔をした少女は、本を閉じて席を立つと、こちらへ向かって歩いてくる。


「やばっ!! バレた!! いくよシロちゃん」


「ちょ!? 僕を置いてかないでよ……って……」


 思わずその場を去ろうとするが、もたもたしているうちに転校生、井上アンリは礼央のすぐ背後まで来ていた。


「なにか用? 読書に集中できないんだけど」


「あは、は……。 いやぁ、まぁ……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら言葉に詰まっている礼央の代わりに、後ろにいた浪が答える。


「俺たちはSEMMの学生隊員でな。 隣のクラスの転校生がホルダーっぽいって聞いて、興味が出て見に来たんだよ。 移転してきたとかいう話は聞いてなかったからさ。 気分悪くさせたなら悪かったよ」


「ああ、この髪のせいね。 よく誤解されるけど、父がオランダの人間なの。 それでちょっと色がね。 ホルダーじゃないから安心していいわよ」


よくあることなのか、もしくはクラスメイトに同じことを聞かれたのか、若干疲れたような表情で話す彼女の言葉に、雪菜が反応した。


「ハーフってこと!? ねぇねぇ、オランダ語話してみて!!」


「……、悪いけど、日本生まれの日本育ちよ。 行ったことすらないわ」


「ええ~……。 窓際で読書してる転校生の美人さんってとこまで揃ってるなら、帰国子女のお嬢様設定も付いてくるところでしょ、常識的に考えて」


 雪菜の言葉に何故かピクっと一瞬肩を震わせ反応したアンリだったが、小さく首を振ってため息をつくと、面倒そうに話す。


「誤解が解けたならもういいでしょ。 他人と関わるのは得意じゃないの。 私は席に戻るから」


 そう言ってさっさと席の方へ戻ろうとするアンリに、雪菜が声をかける。


「あ、待って。 転校してきたばっかりでなかなかうまく友達作れなかったら二組に遊びにきなよ。 あたしたちだったら何も遠慮しなくていいからさ」


「……、仲のいい人間なんて作っても……。 苦しむだけだわ……」


「へっ? 何か言った?」


「……、何でもないわよ。 昼休み終わるからさっさと教室戻りなさい」


 背中を向けたアンリは、そのまま席へと戻っていってしまった。結局最後まで会話には入らず窓際の壁にもたれかかっていた凛がどうでもよさそうな感じで口を開く。


「感じ悪ィ奴だな。 本人が他人と関わりたくないっつってんだからほっときゃいいんだよ」


「凛ちゃんがそれ言うの? って痛い痛い!! 関節外れる!!」


 凛を怒らせた礼央が、腕を後ろにひねられて悲鳴を上げている。しかし実際彼の言うとおり、凛も少し前まで同じような態度だったのだが。



 浪たちが登下校に使っている堤防を青い大きな橋を渡ったあたりで下に降りた住宅街に、オレンジの屋根をした二階建ての一軒家がある。他の家よりも一回り大きく、上から見るとL字型でちょっとした庭がある。庭の柵の前に車一台分のスペースがあり、そこにはやたらと背の大きな4WD車が止まっている。白を基調にしたその家こそ、浪が二人の居候たちと住む家だ。

 浪は玄関から一番近い左側の八畳間の洋室、シロは玄関からまっすぐ行った突き当たりの同じく八畳間の洋室。翔馬は玄関横の階段を上がってすぐの六畳間の和室を使っている。

 時間は午後四時前。学校が終わってしばらく経っているが、まだ学生の二人は帰ってきておらず、家では部屋着として使っている三本ラインの青ジャージ姿の翔馬が一人、振り分けられた自室にて先日メガネの少女伝いに渡された、謎の手紙を見つめていた。


「絶対予知の能力者……。 シロの他にもいるのか? 髪の長い女、か……。 この間俺が遊びに行ってるってのを知ってる人間には、心当たりはねえな……。 それなのに正確に俺の帰ってくる時間をあらかじめ手紙に書いておくなんてことができるのなら、ホンモノってことなのか……。 でも、それなら……」


 考えながらブツブツ独り言をつぶやく彼は、手紙の後半の内容を思い出し眉をひそめる。


『───新堂ハクは必ず災いを呼ぶだろう』


 顔も見せないような人間にそんなことを言われても、すぐに信じることなどできないが、彼は直感めいた不安を拭えずにいた。

 しばらくの静寂の後、玄関の方から鍵の開く音がする。


「おっと、そういやもう帰ってくる時間か……。 とりあえずこのことはまだ、話せないな……。 乙部さんには言わなきゃいけないか……」


 彼が手紙を机の引き出しにしまい階段を降りると、玄関には同居人の二人の他に雪菜と礼央がいた。


「おっかえりー……、ってあれ、雪菜ちゃんと礼央、だっけ? どーした?」


 予想外の来客にぽかんとした顔で尋ねる翔馬に、礼央とともに適当に挨拶すると雪菜が説明する。


「今日は浪の部活が休みだからみんなでゲームするんですよ。 とりあえずスマブラからかなー。 一人ずつ交代で翔馬さんも混ざります?」


「俺ゲーム弱いけどいい?」


 やったことのない自分が混ざってもみんなが楽しめないのでは、と苦笑いで返す翔馬だが、雪菜は靴を脱ぎながら笑って話す。


「シロちゃんも初めてだし大丈夫ですよ。 やるのは基本三対一で礼央をボコすゲームです」


「ちょっと待って、いつも二対一なのに更に厳しくする気!?」


「だって礼央異常に強いんだもん。 まあ、ゲーム以外やることないから仕方ないか」


「くそう……。 もういい、こうなったら雪菜から先に狙ってやる」


「そ、それはダメ!!」


 そんな会話をしながら、テレビのある二階のリビングへと上がっていく。

 リビングは入って左奥にキッチン、そのカウンター越しにダイニングテーブルが置いてある。生活に必要な物は揃っているものの、食器棚などが一人暮らし仕様でモノが少ないため、やけにすっきりしているように見える。しかし、何故か冷蔵庫だけはやけに立派なものが置いてある。料理好きな浪のこだわりだろうか。

部屋は右手前の壁際にテレビが置かれており、五人はそこの絨毯の上でくつろぎながらゲームで対戦している。今回の見学者は浪のようだ。

 今やっているゲームは、選択したフィールド内で動き回り相手をステージ外へ吹き飛ばすと勝ちになる物のようだ。現在、戦況は礼央と雪菜の一対一、お互い後一回相手を倒せば終了だ。しかし、雪菜がひたすら逃げ回ってなかなか決着がつかない。


「このっ……!! 逃げ回るな!!」


「もうアイテムに頼るしかない……、いいやつ出て来い!! よしバット来た!! これで勝つる!!」


「甘い!!」


 逃げに徹していた雪菜がアイテムを取りに行く隙に礼央が攻撃を当て、雪菜の操作キャラは画面の彼方へと消えていった。


「くっそー、あと少しだったのに……。 礼央を残しちゃった時点で無理だったかぁ」


 後ろへ手をついてへたり込む雪菜。ゲームがひと段落したので翔馬がそういえば、と学校でのシロの様子を尋ねる。


「そういや、シロの初登校どうだった? びっくりしただろ」


「なんでわざわざ秘密にしたんだよ……」


「そりゃ、そのほうが面白いじゃん? どうだったシロ? クラスのみんなと仲良くやれそうか?」


 翔馬に聞かれたシロは、こくりと頷いた。会話が一区切りすると、少し考え事をしていたような顔の雪菜が心配そうな表情で口を開く。


「転校生といえば、シロちゃん以外にもいたんですよ。 でもあの子、クラスに馴染むの苦手そうだったし、心配だな……」


「心配って何がだよ?」


 不思議そうな顔で尋ねる翔馬に、雪菜は若干言いづらそうに話し続ける。


「その……。 ハブられたり、いじめられたりしないかなって……。 あたしたちとはクラスが違うから、大丈夫かなって」


 雪菜の言葉に、浪が僅かに反応する。しかし、先に口を開いたのは礼央の方だ。


「……、この辺りでそういうことする奴はいないよ。 忘れたわけじゃないでしょ」


「ご、ごめん……」


 礼央の言葉の真意は翔馬には伝わらないが、浪と雪菜以外でもこのあたりの小学校に通っていた同年代の人間であれば通じるだろう。翔馬は若干険悪な雰囲気の中、恐る恐る尋ねる。


「何かあったのか……?」


「この雰囲気で普通聞きます? わざわざ話すようなことじゃ……」


 苦い顔で若干キツめに言い放つ雪菜を

浪が手で遮る。


「別に気ィ使わなくていいよ。 翔馬もシロもルームメイトなんだし、むしろそういうことは話しておきたい」


「でも……。 いや……、わかったよ。 浪が、それでいいって言うなら……」


 静かに頷くと、彼はゆっくりと説明を始める。四人は絨毯に座り、静かに淡々と語る彼の話を聞く。

 浪は手始めに自分がイジメられっ子であった過去と、雪菜たちに救われたこと、そして彼らのために強くなったことを話した。

 そして、ひと段落したところでひとつため息をつくと、本題へと入る。


「まあ、こんな感じでしばらくは喧嘩ばっかしてたけど、次第に普通に過ごせるようになったわけだ。 でも、俺のこと中心になってからかってた奴らは、それが不満だった。 俺が強くなったもんだから、別の子にターゲットを移したんだよ」


「ターゲットって……」


 腕を組んで静かに聞いていた翔馬だったが、それを聞いて若干顔を歪める。しかし、胸の悪くなるような浪の話は続く。


「ひどいもんだったよ。 俺の時よりよっぽどな。 でも、俺は助けられなかった。 他人を庇えるほど強くなかったし、雪菜と礼央を巻き込むのが嫌だった。 そしてその子はある日とうとう限界になって、教室で暴れだした。 まあ、そこで終わればまだよかったんだけど……」


「ちょっと待て、それあれだろ!?  佐古小学校能力暴走事件……!! お前の学校だったのか……」


「さすがにあんだけ騒ぎになったしそれなりに有名なのか。 そう、ただの傷害事件程度で終わるはずだったそれは、その子が感情の昂ぶりによってファクターに目覚めてしまったことによって最悪の事態になった。 暴走したファクターによって教室があった場所は抉られたように消滅、その時教室にいた奴は、その子を残して全員……」


「なるほど……。 それで『この辺りでそういうことする奴はいない』か。 悪いな、余計なこと聞いちまった……」


 額に手を当ててため息をつく翔馬の頭を、浪は軽く小突いた。驚いたような顔で額を抑える翔馬に、浪は呆れたように微笑んでいる。


「何気にしてんだよ。 幸い友達いなかったおかげで大したトラウマでもないし大丈夫だよ。 友達亡くした奴だってたくさんいたんだ。 俺たち三人はその時校庭にいたから無事だったんだよ」


「それ幸いって言っていいのか……?」


「さて、暗い話はここまでだ。 そろそろ飯作るか。 雪菜たちもそろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」


 話題を切り替えるため、浪はすっと立ち上がって伸びをすると体をひねりながら話す。時間を心配する彼の言葉に、雪菜と礼央はそれぞれ返事をした。


「あたしが浪の家遊びに行くときはご飯食べて帰ってくるものだと思われてるから大丈夫だよー。 礼央も残ってくでしょ?」


「ごめん、もうご飯用意してあると思うから僕は帰るよ」


「そっかー、残念」


 相手に了承も取らず、人の家でご馳走になる気満々の雪菜。親しい間柄の人間には基本的にかなり図々しいようだ。

 その後、浪がキッチンで料理をしている中、残る三人は質素な木製のダイニングテーブルでトランプをしていた。テーブルは透明なテーブルクロスが敷かれており、四つの席にそれぞれ赤いチェック柄のランチョンマットが置いてある。


大富豪をしているらしい三人は、それなりに白熱している。シロと雪菜の手札は同じ七枚、翔馬だけが残り三枚だ。雪菜は手札とにらめっこしながら悩んだ末にカードを出す。


「八より下出すとそのまま流されて上がられちゃうからここは……、十だよ!!」


「残念、二で流しちゃうもんねー」


「あまーい!! ここでジョーカー!!」


「うおっ……、まじか」


 二人で盛り上がっている翔馬と雪菜。とりあえずここは流して仕切りなおし……、と思いきや、シロが手札から一枚のカードを取る。


「これ、出せるんだよね? じゃあ出す」


「スペードの三!? シロが持ってたのかー。 で、次どうする?」


 少し驚いた顔の翔馬だが、自信があるのか油断しているのかまだまだ余裕そうだ。しかし、シロの次の一手を見て固まる。


「四の四枚。 出せる? 流すね。 じゃあ三で流して、六で上がり」


「つ、次あたしの番だよね!?」


 まさかの逆転劇にふたりは声も出ず、シロは淡々と残りのカードを処理していった。シロが上がった後焦りながら手札を見て悩む雪菜に、翔馬はため息をついて手札を見せて降参した。


「大丈夫、負けようがねーから。 残りはAのダブルな……。 雪菜ちゃん俺ばっか警戒しすぎだよー……」


「まさかジョーカー単騎待ちに全てを懸けてるなんて、誰がわかるかって話ですよ……」


 想定外な敗北に二人が意気消沈としていると、キッチンの方から声がする。


「お前ら飯できたぞー。 持ってくからそっち片しとけよ」


 どうやら食事が出来たようで、翔馬が机の上の物を片付け始める。といっても、ほぼトランプくらいしか片付けるものもないのだが。シロは食器棚から人数分の小皿と箸を用意し、雪菜は食事を運ぶのを手伝うためキッチンへ向かう。今日のメニューはピザにパスタにサラダの三セットのようだ。

 ピザは薄くトマトソースの塗られたクリスピー生地にスライスしたモッツァレラとトマトにほうれん草、サラミを載せ刻んだ香草を混ぜ込んだオリーブオイルでアクセントを加えた物。パスタはほぐしたコンビーフを炒めてオリーブオイルとごま油で麺に絡ませ、醤油で味付けしたあとアクセントに水菜と糸唐辛子を添えた物。

 いずれも食欲をそそる香りを漂わせている。若干油分の多い二品に合わせ、サラダはレタスとトマトと玉ねぎに和風ドレッシングをかけただけのシンプルな物である。


「今日はちょっとオリジナルパスタにしてみたんだけど、微妙だったらごめんな」


「全っ然大丈夫!! いや、相変わらずというか、流石だね……。 あの状況から家庭科最高点に持ってっただけのことはあるよ」


「寿司事件の話はよせ。 じゃあ、食うか」


 翔馬がシロの用意したグラスにお茶を注ぎ四人が席に着く。浪の隣に座った雪菜はとても楽しみな様子で箸を持ったまま手を合わせた。


「じゃ、いっただっきまーす!! ん、美味しい!! お母さんがピザ焼いた時に生地ふやけちゃうって言ってたけど、これちゃんとパリパリだね」


「トマト入れすぎたか、他に水気の多いもん入れたかじゃないか? 具沢山にするなら水気を取るなり工夫しないとそうなるぞ」


「ふぁ~……。 もう完全に主夫だね。 どう? あたしを養う気はない?」


「ばっ……、何言ってんだアホか……」


 雪菜の冗談を浪は呆れ顔で流したものの、目をそらして顔を赤くしている。微笑ましいその様子を、翔馬はニヤニヤしながら見ていた。

 パスタの量が四人前にしては多いように見えたが、その約半分をシロが一人でたいらげて二十分ほどで全ての皿が空になった。


「ご馳走様。 さて、と」


 立ち上がり、早速片付けを始めようとする浪を雪菜が静止する。


「あ、作るの手伝えなかったから片付けはやるよ」


「そうか? 悪いな。 あんま遅くなると良くないから拭くのはやるよ」


「翔馬さんに手伝ってもらうから。 ほら、浪はゆっくりシロちゃんとテレビでも見てて」


「まあ、それならお言葉に甘えるとするわ。 よろしくな」


 料理を手伝わなかったのは、別に遊びたかったわけではなく足手まとい以外のなにものでもないからだ。他二人も料理など全くできない。翔馬は一人暮らしの経験があるはずなのだが。

 浪がテレビの電源をつけ、シロと一緒に見て笑っているのを見て、雪菜は食器を洗いながら隣の翔馬に少し小さな声で話しかける。なんだか若干うつむき気味で弱々しい表情だ。


「さっきはごめんなさい。 なんだか、八つ当たりするような言い方しちゃって……。 あたしが話題出したのが悪いのに」


「そんなん気にすんなって。 俺なんか『君は地雷は踏み抜いて行くスタイルなんだな』って凰児に怒られたことあるくらいにやらかしまくってるから。 俺はそんなつもりないんだけどなぁ……。 体質なんかね?」


「そんな体質ナイでしょ……。 ははっ……、確かに翔馬さんに比べたらまだマシな気がしてきました。 でも、これから浪の前ではできるだけああいう話はしないようにしましょう。 あたしも、翔馬さんも」


「ああ、そうするよ。 大してトラウマでもないってのも、嘘っぽいしな」


 地雷は踏み抜いていくくせに妙なところで鋭い翔馬に、雪菜はまた目を伏せがちに話す。


「……、浪はあの事件を自分のせいだと思ってるんです。 自分の代わりにいじめられてたあの子を助けなかったからって。 そんなわけ……、ないのに」


「まともな教師も親もいなかったんだな……。 なんつーか、やるせねーわ」


「担任の先生は頑張ってくれてたんですけどね。 ひとりでできることなんて限られてますから。 さて、これでおしまいっと。 あたしもテレビ見てますね。 拭き終わったら教えてください」


「おう、お疲れ様」


 洗い物を終えた雪菜はバラエティ番組を見ている二人に合流して一緒に笑っている。その姿を見て微笑んだ翔馬は、何を思ったのか。


 片付けが終わって一服した頃、雪菜を三人で玄関まで見送る。雪菜の家は徒歩五分ほどの位置。とはいえ、もうすっかり暗くなり女の子が一人で出歩くのは危険だと世間一般では思われるだろう。浪が雪菜に心配して言葉をかけるのだが……


「じゃ、気をつけて帰れよ。 一人で大丈夫か?」


「お、何? 心配してくれるのー?」


「いや、暗いから道に迷わないかってさ」


「普通変な人に襲われないかとか心配するもんじゃない?」


「ホルダー相手に何心配するんだよ。 変質者の命の安全か?」


「浪は女心がわかってないね……、はぁ……」


 全く女の子扱いしてくれない浪にため息をつく雪菜は、ふと玄関先の銀色のポストに目線を送り、郵便物が入っているのに気付く。


「あれ浪、何か入ってるよ。 手紙? あ、浪じゃなくて翔馬さんにだった」


「俺に? 俺がここに住んでるの知ってる奴ってまだあんまりいないぞ? 差出人は?」


「書いてませんね。 ってか封筒に翔馬さんの名前しか書いてないんで直接入れたっぽいですね」


 難しい顔で封筒の表裏を見回しながら話す雪菜の言葉を聞いた翔馬は、血の気が引いたように一気に青ざめた表情になる。全身をぞわっとした感触が駆け巡り、嫌な予感が止まらない。そのまま彼は奪うように雪菜の手から手紙を取る。


「わっ!! びっくりしたぁ……。 ど、どうしたんですかいきなり」


「わ、悪い……。 これちょっと、ほかの人には見せられないやつなんだよ……。 驚かせてゴメンな」


「そうなんですか? 差出人の人にもっと慎重に渡せって言っといたほうがいいですよ。 じゃあ、帰るね。 またね三人とも」


 体をひねって三人に手を振りながら歩いて行った雪菜を見送る一同。平静を装って手を振り返している翔馬を、シロは若干訝しむように横目で見ていた。


 雪菜を見送ったあと浪は風呂の準備を始め、シロと翔馬は自室へと戻った。翔馬は自室で再び一人手紙を読んでいた。先ほどの手紙はやはり以前のものと差出人は同じようで、未来に起こるであろう出来事が書かれていた。しかし予想に反しその内容はシロのこととは無関係で、翔馬は眉間にシワを寄せて唸っている。

 手紙の内容はこうだ。


『あす午後四時四十二分、新守谷駅横ショッピングモール付近にアニマ出現。 ランクはC相当。 しかし機器の不調により出現予測ができず被害が大きくなるだろう』


 翔馬は顔をしかめたまま顎に指を添え、一人つぶやく。


「俺に行けって言ってんのか? 何が目的なんだこいつ……」


 翌日、半信半疑ではあるものの内容が内容なだけに無視することもできず、しかしシロを一緒に連れて行くわけにもいかないので一人で例の手紙の場所へ行くことに決めた翔馬は、浪が部活で遅くなる為凰児と雪菜に声をかけた。二人に学校帰りそのままシロを連れて家の前まで来てもらうよう連絡し、そこで改めてお願いをする。


「悪いな、どうしても一人で行かなきゃいけないから、お前しか頼めないんだ」


「ま、仕方ないけど大丈夫かな? まだシロちゃんとはちょっと距離がある気がするんだけど……」


「だから雪菜ちゃんにも頼んだんだよ。 ゴメンな、予定とかなかった?」


 申し訳なさそうに話す翔馬に、雪菜は微笑みながら答える。


「気にしないでくださいよ。 SACSのお仕事なんですよね。 隠れゲーマーの先輩に礼央を倒す特訓してもらってます!!」


「ははは……。 じゃあ頼むな」


 呆れたように笑うと、翔馬は半信半疑のまま例のショッピングモール前へと向かった。黄色い看板が目印のショッピングモールは、二階建ての商業施設に立体駐車場付きのそこそこ大きめな建物だ。まだ時間に余裕もあったので、翔馬は歩いてきたようだ。


「なんで俺がこんなこと……。 今んとこ特に変わった様子はなし、か。 例の時間まであと五分……、普通ならもうそろそろ、検知システムが反応するはずだけど」


 道路に面した駐輪場の黄色い柵に腰掛け携帯をいじって時間を待つ翔馬。緊張感の無い様子だったが、いよいよ残り三十秒ほどとなったところで、彼の表情に一転して緊張が走る。ショッピングモールの駐車場の方面から、女性の悲鳴が聞こえたのだ。


「今の声は……!! くそっ、どうせ教えるならもうちょい場所詳しく書いとけっつの!!」


 悪態をつきながら悲鳴のした方へと走る翔馬。逃げてくる人々が邪魔になるため、一度道路向かいのホームセンターの壁の方へ飛び、壁を蹴って一気に駐車場側まで移動する。

 そして彼の目に飛び込んできたのは、ショッピングモール正面入口前の高度5m程のところに空いた空間の穴だった。


「マジかよ……。 ほんとに出やがった……」


 彼の視線の先で、アニマがゆっくりとその姿を現す。鱗に覆われた緑がかった腕が穴を抜けるが、翔馬はその全貌を確かめることもなく顔を引き締めると、駐輪場の雨よけからショッピングモールの壁へと駆け上がり一気に穴のところまで跳んだ。小型の飛竜のようなアニマが穴を抜け切ったところで、翔馬がちょうどその背後へと来る形となった。


「悪いがテメーの出番は無しだ!!」


 そう言って風を手のひらに集め落下してすれ違う瞬間にアニマへと叩き込むと、一気に爆発した魔力はアニマのウロコに覆われた体を容易く引き裂く。

 風の魔力の助力を受け軽やかに着地した翔馬の後ろに、アニマの体が落下し鈍い音を立てる。一瞬の出来事に、逃げ惑っていた周囲の人々はぽかんとしたまま立ち尽くしてしまっていた。


「ふう、アニマも予言通りのザコか……。 SEMMの探知システムに細工を……、いや、これはもう信じるべきか……」


「そう。 信じるべきですよ」


 背後から突然話しかけられ、翔馬はビクッと振り返って身構えた。そこに立っていたのは彼より5cmほど背の低い、どこかで見た覚えのあるショートカットの少女。茶系の落ち着いた制服姿の少女は、後ろで手を組み、不敵に微笑んでいる。


「君は……、どこかで……」


「こうすれば、わかりますよね?」


 少女は制服のポケットからメガネを取り出すと、それをかけて翔馬をジッと見つめた。それを見て、翔馬もようやく思い出す。つい最近会ったばかりの相手だ。


「そうか、あの手紙を持ってきた……!! 誰かに渡されたってのはウソだったのか……」


「信じてくれるまでは、正体を明かしたくはなかったので」


「なんで俺に手紙を渡した……?」


 少女に得体の知れない不気味さを感じ、警戒するように翔馬は尋ねた。


「新堂ハクを取り巻く人間たちの中で、あなたが私の敵にならない唯一の人物だからです」


「何言ってやがる、シロに何するつもりかしらねーけどあいつに手出すなら……」


 若干威圧するように少女を睨みつける翔馬に、少女はふっ、と笑うと振り返り背中を見せながら話を続ける。


「あなたは運命には逆らえない。 逆らわない。 これはもう決まっていることで、私はそれを知っているのです。 ああ、そういえば」


 言いながら体をひねって再び翔馬の方へと振り返り、少女は意地の悪い笑顔で微笑んだ。


「あなたが東京から追ってきた『あの男』をあなたの家に向かわせているので、そろそろ着く頃でしょうか」


 少女のつぶやきを聞き、翔馬はためらわずに少女へと刃を向ける。しかし、彼の姿が一瞬にして消えたその時、少女は不敵な笑みを浮かべていた。瞬時に少女の後ろへと回り込んだ翔馬は腹部に衝撃を受け、何が起きたのかもわからないまま悶えてうずくまってしまう。かろうじて顔を上げると見えたのは、足を振り上げた少女の姿。

 目ではとても追えぬ彼の動きを捉え、反撃したとでも言うのか。信じられない様子で苦しそうにうずくまる彼に、少女は当然といった様子で話す。


「あなたがどういった反応をするか、どうやって動くのか全てわかるのですから簡単でしょう。 あなたが移動する先に足を振っただけです」


「この……、チート野郎が……。 『あの男』とどんな関係だ……ッ!?」


「ああ、仲間ではないので勘違いしないでくださいね。 反吐が出ますので。 彼にどんな条件を提示すれば協力してくれるかを『読んで』、一時的な協力関係になっただけです」


「あいつは……、能力犯罪者だぞッ!!」


「知っていますよ。 あなたたちSACS因縁の相手であることも。 ですがそんな奴に協力させなければいけないほど、状況は深刻なのですよ。 そうですね、あなたには教えてあげますよ。 新堂ハクの本当の能力を。 あの女は予知能力者なんかじゃない」


 そう言って翔馬のもとへ歩み寄りしゃがむと小さな声でつぶやいた。何を言っているかは翔馬にギリギリ届く程度で周囲で少し離れて観察しているギャラリーたちには到底聞こえない。

 何を言われたのか、少女の言葉を聞くと翔馬は驚愕の表情で言葉を失ってしまった。そんな彼を放って少女は立ち上がると、そのまま歩き去っていった。

 少女が去ってしばらく経った後、ようやくフラフラと立ち上がると翔馬は重い面持ちでつぶやいた。


「禁術指定の高位ファクター……ッ!! シロが未来を知ってるのは、そういうことか……。 行かねーと……。 『あの男』には、凰児じゃ勝てねぇ……!!」


 ようやく痛みが治まってきた腹をさすると、彼は人目も気にせずMAXスピードで家の方まで戻っていった。共に住む仲間を本当に救うべきなのか、若干の迷いを抱いたまま。

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